ワインの味は値段に左右されるか?(論文紹介)

(写真:アフロ)

現在私のNPOのサイトでは、生命科学を志す若い人たちの視野を広げてもらうことを目的に、生命科学分野の新しい論文を毎日一報紹介している。特に分野を決めていないので、多くの論文に目を通し、面白いと思う論文を毎日探している。この「面白い論文探し」は「美味しいワイン探し」とよく似ている。

世界中で毎日のように面白い科学的発見が論文として発表されているが、それを全部読むことは難しい。同じように、ワイン種類は膨大だ。全てを飲んでみることなど、ロバートパーカーでも無理だ。しかし、面白い論文はどうしてもトップジャーナル(ブランド)に多く掲載される。そのため紹介する論文の多くはCell, Nature, Scienceなどに掲載された論文になってしまう。同じように、ワインもブランドで選べば美味しいワインに当たる確率は高い。とはいえ、ブランドなどなくとも美味いワインはいくらでもある。それと同じで、面白い論文はトップジャーナル以外にも多く掲載される。ただ問題は、ブランドというレッテルの貼っていない美味しいワイン(=トップジャーナル以外に掲載された面白い論文)をどう探すかになる。結局、ワインの場合はできるだけ多くのワインを求めて呑んだくれることになる。論文探しも同じで、トップジャーナルに限らず、できる限り多くの論文に目を通すようにしている。このおかげで、生命科学の傾向を俯瞰的に把握できるようになった。

前置きが長くなったが、今日紹介したいソルボンヌ大学からの論文はワインについての永遠の疑問、「ワインの良し悪しを味だけで判断できるか?」について、「値段を聞くことでワインの評価が変わる」と断じた上で、味の評価が価格情報に影響される際の脳回路について調べた研究で、Scientific Reportsに掲載された(Schimidt et al, How context alters value: The brain’s valuation and affective regulation system link price cues to experienced taste pleasantnesss(コンテクストによる価値がどう影響されるか:脳の価値判断システムは値段と満足を結びつける), Scientific Reports, 2017, DOI:10.1038/s41598-017-08080-0)。ちなみに、Scientific Reportsはトップジャーナルではない。

ソルボンヌ大学の研究だが、対象はドイツボン近くに住む成人ボランティアだ。

実験では、12ユーロと値段は同じだが種類の異なる3種類のワインを、値段が3、6、18ユーロの別のワインだと偽って、テースティングさせ、満足度の点数をつけさせる。この時、値段を教えてから味を楽しむまでの30秒間の脳活動を機能的MRIで追跡し、値段を聞いた時興奮する脳の活動、味の予想から判断までの脳活動をそれぞれ記録し、値段を知ってテースティングの評価が変化するまでの過程に関わる脳領域の特定を試みている。

値段を知ることの影響については、MRI記録が終わった次の日、同じワインを今度は全くブラインドで評価させることで、値段情報の影響を算定している。

結構複雑な論文なので結論だけを列挙すると以下のようになる。

1) まず値段を知ることは確実にワインの満足度に影響する。特に、安い値段を聞いてしまうと、満足度の低下が激しい。

2) 私たちの脳には、ワインに限らず値段を聞いて価値を判断する領域が前頭前皮質に存在し、価値判断システムBVSと名付けられている。ワインのテースティングの際も、価格を知ることでまずこの領域が興奮し、テースティングに関わる他の領域とリンクしている。

3) BVSの活動は個人的に大きな差があり、実際に値段を聞いてBVSの反応が大きい人ほど、評価が影響される。

4) BVSには前頭前皮質の幾つかの領域が関わっているが、この研究では最初の値段を聞いたことによる活動は前頭全皮質の前方で見られ、その後興奮する後部領域では、テースティングから評価の間を通じて興奮が続く。このことから、価格の情報で興奮したBVDは、テースティングの早い段階で様々な統合を行う後方の皮質に影響し、最終的な評価に影響を与える。

どの領域と回路が興奮するのかという点を除くと、当たり前の結果で、驚くほどのことはなさそうだ。しかしこの結果を真に受ければ安いワインもいい値段で売れば満足してもらえるという結論になるので少し心配になる。

私の印象では、この研究グループは本当のワイン好きではなさそうだ。私ならまずワインを飲ませた後、違う値段を告げて満足度を調べる方が面白いと思う。ブランドのない、安いワインに美味しいワインを探すことこそ、ワイン好きの真骨頂だ。