炎が生み出す美 “斑紫銅”の技を継承する柏崎の鋳物師

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江戸時代に梵鐘や塩釜の生産で栄えたという柏崎市大久保。“大久保鋳物 四代目晴雲 原惣右エ門工房”は、この地で今も伝統の鋳造技術を継承する工房です。現在は四代目のもと、息子夫婦の原聡さん・嘉子さんが鋳物の制作を行っています。ここで行われている鋳造技術の一つ“蝋型鋳金”は、松脂と蜜蝋を混ぜたもので複雑な形状の型をつくり、細やかな意匠の銅器を生み出す技法で、新潟県の無形文化財にも指定されています。

柏崎の蝋型鋳金は19世紀に原琢斎・得斎の兄弟によって始められ、原得斎の技術を初代原惣右エ門が継承し現在に至っています。

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原聡さんと嘉子さん。夫婦で作業を分担をしながら鋳物の制作を行っている。
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工房内にずらりと並ぶ「型」。
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鋳造用の木型。原型と砂を中に入れて砂型をつくり、高温で溶けた金属を穴から流し込む仕組み。

同じ模様は一つも存在しない“斑紫銅”という技法

原惣右エ門工房で受け継がれている技術の一つに“斑紫銅”と呼ばれるものがあります。斑紫銅は、銅器の表面に不規則な形をした紫色の模様を浮かび上がらせる技法で、その模様は一つとして同じ形は現れません。

鋳込みが終わり、磨き上げた銅器を炎の中に入れ、銅が溶け出す寸前のところで取り出し、それを再び磨き上げることで独特の模様が現れるのだそうです。

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DSC_0930 不規則な形をした紫色の模様が特徴の斑紫銅の花器。表面が黒いものは松葉でいぶして仕上げている。

「高い温度が出せる白炭で銅の表面を焼くことで酸化被膜が作られ、それが紫色の模様になります。銅が溶けてつぶれる寸前まで焼く必要があり、焼きが甘いと模様は現れません。炎の中に入れた銅の色を見て、取り出すタイミングを見極めます」と聡さん。

炉の中の銅器は白色に近いオレンジ色に染まり、取り出されると急速に鮮やかさを失って、すぐに黒色に変化します。静かな工房の中で行われるその一連の工程は、厳かな儀式のようでもあります。

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石で組んだ小さな炉の中に、銅器が入れられている。炉の中の温度は約800度になるそう。
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銅器を取り出すタイミングを見極める聡さん。
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手際よく炉を崩し、火箸で銅器を取り出す。

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取り出された銅器は、急速に冷やされ、あっという間に黒色に変化。

 

人生の節目に選ばれる特別な銅器

斑紫銅を使った作品は、花器をはじめ、香炉や香立て、茶道具や表札、アクセサリーに酒器など、多岐に渡ります。銅製の花器には水の劣化を抑える効果があり、花が長持ちするという利点もあります。丁寧に時間を掛けて作られる銅器の数々は、結婚祝いのお返しや、退職祝いなど、人生の節目の贈り物として選ばれることも少なくないのだとか。

「ものが作られている背景を含めて価値を感じてくださる方がお求めになることが多いですね。新しいデザインのものが生まれても、それが模倣されて同じような商品が世の中に出回ることが多いですが、デザインだけでなく背景にまで価値を感じている方は、より深い愛着を持ってものを使っていけると思います。それは使い手にとっても作り手にとっても、とても幸せなことだと思います」と嘉子さん。

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スクエア型の斑紫銅の花器。
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葉の形をした茶托は、本物の葉で型をとっているそう。
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斑紫銅の酒器セット。内側は色漆、外側は透明の漆で仕上げている。
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蝋型鋳金の作品。細かな唐草模様をつくり出せるのは蝋型ならでは。
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蝶の形をしたお香立ても蝋型鋳金の作品。

そして、銅器は年月とともに味わいを深めていくのも特徴です。銅は酸化すると緑青(ろくしょう)と呼ばれる青緑色の錆が生成されますが、これが被膜となり内部の腐食を防いでくれます。そのため、鉄のように錆びて腐食が進むことがなく、例えば住宅の表札などの雨風を受けるものでも長く使っていくことができるのだそうです。

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原家で100年以上使われているという斑紫銅の花器。時間の経過とともに深みを増している。
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オーダーメイドの表札は、書体も含めて嘉子さんがデザインを手掛けている。

 

伝統を引き継ぎ、新しい挑戦を続ける

今では担い手が少なくなった鋳物師の仕事を継承している理由について伺うと、

「銅製品は使う程に味が増し、品物が育っていくものです。親から引き継いだという銅器の修理を頼まれることもありますが、自分たちがこの仕事を受け継いでいるからこそ、製品の保証をしていくことができます。それに、現在の鋳物の技術は、一つの世代でつくられたものではなく、いくつもの世代の技術の積み重ねでもあります。それを引き継ぐこと自体がとても意義のあることだと思っています。もちろん時代によって求められるものは変わっていきますので、それに対してしっかりと応えていきたいです」(聡さん)。

昨年聡さんは、新潟県伝統工芸展に班紫銅花器を出品し、最高賞の雪梁舎賞を受賞しました。今後は製品の幅を広げていくと共に、美術工芸の世界でも新たな挑戦を続けていくそうです。

 

斑紫銅という、一般の人には聞きなれない名前の技法。初めてその品を目にする人にとっては、その独特の模様をどのように受け取っていいのか分からない、ということがあるかもしれません。

しかし、製品の向こう側に目を向けると、そこには何世代にも渡って伝えられてきた技術を用いて、炎と真剣に向き合い、培ってきた経験と勘を頼りに一つ一つ製品を生み出していく鋳物師の存在があります。そして、炎がもたらすある種の偶然によって生み出された世界にただ一つだけの意匠は、陳腐化することのない普遍性をも備えているように思います。斑紫銅の背景や工程を知ることで、製品の価値をより深く感じ愉しめるようになるのではないでしょうか。

銅製品は、少しずつ変化しながら使い手の暮らしに深く溶け込んでいきます。

斑紫銅の製品は、贈りものとしても自分のためのものとしても、人生の節目に相応しい特別なもの。その後の生活に寄り添い、共に年を重ねていくことを愉しめる存在になりそうです。

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新たな製品として考案中のスタンドライト。夜になると斑紫銅の模様が照明でより印象的に見える。

 

*原惣右エ門工房は2016年4月~5月の間、下記の展示会に出展予定。

2016年4月20日~25日 「第56回東日本伝統工芸展」(東京) 日本橋三越本店新館7階ギャラリー

2016年4月26日~5月8日 「原惣右エ門 工房展」(新潟) アートギャラリー万代島(万代島ビル2階)

2016年4月29日~6月19日 「第45回伝統工芸日本金工展」(東京) 石洞美術館

2016年5月11日~16日 「第56回東日本伝統工芸展」(盛岡) 川徳百貨店7階催物会場

 

大久保鋳物 四代目晴雲 原惣右エ門工房

住所:新潟県柏崎市大久保2-3-12

TEL:0257-22-3630

URL:http://www.imoji-souemon.com/