少年時代からビートたけしに憧れ続け、昨年9月にオフィス北野の所属となった、ラッパーのダースレイダー。その矢先に勃発した、たけしの独立問題をどう見つめているのか。BuzzFeed Newsの取材に、たけしへの思いを語った。
ダースレイダー
「俺と付き合ったら死なねえよ」
初めてたけしを目にした時、時空が歪んだかと錯覚した。昨年12月16日、東京・赤坂のTBSの楽屋。景色がぐにゃりと曲がり、時間の感覚がなくなった。
医師から「余命5年」の宣告を受けたラッパーに、たけしはこう言った。
「俺と付き合ったら死なねえよ」
東大中退という異色の経歴を持つラッパーは、いかにしてたけしと出会ったのか。話は、30年以上前にさかのぼる。
ベネチア国際映画祭で、観客らに手を振る北野武監督
多感な時期に影響
ダースレイダーは、親の仕事の都合で幼少期をフランスと英国で過ごし、10歳の時に帰国した。
「元気が出るテレビ!!」「風雲!たけし城」「スーパージョッキー」…。たけしの番組に夢中になった。日本語ラッパーを初めて見たのも「元気が出るテレビ!!」だったという。
「その男、凶暴につき」「ソナチネ」「キッズ・リターン」など、監督作は欠かさずチェックし、インタビュー集をむさぼり読んだ。
「バイク事故を経て、芸人・ビートたけしから、アーティスト・監督としての北野武へと変わっていく姿をリアルタイムで見てきた。多感な時期に大きな影響を受けました」
ビートたけし
送ったデモテープ
東大に進学するも、入学前からラップに明け暮れ、次第に学業からはドロップアウトしてしまう。
在学中にラップユニット「マイカデリック」を結成。初めて出したレコードには、北野映画にあやかって「この男凶暴につき」と名付けた。
グループとしてはメジャーデビューを果たしていたが、ソロ活動にも力を入れたい。そう考え、オフィス北野にデモテープを送った。
「ラップを書いて、音源をセットにして送ったけど、音楽の事務所じゃないし、当然なんの返事もなくて。いま思うと、文面もすごい生意気な感じでしたね」
初めて出した音源「この男凶暴につき」
20年後の「返事」
それから20年近い時を経て、思わぬ形でデモテープの「返事」が届くことになる。
2016年12月、ラップでニュースを伝える「NEWS RAP JAPAN」というAbemaTVの番組のMCに就任した。
「ダースレイダーさんは、テレビやラジオの仕事はしないんですか?」
昨年の7月ごろ、打ち上げの席でレギュラーメンバーの芸人、プチ鹿島から問われた。鹿島の所属はオフィス北野。マネージャーを紹介してもらい、9月から所属することが決まった。
20年前に送ったデモテープの返事がやっと来たんだ
そろそろガキに戻る時間だ
キッズ・リターン
ヒップホップを選んだんだ
「キッズ・リターン」の音楽に乗せ、そんな風にラップした。歌詞の端々にたけしへのリスペクトを込め、ミュージックビデオも映画のロケ地で撮影した。
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キッズ・リターン/ダースレイダー (Kid's Return/Darthreider)
「5年は会えない」と言われて
とっくに捨てられていると思っていた、20年前の手紙も見つかった。事務所の先輩で当時新人発掘を担当していた、浅草キッドの水道橋博士が保管していたのだ。
「事務所に入りたくて焦ってたけど、当時はダメだった。それが20年近く経ってつながった。グッとくるものがありましたね」
その博士の紹介で、いつかたけしに会いたい、という夢がかなう。冒頭で紹介した昨年末のエピソードだ。
マネージャーからは「事務所に入っても3年か5年は会えないと思ってください」と言われていたが、思いのほか早く実現する機会がやってきた。
今日、CDを整理していて気がついた。20年近く前にダースレイダーさんから手紙を貰っていた。記憶として忘れていることだが手紙を残している俺もエライ。そして今、彼は直のオフィス北野の後輩になっている……。
ダースレイダーからの手紙を見つけたことを報告する水道橋博士
目の前でラップ
憧れの人に会えると決まり、緊張はピークに達した。TBSには何度も来たことがあるはずなのに道に迷い、楽屋へ行く途中で派手に転んだ。
打ち合わせが終わる合間を見て、博士がたけしの楽屋をノックする。
「殿、ラッパーを連れてきました」
目の前にYシャツ姿のたけしがいた。
「おう、よく来たな。まあ座んなよ」
カンヌを訪れたたけし
正直、ここからの記憶は曖昧だ。どれだけの時間が経ち、何を話したのか。断片的な記憶をたどると、どうやらたけしの前でラップを披露したらしい。
「後から博士に『ラップするなんて信じられないよ』と驚かれました。たけしさんが『昔、政治ネタのラップをしたことがある』とおっしゃっていたので、つい…。緊張でワケがわからなくなってしましたね」
あいさつを終えると、周囲の重力が一気に軽くなったように感じた。
「バカヤロウ」
もうひとつ、忘れられない言葉がある。
ダースレイダーは昨年、腎不全や膵臓機能の低下で、医師から「このまま何もしなければ余命は5年」と告げられた。余命宣告についてラップした「5years」という楽曲もある。
「ダースレイダーはあと5年で死ぬって曲を出していて、1年経っちゃったんで残り4年しかないんですよ」
博士がネタにすると、「バカヤロウ」とたけしが笑った。
「俺と付き合ったら死なねえよ」「あんちゃん、なんか仕事やっからさ、それやって死なないようにしろよ」
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THE BASSONS(ベーソンズ) / 5years
スポーツ紙で知った独立
たけしの独立は、スポーツ紙の報道を知人に教えられて知った。
「たけしさんが独立します。基本的には円満退社です。一番の要が抜けるので、体制はすごく厳しくなります」
数日後にあった事務所の説明会で、森昌行社長からそう言われた。新参者なうえに、たけし軍団のメンバーというわけでもない。スポーツ紙やワイドショーで情報収集しているような状況だという。
たけしと森社長
3月18日の「NEWS RAP JAPAN」では、即興でこうラップした。
ありがたいお言葉を頂きました
わずか半年一緒に居ただけですが
キッズ・リターン ガキに戻る時間だ
ビートたけしに会えたんだ
その後のトークでは、「吉本からダウンタウンさんや、さんまさんが出て行ったような」と語るダースレイダーに、プチ鹿島が「もしくは杉山清貴&オメガトライブから杉山清貴が抜けるみたいな」と切り返して笑いを誘った。
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「ビートたけし独立」ダースレイダーが初対面をRAPで披露!呂布カルマ・ERONE「トランプor金正恩 」RAPバトル|NEWS RAP JAPAN#53|
キッズにリターン
ダースレイダーは言う。
「ギリギリのタイミングで、たけしさんにお会いできてよかった。10歳、12歳のころの記憶って体の奥の奥にまで染み込んでいて、会った瞬間にドーンと引き戻される。一気にキッズ・リターンさせられました」
「独立のニュースを聞くまではキッズになっちゃってたけど、そろそろ大人に戻ってこれからのことを考えないと。ワイドショーを注視したいと思います(笑)」
「一気にキッズ・リターンさせられました」
〈ダースレイダー〉 1977年、パリ生まれ。東京大学文学部中退。在学中からラッパーとして活動し、2001年にメジャーデビュー。2010年に脳梗塞で倒れ、後遺症で左目を失明。以来、眼帯がトレードマークに。ラッパーやDJらでつくる「クラブとクラブカルチャーを守る会」の一員として、ダンスクラブを規制する風俗営業法の改正運動にも深くかかわった。
Ryosuke Kambaに連絡する メールアドレス:ryosuke.kamba@buzzfeed.com.
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