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[追悼・首くくり栲象]
早く壁にぶち当たりたいんです。 |
首くくり栲象さんが亡くなった。 |
駅を出るなり、息苦しいほど完璧に整備された並木道が続く国立の大学通り。楽器を抱えた音大生や、ケーキの箱をカゴに入れて自転車を漕ぐ若奥様を横目で見ながら、並木道を歩くこと約20分。左に折れる脇道の奥、いかにも地上げ途中に見える、だだっ広い駐車場の端っこに、こんもりと雑木雑草に囲まれた一角があった。 |
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夜8時、周囲が真っ暗になるころ、庭劇場はスタートする。庭の片隅のベンチに座って、風の音や駐車場の音や蚊の音に囲まれながら待っていると、突然「オーッ」という一声とともに、栲象さんが母屋から登場、ゆっくり庭に降り、ゆっくり歩み出す。スロービデオのように庭を徘徊しながら、栲象さんは徐々に庭の奥にある一本の大木に近づいていく。その枝には深紅の縄がかかっている。下には地面を掘り下げた穴、穴の脇には錆びついた金床。ようやく大木のもとにたどり着いた栲象さん、ゆっくりと枝を見上げると、金床に上り、赤い縄を首(顎)にかけ......ふっと虚空に足を踏み出した。 |
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たぶん数分だろうか、しかしとてつもなく長い時間に感じられた首つりの状態から、ゆっくりと腕を上げると栲象さんは縄をつかみ、からだをひきあげ、反動をつけて穴の外に着地した。そして、姿を現したときのように、またゆっくりと庭を一周すると、母屋に消えていき、またすぐに姿を現し、庭の徘徊と首つりを繰り返す。それが4回、計1時間ほど。それから「どうもありがとうございました」と、僕らは栲象さんの声を初めて聞き、今夜の庭劇場は、始まりと同じように唐突な終わりを迎えた。 |
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大野一雄、土方巽、ギリヤーク尼ヶ崎......暗黒舞踏から特殊大道芸まで、僕もずいぶんいろんな「身体表現」を見てきたが、これほど暗黒で、これほど異端で、これほどミニマルな、もはや舞踏とも舞踊とも言いがたい身体表現は見たことがない。 |
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首くくり栲象さんは1947(昭和22)年、群馬県安中市に生まれた。 |
わたしは、生まれた日にちがはっきりしないんですね。家族がいい加減だったっていうか。戸籍は昭和年月日になっているんです。しかし、お前は12月26日から29日の間に生まれたと。ですからそうなると、ひとの誕生日をまず覚えない。自分の誕生日は、ない。ということで、いつ誕生日したらいいかわかんないから、そういうことに非常に無関心になります。ですからもう、実家のことは忘れたし、風景を覚えているだけで充分だと思っているから、口にしませんね。 |
高校卒業後、演劇を目指して栲象さんは上京、いきなり都市という舞台上に放り上げられる。 |
東京に出てきたのが18歳くらい。世の中が騒然としている時代ですからね、とにかく表現から始まるわけです。稽古なんかない、いきなり都会という表現から始まっていますからね。ですから、犬も歩けば棒にあたるというので、毎日棒に当たりながら(笑)。気がついたらここにいて、首つってるっていうことですよ。 |
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60年安保が終わったころですから、学生運動はやっていません。御茶ノ水の「ナル」っていうジャズ喫茶から出てきたときに、駅前に電気屋さんがあったんですが、黒山の人だかり。それで中曽根(康弘)防衛庁長官がしゃべってたのが三島事件だったり。そういう時代ですよね。こっちに来て、演劇はすぐにやめました。美術系のパフォーマンスというか、ハップナー、またはイベンターって言ってましたね。そういうものがあったんですけれど、私は突然、とにかく昼間、路上でいわゆる『痙攣のアクション』って言って、突っ立って痙攣しているだけ。そういうのをやり始めたんです。なぜそんなことをやったかっていうことも、もうこれはわかんない。きっと動機があるんですが......。もしかしたら当時、上野公園の公園口で待ち合わせをしていたんだけれど、文化会館前に人だかりがすごいので、見てみたらそこに一本、欅の木があるんですね。そこに不思議な猿回しがいて。中折れ帽子をかぶってうずくまったようにしていて、もぞもぞ......動くようなものがいて。そしたら、ちっちゃな猿が出てきて。で、猿がなにをやるかっていうと、欅の木にのぼって、枝を歩くんです。で、ぽんと落ちるんですよ。そうすると、中折れの薄汚い男が、出てきて、猿を抱えるんです。そうすると、またそっから出て行って、もうひとつ高いところまで登って、またぽんと落ちるんですね。それで、観客がぞろぞろ集まってくると、彼は帽子を持ってお客の間を回ってお金を集める......。それがきっかけかはわかりませんが、とにかく路上で痙攣して、それからすぐ、首つりのアクションというのを......。 |
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当時、栲象さんはまだ20歳そこそこ。いま64歳だから、もう40年以上前に「首つり」という、自分だけの表現に出会っていたことになる。 |
たとえば舞踏は、土方さんが新しい日本語っていうんですか、これだったら踊れるっていうこの言葉を生んで、みんなその言葉を聞いて、踊り始めたわけです。小さいときから育んできたもんじゃなくて、いきなり都会という舞台に、跳躍というか登場したわけですね。 |
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毎月、庭劇場は数日間開催されるが、そのほかの日々も、栲象さんはひとり黙々と首を吊るのが日課となって久しい。 |
その一回一回が、なぜやるのかっていうことを問われながらやるわけですよ。ですからね、早く壁にぶち当たりたいんです。壁にぶち当たれば次に進める......。私の動きは1ミリ、2ミリの動きですよね。7、8年かけて、やっと動いたって気がするんです。とにかくひとりでやっていると、ある意味煮こごってしまうところがあるので、早く壁にぶち当たって、そしたら壁に穴を開けよう、通り越して、どうにかして迂回しようというね、それはそうなるとまた課題が出ますよね。日々その課題に向かって、庭に出ていくんです。 |
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日課として首つりという究極の「からだいじめ」を自己に課しながら、およそ国立らしからぬこの陋屋で、首くくり栲象さんはもう長いあいだ独居を貫いてきた。 |
朝4時に起きるでしょ。そうするとね、ここ、ガラスでしょ。光がね、さーっと差し込んでくるわけですよ。さーーーっと。そうすると、木漏れ日がぐーーーんと。まあなんとも、空気になったような気持ちですね。ただ、冬はこたつがないと死にますよね(笑)。もぐるんですよ、私。夜、ふとん敷きませんので、一年中ここですから。こたつで、目出し帽かぶって寝てます。でも、いろいろ手助けしてくれるひとたちもいますし。食べ物とか着物とかね。クリスチャンの人たちが来てくれて、いろいろ置いていってくれたり(笑)。からだが丈夫なので助かってますが、ただ、歯はどんどん抜けていきますね。やっぱり顎に負担がかかるわけですから、そうなるとこっち(上あご)が浮くんですね、たぶん。 |
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5、6人も入ればいっぱいになってしまう庭の「劇場」で、栲象さんはこうやって首つりという「小さな死」を演じ、地面に飛び降りるたびに重力への郷愁をかみしめながら、きょうも飄々と生き、ぶらさがっている。劇場が観客であふれるときもあるが、ときにはだれも来ない夜もある。ぶらさがった足の下を、猫が歩きすぎるだけという夜も。 |
冬は特に風が強いでしょ。がさっと音がして「来たかな?」って出ていくと、だれもいないという、よくそんなのがあります。人と枯葉の音とかは、判断つきにくいですからね。そうやって待っていて、8時に私は出るわけですけれど、そこで(お客が)いるかどうか、ライトをつけて......それまでわからないですし。そうやって、ひとりでいるわけです。夜道を歩いてきてくれる方を待って。 |
(2012年取材) |
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BOOKS
ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)
書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい
電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。
ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)
伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!
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ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。
ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)
――ラブホの夢は夜ひらく
新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
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ROADSIDE LIBRARY vol.001
秘宝館(PDFフォーマット)
――秘宝よ永遠に
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捨てられないTシャツ
70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。
圏外編集者
編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。
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「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。
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あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。
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