「日米地位協定の下では日本国の独立は神話であると思いませんか」
――これは、沖縄県の翁長雄志知事が2016年5月に、首相官邸で安倍総理と菅官房長官に向かって語り掛けた言葉である。この直前、沖縄県うるま市で米軍属による女性暴行殺人事件が発生し、知事は日米両政府への抗議のために上京した。
沖縄県では、「日本は独立国と言えるのだろうか」と疑念を抱かざるを得ない現実が日常の中に存在している。
たとえば、昨年12月、普天間基地のある宜野湾市で米軍大型ヘリコプターから重さ約8キロの窓が小学校の校庭に落下する事故が発生した。米軍は事故後、「学校上空の飛行を最大限可能な限り避ける」との再発防止策を発表し、小野寺五典防衛大臣も「基本的には飛ばないと認識している」と説明したが、現実には事故後も米軍ヘリは何事もなかったかのように学校上空を飛んでいる。
2016年12月には、沖縄県名護市の東海岸に海兵隊の輸送機オスプレイが墜落した。沖縄県や名護市は、事故原因がはっきりするまでオスプレイの飛行停止を求めたが、米軍は一方的に“安全宣言”をして事故の6日後には飛行を再開した。
しかも、日本国内での墜落事故にもかかわらず、日本側は事故の調査にはいっさい関与できなかった。墜落直後から海上保安庁が航空危険行為処罰法違反容疑で捜査に着手したが、米軍側が現場検証を行うことを認めず、「物証」となる機体の残骸を一方的に撤去してしまったのである。
日本で起きた事故なのに、日本側で捜査もできなければ原因究明にも関与できない。地元の自治体が原因が明らかになるまで飛行停止を要請しても、米軍はそんなことお構いなしに飛行を再開する。昨年8月に普天間基地所属のオスプレイがオーストラリアで墜落した際には、日本政府が日本国内での飛行自粛を要請したが、その翌日から米軍はオスプレイを飛ばした。
「日本の独立は神話」という翁長知事の言葉は、日米地位協定の下で実際に起きているこうした事実の一つひとつを見れば、けっして大げさではないことがわかる。
このように日米地位協定の下で「治外法権」のようになっている現状について、外務省は次のように説明してきた(外務省ホームページから引用)。
「一般国際法上、駐留を認められた外国軍隊には特別の取決めがない限り接受国の法令は適用されず、このことは、日本に駐留する米軍についても同様です」
「日米地位協定が他の地位協定に比べて不利になっているということはありません」
自国に駐留する外国軍隊に自国の法律が適用されないのは「一般国際法上」のルールだから、日本だけが特別ではないと説明しているのである。
はたして、これは本当なのか?
私は昨年、伊勢崎賢治さん(東京外国語大学教授)と一緒に、この外務省の説明について「ファクト・チェック」を試みた(その結果は『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』という本にまとめた)。
様々な観点から日米地位協定と他国の地位協定をその運用実態も含めて比較してみたが、外務省の説明はどう考えても「フェイク」としか思えなかった。米軍は世界中に基地を置いているが、日本ほど地位協定で主権を放棄している国はないのではないか――それが、比較検討の末、私たちが達した結論であった。
このことを、さらに豊富なファクトで裏付ける報告書が、3月27日、沖縄県から発表された。
在日米軍基地(専用施設)の約7割が集中する沖縄県は、言うまでもなく、日本に不利な日米地位協定の被害を最も受けてきた県である。だからこそ、これまで米軍による事件・事故が起こるたびに、日米両政府に対して地位協定改定を求めてきた。昨年9月には、独自の日米地位協定改定案を17年ぶりに更新した。
日米地位協定改定を実現するには、国民世論を高める必要がある。そのためには「わが国の地位協定がいかに他国と比べて不利なのかをつまびらかにすることが重要だ」(謝花喜一郎知事公室長=当時)として、沖縄県は昨年12月、ドイツとイタリアにおける地位協定の運用実態調査に着手した。
文献調査を行った上で(拙著『主権なき平和国家』も参考にしていただいた)、今年2月初めには、知事公室の職員3人を両国に派遣して現地調査を行った。今回公表された報告書は、その「中間報告」である。(http://www.pref.okinawa.jp/site/chijiko/kichitai/sofa/chuukan.html)
一読して、私は衝撃を受けた。
ドイツには、欧州最大の米空軍基地であるラムシュタイン基地があるが、沖縄県の調査チームは同基地のあるラムシュタイン・ミーゼンバッハ市の市長にインタビューを行っている。私が特に驚いたのは、市長には同基地にいつでも立ち入ることのできる「パス」が発給されているということだ。