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ツイッターより。忘れまじ、1979(S54).4.5!会長辞任の流れを作った悪しき組織主義の幹部たちよ

 投稿者:ツイート人
 投稿日:2018年 4月 5日(木)13時46分30秒
【4*5 時の流れ】

顧問弁護士サイコパスの跳梁跋扈暗躍に動かされ、
「相続和合」による「組織防衛」を模索し、
如是修行ではなく、法華経の兵法を用いず、
師弟不二ではなく、
師匠を「時流には逆らえません」と
会長を辞任させた、
「最高幹部」「執行部」「首脳陣」

忘れまじ1979*4*5立川文化会館
 

レッドカードは、1枚で退場なのだ!

 投稿者:ミネルヴァの梟
 投稿日:2018年 4月 5日(木)12時59分0秒
今週末にも、東京米軍横田基地に5機のオスプレイが配備される予定だ。

CV22という空軍仕様の機体だが、過日、沖縄名護で墜落したMV22よりも、更に事故率は高い。

海兵隊仕様のMV22の事故率が3.24なのに対し、空軍仕様のCV22の事故率は4.05だ。

横田基地周辺は沖縄以上の人口密集地域だと思うが、そういう地域の上空を、事故率4.05の飛行機がブンブン飛びまくって本当に大丈夫なのか?

実感として、大丈夫なわけがない。落ちれば必ず、百発百中住居上に落ちると思う。

運用する側も、落ちない事を祈りながらの運用だろうし、住民も、自分の家に落ちない事を祈るぐらいしか方法がない。

完全無欠100%の安全性は無理かも知れないが、100%に近づけようとする努力があまりにも軽視され過ぎているのが問題なのだ。
高い安全性が確保できるまでは、ヘリコプターで代用するのがスジというものだ。

ひょっとしたら落ちるかも知れないなと想定しつつも、まあ、いいやとばかりに、結局オスプレイを導入してしまうアベ政権の、生命軽視、経済・軍事・俺様最優先の基本姿勢が問題なのだ。

米軍が今回、予定を1年以上も前倒ししてオスプレイを横田に配備したのは、アベ政権がもう持たないと読んだからではないのかと、私は本気で思う。(失笑)

アベ政権が倒れる前の、駆け込み配備というのが、案外当たっているかも知れない。(笑)


財務省の公文書改竄に続き、防衛省にも改竄疑惑が浮上しているが、国民はこういう事に慣らされてしまってはいけない。

一発退場のレッドカードが、もう何枚も貯まっているのに、それでも居座り続けるという事は、民主主義を守る気がまるで無いという事の証明だ。

これが、アベ自公日本会議政権の本質なのだ。
現憲法の、国民主権、基本的人権、平和主義が邪魔だ、などと公言して恥じないような勢力だ。

その事実を国民は、はっきりと認識しなければならない。


大相撲春巡業。
土俵上で挨拶中に倒れた市長を救護する女性に対し、「土俵から降りろ」と言った観客達や行司は、救いようの無い大馬鹿野郎だ。

人の命より、相撲の仕来りを守る方が大事らしい。
土俵上にいた女性の中には、その罵声を聞いて降りようとした人もいたが、多くの女性は無視して救護作業を続けていた。

ここが重要な点だ。
正義を守る為には、反対する数多くの馬鹿者共の言う事を、聞いてはいけない事が多々あるのだ。

程度の低い、アホウ共の言葉に左右されない、強靭な意志が必要だ。



 

”This is My name”

 投稿者:カエル
 投稿日:2018年 4月 5日(木)12時04分59秒
虹の戦士さま
曲の紹介ありがとうございます。
missionさま
歌詞の紹介ありがとうございます。

涙しました。
希望を持てました。
 

人生の座標から~

 投稿者:うーこ
 投稿日:2018年 4月 5日(木)12時01分15秒
立場等ではない。信念に生きる人が本物の人間なのである。また、一流は一流の人間を見抜くものだ。  

ヒーロー

 投稿者:SaySaySay
 投稿日:2018年 4月 5日(木)11時38分29秒
元職員3名のブログが更新されています。
『「4・29(日)信越方面・長野座談会」の式次第発表!』
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-173.html
B氏の発言は宗門そっくりになりましたね。情けない。御書は飾りか? ♪飾りじゃないのよ涙は
https://www.youtube.com/watch?v=1qFhqI3AXks

「上が言っているから正しい」では「依法不依人」ではない!!
既に仏法者ですらない!! 御書と三代会長指導を「捨閉閣抛(しゃへいかくほう)」したらどうなるのかお忘れか? その世代なら学んでいるはず。明日はどっちだ? 貴方はどっちだ? 地獄はどっちだ? 私もパクリが得意だが、日顕や法然らをパクッてどうする? 何と不二になりたいのか? ♪坊や いったい何を教わって来たの
https://www.youtube.com/watch?v=NmZk8E9_y7Y

口直しに『This is My Name』、いい曲ですね。
https://s.sokanet.jp/wygm-originalsong.html
https://youtu.be/Cao3qMNTjU4
たぶん下敷き、リファレンス曲は『This is Me』?
https://www.youtube.com/watch?v=DEdHqXCQ6jY
『ビューティフル・ネーム』『アイ・コール・ユア・ネーム』。
https://www.youtube.com/watch?v=iWIY8uSzsns
https://www.youtube.com/watch?v=fedtDmgOQGk
「福過十号(ふくかじゅうごう)」と言いたいところですね。「名は体を現す」「地位が人を作る」は「色心不二」の《法則》が働くと期待されるので、大事にしたいですね。
それは『「智慧の大海」は「意味」の世界!』とも通じるように思います。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/82024
量子論では「エネルギーが凝縮すると物質化する」と言います。一念三千・因果ぐ時に通じます。「意味」エネルギーが凝縮すると、それが物理的に具現化されます。

“心の奥深くを見つめて 希望を見つけたから これこそが 私の名前なんだ”
『This is My Name』
http://6027.teacup.com/situation/bbs/82032
九識心王真如の都ですね。

“ヒーローは見つかるの 自分の心を見つめてみれば”
“不安になんてなることないし そのままの自分でちっとも構わない “答えだって見つかるの”
“心の奥の本当の 自分の姿を見つめてみれば”
“今感じてる辛い気持ちも 跡形もなく消えてって”
“ヒーローが現れて 乗り越える力をくれる”
“そうすれば不安も消えて やってけるって思えるの”
“だからもし もうこれで終わりだなんて そんな風に思っても”
“自分の心の中を見つめて 気持ちを強く持ってれば 最後には本当のことがわかってくるの”
“ヒーローは自分の中にいるってことが”
“簡単なことじゃない 世の中に ひとりぼっちで立ち向かうのは”
“手を差し伸べて助けてくれる そんな人がいなくても それでも愛は見つかるの”
“自分自身を心の中を 一生懸命探してみれば”
“そうしたら今感じてる空しさも いつか消えてなくなるの”
“そんなの誰にもわからない 夢っていうものを 持ち続けるのは難しいけど”
“だからって周りの人に 無理だなんて言わせちゃダメよ とにかくそのまま頑張るの”
“そうすれば いつかチャンスがやってきて そのうちにその先が見えてくる”
“ヒーローは自分の中にいるってことが”
“自分自身がヒーローなのよ”
『ヒーロー』マライア・キャリー
https://www.youtube.com/watch?v=0IA3ZvCkRkQ

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

サリンちゃん大好き!でも山本タロどんも好き!

 投稿者:日本丸
 投稿日:2018年 4月 5日(木)11時36分7秒
イロイロ悩ますサリンちゃんだけど・・・

なぜか心惹き付けられて忘れられない・・・。

でも今は山本タロさんも~!!

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14175492574



http://6027.teacup.com/situation/bbs/80609

 

mission様へ

 投稿者:虹の戦士
 投稿日:2018年 4月 5日(木)10時09分26秒 編集済
mission様へ

日本語訳のご紹介ありがとうございます。

「拡散しない」でと言われば、ますます
世界に拡散したくなりますね。

さっそく、ブログに日本語訳も引用しちゃいました。

所詮、三悪道の者たちが、地涌の菩薩たちに勝てるわけがありません。

池田先生の心を、世界にもっと広めましょう。

http://imagine-happy-life.site/

 

分部関東総合長、本橋総埼玉長へ

 投稿者:虹と創価家族
 投稿日:2018年 4月 5日(木)10時03分35秒 編集済
日時:3月25日 18時~
場所:埼玉文化会館
総埼玉地区栄光長会

佐藤優氏 講演

『原田会長、執行部の批判を始めているが、これは池田名誉会長の否定。
これはキリスト教でもあった。分派と同じ。外へ出て貰った方が良い。』

http://6027.teacup.com/situation/bbs/81589

~~~~~~~

佐藤優氏の講演での発言です。

池田先生の過去の指導を探していますが、どこにも、会長や執行部を批判する事が、池田先生の否定になるような指導は御座いません。
ましてや、会長や執行部を批判する事が分派活動となるような指導も御座いません。

手元に『普及版 池田大作全集 スピーチ 2006年(1)(2)』が御座います。
2006年からの指導は、池田先生の本門の指導とも言える重要な指導集です。
この書籍をもとに、担当幹部である分部関東総合長と本橋総埼玉長に、佐藤優氏の発言を精査して頂きたいと願っています。

さて逆に、この書籍からですが、池田先生は『皆がおかしいと思っても、それを口に出せないような特別な存在をつくってはならない。(普及版1P.22)』『愚劣な幹部はしかり飛ばせ(普及版1P.110)』『組織は上からではなく、下から変革していくのだ(普及版1P.122)』と仰られています。

切文ではいけないので、是非『普及版 池田大作全集 スピーチ 2006年(1)(2)』をご購入の上で、その前後を読み、きちんと池田先生の指導をご確認くださいませ。
そのうえで池田先生の指導をもとに、佐藤優氏の発言を、もう一度ご精査下さい。

その目的は、会合に参加した会員の信心を守るためです。
分部関東総合長と本橋総埼玉長は、埼玉の会員を守る責任者として、池田先生と会員の距離を遠ざけるような、佐藤優氏の発言は撤回し否定するべきです。

学会員の信心を守ることは、『学会の組織』を守ることではないでしょうか。
何卒ご精査を宜しくお願い致します。


 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、「訪問激励」は一日だけデスかぁ~(笑)

 投稿者:カンピース
 投稿日:2018年 4月 5日(木)09時47分53秒
おはようございます。原田怪鳥様、やはりというか、当然というか、本日の政教珍聞に原田怪鳥様の御姿を拝見するコトはできませんデスたぁ~(笑)

『励ましの最前線』とかで、お茶を濁していマスが、原田怪鳥様なり、最高患部の皆様がナニされているかを報道しましょうねぇ~(笑)

「じ・き・で・し」の原田怪鳥様の行動を報道頂けませんと、小生も寂しい限りでぇ~す(笑)


また、4面には「世界政教会館完成へ」として、ナニやら? 無冠の友の写真が並んでマスが、ナニかとってつけたように見えまぁ~す(笑)

皆様の服装も厚着の方が多くいらっしゃいマスので、冬に撮ったモノに見えるのデスが、「なんで今なの?」って感じでぇ~す(笑)

政教珍聞編集部の皆さ~ん、ネタが無いから、紙面構成に苦しんでいるんデスかぁ~(爆)


さらに本日の「寸鉄」にもお笑いでぇ~す(笑)

>「一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給え」御書。題目の利剣で困難に挑め。<
(4月5日、政教珍聞「寸鉄」より抜粋)

一見、そのとおりに見えマスが、原田怪鳥様は「一大秘法」を今後使用しない、と否定されてらっしゃいまぁ~す(笑)

「一大秘法」って、たしか「本門の本尊」デスよねぇ~(笑)

「一大秘法」である「本門の本尊」が「一閻浮提第一の御本尊」ってコトでイイと思うのデスが、原田怪鳥様よろしいでしょうかぁ~(笑)

いくら「三大秘法」を認めているといっても、「一大秘法」を無視して「三大秘法」はあり得ましぇ~ん(笑)

その「一大秘法」を無視して、「題目の利剣」などと言われても、果たして「功徳」ってあるんデスかぁ~(笑)

まあ、たとえは悪いデスが、「A会社の仕事を、関係ないB会社の者がして、A会社にオレに給料払えっ!」

って、言っているように思えるのデスが、原田怪鳥様、いかがデスかぁ~(爆)


ついでに言っておきマスと、「珍・人間革命」誓願もまったく面白くありましぇ~ん(笑)

何回も指摘しておりマスが、小説というモノは、主人公の心理描写がキモデスよぉ~(笑)

単なる記録の羅列ダケでは、読んでいても目が疲れマスし、気持ちも盛り上がりましぇ~ん(笑)

特に、「人間革命」は小説のかたちをとっていても、中身は「実録」であるという意識を読者の皆様は共有しているわけデスので、

山本伸一でなければ言えない言葉、また、山本伸一を取り巻く背景描写を、読者は期待していまぁ~す(笑)

それが、上っ面ダケをなぞった単なる「記録小説」では、正直いって幻滅でぇ~す(笑)

だから「珍・人間革命」などと揶揄されるのでぇ~す(笑)


まあ、原田怪鳥様、原田怪鳥様は全権を持つ怪鳥様でいらっしゃいマスので、逆に言えば、全責任を追求される御立場でぇ~す(笑)

信濃町の奥にこもってないで、さっさと「励ましの最前線」とやらへ出て頂いて、いわゆる「厳しいお宅」を中心に、

「訪問激励」に回って頂けマスように、期待しないで待ってまぁ~す(大爆)




 

『This is My Name』

 投稿者:mission
 投稿日:2018年 4月 5日(木)09時33分41秒 編集済
※世界青年部総会オリジナルsongなんで、日本語訳を投稿しま~す(^^)
https://youtu.be/Cao3qMNTjU4


みんな 一緒に集おう
いつまでも 先生と共に
なぜなら明日は 君の手の中にあるから

若いとか 年をとっているかなんて 関係ない
どこから来たかなんて 関係ない
心の奥深くを見つめて 希望を見つけたから
これこそが 私の名前なんだ

この世界に生まれて
与えられた名前と共に生きている
でも人生には もっと何かあるはず

世界が回り続けているのを ただ見ているだけでもよかった
でも 自分の心は 何かを与えるためにあるんだ
今こそ立ち上がろ

勇気─それは 何が正しいかを知り そのために戦うこと
約束─それは 決してくじけないという誓い

雨と嵐の中で
永遠に輝く光を 見つけたんだ
それは 太陽よりも明るいもの

あなたから たくさんのものを学んだ
それは 海の青よりも深いもの
私の心を満たしている

毎日が新たな出発
叫ぼう『私たちは 勝つために生まれてきた』
『先生 今こそ先駆の戦いを起こします』と

勇気─私たちは 師子のごとく 正義を叫び 立ち上がる
約束─私たちは 絶対に負けはしない

今立ち上がらずして いつ立ち上がる
兄弟 姉妹よ みんな集まれ
歌おう!団結の声を響かせよう

今こそ世界に示そう 私たちの手で何ができるかを
“あなた”がいたからこそ
勝利へのマーチは とどまるところを知らない

生命と精神のために
そして 勝利と奇跡のために
乗り越えてきた痛みにだって 感謝しよう
もしこの流れを変えたいなら いっそルールから変えてしまおう

道を開くんだ 私には説明しなきゃならない事があるんだ
前に進めば 厚い雲を突き抜けることができる
私は決めたんだ そして誓いを捧げたんだ
あなたに 誇りに思ってもらえるように
私は祈りを高らかに叫ぼう

雨と嵐の中で
永遠に輝く光を見つけたんだ
それは 太陽よりも明るいもの

https://s.sokanet.jp/wygm-originalsong.html




 

皆さんおはようございます。

 投稿者:ニューリーダー間鹿メール
 投稿日:2018年 4月 5日(木)09時29分39秒
あさからあほはきにしないで下さいね。本部も地に落ちたもんです。あほは笑いましょう。創価新報であんな駄文、作文しかかけない人達、同情シマスヨー。
 

虹の戦士様 ありがとうございます!

 投稿者:mission
 投稿日:2018年 4月 5日(木)09時28分20秒 編集済
虹の戦士様(昨日)の投稿動画に感激して調べたのですが、『This is My Name』は 世界青年部総会オリジナルsongなんですね♪

もぉ 歌詞が素晴らしい!SGIの時代です!
SGIメンバー達は、きっと池田先生の前で高らかに歌いたい…そんな気持ちで作られたのでしょう。
池田先生の「伝えたかった想い」が、しっかり受け継がれています。

名前や看板なんかどうでもいい、日蓮大聖人様の仏法を信じ みんなとともに生きて 日蓮大聖人様の仏法をみんなに語り 世界の平和をいっしょに祈り みんなを幸せにしていく地涌の菩薩の集まり
だから、私達の名前は”Sensei”なんだと思いました─虹の戦士様
その通りですね(^^) 私も感じました。

『This is My Name』は世界青年部総会オリジナルsong…そぉツイートされてるのですが、「拡散しないよう世界青年部総会実行委員会より注意喚起が出ている」という文面が出てきました。それも個人名のTwitterで…可笑しいと思いませんか?

「創価学会が公式に発信したものではありません。動画を見ても転送したり各種サイトやSNSへのアップロードは行わないように。転送した方は削除して下さい」
https://mobile.twitter.com/karen69U/status/973851581631246338/photo/1
創価の公式発信じゃなくても、撮影したと思われるSGIメンバーの発信ならOKじゃないの?

肖像権の問題なのか?とも考えたけれど、netで流れてる各種の動画は明らかに“創価の撮影staff”では無く、SGIメンバーが撮ってると思うんですょ。
…で何で“創価学会”が公式発表せずに、個人名のツイートなの?
日本だって各県で、池田先生が出席された総会動画を流してるのに…可笑しいやん。

1つ日本語訳の歌詞を見つけたんですが、それも歌詞部分だけコピー出来ないようになってるんですょ…変でしょ?
世界青年部総会オリジナルsongの『This is My Name』なら、どんどん拡散しても良いはずなのに…なんでなん?

じっくり日本語訳を見てみました。
ハハァ~ン SGIをも傘下に入れたダーハラ失効部には、耳が痛くて認めたくない『池田先生の心』というべき言葉が並んでるんですね。

いくらSGIを傘下に入れても、海外のメンバーは見抜いてる(失笑)
それを、日本の“お花畑会員達”に知られたく無いから、個人名で「発信禁止」のツイートさせた?
“創価の公式発表”だと、それこそ“お花畑会員達”も騒ぐから?

けれど、素晴らしいのだから 皆さんに見てもらっても良いじゃない(^^)
コピーできない日本語訳の歌詞を書き写したので、投稿したいと思います。
   (長くなるから次の投稿で)

虹の戦士様、ありがとうございま~す!




 

反宿坊板が

 投稿者:ハム大好き
 投稿日:2018年 4月 5日(木)09時25分39秒
速攻、アク禁です。
卑怯。(笑)
 

宮川さんのFacebookの代理投稿

 投稿者:ドン・キホーテ
 投稿日:2018年 4月 5日(木)07時50分27秒
1953年4月5日、この世に生を受け、

今日で、満65歳を迎えた。

「 創価学会問題を暴露するのは構わない。

だが、オウム事件とML問題に触ったら命の保証はないぞ。」

18年間、常に苦楽を共にし、切磋琢磨して来た親友の言葉である。

そのオウム事件触りの部分だけ述べておきたい。

「 人生50年 」と言われた時代からすれば、余生15年間も生き過ぎた我が人生である。

先生と共に、生きながらえさせて頂いた大満足の生である。

命の保証はないぞ、という体験をしてみるのも悪くはない。

大ファンであった伊丹十三監督、そして、その正義感の凄まじさに圧倒されっぱなしだった朝木明代市議。

今は出家し、私と同門となられた後藤忠叡師との回想。

少しばかり書いておきたい。

1993年12月18日

オウム真理教信者が、

我が師、池田先生を、

サリンで殺害しようとして、

逆にサリンを浴び、

重体になっていた事実。

そして、

その重大な殺人未遂事件は

被害者である学会側からは、

一切警察に通報される事なく、

闇に葬られた。

しかし、

松本サリン事件裁判で

その事実が明らかになった。

その時、身を呈して師匠を

御守りしたのが、

当時、新潟の青年部幹部であった、市場君である。

信越女子部長であった市場智子さんの兄である。

先生は市場君に解らないように、

指示を出されたという。

少々、長くなるが、当時のニュース、ウィキペディアから内容を貼付するので、概要を掴んで頂きたい。

ーー概要ーー

麻原によれば、創価学会は『外道』であり、

『仏教団体を名乗りながら煩悩を肯定している宗教』で、

『原始仏教やチベット仏教を見下している』。

また、

サンデー毎日から始まった

オウムバッシングは

聖教新聞を印刷している

毎日新聞社グループと創価学会が結託して行っているなどと主張していた。

さらに在家で信仰をしているオウム信者を、オウムから学会に改宗させようと

家庭訪問などを繰り返す妨害活動(折伏)をする学会員も現れ、

『池田大作は日本を侵略するフリーメーソンの手先であり「仏法」を曲げている』

『多くの人をだまして来世悪趣に転生させてしまうのでこれを防がなければならない』

『オウムの信徒数を創価学会並みに増やしたいが、それに至らないのは、

池田大作が小沢一郎を使って国家権力を動かし妨害しているからだ』

『池田大作は「仏敵」であるからポア(殺害)しなければならない』。と、結論され、

1993年8月、
オウム真理教信者、
土谷正実がサリン合成に成功。

オウム真理教はサリンの最初のターゲットとして池田をサリンで暗殺することを企図し、

最高幹部の村井秀夫らが行動に移した。

当初ラジコンヘリによる航空散布が検討されたが、

ラジコンヘリが大破したため車両による攻撃に変更した

ーー経過 ーー

1回目は1993年11月、

クシティガルバ棟で生成したサリン約600gを

村井秀夫、新実智光、中川智正らが、

乗用車に農薬噴霧器「霧どんどん」を載せて八王子市の学会施設に1回目の攻撃を行う。

しかし、
サリンが車内にも入る、ボツリヌス菌散布用の霧どんどんも故障するなどして失敗。

実行役らはガスマスクをしておらず若干サリン中毒の症状が出た。

2回目は
1993年12月18日
(土曜日)で、

東京都八王子市の創価大学では演奏会が開かれる予定になっており、池田も出席することになっていた。

オウム真理教は事前に池田が演奏会に出席するという情報を入手していた。

当日未明、創価大学の近隣にある創価学会施設「東京牧口記念会館」にオウム真理教のサリン噴霧トラックが到着し、

3キロのサリン溶液を噴霧した。

しかし加熱気化式噴霧器による火災が発生したうえ、

防毒マスクを着用していたせいで会館の警備を担当している創価学会の牙城会の会員に怪しまれ、直ちに逃走した。

その際、実行犯の新実智光は防毒マスクを外した為、
サリンを大量に吸引し、重体に陥った。

新実に対し、
遠藤誠一や村井秀夫が人工呼吸を行い、

直ちにオウム真理教附属医院に搬送され、林郁夫らの治療の結果一命を取り留めた。

この際、
林郁夫が中川智正に原因を尋ねると中川は「サリーちゃんでポアしようとした。」と答えた。

林郁夫は、「サリーちゃん」が「サリン」を指すこと、

そしてオウムがそれを保有していたことをこの時初めて知った。

池田本人には被害は無かったものの、

当日、警備していた牙城会員が、一時的な視力減退や倦怠感などサリン中毒特有の症状を訴えたというが、

後遺症は確認されなかったため、創価学会では警察への通報をしなかった。

数名の牙城会員が、一時的な視力減退や倦怠感などの重傷を負ってはいたが、

学会側はこの事件を表沙汰にすることはなく、池田大作サリン襲撃未遂事件の犯行の事実は、

1996年1月の
松本サリン事件公判で明らかにされるまでのおよそ3年間公にされることはなかった。

しかし、創価学会の実質的な最高指導者である名誉会長・池田大作の行動予定の外部への漏えい、流出という事態を重く見た学会は事件以降、

池田の行動予定の情報管理を厳しくするとともに、

創価学会本部職員の中からボディガードを選抜した「第一警備」を発足させて池田の身辺警護に当たらせるとともに、

信者から選抜した金城会、牙城会、創価班などに、各会館の警備を強化させている。

( 以上、ニュース、及び、国会図書館記録より )

先生をお守りした真正の弟子へ、先生からの揮毫。

(トインビー博士の言葉より)

「人格や文明が成長しつづける限り、

外の戦場での

外敵の つきつける挑戦は、

ますます考慮しなくて

よいようになる。

しかし、心の中の闘技場で

自分が、

自分につきつける挑戦は、

ますます

考慮せねば ならなくなる」

( 敵は 内部にある)

               大  作

これだけの、重大殺人未遂事件を警察に通報せず隠蔽。

先生の御行動を知り尽くした上での犯行。

何処に真の犯人が居るから明らかである。

手元には、詳細に綴られた手記、系図があるが今は留め置く。
 

わが友に贈る 2018年4月5日

 投稿者:どうみょうてん
 投稿日:2018年 4月 5日(木)07時19分44秒
徹して一人を大切に!
一対一の魂の触発から
納得と決意が生まれる。
さあ今日も朗らかに
友のもとへ足を運ぼう!
 

私達の名前は”Sensei”

 投稿者:虹の戦士
 投稿日:2018年 4月 5日(木)06時09分21秒 編集済
YouTube動画サムネイル>>この動画を再生する


昨日はじめて知ったすばらしい曲”This is My name”
のタイトルを考えて、そのタイトルに込められた意味を思いました。

名前や看板なんかどうでもいい、
日蓮大聖人様の仏法を信じ
みんなとともに生きて
日蓮大聖人様の仏法をみんなに語り
世界の平和をいっしょに祈り
みんなを幸せにしていく
地涌の菩薩の集まり
だから、私達の名前は”Sensei”なんだと思いました

グリコの味がグリコでなかったら、人はそれをグリコとは呼ばない。

牧口先生、戸田先生、池田先生の心。
”一人を大切にする”心がなかったら、
人はその集まりを創価学会とは呼ばない。

日蓮大聖人様の国家諌暁(こっかかんぎょう)の魂を忘れた
人の集まりを、人は日蓮宗とは呼んではいけない

悩んでる人が参加して感動し、元気になって帰ることがない
集まりを人は創価学会の座談会とは呼ばない。

牧口先生、戸田先生、池田先生を忘れたら
人はその生きる姿を人間革命とは呼ばない。

名前なんかどうでもいいんだ、
日蓮大聖人様の仏法を信じ
日蓮大聖人様の仏法をみんなに語り、
世界の平和をいっしょに祈り
みんなを幸せにしていけば。
世界の地涌の菩薩の人たちの歌うとおり、
私達の名前は”Sensei”でいいのだ。


---------------------------------
人類の大理想目指して

 日蓮大聖人は、『代は羲農の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死の理顕れん時を各各御覧ぜよ』(如説修行抄、502頁)と仰せであられる。


 大聖人は、戦乱のない平和な世界、災難にも負けない民衆の連帯、そして人類が生死の苦悩を打開し、幸福長寿の人生を謳歌しゆく時代を志向されて、広宣流布の大理想を私たちに託してくださったのである。


 私たちが友に語る仏法哲理こそ、生死の闇を照らす太陽となる。私たちが広げる助け合いの絆こそ、共生の社会建設の土台となるのだ。
 本年(2014年)は第一次世界大戦の勃発から百年。今こそ、人類の宿命を転換し、「平和の百年」を創り開いていく時である。


 生命尊厳の思潮を全地球に広げる主役は我ら!
 誉れも高く、自他共の幸福を築きゆく、正しき人生の道を前進しよう!
 地域の同志と、仲良く朗らかに、励まし合いながら!

 世界の同志と、希望のスクラムも固く!


(「聖教新聞2014.8.14付 民衆凱歌の大行進 10 正しき人生とは」より)






http://imagine-happy-life.site/

 

「智慧の大海」は「意味」の世界!

 投稿者:螺髪
 投稿日:2018年 4月 5日(木)05時32分23秒
 おはようございます。

 確かなもの、絶対的なものなど何もない、変化相の集まりのこの娑婆世界にあって、「自身」が実は、大宇宙の生命と一体なのだという「哲理」は、この上ない安心と安楽、そして無限への「智慧」をもたらします。その大宇宙の生命のことを久遠元初の生命、永遠の生命、つまり「妙法蓮華経」と名付けられたと言えます。それが「根本清浄」です。それを「信」をもって代替えするということにならないでしょうか。その“希望”から“勇気”、そして“勇気”から“智慧”が生み出されてきます。“智慧”も、“勇気”も、“希望”も、そして“信”を生み出すのも「自身」です。

 いまや社会の中に根付いた感のあるパソコンの世界は面白い。コンピューターを起動させる“C++”などの“言語”を習得すれば、目的の“文章”や“画像”を画面に反映させられます。いろんなアプリケーションが登場し、その“誤操作”をカバーする機能まで使って起動させると、まさしくパソコン操作の仕方は「千差万別」です。インターネットの世界など、その操作の“言語”の主導権を握ったからこそ、グローバルの“情報戦”に“英語圏”が勝利したと言われるのでしょう。

 「智慧」の世界も、よく似たところがあります。パソコンと同じように、この宇宙は「智慧の大海」です。その「宇宙」の「法」を起動させる“言語”や“文章”を入力すると、無限の宇宙の「智慧」が反映されてきます。「智慧が智慧を引き出す」と言ったら適切でしょうか。入力する「智慧」が、“言語”や“文章”だというわけです。入力すれば、宇宙の「智慧」が自身の中に浮かび上がってきます。宇宙の智慧が引き出せないのは、使う“言語”が“宇宙の言語”になっていないか、誤りがあるからということになります。

 法華経方便品の「唯仏与仏 乃能究尽 諸法実相」はこのことを言ったものなのでしょう。

 “言語”や“文章”の上に“思考”や“概念”があります。それは「文字」に載せられています。「仏は文字に依つて衆生を度し給うなり」(蓮盛抄153㌻)と仰せです。「文字」が「智慧」ということになります。「法華経の文字は六万九千三百八十四字・一字は一仏なり」(御衣並単衣御書971㌻)とまで仰せです。

 “思考”や“概念”を造るからこそ、“文字”や“言葉”で生きる「人間」の「証」ではないのでしょうか。その“思考”や“概念”がシナジー効果(相乗効果)を生み、「文明」というものが造られてもいます。男や女、人間というのも、いわば“概念”のものです。いわば「意味」です。「このようなもの」という“概念”なくして、「意味」や「意思」は伝わりません。仏法で説く法用、能通、そして秘妙の「三方便」も、その「意味」の伝達の“概念”だと言えます。「形」あると言えば「形」があり、ないと言えばない、まったく「生命」と同じものです。だからこそ、借りにある「方便」です。

 “思考”や“概念”がなくていいことにはなりません。その中の“思いこみ”や“こだわり過ぎ”がいけないのです。「仏法」は中道です。「希望」が「人間」を育み、前へ進めさせます。「人間」に無限の「希望」を持たせる「方便」が“言葉”や“概念”や、その「意味」だと言えます。まさに、池田先生が仰るように、「信心は永遠の希望の源泉」です。

 「智慧とは南無妙法蓮華経なり」(御義口伝725㌻)とは、一面から見れば「生命」の仕組みを知ることにあるのでしょう。「仕組み」を知り、「処理」の仕方を学び、その「段取り」を立てることが、何かを成す「智慧」となります。そこに、「成す力」が必要なことは言うまでもありません。「策」や「方法」だけではないのです。その「力」を「信」によって呼び覚まします。この前段には「三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり」と仰せです。

 切れてはいけない。「切れる」というのは、「南無妙法蓮華経」の否定です。宇宙への「帰命」ができなくなってしまいます。むしろ「宇宙への帰命」こそが、あらゆる「生命」の目的であり、基盤であるようです。娑婆世界にあって、「能忍」が要求されるのも、そのためだと言えます。



 

『桜の城』 大空を見つめて 1

 投稿者:赤胴鈴之助
 投稿日:2018年 4月 5日(木)02時06分4秒
『桜の城』
大空を見つめて

愛する学園のわが子に贈る・・・1  二〇〇〇年二月六日

最後の一歩まで

断じて退くな!

幸福は 前にあるからだ

後ろに引き下がる青春は

自らの宝を

捨て去ってしまうからだ


断じて 前へ進め!

断じて 前へ歩め!

断じて 前へ行け!

必ず そこには

希望と金の汗と

勝ちゆく鼓動

満足の魂の輝きがある


強い人間には

正義が光る

弱い人間には

勝ち抜く力がない


二十一世紀の舞台を

躍り走る 英知の若獅子を

育てゆくのが

わが創価学園である


この学園は

青春の精髄を

人間の真髄を

学問の究極を

生命深く授けんとする

世界一の若き学舎である

これこそ今までの歴史が

物語つている

幾多の彼らの事実が

語り残している


「学ばずは卑し」との

生き生きとした校風が

この世の知性の太陽となって

煌めいている


ある偉大な外国の教授は

「学園は二十一世紀の

模範中の模範の学校なり」と


著名な日本の教師は曰く

「荒廃している学校教育の中で

奇跡に近い

理想的な教育をなさるのは

なんと偉大なことか!」


多くの来客が

見学に来られる

ある方は教師を誉め

ある方は生徒を誉め

ある方は環境を讃え


また ある人は

登校下校の凜々しい

礼儀正しい紅顔の美少年を

誉め讃えてくれている


新世紀の指導者を

育成しゆく

鳳雛の英知の城は

東には

富士が見える武蔵野に

また西には

山と緑の関西の交野に





 

まもなく同盟題目を開始します。

 投稿者:信濃町の人々
 投稿日:2018年 4月 5日(木)00時53分59秒
池田先生、奥様のご健康ご長寿を祈っていきましょう。

闘病されている同志の皆様にお題目を送ります。また、そのご家族が守られていくよう併せてお題目を送ります。
 

同盟題目

 投稿者:
 投稿日:2018年 4月 4日(水)23時47分41秒
今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
狂った幹部に査問、除名されたご家族が諸天に守られます様に
おやすみなさい
 

以前

 投稿者:花の輪
 投稿日:2018年 4月 4日(水)23時45分15秒
随分前に
こちらの板で
池田先生がスターで
◯◯氏がレコード会社の社長という投稿されていた方がいました
今、思うとまさに「慧眼」でした
 

天魔打倒の折伏

 投稿者:男子部Nメール
 投稿日:2018年 4月 4日(水)22時35分52秒 編集済
私は、毎日2時間の唱題を上げ抜き折伏しています。

富士宮では、壮年さんを始め、内外の人々に、天魔原田の裏切りを明かにし、正義は池田先生御一人という真実と学会組織と公明党の狂いの迷走の実態を語り抜いています。

皆さん、秋谷や原田らの裏切りの実態を話すにつけ、魔が切れだし真剣に聞き入ります。

特に、世間の人々は、「学会員が公明党に対して抗議したら、原田会長の組織から除名になったんです」と伝えると、異口同音に「池田先生を裏切った学会と公明党は狂い出したんですね。今、安倍さんの元で起きている狂った改竄事件みたいですね」と聡明に語られます。

天魔原田らの悪を斬って、池田先生の正義と指導を語る中、題目を上げ始めた人と共に御本尊を求める人が出始めました。

壮年さんは、対話相手に勤行指導をしております。

壮年さんは「セルビアの片野さんは、先生にお応えしようと折伏をやり抜いています。素晴らしい!除名されてからも悩める友に対して御本尊を流布し抜きたい。と悩まれてました。本当に励みになります」と言われていました。

片野さん、ありがとうございます。

私も日本で、天魔打倒し悩める友への折伏をやり抜いてまいります。
 

三類の強敵

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編
 投稿日:2018年 4月 4日(水)21時41分24秒 編集済
だいぶ以前にだけど「三類の強敵」は時代も象徴してるんじゃないのか、というのをコメントしたけど。
池田先生の陣頭指揮時代までは一般の方々を折伏していった時代で、これはちょうど仏法に縁させていく時代にもなっていた時期ですね。
「三類の強敵」でいえばちょうど俗衆増上慢の時代を象徴してるように見えるわけです。

そして現在は信心してるフリの会長などとの戦いを象徴する道門増上慢の時代に見えます。
俗衆増上慢・道門増上慢は乗り越えられられても、第三の「僭聖増上慢」は最も性質が悪く、人々からあがめられてたり権力者だったりが法華経の行者を迫害するのですね。

以前にコメントした当時からは状況も推移したけど。
道門増上慢の時代といいましょうか、それがまだ始まったばかりに感じられるのですが。

これだけ長い期間かかって第二の時代ですから、次の時代ではおそらく僕はすでに生きてないことでしょうけど。
次の僭聖増上慢の時代では、ひょっとしたら功徳を与える存在が同時に法華経の行者の迫害を行うのではないか、と。
不可能なことじゃないでしょうね、おそらく。
「功徳の実感」を知ったから歓喜で折伏してきて、やがて権力の甘みを覚えたことで、功徳を与えることも可能な「強敵」の“ラスボス”といいましょうか(「ラスボス」とは最後のボスというゲーム用語でしょうか)。

原田会長以下執行部は功徳・福運・福徳を与えないようにすることで、正義を行う力そのものを奪い隷属するしかない構図でもって運営してる状態です。
イメージしやすくいえば、原田会長以下執行部が「功徳」を与えながら、その功徳をうまく詭弁で「回収」してしまうシステムにしたらどうなるでしょうか。
これは将来において遅かれ早かれ実際に起こりうることでしょうね。

とりあえず原田会長など4人組はすでにそんな気はまったくない様子だし、そもそも4人組では成立しないでしょうからね。
だから今のうちに言っておいたほうがいいかなと。

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人間の本質と宗教

 投稿者:寝たきりオジサン
 投稿日:2018年 4月 4日(水)21時40分13秒
■松下  宗教と名づけられるものは、人類の歴史のうえにおいて、非常に古くから存在しているようですが、これはいったい人間のいかなる本質から生みだされてくるものでしょうか。また人間の本質から生みだされてくるものならば、今後も人間とともに、いわば永遠に存在していくものでしょうか。

■池田  結論から申し上げれば、宗教は人間が存在するかぎり、人間とともに、永遠に存在しつづけていくものです。これははっきりと断言してはばかりません。

なぜかといえば、宗教は人間の本質というよりも、人間の存在におかれた条件からは必然的に生み出されるものであるからです。

では、その条件とは何か。大きく分けて、二つあります。人間は生まれたと同時に、この二条件によって、ある意味では支配されていくといえるでしょう。

その一つは、生まれた以上、いつかは必ず死ななければならないというような、自然の必然的な法則です。

この法則については、仏教の開祖・釈尊は、生・老・病・死の四苦というかたちで明快に示しました。

これだけは、どんな富を積んでも、才能に恵まれていても、あるいは栄耀栄華をきわめていても、誰びともいかんともしがたい絶対にまぬかれることのない法則であり、しかも人間はこれを意識することができるのです。否、意識しないでいられない存在なのです。

それともう一つは、第一の必然的な法則に支配されているにもかかわらず、人間は無限に自由を求め、欲望を最大限に開放しようと努力し続ける存在である、という条件です。この二つは互いに相反し矛盾しあう条件ですが、人間存在に、誕生と同時に刻印された根本的なものです。

そのうえに、人間はホモ・サピエンスといわれるように、他の動物とは異なり、この矛盾をみずからの知性でよくわきまえている動物であり、この矛盾をなんとか統一しようと努力するわけです。

昔から人間が飽くことなく求めたように、不老長寿を得ようとしての空しい努力も、人間存在に必然的にともなう二つの条件がぶつかりあった結果です。

宗教とは、まさにこの矛盾を解決するために人間が生みだしたものといえます。逆にいえば、人間存在の根本にある二つの条件を合致させようと願った結果、人間自身の限界、つまり有限性を深く自覚するとともに、ある永遠なる力や存在に対する信仰心が宗教を生みだしたともいえるのです。

同じ宗教といっても、多種多様な形態や内容をもっており、どの宗教が人間にとって理想的な宗教であるかについても論じなければなりませんが、ご質問に求められている所からは逸脱しますので省力いたします。ただ次のことだけはいえるのではないでしょうか。

人間の生存の条件について、真剣に熟考すればするほど、人間にとって宗教は先天的なものであることがますます明らかになるとともに、「人間は宗教的存在である」といった識者の言がずっしりとした重みをもって迫ってくるといえるでしょう。

宗教はどれも同じか

■池田  宗教を否定しないまでも、積極的に受け入れない人の考えには、多くの場合、宗教は結局、どれも同じではないか、教義は間違っているようであっても、どの宗教の求め目指すのも、根本は同じであるから、一つの宗教に固執するのはおかしいという考えがあります。つまり、登り口は、たくさんあっても、目指す頂上は同じものだという考えです。こうした宗教観を、どのようにお考えになりますか。


■松下  宗教というものが、どれも同じであるかどうかは、これは非常にむずかしい問題で、私としては、むしろお教えいただきたいと考えております。

ただ、私なりにごく常識的に考えて見ますと、宗教というものは、かりに基本的に目指すところは同じだとしても、具体的には宗団により宗派によって、それぞれに特色があり、異なっているものではないかと思います。

今日でも、数多くの宗団・宗派があり、それぞれ独自の教義というものをもっているわけです。また、歴史をみましても、いろいろと宗団・宗派の興亡がみられ、ある時期には非常に興隆したけれども、その後、衰微したという場合もあれば、ある国では非常に広まっても、別の国ではあまり広がらなかったという場合もあります。そういうことを考えますと、やはり宗教には、多くの共通する面もありましょうが、そういうものをもちつつも、宗団・宗派によって、異なっているように思われます。

したがって、宗教に帰依する場合でも、そういう観点から、どの宗教が自分の人生にとって最も好ましいものかということを十分に考え、慎重に選択することが大切ではないかと思います。これまでは、一般にとかく病気やケガをしたような場合とか、災難に直面したり、煩悶するといったような場合に、それが一つの機縁となって宗教に入る、といった姿が多かったのではないでしょうか。これはこれで、一つの入り方かもしれません。

しかし、宗教というものは、人間にとって、その一生を変革し、幸・不幸を左右するほどのものだと思うのです。ですから、本当にそのような宗教の尊さ、重大さ、を考えたならば、そうした日常的なきっかけだけで、深く考えずに宗教に入るという態度ではいけないと思います。やはりさまざまの宗教に思いをいたし、慎重に考え検討し、自分としてはこれが一番好ましい、これこそ自分にふさわしいものだ、といった確信に到達したうえで、その宗教に入っていくといった態度がなによりも望ましいといえるでしょう。

もちろん、人間は迷いも多く、また弱い面も持っていますから、これまでのような姿も一面やむをえなかったと思います。しかし、今後は、人知もさらに進み、宗教に対する考え方も進んでいくでしょう。したがって、やがては、誰もがあるていど選択を行ったうえで宗教に入るということになっていくのではないでしょうか。


【「人生問答」】聖教新聞社 松下幸之助/池田大作著
 

谷川天魔学会は  最悪??? 

 投稿者:創価学会  乗っ取り野郎秋谷原田
 投稿日:2018年 4月 4日(水)21時22分16秒
今日の聖教新聞にはちゃんと「創価大学池田記念講堂」って正式名称が書いてありますね。最近の聖教新聞はツイッターやら某掲示板に忖度しているのかな?(爆笑)
寸鉄は使い回しだとか、いい加減な仕事しているとか散々呟かれているからね(苦笑)解っているんだったら最初からちゃんと書いてよ。
 

春風のように友を包む

 投稿者:コンペー
 投稿日:2018年 4月 4日(水)21時16分15秒
今日の聖教一面。写真に目が行き見落とした。
会長の写真の右側のコピー。

春風のように友を包む

随分と、大きく出ましたね~
それとも、誤植ですか?
私ならこうします。

春の嵐のように友を襲う

 

原田教息子

 投稿者:秋谷栄之助守銭奴? 原田稔天魔淫乱派
 投稿日:2018年 4月 4日(水)21時10分42秒
19
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黒ニンニク
黒ニンニク
@kuroblackGarlic
?
15m
「3・16、4・2、4・24を迎えるこの時期です。新・人間革命はトントンと早足で歴史が綴られていますが、書棚に眠っている先生の随筆や細かく周辺取材をして綴られた書籍を改めて読む機会としてはどうかなと思います」

こう言ったら嫌な顔をした婦人部幹部。

去年のこの時期も同じ反応やったなぁ…?
tamakokko
tamakokko
@iroirotaihenda6
?
8m
何で嫌な顔するんでしょうか(笑)
本当はかすかにおかしいと気づいてるけど
怖いから、その気持ちを打ち消しているとか?
黒ニンニク
黒ニンニク
@kuroblackGarlic
?
4m
まぁ僕からしたら婆ちゃんに近い現役バリ活さんですし、孫みたいな人間に「指導っぽい」話をされたくないのかもしれませんね。

僕が可愛く甘えて上手くやれれば良いんでしょうけど…(笑)
波乱万丈斎
波乱万丈斎
@hells_emperor
?
1h
自分達こそが絶対善であり、如何なる違法行為を犯そうと、その非を責める者はすべて悪である。

それが現代の創価学会執行部の狂気じみた思想である。

まるで釈迦在世の提婆達多の再来。

一度、坂を転げ落ちると、加速度を増して落ちてゆくものだ。
天安門 原田谷川邪学会壊滅
天安門 原田谷川邪学会壊滅
@5Y4PekDVtUajAVr
?
4m
無限です
ごん猿さんがいいねしました
プランニング企画
プランニング企画
@officeSugano
?
1h
まだ今日のNHKの19時のニュースのインパクトをちゃんと理解できてる人がいない

これね、「口裏合わせしてた」って話が衝撃的なだけでなく、佐川の証人喚問の証言が嘘だったってことが立証されたってことなのよ
服部ひとみさんがリツイート
monkey magic
monkey magic
@monkichi_fight
?
3月31日
【池田名誉会長】上の立場になって、人から何も言われなくなると、人間は
往々にして悪くなる。格好をよく見せようとする。この点、幹部は、よくよく自戒しなければならない。(続く
このスレッドを表示
服部ひとみさんがリツイート
monkey magic
monkey magic
@monkichi_fight
?
3月31日
【池田名誉会長】学会が、もう一歩、強くなり、永遠に発展するために、大事なのは「幹部革命」である。(続く
 

原田偽物会長学会  山口の 脱線

 投稿者:カラスの鳴き声様は  原田天魔派
 投稿日:2018年 4月 4日(水)20時55分17秒
皮肉ですね。
他国の大統領が池田先生の提言を実行してるなんて。
これだけはっきりと学会と公明党の進む方向は
間違ってるんだと逆の現証が出てると
思うのですが、気がつかないんですね。
世間から批判を受けないと絶対わからないんじゃ
ないかと思います?
 

「題目パワーでエネルギー転換 日蓮仏法3.0」推奨、ありがとうございます。

 投稿者:日蓮仏法3.0メール
 投稿日:2018年 4月 4日(水)20時53分59秒
推薦図書 ?投稿者:無冠 ?投稿日:2018年 4月 4日(水)04時00分51秒

「久しぶりの投稿」ということで、わざわざ推奨の労を取って頂き、ありがとうございます。
特に、「「信」を深め、唱題行実践の後押しになろう」という点は、私たちの目指すところです。
今のような混迷する過渡期にこそ、この一点がすべての基礎であり、出発点になると思っています。
アマゾンジャパンの書評にもぜひそのままコピペで結構ですので、宜しくお願いします。
合わせてNB2.0も。

https://www.amazon.co.jp/dp/4802094027

 

なるほどねぇ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編
 投稿日:2018年 4月 4日(水)20時45分6秒 編集済
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180404-00540426-shincho-ent
『たけし独立で「裏切り者」扱い… 軍団の告発に森社長が反論(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース』

北野たけし関連の最近の騒動話を数人がコメントしてたゆえヤフーニュースにあったから記事を拝見してみたけど
掲示板の話題と直接は関係ないから簡単に

やるべきことをやってるという誇りを思うのは社長本人の思想の自由というものかもだけど
この社長のいう「経営理念」とやらはご自分で「全く理解できません」という事態になってるね
それはやるべきことをやってることにはならないよね
この辺りはたぶん一般の人も指摘してる人がずいぶんいるんじゃないかな、たぶん

世間へ「本当に私ひとりが悪者であり、それどころか私が私利私欲のために会社をいいように使ったという話を真相だと信じ込んでしまう」よう自らの「態度」でそれを示して裏付けてる状態だけど大丈夫でしょうかこの社長さんf^^;
よっぽど動転してるんかな

なんでこの話題を数人が出していたのかわかる気がするf^^;

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

ツイッターから。寸鉄に現れる執行部の姿勢が情けないね

 投稿者:ツイート人
 投稿日:2018年 4月 4日(水)20時18分40秒
いい加減な仕事している聖教新聞の今日4/1エイプリルフールの寸鉄より。

「SNS投稿後に後悔した―半数が経験。送信前に冷静に。悪用されぬよう」

ですって(笑)ツイッターで呟かれているのが余程嫌なんでしょうね信濃町界隈は(笑)
 

明日4-5池田先生は

 投稿者:バーミヤン
 投稿日:2018年 4月 4日(水)19時50分25秒
明日  4月5日に  池田会長先生は  池田家は   いかなる

行動をされるでしょうか

昨年から  反転攻勢の  狼煙を  先生は  会員に  要請されています!

婦人部  なぜ  沈黙するのだ   青年部  何故だ

池田会長先生は  天魔邪教原田を 倒す  司令

意気地無し  弱虫、 査問  除名  村八分が  怖いですかね

先生の 苦労を 水泡にする  師恩のない  会員信者

原田天魔邪教学会 信者ですね      無限ですよ

憐れな  同信 退転の  会員信者  大馬鹿者です
 

わたしの独り言さんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編
 投稿日:2018年 4月 4日(水)19時49分31秒 編集済
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81970

う~ん
置かれてる環境と使命(役割)の違いで起こったことと感じるよf^^;

月の砂漠さんの主張は正論だし、そもそも活動家さんでコメントしてるほとんどは月の砂漠さんと等しい認識でこれまで活動してきていたと思うよ?
けどそれだけでは明らかに不足な状態を痛感したからこそプラスアルファでやってるように僕には見えるのだけどね

そりゃある意味そうなるのも自然なことで、これまでは池田先生が細かい気配りと配慮があったものが、あるときからなくなって地域レベルにまでロコツに負担がきてる状況に変わったからなんです

これはもちろん地域差もあることだろうし、地域の幹部さん全てが「おかしいこと」に気づいてないわけじゃないからね
今でも「変な幹部」から部員さんを守り育ててる幹部さんはいますもんね
ここまできて変な幹部に「尻尾」を掴ませないぐらいの幹部さんはむしろいないほうがおかしいことですから
ぶっちゃけるけどとても把握できるもんじゃないね

これ以上に池田門下の会員を見つけようとするなら「真面目に信心する」しか発見方法がないけれど、そもそもそんな気のない「変な幹部」にはそういう「矛盾」が起きてることで見抜けないことでしょうね

これ以上に「査問」を行えば査問を行う幹部はただ福運を食い潰していくだけでやがて完全に食い潰すしかないから「自ら討ち死に」していくしかなくなる
(だから最近の話題はそうした人までも含めての「一切衆生の幸福」にするには?という話題へ変化しつつあるね)
その間、静かに着実に信仰を守り育ててる側は逆に福運を着々と積み上げ「項羽と劉邦」さながらでしょうか

しかしそんな惨状に至るまで「第六天の魔王」もそこまでバカじゃないでしょうからね
なんらかの「変化」があるとは思うけど
その辺りの時期に4人組はどうするか
いやそもそも「4人組」がその時期でも成立してるかもわからないかな

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

重度脳性まひのわが子と希望の前進

 投稿者:寝たきりオジサン
 投稿日:2018年 4月 4日(水)19時40分21秒
【岐阜県・海津町】「A君、きょうも楽しかった?」。K・Yさん(53)=海津支部、地区
副婦人部長=の笑顔に、重度の心身障害がある長男のA君(14)が、やさしいまなざしでこ
たえる。言葉を返すことも、体を動かして表現することもできないが、その瞳は「やさしい先
生や友達に囲まれて、楽しかったよ」と語っているかのよう。自宅から学校まで、車で片道1
時間10分の道のりを、母子は8年以上も通い続けている。「つらいこともありました。でも
、楽しい思い出のほうがいっぱいです!」とKさん。A君が通う県立N養護学校のPTA会長
を務め、“母親サークル”の充実など、全国でも注目される取り組みを推進している。

使命を胸に行動

「Kさん、どうしてそんなに笑顔でいられるんですか?」――同じ学校に通わせる母親から、
声を掛けられることが多い。「私もつらかったわ。でも……」と自身の体験を通して励ますこ
とも。「Kさんに励まされ、頑張る勇気が出ました。この子のためにも、母親である私が元気
を出します!」と言ってくれた若い母親。“この笑顔のために”と、使命を胸に行動する。K
さんは、長年、取り組んできたPTA活動の中で、3年前、“母親サークル”を実現した。華
道の心得をもつKさんが、講師を務めるフラワーアレンジ・サークルを結成。その後、互いの
特技を生かし合い、ウクレレ、トールペイント、パソコンのサークルも。それまで送迎の時に

あいさつを交わす程度だった母親の交流が、サークル活動を通して深まった。N養護学校は、
地域の自治会や地元の小中学校との交流推進などの活動で、全国的に注目されている。Kさん
は、今年4月からPTA会長を務め、県特殊教育学校PTA連合会副会長、(財)岐阜県高等
学校安全振興会の常務理事も兼務する。昨年夏、母親サークルなどの活動を、近畿・東海・北
陸地区の病弱虚弱教育研究連盟の大会で、Kさんが発表。全国でもそのような取り組みは少な
く、反響が大きかった。N養護学校のU・K校長は「Kさんはバイタリティーにあふれ、母親
サークルなど、さまざまな取り組みを積極的に推進してくださっています。もちろん母親とし
ても、A君と前向きに、楽しく歩んでおられ、模範の存在と思っています。一層の活躍を期待
しています」と。――Kさん自身、幼少期は病弱で小学校を休むことが多く、目の病気

にも苦しんだ。中学校では、いじめに。そのころ、両親に信心の素晴らしさを語る伯父の話に
心を動かされ、Kさん自ら、仏法を実践してみたくなった。唱題、学会活動に励むうち、“自
分の一念で何事も変えていける”と自信が持てるように。いつしか笑顔が戻り、いじめや病気
で休むこともなくなっていた。女子部時代、池田名誉会長の来訪した第1回中部青年平和文化
祭が、信心の原点に。夫のHさんを折伏して結婚。88年、待望のわが子誕生の喜びに包まれ
るはずだった。が、難産の末、生まれたわが子は仮死状態。水泳の指導者だった夫のHさんも
寝込むほど。一家のショックは大きかった。出産から1週間後、Kさんは初めてわが子と対面
。重度の脳性まひで、ほとんど動くことも、泣くこともできないわが子を前に、涙があふれた
。“元気に産んであげられなくて、ごめんね”

初めて流した涙

その時、看護師が声を上げた。「赤ちゃんが、初めて涙を流したわ」。A君のほおを、一筋の
滴がぬらした。「お母さんのことが分かるのね。一緒に生き抜こうね!」退院後も、通院とリ
ハビリに追われた。チアノーゼがひどく、発作で何度も病院に駆け込んだ。将来を悲観し、ひ
どく落ち込んだこともあった。同志が心配し、毎日、Hさんが戻るまで、交代で自宅に。「思
いつめていた私を温かく励まし、一緒に唱題してくれた皆さんの真心に、救われました」もう
一つ、Kさんの心を変えたのは、同じ悩みを持つ母親たちとの出会いだった。肢体不自由児の
施設に、リハビリのため母子で入院したとき、自分と同じように奮闘し、悩んでいる母親の

姿を目の当たりにした。“私だけじゃないんだ”と、心を奮い立たせた。母親の交流の大切さ
を実感し、これが後の母親サークルの結成につながる。Kさんは唱題を重ね、わが子を連れて
学会活動に歩いた。Kさんが励みにしてきた言葉がある。菊池麟平氏の『母の日記』を引用し
て語った名誉会長のスピーチだった。「『太陽のような母を持つ子供にとっては、世の如何な
る出来事も、その子供の将来に暗い蔭を与え得るものではない』。婦人部の皆さまは、どんな
につらいときでもニッコリほほえんで、家庭に地域に、安らぎの光を送っておられる。“学会
の太陽”婦人部の皆さまに心から敬意を表したい」母の笑顔に、わが子がかすかに反応する。
4歳の時、ミキサー食を食べられるようになった。わずかな前進だが、苦闘を経てきたKさん
夫妻には、その喜びと感動が前進のエネルギーになった。

特別講師を担当

95年4月、N養護学校に入学。片道50キロの母子の通学が始まった。流動食しか食べられ
ないA君のため、朝4時に起きて、一品一品をミキサーにかけるなど、準備にも時間がかかる
。同年夏、さらに苦難が襲った。夫のHさんが、末期の胆管がんに……。8月、手術をしたが
手を付けられず、そのまま閉じた。Kさんはつらい思いをかみしめ、夫を励まし続けた。活動
に積極的ではなかったHさんも、本部幹部会の衛星中継会場に参加し、一緒に唱題をするよう
になった。A君を送迎し、夫の看病。ほとんど寝る時間もなかったが、希望を胸に闘い抜いた
。翌96年7月5日のことだった。A君を迎えに行くため病室を出るとき、Hさんの

声がした。「いつも、ありがとう……」それが最後の会話となった。眠るように亡くなった夫
に、Kさんは語りかけた。「あなたの分も、Aと頑張っていくわ!」夫との誓いを胸に、きょ
うも前へ!あすも前へ!片道1時間10分の通学だけに、自宅に戻る余裕もない。養護学校が
ある地域の座談会に出席したり、友人との対話に。PTA活動にも、積極的に取り組んだ。5
年前、養護学校の高等部の教諭から、華道の心得があったKさんに「生徒が喜ぶような授業を
特別講師として担当してくれませんか」と。そこで始めたのが、フラワーアレンジだった。「
ねえ見て!こんなにきれいにできたよ」と喜ぶ生徒たち。親からも感謝の声とともに、「私た
ち母親にも教えてほしい」との要望が。“お母さんたちの交流を”と願っていたKさんは、母

親サークルを提案し、実現した。今ではPTA活動に参加する親も増えた。さらに今年4月か
ら、サークルの評判を知った地域の婦人の要望で、フラワーアレンジ教室を開催。「皆さんが
喜んでくださるなら」と、ボランティアで講師を務める。送迎の合間の数時間を活用し、貢献
活動に全力。さらに、「昼、学会活動できない分、夜は地元でフル回転!」と。学校が終わる
と、助手席にA君を乗せ、車を走らせるKさん。「大変じゃないかって?そんなことありませ
ん。だって、楽しくてしようがないんです。信心して、宿命を使命に変え、貢献の道を歩むこ
とができるんですから」信号待ちの時、やさしくA君を見つめた。「いつも言うんです。『A
君のおかげで、こんなに素晴らしい行動ができるのよ。ありがとう!』って」

好評の母親サークルで、フラワーアレンジの講師を務めるKさん。母親たちの交流は、いつも
笑顔に彩られている

2003年6月12日
 

mission様

 投稿者:コンペー
 投稿日:2018年 4月 4日(水)19時03分42秒
mission様、明日ですね。こちらこそ、ありがとうございます。昨年の4月5日の学園と立川文化ご訪問は、決して偶然ではないですね。気付く弟子、声をあげる弟子を見極めているように思います。私の地域も、先生!先生!と叫ぶと少し怪訝な目でみられます。笑笑
妻からは「池田教」なんて言われてます。笑笑
 

洗いざらい

 投稿者:団塊ジュニア
 投稿日:2018年 4月 4日(水)17時09分57秒
師匠に反省懺悔できる宮川さんは偉いよねー。
原田さん、あんたも師匠に反省懺悔したらどうだい?
そして、秋谷や八尋の悪事を洗いざらい明らかにしちゃいなよ。
そうじゃなきゃ、永遠に悔いを残すよ。
 

「創価学会員だけの国」に住んでるわけじゃあるまいし

 投稿者:小作人@地上の発心
 投稿日:2018年 4月 4日(水)16時48分52秒
昭和54年には自分たちの両親がまだ出会ってもいなかったような
平成生まれのヤング男女や学生部相手に54年問題を語るのだから、
当時の政治や社会状況への考察も踏まえないと理解が深まらない。

それは取りも直さず、54年に先生を会長辞任に追い込んだ勢力がその後の日本社会を蝕み、亡国の淵に来ている現状を若者たちが認識することでもある。

新しい国作りを、そして新しい創価学会を築く担い手は、彼ら彼女らなのだから。

人を育てる意志のない、老醜を晒す身になってもいつまでも自分が「お子ちゃま」でいたい大馬鹿者は、
「外部」には理解不能の陳腐な政争劇に54年問題を貶めて、コップの中の嵐に一生見とれているがよい。。
 

(無題)

 投稿者:SaySaySay
 投稿日:2018年 4月 4日(水)16時06分0秒
宗教界 国補助の研究に波紋 介入の影警戒 毎日新聞2018年4月4日
https://mainichi.jp/articles/20180404/k00/00m/040/228000c

国法と宗教団体 国家管理の方向は回避を 2018年1月19日付 中外日報(社説)
http://www.chugainippoh.co.jp/editorial/2018/0119.html
 

あっちもコッチもアレもこれもヒドイ

 投稿者:日本丸
 投稿日:2018年 4月 4日(水)15時11分25秒
やっぱりアチコチお金の話ばかり・・・

http://6027.teacup.com/situation/bbs/81884

http://6027.teacup.com/situation/bbs/80609

 

宮川日護さん。  第一次宗門事件の  渡邊住職は   秋谷原田学会をわかっていました?  電話の盗聴です

 投稿者:カラスの鳴き声様は  原田天魔派
 投稿日:2018年 4月 4日(水)15時09分37秒
秋谷原田邪教執行部は大悪魔です?


宮川日護さん。

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@kuroblackGarlic
黒ニンニク
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宮川住職のFB更新されています。我が師 池田先生との思い出. 「 与其進也 不与其退也 」 #宮川住職 #創価学会
我が師 池田先生との思い出.
「 与其進也 不与其退也 」
其の進むに与する也。
其の退くに与せざる也。
平成2年の暮れ、
宗門事件が起こり、
平成4年2月、私を始め、
工藤住職、大橋住職等7名の僧侶は、大石寺より離山した。
その後、学会擁護の立場を取り、
私は全国各地、更にはアメリカ、ブラジルなどで、宗門研修、そして、脱講の戦いに入った。
寺院訪問法論数二百ヶ寺も、又、法華講を脱講させた人数二千人も、世界一の成果であり、
恐らく、地球の歴史上、私の成果を破る者は出ないであろう。
その頃、脱講先で、正信会と法論する事があった。
逃げ回るだけの、宗門の僧侶に比べ、一応、対論に応じる正信会僧侶の、負けは負けと認める潔さは尊敬に値すると感じた。
今だに、宗門僧侶が恐れを抱く大分県竹田市、伝法寺の浜中和道氏は、私が時間が取れずに行けなかった葬儀を依頼する間柄である。
当時の正信会議長の渡辺広済氏は、僧侶としては、先輩であり、会った事もなかったが、
日顕宗の暴走を止めたいとの思いから電話した。
気さくな僧侶で、
「 おー、宮川君か。知ってるよ。
だいぶ、激しくやってるそうだね。」
私が、
「 日顕の暴走に対して、正信会として手をうたないんですか?」と聞くと、
「 相談してみるか、」
等と対話が進んだ。
そして、最後には、私に、
「 今度遊びに、おいでよ。
寺汚ねぇけどさ。
女房も逃げちゃって。
裁判で金ないしな 」と、
飾り気なし。
偉いと思ったのは、
阪神淡路大震災の時、
法衣を着てバイクで死者の供養をして回ったそうである。
その後も、何度か連絡をして、
遂に、正信会として、「 日顕に退座要求を提出 」した。
ある時、渡辺広済氏が私に、
「 宮川さん、もう、俺に電話しない方が良いよ。」
「 学会は、全部つかんでるよ。
不穏分子として狙われてるよ。」
「 学会、余り、信じない方がいいよ 」と、忠告してきた。
当然、渡辺氏の言葉をそのまま信じる事は出来ない。
しかし、その後の、
平成10年(1998年).7月14日(火曜日).山口県の責任者である桜間氏より突然電話が入り、
「 先生より宮川さんに論語を通して御揮毫を頂きました。」との事。
同月18日( 土曜日 )に副会長の桜間さんが先生からの御品を届けてくれた。
写真集であった。
御宝前に、お供えしてお題目を唱え、謹んで包装を開いた。
そこには、先生の直筆で、
「 与其進也 不与其退也 」
と、揮毫して下さっていた。
内容を早速、 調べた。
「 其の進むに与(くみ )する也、
其の退くに与( くみ )せざる也 」
孔子の論語 述而第七の二十八
人、己を潔くして以て進まば、其の潔きに与みせん
孔子の論語より、
漢文
互郷難與言、童子見、門人惑、子曰、與其進也、不與其退也、唯何甚、人潔己以進、與其潔也、不保其往也。
書き下し文
互郷(ごきょう)、与(とも)に言い難(が)たし。童子(どうじ)見(まみ)ゆ。門人(もんじん)惑う。
子曰わく、其の進むに与(くみ)するなり。其の退くに与せざるなり。
唯だ、何ぞ甚(はなは)だしき。人、己を潔くして以て進まば、其の潔きに与みせん。其の往(おう)を保(ほ)せざるなり。
大要は理解出来たが、深く師の真意知り難く只唱題を続けた。
改革同盟の会議の為に上京。
東京駅から本部の先生に御礼に向かう。
第一庶務の京藤局長から
「 宮川さん、
先生の思い分かりましたよね、」と。
「 敵の敵は味方ではない。
正信会は、先生が一番お苦しみになっていた時に先生を攻撃し、
先生の宝である会員さんを苦しめた輩です 」と。
先生は、全て、見通された上で、馬鹿な弟子が本流から離れないように見守っていて下さっているんだ。
反省懺悔の瞬間であった。
facebook.com/Yu..899035963631469
 

イエスマンが国を滅ぼす

 投稿者:ミネルヴァの梟
 投稿日:2018年 4月 4日(水)12時59分30秒
「G20 サミット事務局」の看板の文字。

河野太郎外相の直筆らしいが、初めて見た時「なんじゃ、こりゃ。」と思った。

稲田朋美前防衛相自筆の「内閣人事局」の看板もひどかったが、更にひどくなっている。

周りに「これはダメでしょう」と助言するような人がいなくなって、逆に「味のあるいい字ですね~」という風な、お世辞しか言わない人間ばかりになっている事が、容易に推察される。

稲田氏の「内閣人事局」の方は、変だけれど「まあ…まあまあ、まあまあ…。」というギリギリな感じだったが「サミット事務局」の方は全然ダメだ。

正直私は、小学生の落書きレベルと感じた。
アートな文字というジャンルにも入らない、ただの篆書体もどきに過ぎないと思う。
人目に晒してはいけないものだ。

稲田氏の看板程度で止めるべきだったのに、それを放置し更に増長させた結果、次のステージに進んでしまったのだ。

「ヘタでもいいから、自分達で書く」というのは、間違ってはいないのかも知れないが、あの看板を見て、「さあ、やろう!」という気になる人は少ないだろう。見る度に気が抜けるような看板など、無い方がマシだ。

物事には限度というものがあるのだが、その限度を見極められなくなっているアベ政権を、象徴するかの様な看板だ。

アベ内閣。今後ますます、変な方向に進んで行くに違いない。

そういうものなのだ。イエスマンばかりになって、反対意見というものが消えてしまうと、独裁制にしろ軍国主義にしろ、こういう風な馬鹿げたことが、ごく普通の事になって行くのだ。

その河野外相。

「北朝鮮が、新たな核実験に向けた準備と受け取れる動きをしている」と発言し、中国外務省から「足を引っ張ることのないように望む」と釘を刺された。(笑)(恥)

こんな発言をしているからダメなのだ。
「ごまめ・みそっかす政権」でとどまらず、遂に「仲間はずれ」になってしまったではないか。(失笑)


田崎スシロー氏や八代弁護士、自称皇族タレントの竹田氏等は、TBS系の番組でもよく見かける。

日テレやフジで安倍ヨイショをやるのは勝手だが(観ていないので)、TBSでそれをやられると結構目立つし、結構イラッとする。

TBSとはいえ、彼等は明らかに安倍政権擁護の立場からものを言っている事を、視聴者は認識しておかねばならない。決して中立などではない。

あの京大卒のクイズ芸人、ロザン宇治原氏や、ついでに北村弁護士も政権擁護派だ。
京大と言えば、かつては反権力の牙城と言われたものだが、もっと反骨心を持てよと言いたい。
人気落ちると思うぞ。

権力側に立ってしまえば、学んだ知識も何の役にも立たないし、むしろ害悪になるだけだ。


p.s. タケシ軍団の騒動が、創価学会で起きている事件とあまりに似ていて驚く。
       今創価学会で何が起きているのかが一目で分かる、非常に分かりやすいサンプルだ。
       池田先生=タケシ   ダーハラ=社長   と置き換えるだけで全てが解明される。(笑)


 

内外が勇気を見るか

 投稿者:飛翔こそ蘇生
 投稿日:2018年 4月 4日(水)12時50分5秒
もちろん、宿坊の掲示板に投稿している
仲間なんだから元職員らを応援しようぜ
という論法では

創価学会員なんだから公明党を応援しようぜ
という論法とあまり違わない。

それぞれの信条はあって良いと思うし
それぞれの意見を出し合って
誤解や入れ込みすぎがあれば気づかせ合えばよいと思う。

さて、一つは
創価学会って独裁的な体質なんじゃないの?というのと
普通の政党と変わらなくなった(もちろん悪い意味で)
公明党の票ありきで学会員の活動は縛られているんじゃないの?というのは

内・外からして、切っても切れない関係にあり
池田先生がマスコミに対してした説明は
一体どうなっているの?ということだ。

「一般の方々は学会も同じように、つながってしまっていると思われかねません。
そのように思われることは学会にとっては非常に迷惑なことです。
心ある会員にしかられます。また離れていきます。
そこで、創価学会の主体性を明確にしておかないと、内部的にも納得を得られない」

「公明党を支援するために信仰しているのではない。宗教は人間と人間との心の連帯です。」

この池田先生の毎日新聞インタビューは内外に対して
人間と人間との心の連帯の創価学会の主体性が保たれるか
しっかりと見張って、違う時には声を上げて下さい
という促しにもなっているんじゃないだろうか?

デモの映像に映る三色旗
公明の政策に反対するネット上の署名
本部の横暴に抗う元職員ら

本当に勇気を奮い起こしているのは
見ている人に伝播して勇気を奮い起こさせるのは

友人知人に公明票を総当たりしている人間たちなのか
これはおかしいと声を上げ行動している人たちなのか。

元職員らの勇気を異質と見るか同心と見るか
異体同心の同心を池田先生の心とするならば
池田先生の話した言葉の括りの内にその勇気が入るかどうかだ。

もちろん、情に流されたり
周囲の意見を鵜呑みにするだけでは
判断を間違い、騙される可能性もある。

もう一つは「情」をどう扱うか。
それは大切なものなのか、いらないものなのか。

元職員らには情が先立っている部分もあり
その情の報いとして足軽会なる実在しない派閥のための組織が
種々に問題を起こしたという情報として存在するのではないか。

それなら分かる気がする側も情である。

「話すことはない、給料出してるんだから職務をこなせ」
と言っているのに何でしつこく迫るの?という情

「話を聞いて下さい」と何度もお願いしているのに
どうして聞いてもらえないばかりか左遷や解雇をされるの?という情。

裁判という場ではそのレベルの組織の論理が通用するかもしれないが
立正安国論に始まり立正安国論に終わる日蓮仏法の上ではどうだろう?

青年訓
「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である。
吾人等は政治を論じ教育を勘うる者ではないが、
世界の大哲・東洋の救世主・日本出世の末法御本仏たる
日蓮大聖人の教を奉じ、最高唯一の宗教の力によって人間革命を行い、
人世の苦を救って各個人の幸福境涯を建設し、
ひいては、楽土日本を現出せしめんことを希う者である。」

熱と力とは情熱のエネルギーだろう。
煩悩即菩提であり、エネルギーとしては同じで
ならば使い道であり、それが十界の別を示す。

我々は仏法者として、池田先生の弟子として
その質を高めていかなければならない。

それは徹して
対話をしていくことによってしかなされない。

対話を拒否されるというのならば
それでも黙るのではなく
一層大きな声で、叫んでいかなければならない。

人々に訴え、連帯して
悪しき体質を見抜いていかなければならない。

日蓮仏法なんだから。

師弟不二ARCHIVEより【池田先生の毎日新聞インタビュー】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=7148
「宗教は人々の幸せと世の中の平和と繁栄を願うものです。政治が腐敗、堕落し、
危機的状況にある限り、異議申し立てをするのは、宗教者として当然の責務です。
政治への監視を庶民の目線で行うことは、非常に大切なことと思います」

http://sgi-shiteifuni.com/?p=7150
「ほぼ日本の1割に(会員数が)なりました。基盤が出来上がったと見ています。
当然指導者がいなければ、組織は正しい方向に動きません。とともに、皆に責任を持たせ、
青年を育てていかなければ、どんな団体であっても安定と発展、持続はできなくなるものです。
独裁など有り得ないし、時代遅れです。学会の運営は、役員会議・中央会議などを中心に、
民主的にみんなの意見を最大に尊重して行っています。会議も私があまり出ると皆が遠慮しては
いけないと思い、原則として出ないように心がけています」

「創価学会というと、すぐに公明党と見られがちです。その公明は自民と一緒になってます。
一般の方々は学会も同じように、つながってしまっていると思われかねません。
そのように思われることは学会にとっては非常に迷惑なことです。
心ある会員にしかられます。また離れていきます。
そこで、創価学会の主体性を明確にしておかないと、内部的にも納得を得られないと思って発言を
多くするようにしました。

私たちは、公明党を支援するために信仰しているのではない。宗教は人間と人間との心の連帯です。
もはや党派性の時代ではない。それでは必ず行き詰る。あくまでも人間です。人間のための、
人間による宗教活動を、私たちは進めていきます」
 

コンペー様、明日ですね…

 投稿者:mission
 投稿日:2018年 4月 4日(水)12時42分5秒
《ClearSky様》が3月16日に【2017年4月5日─池田先生と奥様が東京・小平市の創価学園と立川文化会館を訪問】について投稿して下さってましたね。
今まで気付かなかった私は、池田先生と奥様の行動に とても胸を打たれ、また38年が経っても池田先生と奥様にとって「四月五日」という日が、“抜けない刺”のようで…お二人の御心を察すると苦しかったです。

「四月五日」と二つの場所を訪問された大きな意味。
「私が辞めれば、事態は収まるんだな」
「時の流れは逆らえません」
このやり取りが、あの最高幹部達から言われた日であり、その場所が立川文化会館であったこと。
そして、山崎正友と宗門の僧侶への辞任の意向が伝えられた日。

 ~【以下《ClearSky様》の投稿より抜粋】~
4.24が「会長辞任の発表」の日とすれば
4.5は「会長辞任の決定」の日とも言えます。

第三代会長に就任する直前の1960年(S35年)春、四月五日の火曜日。
『牧口先生の悲願である創価の学舎には、最高の教育環境を整えてもらいたい』…戸田先生の遺言であった教育の理想郷を探すに当たって、私は具体的に?四つの条件を定めていた。
一、武蔵野の大地であること。
一、富士が見えること。
一、清流が流れていること。
一、都心から車で一時間ほどの距離であること。

眼前に洋々と開ける鷹の台の天地は、そのすべての希望に適っていた。
ここだ!ここに創価学園を建てるのだ。
私は、約一万坪の敷地の購入を、この日、この時、決意したのである。
当時は、あまりにも貧しい学会であった。資産は、わずかしかなかった。学校の設立など、誰一人として夢にも思わなかった。
しかし、私は妻に言った。
『これから、本を書いて書いて、書き続けるよ。その私の印税で、世界的な学園を必ずつくってみせるからね』
妻は、微笑みながら頷いた。
一陣の春風が梢を鳴らし、野鳥が勢いよく空へ飛び立った。

会長就任前に『万年の道を厳然と開くため』と、学園建設を決意された「四月五日」
恩師・戸田先生の精神を忘れ、反逆者の策謀の虜となった幹部によって、実質的に会長辞任が決定した「四月五日」
この二つの意味を持つ「四月五日」です。
 ~~引用おわり~~


※《コンペー様》改めての ご投稿ありがとうございました。



 

人生の座標から~

 投稿者:うーこ
 投稿日:2018年 4月 4日(水)12時32分55秒
すべての人に、自分でなければデキナイ、自分の使命がなければ生まれてきません。使命があるんだということを忘れない人は、強い。どんな悩みがあっても、負けない。悩みを全部希望へのエネルギーに変えていけるのです。





 

禿げ増し?査問除名はぁースピードで決める!?

 投稿者:やっちまった!
 投稿日:2018年 4月 4日(水)12時09分45秒
組織への疑問、公明党への批判を「密告、通報」で聞いたら、すぐに「反応」して、子分を使って「手を打ち」、まずは「孤立」するよう「村八分」するよう徹しています(爆
それが今の組織の現実。だから、みんな「沈黙」して「古い種類の人たち」の世界で「安全の軌道」に入るわけです。この世界には「共に悩む」姿はありません。
佐藤優先生が「沈黙」指導されているのですからね。
余計なことを言う(組織・公明党問題)から密告・通報されて組織の裏社会のように子分が村八分を企てる。

元職員三名が徐々に追いやられる時系列を学んでみてください。「共に悩む」も「対話」も「共に祈る」も「激励」も何一つ無かったではありませんか!職員でいきなりの遠離塔寺、対話拒否、査問、除名と冷酷・非道な対応をダーハラ学会がやっていたのですよ。これ、弁解の余地がありませんよね。

その前に解雇、除名になった職員は、「池田家と繋がりがある」と睨まれて、弓谷川ケダモノ職員たちが性犯罪を本部内でやっていた(女子職員のスカート内を隠し撮りして職場のパソコンに保存していた)ことをなさりつけられて問答無用の査問除名ですよ。もう犯罪者集団の巣窟の様相です。

先生のスピーチを勝手に語呂合わせのように短編引用しないで、もっと堂々と自らの意見を述べてはいかがでしょうかね(爆爆爆



「銭」・「遺産」・「悪業」は充分に相続できますね。
そして、
 

オール・トゥゲザー・ナウ

 投稿者:SaySaySay
 投稿日:2018年 4月 4日(水)11時50分13秒 編集済
無冠さん、お久しぶりですね。お元気そうで良かった。
信濃町のネット対策チームの対策さんはお元気でしょうか。別に投稿しなければならないわけではないのですが……ただ、お元気でしたら、と思います。

“1,2,3,4 もう少しもらえる? 5,6,7,8,9,10 大好きだよ”
“A、B、C、D 友達をお茶に呼んでいい? E、F、G、H、I、J 大好きだよ”
“船を出せ 木を伐れ なわとびだ 僕を見て みんな一緒に みんな一緒に”
“黒、白、緑、赤、友達をベッドに誘っていい? ピンク、茶色、黄色、オレンジ色に青 大好きだよ”
“みんな一緒に みんな一緒に 船を出せ 木を伐れ なわとびだ 僕を見て”
“みんな一緒に みんな一緒に”
『オール・トゥゲザー・ナウ』ビートルズ
https://www.youtube.com/watch?v=KI24xiY-dXI
桜梅桃李!!!

 

#MeToo

 投稿者:SaySaySay
 投稿日:2018年 4月 4日(水)11時28分49秒
新感性さん、私に気を使って頂き、丁寧にありがとうございます。誠実には誠実で応えねば、と思いながらも、上手く整理できず、言葉に出来ないでいたのですが、挑戦してみたいと思います。私の方は正しく読み取れていないかも知れませんが、その場合はまたキャッチボールをさせて頂けたらと思います。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81934
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81909
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81584
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81307
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81935
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81938
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81941
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81944
まず、「便乗」という言葉ですが、概ね当たっていると思いますが、何か他に違う言葉があるなら「#MeToo」でしょうか。

多くの人が共通するであろう、「私の場合」をまず、少しお話ししたいと思います。
私はかねてより組織経営に疑問を持ち、折れそうなぐらいに首を傾げていました。お陰で肩こりが酷い。「本当にこれが創価学会か? 池田先生の?」と。しかし、それを上手く言語化できず、ただこのままでは学会も広布も危ういと思っていました。この意識が加速度的に増幅していったのですが、危険水域に達したのが2014年でした。

私の「入口」は「教義変更」でした。2015年8月に仕事が一区切りついた私は、あんな教義を教え広めていいのか迷い、「宿坊」に辿り着きました。そして「池田先生の重病」「教学部レポート&遠藤文書」「安保法問題」「本部・失効部の不正・汚染」そして、その本質「54年問題」を知り、「やっぱりか!?」と気づき、私の中の堤防が決壊しました。
2015年の夏は衝撃的でした。安保法制に反対する創価大学有志の会HP開設、そして元職員3名のブログ開設とショッキングなことが続きました。

私の「入口」は「教義変更」でした。が、学会組織の異常はそれだけではないと知りました。「入口」が人によっては「安保法問題」「本部・失効部の不正・汚染」と異なっていたでしょう。しかし、それぞれのゲートからスタジアムに入ると、グラウンドには、数多くの問題があることを知り、「ただ教義変更」だけを叫んでいられなくなりました。「あっちもこっちも病気」でした。「昭和54年原発の癌細胞」が至る所に転移していることを目の当たりにしたのでした。

富士宮の勇士たちの「入口」は「本部・失効部の不正・汚染」だったでしょうか。元職員3名もここが「入口」だったでしょう。ブログ開設の頃、安保法問題で池田先生からの発信が何もないことから、彼らもようやく「池田先生の重病」を知り、問題の同根である「昭和54年原発の癌細胞」に気づいたのでしょう。
そこで、元職員3名は転移による「安保法問題」や「教義変更」なる癌細胞も併せて斬る手術をサイレントアピールしたのだと思います。後付けと言えば後付けでしょうね。

そこに発端「入口」が違う者も混ざって規模が大きくなった。私などもそんな一人で、「便乗」と言われると、それは当たっていると思います。事実、私は元職員本人に「私はあなたたちを利用している」と本音を丸出しにしました。彼らは「元職員」であり、特殊なバックボーンを持っています。これが、私が彼らを利用する理由の一つです。

しかし、どちらかと言うと、ハリウッド女優らがセクハラ告発して始まり拡大した「#MeToo」に近いと思います。私は明らかに後発・後続です。一人の学会員さんらは「安保法問題」の先頭に、「一人立つ」をされたでしょう。中野らは「教義変更」の先頭に、富士宮らは「本部・失効部の不正・汚染」問題の先頭に立ったのでしょう。
私や似た人たちは、ハリウッド女優がセクハラ告発したようには賢くも勇敢でもなかった。しかしリードオフマンに刺激され激励され、立ち上がった「#MeToo」と思います。

確かに後発・後続の便乗#MeTooには、不純な動機を持つ者もいるでしょう。それによって先導するペースメーカーを狂わせることもあるでしょう。そのリスクを承知・覚悟で、今は進めるしかないのかと思います。(ただし、これは「清濁あわせ飲む」ことではない。)
創価新報にあるように、体制側がつけ入る隙もあるでしょう。限られた文字数だけで書かれるので、容易にイカサマされ、元職員らに分が悪いことも起きるでしょう。
それでも波を起こし続けて、時間をかけて「対話」して混ぜていくなかで、何か答えが見えて来るのではないか? と思います。

元職員らも「100%自分が正しいとは思っていない」と明言していますし、もちろん私も同様です。御書の「前車の覆るは後車の戒め」覚悟でトライ&エラーしながら、ジョン・レノン『イマジン』同様、「♪君は僕を夢見な奴だと言うだろう」けど「♪でも僕一人じゃないさ。いつか君も加われば世界はひとつになるんだ」と、今は信じて歩いています。
 

新感性様、気付くのが遅くなりました!

 投稿者:mission
 投稿日:2018年 4月 4日(水)11時27分4秒 編集済
>政治的事項をアピールの材料にした時系列を考えたら、その擁護の不整合は語るに落ちていませんか?<

三人さん達が本部職員だった頃に起こった諸問題は、確かに2002年頃からですが、blogを立ち上げた最初には「安保法制を容認する公明党」の問題を取り上げています。
◆2015年8月31日「~はじめに~」のblog
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-1.html?sp

初めて(三人だけで)本部前に立ったのが2015年12月21日、その時も「安保法制」についての“横断幕しか”掲げていません。
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-18.html?sp

>「評価の資格」については貴方にとって気に入らない行動する者も、貴方にとっては物足りない行動をする者も、あるいは行動自体しない者も一様に有しています。むろん学会員でない方々も同様です。学会事項だから貴方の気に入る行動をする者のみが評価の資格があるという考えには到底ついていけません。
内外部へ対する御主観により論評すらも「資格なし!」として許さない姿勢は申し訳ないけどかの「闘争圏外!」を彷彿させる時代錯誤もはなはだしい御発想ではないでしょうか<

私は何から何まで「学会事項だから気に入る行動をする者のみが評価の資格があるという考え」という、思考の持ち主では決してありません。
『三人だけでsilent appealを始める』という、“誰でも出来る事では無い行動"について、後から評価し続けるのは如何なものか…と考えた次第です。

そして、新感性様が他の方への投稿に>やはり今のままでは政治問題を自らの私怨ないし私的事項にからめて<と仰ってましたが、silent appeal・三人さん達の座談会・政治デモ・宿坊やbotへの投稿・組織で声を挙げてる人達は、「公明党への不支持」or「対話なき処分をされた」or「現執行部への異議」…新感性様が仰る“私的事項”が、殆ど重なっていると思うのです。
その様な人達は「便乗」だから、異議申し立ては出来ないのでしょうか?
佐藤優曰く「沈黙すべき時」と…では無いですょね?
でしたら、三人さん達に起こった本部内の諸問題なども、全ての“根底”は(本部*執行部)一緒だと思います。

>いままで三人組のブログを読んだ限りでは、巷間の横領疑惑については時系列の上からもこの三人が発見し告発したものではなく、すでにどなたかが発見して告発したものを何番煎じかで叫んだものにすぎないのではないですか?<

私は今まで数ヵ所の転居先で、「幹部からの多部数強制」や「幹部自らの不正啓蒙」「適正で無い折伏と御安置」など、部員さん達が指摘しても“改めて貰え無い”からと相談され、詳細を調べた上で私が糺した事が何度もあります。
そんな私の言動も、新感性様の仰る「何番煎じ」になるのでしょうか?

【皆がおかしく思っても、それを口に出せないような特別な存在を作ってはならない。
悪を見ながら放っておいて戦わないと自分が悪と同じになってしまう】─池田先生
全ての会員に御指導されたのですから、「何番煎じ」でも改めて貰うまで意見しても私は良いと思います。

そして、三人さん達への「疑い」が多々おありでしたら、「私は会わない」と お決めにならずに、他の方が仰る様に一度お会いになって疑問をぶつけて、詳細を確認されてから「疑念」の投稿をされてはどうでしょうか?

私の投稿で、新感性様には「時代錯誤もはなはだしい御発想」と不愉快な気持ちにさせてしまった事は謝ります。申し訳ありませんでした。
けれども、「君子危うきに近寄らず」という言葉も気を付けられた方が宜しいかと…
“人格者”は自分のふるまいを慎み危険な事に関わりを持たない…という意味で記載されたと思いますが、「君子不近刑人」(君子は刑人に近付かず)という一節が元になった という説もあります。
三人さん達は「刑人?」 そして関わる人達は「人格者じゃ無い?」と言う事になりませんか?

三人さん達と共に 本部前での silent appeal に“馳せ参じた”人達って、私は『虎穴に入らざれば虎子を得ず』だと思っています。
新感性様、色々な御教示 ありがとうございました。



 

明日は、時流の日。

 投稿者:コンペー
 投稿日:2018年 4月 4日(水)11時14分36秒
随筆新人間革命79 嵐の4.24より
昭和54年4月5日、立川文化会館での先生と最高幹部の場面。


ある日、最高幹部たちに、私は聞いた。

「私が辞めれば、事態は収まるんだな」

 沈痛な空気が流れた。

 やがて、誰かが口を開いた。

「時の流れは逆らえません」


 沈黙が凍りついた。

 わが胸に、痛みが走った。

 ―たとえ皆が反対しても、自分が頭を下げて混乱が収まるのなら、それでいい。

 実際、私の会長辞任は、避けられないことかもしれない。

 また、激しい攻防戦のなかで、皆が神経をすり減らして、必死に戦ってきたこともわかっている。

 しかし、時流とはなんだ!

 問題は、その奥底の微妙な一念ではないか。

 そこには、学会を死守しようという闘魂も、いかなる時代になっても、私とともに戦おうという気概も感じられなかった。

1999年4月27日、聖教新聞掲載の随筆。
これも、真実です。
 

商い  宗教企業家  原田稔  秋谷栄之助

 投稿者:大正義
 投稿日:2018年 4月 4日(水)11時04分37秒
創価学園 特別文化講座

      創立者 大詩人ダンテを語る 3


      使命の山を登りゆけ 負けじ魂 ここにあり!
      平和の人材光る学園城を
      ダンテ 正義が強ければ世界は善くなる

 一、万葉の里・交野(かたの)の天地に広がる、わが関西創価学園は、「蛍」が飛び交(か)うロマンの城です。

 私の提案に応えて、関西学園の友が情熱を傾けて育ててきた蛍(ほたる)が、最初に夜空に舞ったのは、29年前(1979年)の5月のことでした。

 この蛍をはじめ、東西の学園では、桜、蓮、鯉、白鳥など、さまざまな自然の命が大切に保護されています。

 関係者の皆様の尽力に心から感謝申し上げます。


      奇跡の連帯・蛍会

 一、私は、関西学園の女子同窓生の集いを「蛍会」と命名しました。

 現在、「蛍会」の友は約6,000人。

 美しき「誓い」と「励まし」で結ばれた「奇跡(きせき)の連帯」となりました。

 私は本当にうれしい。


  蛍会
   一人ももれなく
      幸光れ


 実はダンテの『神曲』にも、夕暮れ時、農夫が蛍を見つめる光景が詩情豊かに描(えが)かれています。

 きっとダンテも少年時代、フィレンツェの森に舞う蛍を見つめ、詩心(しごころ)を膨(ふく)らませたのでしょう。

 蛍は、平和と共生(きょうせい)の象徴(しょうちょう)でもあります。


 一、「世界は、そのうちに正義が最も有力であるときに、最も善(よ)く傾向づけられてある」(中山昌樹訳『ダンテ全集第8巻』日本図書センター)

 ダンテの獅子吼(ししく)です。

 この世界を、平和の方向へ、幸福の方向へ、繁栄(はんえい)の方向へ、調和の方向へと前進させていくためには、正義が厳然(げんぜん)たる力を持たねばならない。

 これがダンテの一つの結論であった。

 では、正義が力を持つためには、どうすればよいのか。

 それは、一人でも多く、力ある正義の人を育てることです。

 その使命を厳として担(にな)い立つ「教育の大城」こそ、わが創価学園なのです。


  幸福と
   平和の土台の
      学園城


      ミケランジェロもダンテに共感

 一、ダンテが心から愛した故郷フィレンツェは、ルネサンスの文化が花開いた「芸術の都(みやこ)」として世界的に有名です。

 光栄なことに、このフィレンツェ市から私は、意義深き「フィオリーノ金貨」と、最高栄誉の「平和の印章(いんしょう)」をお受けしています。

 ともに授章式は、フィレンツェ市の由緒(ゆいしょ)あるヴェッキオ宮殿(市庁舎)で行われました(1992年6月、2007年3月)。

 同宮殿内の「五百人広間」には、ルネサンスの大芸術家ミケランジェロが創作した凛々(りり)しき青年の彫像(ちょうぞう)「勝利」が設置されています。

 ミケランジェロも、200年前の先哲ダンテの文学に啓発(けいはつ)された一人です。

 熱血の彼は、横暴(おうぼう)な権力悪(けんりょくあく)を許さぬダンテの強き魂(たましい)に共感を抱(いだ)き、よく論じていたという。

 ミケランジェロの傑作(けっさく)である「最後の審判(しんぱん)」の壁画は、ダンテの『神曲』から影響を受けています。

 ダンテの文学は、ルネサンスの文化を発展させゆく大いなる原動力(げんどうりょく)ともなりました。


      哲人政治家ダンテの信念
      「政治はだれのために? すべては人民のために !!」

      2つ目の苦難

 一、ダンテが生きた当時のフィレンツェは、ヨーロッパで最も人口の多い都市の一つでした。

 「フィオリーノ金貨」が鋳造(ちゅうぞう)され、経済の中心としても、堂々(どうどう)たる興隆(こうりゅう)を誇(ほこ)っていた。

 そのフィレンツェの哲人政治家としてダンテが登場したのは、30歳の年です。

 そして、その5年後には、最高指導者の一人に選出されています。

 ダンテの胸には「正しき政治」「正義の社会」の理想が明確に思い描(えが)かれていました。

 「市民は執政官(しっせいかん)(政治家)達(たち)のためにでなしに、また人民の王のためでなくて、逆に、執政官達は市民のために、王は人民のために存在する」。(中山訳『ダンテ全集第8巻』同)と。

 為政者(いせいしゃ)のために人民がいるのではない。

 人民のために為政者がいるのだ。

 この「何のため」という一切の原点を見定(みさだ)めていたのが、ダンテです。

 だから強かった。


 一、ダンテは、古代ギリシャの大哲学者アリストテレスの英知を学びました。

 その言葉を通して厳然(げんぜん)と主張しています。

 「邪悪な政治の下(もと)にあっては善人は悪(あ)しき市民である」(同)と。

 悪い権力、悪い政治のもとでは、善人こそが悪人にされてしまうというのです。

 この狂った悲劇が、残念ながら、人間社会では際限(さいげん)なく繰(く)り返されてきました。

 そして、まったく同じ事態が、ダンテにも襲(おそ)いかかったのです。

 ダンテが最愛の人々との死別に続いて直面した、2つ目の苦難が、ここにありました。

 その過程を簡潔(かんけつ)に見ておきましょう。


      正しいからこそ迫害される
      卑劣な陰謀が悪の手口

      事実無根の罪

 一、絶大な権力を持った、時のローマ教皇(きょうこう)ボニファティウス8世らは、美しき都市フィレンツェを自(みずか)らの勢力下(せいりょおくか)に収めようと狙(ねら)っていました。

 この宗教権力者の一党は、自分に従うフィレンツェの勢力と結託(けったく)し、謀略(さくりゃく)をもって、フィレンツェを乗っ取ろうとしたのです。

 そして、彼らの攻撃の標的(ひょうてき)にされた一人が、ダンテであった。

 ダンテは、「わが故郷(こきょう)のために!」「愛する祖国の自治と独立のために!」と断固(だんこ)たる闘志を燃え上がらせて、故郷を支配しようとする勢力の動きに、頑強(がんきょう)に反対し、抵抗したからです。

 そこで、ダンテが公務でフィレンツェを離れている間に、権力を掌握(しょうあく)した政敵(せいてき)たちは「欠席裁判(けっせきさいばん)」を行った。

 そして事実無根(じじつむこん)の罪をでっち上げた。

 彼らは、「ダンテは公金(こうきん)を横領(おうりょう)した」「教皇庁(きょうこうちょう)に対する陰謀(いんぼう)を企(くわだ)てた」などという罪状(ざいうじょう)を並べ立てたといわれている。

 しかし、すべてが濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)であった。

 ダンテを陥(おとしい)れようとする「冤罪(えんざい)」であった。

 「陰謀を企てた」のは、ダンテを無き者にしようとする敵のほうだったのです。

 これが正義の人を陥(おとしい)れる手口(てぐち)です。

 仏典では、陰謀の悪人に対して、「確かな証人(しょうにん)」を出せ! もし証拠がないというならば、自分が犯(おか)した罪(つみ)をなすりつけようとしているのだ。糾明(きゅうめい)すれば分かることだ」と呵責(かしゃく)されています。


 一、ダンテは「国外追放(ついほう)」された。

 戻(もど)れば「火あぶり」にされるという。

 だれよりも、フィレンツェを愛し、フィレンツェのために戦い続けてきたダンテは、いわれなき罪人の汚名(おめい)を着(き)せられて、フィツンツェを追い出されました。

 そして56歳の死まで、二度と故郷の土を踏(ふ)むことなく、受難(じゅなん)の生涯を送ったのです。


      正義とは?

 一、ダンテは、苦難の嵐(あらし)の中で、人間の根本問題を真正面(ましょうめん)から見つめました。

 「なぜ、この世界では悪人(あくにん)がもてはやされ、わがもの顔(がお)で、のさばっているのか?」

 「一体、人の世に『正義』はあるのか?」

 「人道(じんどう)――人として歩む道は、どこにあるのか?」

 自分自身が迫害に遭(あ)ったからこそ、その思索(しさく)は計(はか)り知れないほど深まったのです。


 一、正義とは、何でしょうか。

 人間にとって、正しい道、正しい生き方とは、どのような生き方なのでしょうか。

 これは、本当に重要な問題です。また難しい問題です。

 例えば、第2次世界大戦中、日本では、戦争に反対すれば、「犯罪者」とされました。

 しかし、敗戦後には、戦争に反対した人が、「正義」と賞讃(しょうさん)される時代が来た。

 何が正しいのか。何が間違っているのか。真実は、どこにあるのか。

 表面的な世評(せひょう)などに流されては、あまりに愚(おろ)かであり、不幸です。

 物事の奥底(おうてい)を見抜いていく「英知の眼(め)」を磨(みが)いていかなければならないのです。


      民衆の側に立て

 一、かつて私は、東京校2期生の卒業のはなむけとして、次のように語りました。

 “ 皆さんには、正義の人になってもらいたい。具体的に言えば、悩(なや)める人、苦しんでいる人、不幸な人の味方(みかた)となってほしいのです ”

 “ 将来、どのような地位につこうとも、庶民(しょみん)の側(がわ)に立ち、人間生命の尊厳(そんげん)を守りゆく人であっていただきたい ” と。

 ダンテもまた、「権力(けんりょく)の側(がわ)」ではなく、「民衆(みんしゅう)の側」につきました。

 「人が苦しもうが、どうでもいい」「事を荒立(あらだ)てたくない」と思って静かにしていれば、弾圧(だんあつ)などされなかったでしょう。

 しかし、ダンテは、「人民のため」との信念を曲げなかった。わが正義に生きた。

 正義であるがゆえに、迫害(はくがい)される――。

 これが歴史です。これが現実です。

 ゆえに、重ねて申し上げたい。「正しい眼(め)」を磨(みが)き、「強い心」をつくっていかなければならないのです。


 一、私は、創価大学で、「迫害と人生」と題して講演を行ったことがあります。〈1981年(昭和56年)10月31日〉

 そこで私は、さまざまな中傷(ちゅうしょう)、迫害と戦った人物――菅原道真(すがわらの・みちざね)、屈原(くつ・げん)、ユゴーら東西の詩人、思想家ルソー、画家セザンヌらの生涯に言及(げんきゅう)しました。

 とくに、悪い政治権力と悪い宗教権力は、結託(けったく)して、正義の人を弾圧(だんあつ)する。

 創価教育の創始者である、牧口常三郎先生と戸田城聖先生を苦しめた迫害の構図も同じでした。

 お二人の不二(ふに)の弟子であるがゆえに、私も同じ難を受けてきました。しかし私は、「戸田大学」に学んだ師子(しし)です。

 ゆえに何があっても絶対に負けない。

 また私には、愛する青年たちがいます。学園生がいます。ゆえに何があろうとも必ず勝たねばならないのです。


      「学園生はどうするのですか?」

 一、私は、創価の友に贈った詩の中で次のように綴(つづ)りました。


 ある日 ある時
 ふと
 私は妻に漏(も)らした
 「嫉妬(しっと)うず巻く 日本を去ろう 世界が待(ま)っているから」

 その時 妻は 微笑(ほほえ)んで言った
 「あなたには 学園生がいます
  学園生は どうするのですか?
  きっと 寂(さび)しがりますよ」

 そうだ!
 そうだ 学園がある!
 未来の生命たる 学園生がいる!
 君たちのためなら 私は
 いかなる迫害も いかなる中傷(ちゅうしょう)も いかなる試練(しれん)も まったく眼中(がんちゅう)にない


 このように詩に詠(よ)んだ私の思いは、今も何ら変わることはありません。


      越えられない試練はない!

 一、30年前の夏、学園生の皆が、創大生とともに、「負けじ魂(だましい)ここにあり」というテーマを掲(かか)げて、私を迎えてくれたことがありました。

 〈1978年(昭和53年)7月14日の第11回栄光祭〉「『負けじ魂ここにあり』――何と素晴(すば)らしいテーマか」

 私は感動しました。

 その後、「負けじ魂」の精神を歌い上げる愛唱歌をつくろうと、学園生は話し合いを重ねたようです。

 その年の秋、皆でつくった歌詞を、私のもとに届けてくれました。

 ちょうど私は、錦秋(きんしゅう)の関西創価学園にいました。

 ここで歌詞を推敲し、1番から3番までが完成したのです。


  桜の舞いゆく 春の陽(ひ)に
  友とかけゆく この天地
  世紀を語る 笑顔には
  負けじ魂(だましい) かがやけり

  燃ゆる陽(ひ)ざしに 汗光り
  進め 我が君 この道を
  胸うつ響き 紅顔(こうがん)に
  負けじ魂 ここにあり

  烈風(れっぷう)りりしく 身にうけて
  未来の鼓動(こどう) この生命(いのち)
  喜び踊(おど)れ 丈夫(ますらお)は
  負けじ魂 我が胸に

 大いなる期待を込めて、4番の歌詞は、私がつくって贈りました。

  母よ 我が師よ 忘れまじ
  苦難とロマンを この我は
  いつか登らん 王者の山を
  負けじ魂 いつまでも


 皆さんは、前途に何が起ころうとも、決して焦(あせ)る必要もなければ、恐れる必要もない。

 「負けじ魂の人」には、乗り越えられない試練(しれん)など絶対にないのです。

 いつか登らん、王者の山を!――そう歯を食しばって、今は、耐(た)えに耐えて頑張(がんば)るのです。

 人生の最後に勝つ人が本当の勝利者です。

 私は、学園生とともに、あらゆる難を勝ち越くえて、一点の悔(く)いもない完勝の証(あか)しを、全世界に示し切ってきました。そのことは、皆さん方のお父さん、お母さんが、よくご存じの通りです。


 一、苦難と戦うダンテには、先達(さんだつ)というべき存在がいました。

 古代ローマの政治指導者であった哲学者ポエティウスです。

 彼は、正義のために断固(だんこ)として戦った。ゆえに俗悪(ぞくあく)な政治家たちから妬(ねた)まれ、憎(にく)まれた。そして、不当にも投獄(とうごく)され、処刑(しょけい)された。

 この哲人が獄中(ごくちゅう)で書き残した『哲学の慰(なぐさ)め』を、ダンテは、若き日から愛読していました。

 そこには、毅然(きぜん)たる正義の魂(たましい)の叫(さけ)びが刻(きざ)まれ、留(とど)められていました。

 「悪人どもがどんなにあばれても、賢者(けんじゃ)の額(ひたい)を飾(かざ)る月桂冠(げっけいかん)は、落ちることもしおれることもないでしょう」(渡辺義雄訳「哲学の慰め」、『世界古典文学全集26』所収、筑摩書房)

 知性の勝利の象徴である「月桂冠」は、いかなる悪口罵詈(あっくめり)にも、汚(けが)されることはない。

 否(いな)、非難されればされるほど、いやまして光り輝くのです。


      フィレンツェを追放されたダンテ
      わが故郷は世界! 善の勝利へ! 「神曲」執筆に挑む

      悪に反撃する強さを持て!

 一、祖国を追われたダンテは、多くのものを失いました。社会的地位。名声。財産。故郷……。

 しかし、すべてを奪(うば)われたのではなかった。

 どんな権力も、彼から奪えないものがあった。

 追放されたダンテは、「一番大切なもの」を握(にぎ)りしめていた。

 それは、「正義は我にもあり!」という燃えるような「信」です。

 そして、「正義がないというのなら、私が正義を明らかにするのだ!」という執念(しゅうねん)であったのではないだろうか。

 そのダンテが、全身全霊(ぜんしんぜんれい)を捧(ささ)げて取り組んだ作品が『神曲』だったのです。

 『神曲』をはじめ、ダンテの名著の多くは、20年間の亡命(ぼうめい)の時期に書かれたものです。そこには、力強い考察と言葉が、ほとばしっています。

 ダンテは「善(よ)き事に対して悪(あ)しき証言を為(な)すものは、誉(ほま)れでなくて汚辱(おじょく)を受くべきであろう」(中山訳『ダンテ全集第6巻』同。現代表記に改めた)と綴っています。

 彼は『神曲』の執筆によって、だれが見ても分かるように「正義の基準」を明確に打ち立て、悪い行いを次々と罰していきました。

 そして、自らを不当に陥(おとしい)れた卑怯者(ひきょうもの)たちに、自身の真価(しんか)を見せつけていったのです。

 正義なればこそ、悪に反撃(はんげき)する強さを持たねばならない。

 ダンテの有名な詩には、こうあります。

 「沈黙することは / その敵にわが身を結びつけるほどの卑(いや)しい / 下劣(げれつ)さである」(中山訳『ダンテ全集第4巻』同)

 このダンテの炎(ほのお)のペンは、乱世(らんせ)の中で人々が迷うことがないように、歩むべき正しい道を照(て)らしていきました。

 「善人が下賎(げせん)な侮蔑(ぶべつ)に置かれ、悪人が崇(あが)められ、高められた」「わたしは、悪(あ)しき路(みち)を辿(たど)りゆく人々にむかい、正しき径(みち)に向けられ得るよう、叫(さけ)ぼうと企(くわだ)てた」(中山訳・『ダンテ全集第6巻』同。現代表記に改めた)と。


      傲慢と戦い抜け

 一、亡命の間、ダンテのもとには、故郷フィレンツェから、「金銭を払(はら)う」などの屈辱的(くつじょくてき)な条件に従えば、帰国を許すとの提案がなされました。

 しかしダンテは断固(だんこ)、2度にわたって拒絶(きょぜつ)したという。

 「汚名(おめい)を被(こうむ)らされながら、汚名を被らしたものらに対して、おのが(=自分の)金銭を払(はら)うこと」は、「正義の宣伝者の思いもよらぬところ」(中山訳『ダンテ全集第8巻』同)であると。

 正義の人ダンテには、自(みずか)らを迫害した者たちの誘惑(ゆうわく)に負け、屈服(くっぷく)するような卑(いや)しい弱さは、微塵(みじん)もなかった。

 ダンテは語った。

 「太陽や屋の光を仰(あお)ぐことは私にはどこにいてもできるではないか。
 名誉を奪(うば)われた、屈辱的な恰好(かっこう)で、故国の前に、フィレンツェ市民の前に姿を現わさずとも、天下いたるところで甘美(かんび)な真理について冥想(めいそう)することは私にはできるではないか」(平川祐弘訳『神曲』河出書房新社の訳注から)

 彼はもはや、故郷に戻る、戻らないといった次元を超越(ちょうえつ)していました。

 この大宇宙のいずこにあろうとも、正義を貫(つらぬ)く自分自身に変わりはない。

 「故郷」を追放されたダンテは、「世界」をわが故郷としました。

 不当に迫害されたダンテは、大きく境涯(きょうがい)を広げ、自由自在の世界市民として飛翔(ひしょう)していったのです。

 ダンテが青春時代から深く学んでいた、大詩人ウェルギリウスの詩が思い出されます。

 「傲慢(ごうまん)な者とは最後まで戦い抜くことだ」(岡道男・高橋宏幸訳『アエネーイス』京都大学学術出版会)


  苦しくも
   勝利の春は
      君待たむ


      一流の人格の指導者はへこたれない 妬まない

      正邪を明らかに

 一、私が友情を結んできた多くの世界の一流の方々も、過酷(かこう)な迫害(はくぎ)に遭(あ)いながら、強い正義の信念で打ち勝ってこられました。

 “ 人類の頭脳 ” といわれるローマクラブの創立者、イタリアのペッチェイ博士は、凶悪(きょうあく)なファシズムに囚(とら)われ、拷問(ごうもん)されても、断じて同志を裏切(うらぎ)らなかった。

 南アフリカのマンデラ前大統領は、悪名高きアパルトヘイト(人種隔離政策)と戦い、実に27年半――1万日におよぶ獄中闘争に勝利された。

 アメリカの人権の母パークスさんは、不当な逮捕(たいほ)にも屈(くっ)せず、人種差別の撤廃(てっぱい)のために戦い続けた。

 ロシアの児童劇場の母サーツさんは、独裁者の粛清(しゅくせい)によって最愛の夫を殺され、自らもシベリアの収容所に囚(とら)われた。その極寒(ごっかん)の牢獄(ろうごく)の中で、子どもたちのための劇場の建設を決意されました。

 さらに、軍事政権と戦い、外国への亡命生活の中でも正義のペンの闘争を貫(つらぬ)いた、ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁。

 多くの民衆の命を奪った軍事政権と戦い、残酷(ざんこく)な仕打(しう)ちに耐(た)え抜いた、アルゼンチンの人権の闘士エスキベル博士。

 中国の文豪・巴金(ぱ・きん)先生は、文化大革命の渦中(かちゅう)、「牛小屋」と呼ばれる監獄(かんごく)に入れられ、責(せ)め抜かれた。しかし、その獄中で、ダンテの『神曲』を筆写しながら、歯を食いしばって、一切を耐え忍(しの)ばれたのです。

 巴金先生の胸奥(きょうおう)には、ダンテのごとく、いつの日か正邪(せいじゃ)を必ず明らかにしてみせるとの闘魂(とうこん)が燃え上がっていた。そのことを、私は血涙(けつるい)を流す思いで、うかがったことがあります。


 一、皆、「自分との闘い」に勝った人です。たとえ悪口(あっこう)され、圧迫されても、何度でも立ち上がって、一生涯、挑戦し続けた人です。

 一流の人格の指導者は、決して「へこたれない」。また、「人を妬(ねた)まない」。

 前へ進む人、成長し続ける人には、他人を妬んでいる暇(ひま)などありません。人を嫉妬(しっと)するのは、自分が前に進んでいない証拠(しょうこ)です。成長していない証拠なのです。

 ダンテは、苦難をバネにして、「汝自身(なんじ じしん)」を大きく育てていきました。「わが道」を前へ前へ進んでいきました。

 きっとダンテは、「あの嫉妬深い悪人どものおかげで、わが使命の執筆ができるのだ!」と、敵を悠然(ゆうぜん)と見おろしながら、「大きな心」で前進していったに違いありません。


 一、大難に遭(あ)い、大難に勝つ正義の人生は、不滅の歴史を刻(きざ)み、人類から永遠の喝采(かっさい)を受ける。

 一方、正義の人を迫害した悪人どもは、永久に消えない汚名(おめい)を残すのである。

 わが学園生には、正義の「勝利の旗」を未来永遠に打ち立てゆく、「栄光の使命」があると申し上げたい。
 

以上は、新着順1番目から50番目までの記事です。

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