4割が借金300万円超え…大学院に進んだら一生ビンボー暮らしです 就職率は3割以下
かつてエリート候補生と呼ばれ羨望の的だった大学院生だが、いま彼らの台所事情は非常に厳しい。借金を背負い、大学にポストはなく、民間企業も拾ってくれないという三重苦にさいなまれているのだ。
収入200万、借金600万
「学部よりも偏差値の高い大学院に頑張って入学して、なんとか周りに食らいついて博士課程まで進みました。学部時代の同期は『お前が大学の先生だなんて勉強したんだな』ともてはやしてくれるのですが、現実はそんなに明るくありません。
いまの仕事は、大学で働けているだけ幸せなほうですが、指導教授の研究の手伝いをして、たまに非常勤の授業を持って、年収は200万円ちょっと。
社会保険もなく、残ったのは大学院の奨学金として借りた600万円の借金だけ。いまの給料では、とても返せる気がしなくて……」
このように不安を打ち明けるのは、都内の大学院で理系の博士課程を修了し、将来的には大学の教授職を目指す中野信二さん(仮名・29歳)だ。
末は博士か大臣か――。かつては輝かしい将来を嘱望される存在だった博士課程の学生の未来に、重苦しい暗雲がいま垂れ込めている。
そんな大学院生の実態を明らかにしたのが、文部科学省直轄の国立試験研究機関である「科学技術・学術政策研究所」(NISTEP)が2018年2月末に公表した最新の調査だ。
この調査によると、博士課程を修了した課程学生(留学生や社会人でない学生)の、じつに61.6%に学資金としての借り入れがあることが判明したのだ。
また、冒頭の中野さんの例のように借入金も高額になる傾向があり、借入金の額が300万円以上になっている学生も全体の42%に達している。
奨学金といえば聞こえはいいが、つまるところただの借金。もちろん利息のかかるものもあり、社会に出てから大学院修了生にかかる返済の負担はとてつもなく大きい。
大学院生の金銭的な問題について、教育ジャーナリストの松本肇氏は次のように語る。
「大学院生の経済状態はかなり深刻で、文系と理系で多少の差はありますが、生活費や学費も含めて修士課程では2年間で600万円、博士課程では3年で900万円のおカネが必要と言われています。
特に法科大学院を出るには1000万円近くのおカネがかかります。さらに学位論文の作成や研究に必要な書籍代などを捻出しようとすれば、加えて年間30万円程度の支出も避けられません」
試験監督や授業補助など、大学院生のために設けられたアルバイトもあるが、その金額は普通のバイトに毛が生えた程度。授業料と併せて生活費までまかなうにはとうてい足りない。
奨学金が返せず自己破産
「日本学生支援機構」(JASSO)によると、'12年度から'16年度にかけて、自己破産を選び、奨学金の債務などを免れた件数は8108件にのぼるという。
この数字には学部時代の奨学金が返済できなかった人も含まれるが、研究職という夢を追いかけていたら、かさんだ学費を返済できず、自己破産に追い込まれるケースが散見され、あまりにも世知辛い。
借金をしてでも、学生時代にきちんと勉学に励めばそれなりの見返りが得られる、そう信じる学生も多いかもしれない。実際、大学教授の年収は、所属学部や年齢によってばらつきがあるが、おおむね900万~1400万円と高水準である。
だが問題なのは、研究職で成功するのは、博士課程を修了した優秀な学生の、そのなかでもほんの一握りであるということだ。
2年間の修士課程(博士前期)を終え、3年の博士課程に進み、修了した学生の進路は大きく分けて二つある。民間企業に就職するか、「ポスドク(ポストドクター)」と呼ばれる研究員として大学に残り、研究を続けるかのどちらかだ。
ポスドクは任期制で、おおむね教授や准教授の研究をサポートしたり、大学での講義支援を行ったりするのが主な仕事だ。これを3~5年ほど勤めたのち、大学講師や准教授などのポストに就くことが研究職の理想的なキャリアパスとなる。
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だが、そう一筋縄ではいかないのがポスドクの現状だ。KDDI総研リサーチフェローの小林雅一氏は次のように語る。
「ポスドクという名の不安定かつ低賃金な契約雇用期間が10年以上続く研究者もなかにはいて、30代から40代になっても研究職ポストが与えられないまま過ごさざるを得ない人もいます。
おまけにポスドクは教授の研究支援などに追われ、自分のしたい研究を進められないのがつらいところです」
博士課程を出た学生が教育・研究機関に常勤講師としてのポストを求めるとなると、幅を利かせるのは、結局のところ大学の「ブランド」と「コネ」でしかない。
東京大学文系学部の博士課程に在籍する高田明さん(仮名・26歳)が言う。
「大学院に入るまでは知りませんでしたが、研究職の就職はかなりのコネ社会。『ウチで授業しないか』と影響力のある教授に引き上げてもらわなければ、ファーストキャリアもなかなか得られません。
そのため、いろいろな学会に参加して、受付を手伝ったり、留学生の引率をしたり……。文系で博士課程まで進んだ以上、『いまさら民間で働きたい』とも言えない。必死ですよ」
最高学府の大学院に通っていても、研究そっちのけで根回しに動いているのが日本の研究機関の現状だ。
たとえ現役で大学に入学していたとしても、博士課程を修めるころには30歳手前。なんとか非常勤として授業を持てるようになっても、一回数千円の日銭を稼ぐ日々が続く。
修士課程の学生のなかには、経済的な不安から、泣く泣く進学を諦める人も少なくない。
出るも地獄、残るも地獄
都内の私大で美術系の修士課程を修了した上岡遼子さん(仮名・27歳)は次のように言う。
「修士に進んだときは、最終的には大学が雇ってくれると当たり前のように考えていました。でも先輩の生活を見ていると、このままでは就職できなくなると感じ、修士論文も放り投げて就職活動をはじめました。
とはいっても、美術系の研究内容を活かせる職種はなく、いわゆる第二新卒の年齢もとうに超えています。結局、民間の大手企業は全滅で、4月から東北の小さな美術館で働くことになりました」
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NISTEPの調査によると、'12年に博士課程を修了した学生が1年半以内に民間企業に就職する割合はまさかの「27.7%」と低水準にとどまっている。
一度博士課程に進めば、民間企業で活躍できる確率はわずか3割以下。明るいキャリアパスがあるとはとても言えない。
冒頭に登場した、「奨学金地獄」に苦しむ中野さんが言う。
「学部時代は研究室とバイトで遊ぶ暇はありませんでしたが、ポスドクになってからもそれは変わりません。週3回の非常勤講師で糊口をしのぎつつ、研究と働き口探しで暇もカネもない暮らしが続きます。
家は学生時代から住んでる家賃4万円のボロアパートで、食事は安い学食で毎日済ませてますね。せっかくこれしかないと勉強を頑張ってきたのに、この生活がいつまで持つか……。
修了後、一度は理系企業への就職も考えました。でも、僕が専攻していた研究はまだ化学メーカーでも製品に応用されていない分野だったため、技術職の働き口はなかった。
大学院で学んだことが使えなければ、会社側からしたらただの年食った新入社員ですからね」
このような現実が露見した結果、博士課程に進む学生は年々少なくなっている。'16年の入学者は全国で1万4972人で、'03年に1万8232人とピークを迎えてから3000人以上も減少した。
これには少子化の影響もあるだろう。ただ、一方で年間1万人以上の入学者全員が就けるほどのポストが日本の大学機関にあるわけでもない。
「日本では'90年代以降、『大学院重点化計画』が定められ、大学院の定員を増やし、博士号も量産されました。その一方で、教授など安定して研究に打ち込めるポストは増えていない。
おまけに民間企業は知識が『オタク化』していると院卒の人材を積極的に登用してきませんでした。
その結果、行き場を失ったポスドクがあふれかえり、多くの研究者の卵が経済的に困窮することになったのです。
博士課程の入学者が減少してもこの問題は解決せず、たとえば『哲学』という科目は全国800以上の大学に設置されていますが、哲学を専門とする修士課程入学者は一年に1000人以上いますから、単純計算してもポストは足りない」(前出・松本氏)
国からも民間からも見殺し
「まだ学生気分を楽しんでいたい」と就職までの腰かけとして大学院に通う人がいる一方で、借金までして学問の道を究めんとする人もいる。
この多様性がかえって大学院の運営を苦しめ、院内における学力、そして経済力の格差を生んでいるとすれば皮肉な話だ。
「結局、修士から博士課程に進学した同期は、勉強を頑張って返還不要の奨学金を受けられたか、子供が働かなくてもいいほど実家に経済的余裕があるかのどちらかなんですよね。
修士時代には、『就職に失敗したから来た』とか、『まだまだモラトリアムを楽しみたい』とか、結構適当な理由で通ってる人もいましたし。
かたや博士まで残ってみれば、バイトしないと学費を払えないけど、バイトにかまけていたら教授から見捨てられて職がもらえない、なんて複雑な事情を抱えながら暮らしている人もいる。
教育機関でありながら、学生の経済格差が広がっていると感じています」(前出・東大院生の高田さん)
修了するころには多額の負債を抱え、大学に食っていける職はなく、民間からもお呼びはかからない。そんな三重苦を背負った学生を救うのは、ほかでもない大学なのだが、その大学も厳しいやりくりを強いられている。
'04年に国立大学が法人化されてから、国からの運営費交付金は減額の一途をたどっている。毎年約1%の交付金カットが続き、現在までで総額約1400億円が削減されてしまった。
少子化の影響で収入の増加が見込めない以上、大学側は常勤教員のコストカットを進めるほかない。国からも民間からも見殺しにされている大学院生の末路は、悲惨と言うほかないのだ。
人間環境学者で『高学歴ワーキングプア』の著書もある水月昭道氏は次のように語る。
「院生の就職率を明らかにしている大学は少なく、就職につながらない研究室を選べば、一生取り返しのつかない事態になります。
それでも研究者という職業は依然として人気がありますが、本当にそれは仕事に結びつくのか、よく考えてキャリアプランを形成したほうがいい」
学問を究めたいという志は立派なものだが、待ち受けるのは茨の道だ。もし子供や孫が進学を希望するなら、そのことをしっかりと話し合ったほうが彼らのためになるだろう。
「週刊現代」2018年3月31日号より