20年も前のことだ。信州・上田の実家近くの県立高校に通っていた私に、父は言った。「うちは私立大学は禁止だぞ」
まあ、うちは金持ちじゃないしな。数学や生物の勉強は苦痛だったが、1浪して、なんとか東京の国立大学に入った。
すると、また父が言った。「お父さんとお母さんは煮干しをかじりながらおまえに仕送りするんだからな」
父は母とふたりでニット製造の小さな町工場を営んでいた。繊維製造の拠点が次々に中国に移り、仕事がみるみる減っていると、夕食の席で毎日のように聞いていた。上京した同級生たちは8万円もするワンルームに住んでいたが、私は大学近くの木造2階建てアパートを選んだ。風呂なし、家賃は月3万8000円。当然、クーラーはない。初めて経験する都心の夏に私は閉口した。
翌年、妹が大学受験を迎えた。父が放った言葉に私は耳を疑った。「女の子が浪人するとあれだから、優子(妹)は私立でもいいんだぞ」
あっさり国立大に現役合格した妹が上京し、一緒に暮らすことになると、さらに父は追い打ちをかけた。
「女の子が夜中に銭湯に行くなんて危ないじゃないか。風呂つきの家に引っ越しなさい」。ちょっとお父さん、去年、アタシになんて言った??
確かにどうみても妹のほうが美人ではある。体も私よりふたまわりくらい小さくて、か弱そう。よくモテた(そしてすごくいいヤツでもある)。それにしても。親にしてこの仕打ち。世の中って、なんて不公平なんだ。
まあ、いい。現実ってそんなもんだ。私だって好き嫌いは激しいし。だけど解せないのは、「親が子どもを差別するわけないだろう」と父が言い張って、妹に肩入れしたという「罪状」を認めなかったことだ。どうして素直に認めない?
思えば、この国ではいろんな局面で、何かに「肩入れする」とか「偏っている」ことは悪いことだと思われている。一方に偏らない中立の姿勢は目指すべき美徳だということになっている。
そんなの、絵空事なんじゃないのかね?
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田玉記者の取材ぶりを短い動画にまとめてみました(撮影:田玉恵美、機材提供:BS朝日「いま世界は」)