<チャコス写本>
1978年、エジプトの洞窟で古いパピルス文書が見つかる。
エジプトで古美術商をいとなむハンナが、このパピルス文書を手に入れて、ここで一儲けをもくろんだのだが、
転売する前に盗まれてしまったり、それをなんとか取り戻したり・・と色々あった上、法外な値段をふっかけたせいでなかなか買い手ががみつからなかったらしい。
2000年4月、スイスの古美術商チャコスはこのパピルス文書を購入し、ようやくアメリカのエール大学に鑑定を依頼した。
そこで、伝説の「ユダの福音書」が含まれていることが判明する。
そう、伝説の領域は出なかったんだけど、ユダの福音書というのはずーーと前から存在するんじゃないか!と噂されてたらしいのだ。
これは、驚くべき大発見!!
なんだけど・・それからまた、これを解読する前に色々な人の手に渡ることになって、最終的に、またスイスの古美術商チャコスの手に渡って、そこで、チャコス写本と呼ばれるようになったそうだ。
だけど、まだ復元、解読作業はできない。
なんてったって、発見されてから色々な人の手に渡り、保存状態は最悪だったらしいからね。
2001年、チャコス写本の所有権がスイスのマエケナス古美術財団に移り、
2002年から復元作業が開始。
実に24年間もひどい扱いを受けた写本はボロボロだったらしいが、熱心に修復が進められて、85パーセントは復元成功されたという。
2006年、復元完成。
チャコス写本は、古代エジプトのコプト語で書かれていて、4つの文書からなる。
1.ピリポに送ったペテロの手紙
2.ヤコブ
3.ユダの福音書
4.損傷が激しく題名は不明
上記の1と2は、1945年に発見された「ナグ ハマディ文書」にも含まれるので、新しい発見とはいえない。
ナグ ハマディ文書の発見もまた、世紀の大発見だったね。 それまで異端とされていたグノーシス文書の発見だったんだから。
グノーシスについては、以前にも記事に何回かアップしてたと思う。
価値があるのは、3.ユダの福音書・・・・これは歴史上初めての発見。
で、その内容は?
◆ユダはイエスに最も愛された弟子でイエスを救済した。
◆イエス12使徒の中で、ユダのみが聖人で、残り11人はいずれは地獄に堕ちることになる。
おいおい!!
いきなりかよ!
まったく、逆になっちまった!!
ここで、ちょっと・・・先にも述べたけど、「ユダの福音書は存在してるという伝説がもともとあった」という話をしよう。
フランスのリヨンは、古代から宗教色が強い場所だったらしいが、
紀元2世紀、リヨンの司教エイレナイオスは、有名な「異端反駁(いたん はんばく)」を著した人。
その中に、奇妙な一節があったというのだ。
他の誰も知りえない真実に到達していたのがユダであり、それゆえ、彼は裏切りという神秘を完遂することができた。
地上と天上のあらゆるものは、ユダによってひとつに混ざり合ったのだという。
そしてこのグノーシス派の一派はその教えのよりどころとして、「ユダの福音書」と題される文書をねつ造した。
●ユダは、ただの裏切り者ではない。
●ユダは、この世界の真実を知る人物で特別の使命が与えられていた。
●グノーシス派はユダを崇拝し「ユダの福音書」なる書をねつ造した。
だから、グノーシス文書を、また、ユダの福音書を封印しようとした・・ということなんだろうけど、
司教エイレナイオスは、それが、こんなものだからこそ弾圧する必要があるんよ!とちゃんと理由をつけて正統化しようとするあまり、逆にその存在を教えちゃったということになる。
黙って抹殺しちゃえばよかったのに。。。
なので、ひょっとしたらユダの福音書って、ホントはあったんじゃないの?という噂が、伝説となっていたらしい。
そこに、じゃーんと パピルスに書かれたユダの福音書が、ホントに出てきちゃったわけだ!
2000年近い時を経て。。。
そして、ユダの福音書とはまさしく、グノーシス派の記したものだ。
<では、キリスト教正統派とグノーシス派とは、どう違うんだろう?>
◆天地創造について
正統派 : この世界を創造したのは唯一絶対にして全知全能の神である。
グノーシス派 : この世界を創造した神(旧約聖書の神ヤハウェ)は、唯一絶対神ではない。
◆救済について
正統派 :
○人間はアダムとイブの原罪を継承した。
○原罪は重く深く、それゆえ、「神のゆるし」がない限り消えない。
○悔い改めて福音を信じれば、救済される。
グノーシス派:
○この物質世界は、我々を肉体に閉じこめておく邪悪な世界である。
○救済とは、この物質世界から逃れ天の家に還ることである。
○悔い改めても、善行を積んでも、意味はない。
○唯一、真理を「知る」ことによってのみ、救済される。
◆イエスについて
正統派 :
○イエスはこの世界を創造した神の子である。
○イエスは人間の罪を背負うために磔となり、その後降臨した。
グノーシス派:
○イエスはこの世界を創造した神の上位にある。
○イエスは、秘密の知識を授けるために降臨した。
・・・・・・・・・・・
ざっと見ただけでも、こーんなに違うんだよね。
グノーシス派は、ほとんど真っ向から正統派を反対してる。
でも、一般受けを考慮するなら、正統派のように「信じれば必ずあなたは救われます」と言った方が、口当たりがいい言葉だよなあ。
だからこそ、さっさと布教しやすいとも言えそうだ。
<グノーシス主義のルーツ>
グノーシス主義はプラトン哲学を起源とするという説があって、たしかに比べてみると、とっても似てる部分が多い。
プラトンの一節
「人間は感覚でイデアを認知できないが、『理性』を通してなら可能である」
「イデア」とは世界の設計図であり神の領域にあるもの。
本来人間には理解できないものではあるが・・「理性」を介してならそれが可能となる。
実際、グノーシス主義だと、
偽りの地上界(物質界)と真実の神の国(イデア界)があり、
神の国に還るには秘密の知識を得るしかない → 「知る」ことの重要性
を説いてるわけだから、ベースには、プラトンの哲理がそのままあるってことになる。
そして、グノーシス主義はキリスト教にも合体したわけだけど、他の宗教にも大きな影響を与えてるようだ。
例えばマ二教。
マニ教は、グノーシス主義を正統派として受け入れているし、その教義は、ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教、仏教とも共胸中する部分がある
<では、キリスト教はどうやって広まって正統派ができちゃったんだろうか?>
イエスが伝道した地域は狭いガリラヤ地方に限られてたし、期間も1~3年で信者もそれほど多かったわけじゃないのに、どうやって広まったのか・・・?
イエスの死後、彼の意志はペトロを筆頭とする12使徒に引き継がれたわけだけど、この時点では、キリスト教はユダヤ教の1セクトに過ぎなかったし、むしろ偏屈者の集団と見なされていたようだ。
多神教を信仰するローマ人たちは一神教が理解できなかっただろうし、同じ一神教のユダヤ教徒たちは、イエスを神の子と言い張るキリスト教徒は、我慢ならない存在だった。
その一人がパウロ(サウロ)。
彼は、敬虔なユダヤ教徒でキリスト教徒の迫害をしてた人だったのに、
あるとき、パウロが、ダマスカスへ向かう途中、復活したイエスが現れ「パウロよ、なぜ、わたしを迫害するのか?」
と言う声を聞いて回心しちゃったのだそうだ。(←ほんとかよ。)
そうして、とにかくパウロは「キリスト教」の布教・拡大に人生を捧げることになる。
そこで、まずパウロが最初に目をつけたのは異邦人。
ローマ人とユダヤ人はキリスト教を嫌ってたからねえ。
新規開拓というわけだ。
セールスポイントは一神教。(ユダヤ教以外は多神教だったからね)
さらに、異邦人に受け入れられるようにするには、ユダヤ社会特有の割礼と厳格な戒律の部分を削除すること。
(これで、ユダヤ教よりも一歩リードというわけだね。)
そこで、パウロはエルサレムに引きこもる12使徒に訴えた。
キリスト教に改宗するときは、割礼と厳格な戒律を免除するようにしてね!と。
これって、取引かい?
その戦略は大当たりで、どんどんキリスト教は増えていったそうだ。
パウロは優れたセールスパーソンだったんだろう。着眼点もいいし~。
でも、これはキリスト教というよりも、パウロ教と呼ぶ人もいるようだ・・(たぶん、そっちの方が正しい。)
紀元65年には、パウロはローマ皇帝ネロによって磔(はりつけ)にされる。・・・・でも、彼のまいた種は見事に育っていく。
313年、ミラノ勅令で、ローマ帝国内でのキリスト教の信仰が認められる。
迫害が終われば怖いものなし。
325年ニカイア公会議で、アタナシウス派とアリウス派が争ったが、アタナシウス派が勝利し敗れたアリウス派は異端として抹殺。
紀元380年、キリスト教にとって決定的事件が起こる。キリスト教がローマ帝国の国教になったのだ。
国教ともなれば権威は絶大になる。
ただし、それはキリスト教という名のもと、神の権威ではなく世俗の権威だけどね・・。
こうやって見ていくと、やっぱりキリスト教は、イエスの説いたものではない。
イエスの説いたものを仮にイエス教と呼ぶと、
教義も、布教の方法も、「キリスト教」と「イエス教」は一致しない。
これは、イエス・キリストの名前を使った偽物だ~!!
ということになり、続々と別のキリスト教、つまり、正統派からは異端と呼ばれるものが出てくることになったのだろう。
グノーシスもそのひとつ。
そして、ようやく問題の<ユダの福音書の内容>
◆ユダはイエスに最も愛された弟子でイエスを救済した。
◆イエス12使徒の中で、ユダのみが聖人で、残り11人はいずれは地獄に堕ちることになる。
この爆弾発言!についてだが、まずは、この部分を抜粋
↓
ある日、弟子たち(12使徒)が集まって、信仰深く儀式を行っていた。
イエスは弟子たちに近づいて笑った。
弟子たちはイエスに言った。
「先生、あなたは、なぜ私たちの感謝の祈りを笑うのですか。私たちが何をしたというのです。これは正しいことではありませんか?」
イエスは答えて言った。
「わたしはあなたがたを笑ったのではない。あなたがたは、自分たちの意志でそうしているのではなく、そうすることで、あなたがたの神が讃美されると信じているから、そうしているだけである」
弟子たちは言った。
「先生、あなたは、われわれの神の子です」
イエスは言った。
「あなたがたに、どうして、わたしがわかるのか。あなたがたの内にある人々のどの世代にも、わたしがわからないだろう」
せっかくよかれと思ってやっていることが、そんなことは邪悪な神にやらされているだけと言われて笑われてしまった弟子たち。
それでも、頭を切り換え、一生懸命イエスを讃える。
「お前たちや、お前たちの種族に、このわたしが理解できるはずがない」
そこまでコケにするんかよ! おまえが弟子にしたんやないかい!
とにかく、そこまで言われたら高弟としての立場もないだろーが!
これを聞いてついに弟子たちは腹を立てて怒り出し、心の中でイエスをののしり始めた。
弟子たちが理解していないのを見ると、イエスは彼らに言った。
「なぜ、この興奮が怒りに変わったのか。あなたがの神が、あなたがたの内にいて、あなたがたに腹を立てさせたのだ。
あなたがたの内にいる勇気ある人を取り出して、わたしの目の前に立たせなさい」
またも、弟子たちは邪悪な神に憑依され操り人形になっていると言われちまう。
弟子たちは口をそろえて言った。
「私たちにはそれだけの勇気があります」
しかし、イスカリオテのユダをのぞいて、イエスの前に立つ勇気のある者はいなかった。
ユダはイエスの前に立つことができたが、イエスの目を見ることができず、顔をそむけた。
ユダはイエスに言った。
「あなたが誰か、どこから来たのかを私は知っています。あなたは不死の王国バルベーローからやって来ました。
私にはあなたをつかわした方の名前を口に出すだけの価値がありません」
ユダが何か崇高なことについて考えているの知って、イエスはユダに言った。
「ほかの者(他の12使徒)から離れなさい。 そうすれば、神の王国の秘密を授けよう」
注:「不死の王国バルベーロー」とは、
他のグノーシス主義の文書にも登場する「神の国」のこと。
ユダが言った「あなたを遣わした方」とは、旧約聖書の「唯一絶対神」ヤハウェのことではないし、もっと上位にある存在のこと。
はじめに、無限に広がる御国があった。 そこに、目で見ることができない至高神(霊)があった。
それは、天使たちでさえ見たことがなく、どんな思念によっても理解されず、いかなる名前でも呼ばれたことがない。
たしかに、ユダだけは特別扱いされてる。。。
他の使徒たちは一生懸命やってるけど、ちーーとも本質は理解してない、ちょっとお間抜けってカンジだろうか。
さらに、こんな言葉がある
↓
イエスは言った。
「この世界の支配者は立ち上がって、わたしの名を用いるだろう。
そして、代々の信仰深い人々は彼に従い続けるだろう。
彼の後には、みだらな者たちから別の一人が立ち ・・・ 彼らはすべて終わりに導く星である ・・・ 終わりの日に、彼らは恥に落とされるのだ」
これって、結構怖い預言だね。
この世界の支配者はイエスの名を利用して、信仰深い人々をたぶらかし彼らを隷属させる。
さらに、この支配者を継いで新しい支配者が立つが、彼らはみな、世界を破滅させる運命を背負っている。
そして、終わりの日(審判の日?)に彼らは地獄に堕ちる・・・・ってことだよねえ。
「世界の支配者」って?
この時代を考えれば、ローマ帝国の皇帝。
ローマ皇帝はキリスト教を帝国支配に利用したわけだから。
これが、「イエスの名を利用して人々を支配する」を意味するのかもしれない。
でも、「残り11人はいずれは地獄に堕ちることになる」という使徒のことを考えると、
「世界の支配者」はイエスの弟子たち、そして彼らが伝えた福音書、それは、正統派キリスト教会ということになる。
それは、ずーーと後にはヨーロッパ中を支配してしまったわけだから。
ん? 今もか。。。
審判の日に地獄に堕ちるのは正統派キリスト教会?
それとも、現在の・・・?
まさに、超ド級の異端だ~。
・・・・・・・・・・・・・
さらに、ユダに対しては、こんなくだりがある。
「・・・だがお前は真のわたしを包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子たちを超える存在になるだろう」
どうも、ユダはキリストを売ったことには間違いなさそうだけど、それは、はじめからイエスが知っていることであり、すでにシナリオが出来あがっていたということらしいのだ。
ユダがイエスから密命を受けていたということかもしれないし、ひょっとして具体的なとこまでは知らされずに手を貸したんだけど、あまりにも重い任務に耐えられずに自殺してしまったのかもしれないし・・・そこんとこはイマイチわからない。
ユダがイエスを裏切ることでイエスが磔刑に処せられ、肉体から解放される。
それはイエスの救済を意味し、その功績により、ユダは「聖なる世代」に引き上げられる。
また、それは地上と天上のあらゆるものは、ユダによってひとつに混ざり合った。
そこには、深遠な神の計画というものがあったのかもしれない。
何千年も先を見越した神の計画が・・。
それとも、イエスは自分が劇的な死に方をすることで何かを変えたかったのか?革命を起こしたかったのか?
それじゃあ、まるで、この映画になっちゃうけど・・↓(笑)
いずれにしても、ユダが汚名を着てまで、一役買ったのは確かな気がしてくる。
しかし、最後のときがくれば、ユダの汚名ははらされ聖人とされていた人たちは逆に落とされる。
・・・というのが、ユダの福音書に書かれているわけだけど、
「最後の時」ってのは、近いんだろうか。
2000年も封印されていた、ナグ マハディーが偶然発見されて、
しかもまた、チャコス写本も偶然発見されて、
ついに、2006年に伝説とされていたユダの福音書が解読された。
世界は少しずつ違う方向へ歩き出している。。。
とくに、今まで正統派キリスト教一色だった、欧米諸国への影響は大きい。
そして少なくとも、
ユダという人物が、正統派に言われ続けたような・・ただの「金目当ての裏切り者」というわけではなさそうだ。
真偽は別としても、時代は変わっていく、何かが動いていくと感じるだけで・・それだけで私はすっきりした気分になる。
もちろん、ミステリーはいつでも藪の中なんだけど。
参考:「原典 ユダの福音書」ロドルフ・カッセル、マービン・マイヤー、グレゴール・ウルスト、 バート・D・アーマン編集/日経ナショナルジオグラフィック社、 光のラブソング(メアリー・スパロウダンサー)明窓出版