先日、はてなブログを徘徊していたら、こんな記事を目にした。↓
表題が気になって開いてみたら、熱い思いのつまった文章に引き込まれた。悩み、怒り、悔しさ、前向きな気持ちがこれほど詰まった記事にはなかなか出会うことはない。
要約すると、「20代の記事の投稿者は、現段階では第三者が認める「何者」にもなれていないが、悔しいから頑張る。見てろよ、やってやるぜ!」という内容である。
また、これに関連する記事もいくつかあり、それらすべて読んだ。一例↓
詳しく説明すると、とてもここでは書きれないので、ぜひ上の記事本文を読んでいただきたいが、要約すると、
人は、自分自身のニーズに見合った社会的役割が与えられているときに「何者かになれた」と実感して、そうでないときに「何者にもなれていない」と感じる。
ここまでは主観的なアイデンティティの話をしたが、第三者からみた中年は、全員何者かになっている、ともいえる。
主観的に「自分は何者にもなれないまま中年になった」と思っていたとしても、第三者から見ればそうもいかない。これまでの履歴の積み重ねによって、すべての中年は、そのような中年として出来上がっている。
その自分自身の履歴の蓄積を愛したり許したりできるかどうかが、中年のQuality of Life を左右する課題であり、中年期危機が深まるかどうかを左右する課題でもあるのだと思う。
ということだ(原文をかなり削っています)。
要は、第三者から見た「何者か」になれようと、なれなかろうと、その結果や過程を愛し、それを「何者か」になれた、として愛することができるかどうかは自分次第だということだ(わたしなりの理解ですが)。
「何者にもなれないかもしれない」危機感めいたものを抱いきつつ30代の今を過ごしているわたしにとって、とても考えさせられ、心に刺さったので、今の気持ち整理したいと思う。
なお、この記事は、わたしが先日いただいた「ブログもいいけど、ラーメンの修行はどうなってるんですか?」というコメントに対する答えにもなっている。
省で勤務していたときのわたしは「何者」になろうとしていたのか
わたしは、大学卒業後、「官僚」というものに漠然としたあこがれがあり、幹部職員として入省した。官僚は、社会的地位が高く、権力があり、収入も安定していて・・・というくらいの知識しかなかったし、それ以上は特に考えてもいなかった。
実際に仕事を覚える日々を過ごし、右も左もわからない入省当初の期間を終えてみると、一通りの仕事は一人でこなせるようになっていた。
ある程度の経験を積むと、今度は、試験に合格して昇任することを求められた。省内の受験戦争は、冬と春の風物詩なのである。各部署の長は、その受験予定の部下の指導に熱を入れるのがお決まりの流れになっている。
このような中、「何者か」になることを目標にしていなければいけないような気がして、よくわからず「〇〇」を目指して頑張っています、と公言していた。その仕事内容は、職名からのイメージでしかなかったのに。わたしにとっての「何者か」は、20代を過ごした10年間もの間、「自分でもよくわからない肩書」でしかなかったのだ。
「自分でもよくわからない肩書」を必死に追い続けるのにも無理がある。約10年間そんなことをしていたら、わたしはいつの間にか、国民のためでなく、組織のため、自分のために仕事をするようになっていたのである。このまま行ったらどうなるかは、最近のニュースで話題のあの人を見ればわかる通りだ。
ただ、「何者か」になりたい、という目標を掲げたところで、その目標は、イメージ程度のよくわからないものでしかないだろうことはわかる。耐えられなかったのは、組織のため、自分のための仕事をするしかない環境にあったこと、そして、目標が、具体的に何をしたいかではなく、どのような肩書をつけたいかということでしかなかったことだ。
本来、「何者か」というのは、「肩書」ではなく、「何かをすることを積み重ね、総合的にどのような人間になりたいか」ということだと思う。
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「何者」になろうとして公務員を辞めたのか
「自分でもよくわからない肩書」を追いかけているうちに、国民のためでなく、組織のため、自分のために仕事をしている自分に気づいた。そんな自分がとてもみじめに思えて、自分は「何者」になりたいのかを真剣に考えるようになった。
最初は、ある程度の地位にあり、安定した収入もある職を変えることまでは考えていなかったが、考えれば考えるほど、組織と自分のための仕事をしている自分がみじめに思えてきた。
さんざん悩んだが、転職を決めた一番の要因は、定年退官を迎えたときに「組織と自分のための仕事をしていては、仕事以外の生き方も含め、納得して職場をあとにできない」ということだ。悩み抜いた過程で、わたしにとっての「何者か」は、「納得して職場をあとにする自分」になっていたわけである。
結局、省内に残って、どのような職についたところで、わたしが求める「何者か」にもなれないだろうという結論に至った。そして、「何者か」を外に求めるようになったのである。
出世一筋にわき目も振らず10年間走り続けた自分がばかばかしくもなったが、それより肩の荷がおりたような、縛られていた縄が解かれたような感覚があったのがとても記憶に残っている。
職場環境に対する不満から始まった転職活動は、「何者か」を外に求める積極的、前向きな行動になっていた。ただ、転職活動に前向きな感覚がある一方で、現状から目を背けるだけの、逃げなのではないかという自己不信をも同時に抱えるようになった。
周りの同僚は、昇任試験の真っ最中で、わたしもその一人だった。転職活動は、そこからの離脱を意味したのである。
わたしの心は、自分で人生を求める方向に変える決心をすることができたという自信と、この決心自体、自分に言い聞かせているだけで、実はきつい職場環境から逃げ出しているだけなのではないか、という自己不信の間を行ったり来たりしていた。転職した今ですら、どこに心があるのか、整理がつかなくなることがある。
ただ、間違いなく言えるのは、20代の頃から求め続けていた「何者か」が、仕事の範疇だけではなくなったということだ。
省時代の10年間、「何者か」は「自分でもよくわからない肩書」という職名でしかなかったが、30代を迎え、考えれば考えるほど、「何者か」は、仕事以外の要素を含むようになった。つまり、仕事の内容、家庭、家族、趣味、生き方や働き方への同意などの要素が加わってきたのである。
これらすべてを含んで、定年時に「納得して職場をあとにする自分」を「何者か」として求めるようになっていたのである(現段階では人生通して、というより、仕事に一区切りつく時期までしかイメージが及ばないが)。
こうして、わたしは公務員を辞め、仕事の内容、家庭、家族、趣味、生き方や働き方への同意などの要素を踏まえつつ、仕事面の目標として、世界にラーメンを伝えていくことを掲げ、にラーメン業界へ転職したのである。
「何者にもなれないかもしれない」30代のわたしが今思うこと
実際にラーメン店での仕事が始まると、自ら求めなくとも毎日新しい発見ばかりでバタバタと忙しかったが、3カ月もするとすっかり慣れた。最近は、意識しなければほぼルーティーンのように仕事を「こなしてしまう」こともある。
将来ラーメンの食べ方を変えられる立場=「何者か」(仕事面)になるためには今やっておかなければならないことがあるようにも思えるが、効果が薄いような気がしてならない。
チェーン店のラーメン作りは、個人店のラーメン修業とはまったく異なる位置にあり、どちらかというとマクドナルドでバーガーを提供するイメージに近い。だからラーメンを極める、という感覚で仕事をしているわけではない。
将来どのような能力が求められるかわからない現段階においては、現場店舗での問題点をシフトに入りながら蓄積していけばいいし、海外勤務のための準備も今から初めても効果が薄いだろう。これが転職後3カ月経った今の感覚である(もちろん接客は全力ですよ!)。
現状においては、わたしの求める「何者か」が、遠く、高い位置にある一方で、現段階においては、努力の効果がかなり薄く、将来忙しくなることがわかりきっっていることを踏まえると、仕事面以外の部分を充実させたいという気持ちになってしまうのである。
仕事面で必死に頑張りたいが、効果が薄いような気がして頑張れない。であれば、仕事よりも仕事以外の充実を求めたほうがいい、ということだ。「何者か」を求めて転職したにも関わらず、「何者か」を求めつつ、そこから逃げているような感覚があって、本当に気持ちがよくない。それでも充実していると思っているし、充実していると言いたい。
こんなに整理不十分で、複雑な感情が読んでくれている方に伝わる自信はないが、これが正直なわたしの今の気持ちである。
転職時、仕事だけでなく、それ以外の部分にも「何者か」を求めたわたしは、自分の逃げ道を作ったのだろうか。それとも、これが人生というものなのだろうか。わたしは整理しきれていない頭で、これが人生というものなのだと信じたいと思っている。
上の記事で、
自分自身の履歴の蓄積を愛したり許したりできるかどうかが、中年のQuality of Life を左右する課題であり、中年期危機が深まるかどうかを左右する課題でもあるのだ
と述べられている。
わたしは、仕事に全力を出せない(逃げではないと思いたい)今、将来忙しくて力を注げなくなるだろう仕事以外の部分を充実させようと思っている。「何者にもなれないかもしれない」という危機感のような何かを感じつつも、日常生活を充実感をもって過ごすということで、仕事以外の部分で求めた「何者か」に近づこうということだ。
おそらく店長になるまで一年くらいだろう。仕事面の勝負はそこからだ。