「中途半端な奴らが中途半端なまま生きることが許される社会」しょぼい喫茶店が始めた小さな挑戦
東京・新井薬師にあるビルの一室に突然オープンした「しょぼい喫茶店」。就活に失敗し、うつ病にも苦しんだ現役大学生・えもいてんちょうさんがスタッフのおりんさんとともに3月に起業したこの店は、早くもさまざまな背景を持った人が集う“居場所”となっている。
今回のインタビューでは、えもいてんちょうさんが掲げる「中途半端な奴らが中途半端なまま生きることが許される社会」とは何か、「しょぼい喫茶店」が今後歩もうとしている未来について、率直な考えを教えてもらった。
■就活の失敗で見つめ直した“幸せの基準”
――「しょぼい喫茶店」の話を聞くにあたって、えもいてんちょうさんの過去をまず聞いていきたいと思います。就活開始前、どのように過ごされてきましたか?
えもいてんちょうさん(以下、えもい):就活前も、就活したくて就活したくて仕方なくてとか、そういうのじゃなくて。周りも就活しているので「仕方ない」という感じでしたね。そんなに、「起業するぜ!」みたいな大学生ではありませんでした。
――就活前後ですが、「自分がこの先こうなるだろうな」って発想はありましたか?
えもい:就活してるときは、「まあ何となくそれなりのところに就職して、それなりのタイミングで結婚して、家を持ち、子どもを持ち」という考えでした。別にそれを望んでいたわけではないですけど。「そうしたレールでやっていけるんじゃないかな」という、漠然としたイメージはありました。
――就活本格開始後から喫茶店開店を決意するまでの経緯を振り返っていただければ。
えもい:2017年、大学4年の初夏から15~16社ほど目指していました。1社、「すごい行きたいな」と思うところがあって。その会社の属する業界を中心に受けてて。
でも結局、その行きたい1社も落ちてしまって。「就職するならそこがいいなぁ」と思っていたので、そこからどんどん悪い方に転がって、本当に寝たきりみたいな状態で鬱々(うつうつ)とした日々を過ごしていたんです。
――その頃、病気のこと以外に、一番つらかったことってどういうことがありましたか?
えもい:あのときは、面接を受けてもバタバタと持ち駒がなくなっていって、その時点で夜もあまり眠れない感じで。いろいろ調べても全部落ちちゃうし。
「就活をやって就職して」というレールが、人生の上で“まっとう”と言われているわけじゃないですか?
親にお金をかけてもらって、周りの人にもいろいろ支えてもらっているのに、自分はその普通に、まっとうになれなかったというか。どうやっても「普通の人生」「まっとうな人生」にはなれなかった、というのが一番キツいところでしたね。
――それは期待に応えられなかったみたいな感覚ですか?
えもい:そうです。
でも今考えると、その「期待」っていうのも、親が期待していたっていうより、他ならぬ自分が自分に期待していただけなんだろうなとは感じますね。
――なるほど。そこからどのような心境変化があったのでしょう?
えもい:友人がご飯を買ってきてくれたり、家から引っ張り出したりしてくれて、ちょっと元気が出てきた7月~8月くらいに、「ギークハウス」発起人のphaさんの本を読んでたら、「自分の価値基準で幸せを定義した方がいい」みたいなことが書いてあって。
そこで考え直してみたんです。自分がちゃんと就活して、ある程度のタイミングで結婚して、家買ってっていうビジョンが、「自分にとって本当に幸せなのか?」って。確かに「求められているもの」かもしれないですけど、自分にとっては「いや、別にそうでもないな」と悟ったんですね。
自分は今ここでやってるように、ある程度周りに人がいて、相手とくだらないこと喋って、おいしいもの食べて、で十分だなと感じて。「じゃ、もう就活はいいや」と思ったところで、phaさんみたいにニートになるわけにもいかず、「どうしようかな」と思っていた矢先、Twitterで発見したえらいてんちょうさんのブログに「ショボい起業の薦め」みたいなエントリー記事がありました。
それを見て、起業は思っているよりも少額小規模でできることを知り、店舗を探してみたら1人暮らしと変わらないぐらいの家賃のところも実際あって。「自分でお店をやったら自分のペースでやっていける」「起きれたときに店を始めればいいし、休みたいときに仕事を休めばいい。最低限、自分が死なない程度のお金を得ることができればいいかな」と思って。
そこから、「喫茶店をやるか」「やってみようか」みたいな流れです。
■起業して自分と同じ思いを抱える人の存在に気付いた
――お店のオープンは今年の3月だと聞いてます。
えもい:当時住んでいたところが学生マンションだったので、今年の3月に出なくちゃいけなかったんです。「家も職もないのはさすがにマズいだろ」と、ちょっと焦り始めて。
そこから、「起業のためにとりあえず自分の声を発信していこう」と思って、Twitterとブログを始めたところ、出資者になってくださったカイリューの木村さんが現れたんです。それが1月の半ばくらいで、事態が大きく動いた結果、2カ月ほど経った3月1日に開店することになりました。
――よく言われることですが、「自分の足で生きる」って決意、少し怖く思うことってありますよね。しかも、ここまで早く事が進んでしまうと、起業や激変する環境に不安感とか大きいんじゃないかと感じました。
えもい:起業に関しては、自分は守るものが特にない、別に扶養する家族もいなければ、守るべき肩書もない上、木村さんも「別にスッちゃってもいいよ」とおっしゃってくれていたので。
正直、起業は「ダメなら止めればいいか」っていう感じで始めていました。取りあえず借金さえしなければいいわけですから。
この先の不安ですが、正直考えたらキリがないです。だけど、どうなるかなんて誰にも分からないので、「とりあえず今日も生きて、明日も死なずに生き続けていって、気付いたら5年、10年たってました」ってなってればいいのかな、って感じますね。
――今までのお話でいろいろな人の支えがあったことが分かりました。お店を開く前と後とで、人に対する思いって変わったりしましたか? こうして店内を見ても、「ブログ見てファンになりました」とのコメントが貼ってありますけど。
えもい:1月にブログやTwitterを始めるまでは、孤独にやっていた気がします。具体的にメッセージを発信するようになってからは、たまたま拡散されたっていうことも手伝い、いろんな人が見てくれ、応援してくれているっていうのをはっきり感じます。
店を始めて、「自分と同じようなことを思っている人がやっぱりいるんだな」「これだけ多くの人が支援してくれている」と実感させられました。
――「同じこと」っていうのは、具体的にはどういう?
えもい:「就活がつらい」「働くのつらい」もそうですし、ここにうつ病の話をしにいらっしゃる方とかも結構いて。
それでも、みんな何とか生きていかなきゃいけないわけで。「そこに向き合って、みんなやっているんだな」とは思います。
正直、Twitterとブログも最初の頃、「無に向かって発信」しているというか、ただ全力で壁に投げているという感じだったんです。「発信してどうなるんだろう…」と思ってたんですけど、最初にブログへコメントしてくれたのがおりんさんで。
――そうだったんですね!
えもい:おりんさんのコメントを見たときはビックリしたというか。もちろんうれしかったんですけど、それよりも「本当にこうやって見てくれて、思ってくれている人がいるんだなぁ」と驚きましたね。
――おりんさんは、そのときに何を書いたのか、どういう気持ちだったのか、覚えてますか?
おりんさん(以下、おりん):元々、私も去年の夏ぐらいにphaさんの本を読んでて。
そのときは都内で看護師をしていたけど、激務というのもあってうつになってしまい、鹿児島の実家に帰って療養中だったんです。毎日「もう死にたいな」という気持ちばっかりしかなくって。でもphaさんの本を読んで、「あ、こういう生き方もあるのか」と気付いて。
だけど、自分には才能もないし、学歴もないし、phaさんみたいな生き方をマネできるかって言われるとかなり難しいなと思い、ただ何となく憧れているだけでした。
で、その辺りからいろいろフォローしていって、私も「ショボい起業の薦め」のブログを1月ぐらいに見て。「あぁ、いいなあ」と思いながらも、鹿児島で起業したとして、周囲に人もまずいないですし。頭でぼやぼや「やりたいんだけどな」と考えてたんです。
そしたら、「しょぼい喫茶店」をやってみるという人が出現して、「うわぁ、これだ!」と。お店のネーミングからめちゃめちゃ惹かれましたね。「東京でダメになったから、もう二度と東京には戻らない」って自分の中で決めてたんですけど、でもものすごく惹かれるというのもあって。で、何日か迷った後でコメントしました。
――本当に大きな決断でしたね…。
おりん:別に労働意欲は高くないんです。ただ、「毎日死にたい」「もう明日なんて来なくていい」って思いながら過ごす日々が本当に地獄みたいにしんどくって。
そんな毎日送るぐらいだったら、何も失うものもないし、飛び込んでみようと思いました。えもいてんちょうが書いてるブログやTwitterを見て、「自分にはもう何もないわけだから、身一つで飛び込もう!」じゃないですけど、「こんな毎日をもしかしたら断ち切れるかもしれない」という希望を、光をちょっと感じたっていうか。
そこで、自分がこういう仕事をしていて、こういうことができて、でも今こういう状態だということをコメントした上で、「『しょぼい喫茶店』にものすごく惹かれたので、ここで働きたいです」という趣旨のお願いをしました。
■「明日も死なないように生きること」が目標
――おりんさん、ありがとうございます。そうしてできたお店の名前の由来と、目指す先を聞いてもいいですか?
えもい:最初のうちは、「ショボい起業の薦め」から「しょぼい喫茶店」って漠然と言ってたんですけど。
目標を聞かれたときは、「明日も死なないように生きることが目標」って言ってます。当たり前のことを当たり前にできなくても、普通のことを普通にできなくても十分生きていけることが分かれば、もっとみんな楽に生きられるし、自分ももっと楽に生きられるし、それでいいのかなって。
この店が継続していくことで、それを証明できればなと今は感じてますね。
――これまで伺ったような生き方って周囲の反対が結構あると思います。
えもい:親は最初反対してました。親も自営業だったので、どれだけ大変かって分かっているからいろいろ言われたんですけど。でも、「親くらい説得できなくて、店はやっていけんだろうな」って気持ちもあったので、感情的にならずに取りあえず説得して。
――お母さまから「就活の時より何倍もいきいきしてる息子が見られて嬉しい」って言われたことを伝えるツイートが印象に残っていて。
えもい:あれは、店の保証人のハンコを押してもらおうと実家に帰った際、ただ「保証人になってくれ」とは言えなかったので、今までの経緯と現在の計画の状況を説明していってて。
そういう姿が、「就活やりたくない、やりたくない」って言っている頃の自分より、母には生き生きしているように見えたんじゃないかなと。
母なのですが、開店の直前に1回来てくれて。「取りあえず、あんまり気負わず頑張れ」「ダメなら実家に帰ってくればいいから」といった感じでしたね、そのときの反応としては。
――そんなお母さまの反応に触れてみて、どうでしたか?
えもい:1年留学させてもらって、大学も5年間通い、お金もかけてもらって。なのに、「いいところに就職」どころか、「就職もままならず」っていう状況だったから、親に申し訳ないっていう気持ちが本当にずっと強くあって。
だけど、結果的にそう言ってもらえたのはうれしかった、というか、よかったなと実感しています。
■中途半端とは“全然立派じゃなくていい”ということ
――就活で苦しんでいる、心が折れそうになっている人がたくさんいます。
えもい:自分が言えるのは、就活うまくいかなくて就職できなくても死なずに生きていけるし、毎日すごい楽しい。必死に「周りに合わせよう、合わせよう」と思って自分を殺すよりは、自分の幸せを自分で決めてそれに向かって素直にやっていくのがいいんじゃないかな、と思いますね。
就活できなくても、就活無理でも死なないので。自分は、「死なないこと以上に大事なことなんてこの世にない」と思っているので。
――えもいてんちょうさんがブログに綴った言葉で、「中途半端な奴らが中途半端なまま生きることが許される小さな社会を作りたい」という一文に心動かされました。
えもい:「普通のことを普通にするのがつらい」状態にいるとして、それを独りで考えていてもひたすらつらいだけですよね。
だけど、こういう場で「朝起きるのつらいよね」「仕事だるいよね」って言い合っていれば、ちょっとだけ軽くなるというか、閉塞感がなくなる感じがしますから、そういう場所を作りたい。
一番は、“小さな経済圏”をうまく作れていければいいなと。お店をやって、お金をもらった上で、本当に何かやりたいとか何か困っているって人にちょっとずつお金をあげる。そのお金をもらった人がまた誰かにあげたり、逆にこっちへ返してくれたりといった調子で、経済的な循環が少しずつできていくと面白いのかなと思ってます。
質問の答えですが、「中途半端」というのは、すごくなくていいというか、あまりつらさを感じずに生きることができればなってことなんです。
――「無理やりにサラリーマンにならなくていい」とか、「無理やりにいい働き手にならなくていい」とか、そういうニュアンスでしょうか?
えもい:そんな感じです。全然立派じゃなくていいというか。立派な何かにならないと、ってなったら、自分でもつらさを感じてしまいがちだけど、そういう人たちがちょっと集まっていれば、何となくそういうつらさも共有できて軽くなるのかなっていう趣旨ですね。
――そういう人たちで一緒になってやっていく、生き抜いていくということですね。以前にも増して、周囲の人とのかかわりっていうのが重要だという。
えもい:取りあえず、最初は自分が死なないためと思ってたんですけど。今もそれは変わらないんですけど、結局自分が死なずに生きることで誰かの希望になれるかもしれないな、というのは最近思い始めましたね。
―― “逃げ場所”ってやっぱり重要ですか?
えもい:重要だと思います。「マズいな」と感じたときに、逃げられる場所がなるべく複数あるのが大事。
おりん:逃げ場をひとつに絞らないのもかなり重要かなと思います。
何かつらいこととか、しんどいことに見舞われたとき、「もうここしかない!」ってなっちゃうと、本当に狭い「トンネル」の中にどんどん入り込んじゃうので。
だから、自分の中で「ここも、ここもある」っていうのが何個かあると生きやすいのかな、生きづらいのがちょっと楽になるのかなと思ってます。人とゆるく広くふんわりつながってるのが大事だなと。
――このお店もそのうちの一つということですか? 誰かにとっての逃げ場所なんでしょうか?
おりん:そうですね。自分たちにとっても逃げ場所です。
しょぼい喫茶店
住所 :
中野区上高田2-54-8 2F(向かいは黄色い看板の鳥肉専門店)
営業時間 :
昼から夜くらいまで(Twitter店舗公式を要確認)
Twitter :
しょぼい喫茶店 公式(https://twitter.com/shobokitsu)
えもいてんちょう(https://twitter.com/emoiten)
おりん(https://twitter.com/owajourney)
今回のインタビューでは、えもいてんちょうさんが掲げる「中途半端な奴らが中途半端なまま生きることが許される社会」とは何か、「しょぼい喫茶店」が今後歩もうとしている未来について、率直な考えを教えてもらった。
■就活の失敗で見つめ直した“幸せの基準”
――「しょぼい喫茶店」の話を聞くにあたって、えもいてんちょうさんの過去をまず聞いていきたいと思います。就活開始前、どのように過ごされてきましたか?
えもいてんちょうさん(以下、えもい):就活前も、就活したくて就活したくて仕方なくてとか、そういうのじゃなくて。周りも就活しているので「仕方ない」という感じでしたね。そんなに、「起業するぜ!」みたいな大学生ではありませんでした。
――就活前後ですが、「自分がこの先こうなるだろうな」って発想はありましたか?
えもい:就活してるときは、「まあ何となくそれなりのところに就職して、それなりのタイミングで結婚して、家を持ち、子どもを持ち」という考えでした。別にそれを望んでいたわけではないですけど。「そうしたレールでやっていけるんじゃないかな」という、漠然としたイメージはありました。
――就活本格開始後から喫茶店開店を決意するまでの経緯を振り返っていただければ。
えもい:2017年、大学4年の初夏から15~16社ほど目指していました。1社、「すごい行きたいな」と思うところがあって。その会社の属する業界を中心に受けてて。
でも結局、その行きたい1社も落ちてしまって。「就職するならそこがいいなぁ」と思っていたので、そこからどんどん悪い方に転がって、本当に寝たきりみたいな状態で鬱々(うつうつ)とした日々を過ごしていたんです。
――その頃、病気のこと以外に、一番つらかったことってどういうことがありましたか?
えもい:あのときは、面接を受けてもバタバタと持ち駒がなくなっていって、その時点で夜もあまり眠れない感じで。いろいろ調べても全部落ちちゃうし。
「就活をやって就職して」というレールが、人生の上で“まっとう”と言われているわけじゃないですか?
親にお金をかけてもらって、周りの人にもいろいろ支えてもらっているのに、自分はその普通に、まっとうになれなかったというか。どうやっても「普通の人生」「まっとうな人生」にはなれなかった、というのが一番キツいところでしたね。
――それは期待に応えられなかったみたいな感覚ですか?
えもい:そうです。
でも今考えると、その「期待」っていうのも、親が期待していたっていうより、他ならぬ自分が自分に期待していただけなんだろうなとは感じますね。
――なるほど。そこからどのような心境変化があったのでしょう?
えもい:友人がご飯を買ってきてくれたり、家から引っ張り出したりしてくれて、ちょっと元気が出てきた7月~8月くらいに、「ギークハウス」発起人のphaさんの本を読んでたら、「自分の価値基準で幸せを定義した方がいい」みたいなことが書いてあって。
そこで考え直してみたんです。自分がちゃんと就活して、ある程度のタイミングで結婚して、家買ってっていうビジョンが、「自分にとって本当に幸せなのか?」って。確かに「求められているもの」かもしれないですけど、自分にとっては「いや、別にそうでもないな」と悟ったんですね。
自分は今ここでやってるように、ある程度周りに人がいて、相手とくだらないこと喋って、おいしいもの食べて、で十分だなと感じて。「じゃ、もう就活はいいや」と思ったところで、phaさんみたいにニートになるわけにもいかず、「どうしようかな」と思っていた矢先、Twitterで発見したえらいてんちょうさんのブログに「ショボい起業の薦め」みたいなエントリー記事がありました。
それを見て、起業は思っているよりも少額小規模でできることを知り、店舗を探してみたら1人暮らしと変わらないぐらいの家賃のところも実際あって。「自分でお店をやったら自分のペースでやっていける」「起きれたときに店を始めればいいし、休みたいときに仕事を休めばいい。最低限、自分が死なない程度のお金を得ることができればいいかな」と思って。
そこから、「喫茶店をやるか」「やってみようか」みたいな流れです。
■起業して自分と同じ思いを抱える人の存在に気付いた
――お店のオープンは今年の3月だと聞いてます。
えもい:当時住んでいたところが学生マンションだったので、今年の3月に出なくちゃいけなかったんです。「家も職もないのはさすがにマズいだろ」と、ちょっと焦り始めて。
そこから、「起業のためにとりあえず自分の声を発信していこう」と思って、Twitterとブログを始めたところ、出資者になってくださったカイリューの木村さんが現れたんです。それが1月の半ばくらいで、事態が大きく動いた結果、2カ月ほど経った3月1日に開店することになりました。
――よく言われることですが、「自分の足で生きる」って決意、少し怖く思うことってありますよね。しかも、ここまで早く事が進んでしまうと、起業や激変する環境に不安感とか大きいんじゃないかと感じました。
えもい:起業に関しては、自分は守るものが特にない、別に扶養する家族もいなければ、守るべき肩書もない上、木村さんも「別にスッちゃってもいいよ」とおっしゃってくれていたので。
正直、起業は「ダメなら止めればいいか」っていう感じで始めていました。取りあえず借金さえしなければいいわけですから。
この先の不安ですが、正直考えたらキリがないです。だけど、どうなるかなんて誰にも分からないので、「とりあえず今日も生きて、明日も死なずに生き続けていって、気付いたら5年、10年たってました」ってなってればいいのかな、って感じますね。
――今までのお話でいろいろな人の支えがあったことが分かりました。お店を開く前と後とで、人に対する思いって変わったりしましたか? こうして店内を見ても、「ブログ見てファンになりました」とのコメントが貼ってありますけど。
えもい:1月にブログやTwitterを始めるまでは、孤独にやっていた気がします。具体的にメッセージを発信するようになってからは、たまたま拡散されたっていうことも手伝い、いろんな人が見てくれ、応援してくれているっていうのをはっきり感じます。
店を始めて、「自分と同じようなことを思っている人がやっぱりいるんだな」「これだけ多くの人が支援してくれている」と実感させられました。
――「同じこと」っていうのは、具体的にはどういう?
えもい:「就活がつらい」「働くのつらい」もそうですし、ここにうつ病の話をしにいらっしゃる方とかも結構いて。
それでも、みんな何とか生きていかなきゃいけないわけで。「そこに向き合って、みんなやっているんだな」とは思います。
正直、Twitterとブログも最初の頃、「無に向かって発信」しているというか、ただ全力で壁に投げているという感じだったんです。「発信してどうなるんだろう…」と思ってたんですけど、最初にブログへコメントしてくれたのがおりんさんで。
――そうだったんですね!
えもい:おりんさんのコメントを見たときはビックリしたというか。もちろんうれしかったんですけど、それよりも「本当にこうやって見てくれて、思ってくれている人がいるんだなぁ」と驚きましたね。
――おりんさんは、そのときに何を書いたのか、どういう気持ちだったのか、覚えてますか?
おりんさん(以下、おりん):元々、私も去年の夏ぐらいにphaさんの本を読んでて。
そのときは都内で看護師をしていたけど、激務というのもあってうつになってしまい、鹿児島の実家に帰って療養中だったんです。毎日「もう死にたいな」という気持ちばっかりしかなくって。でもphaさんの本を読んで、「あ、こういう生き方もあるのか」と気付いて。
だけど、自分には才能もないし、学歴もないし、phaさんみたいな生き方をマネできるかって言われるとかなり難しいなと思い、ただ何となく憧れているだけでした。
で、その辺りからいろいろフォローしていって、私も「ショボい起業の薦め」のブログを1月ぐらいに見て。「あぁ、いいなあ」と思いながらも、鹿児島で起業したとして、周囲に人もまずいないですし。頭でぼやぼや「やりたいんだけどな」と考えてたんです。
そしたら、「しょぼい喫茶店」をやってみるという人が出現して、「うわぁ、これだ!」と。お店のネーミングからめちゃめちゃ惹かれましたね。「東京でダメになったから、もう二度と東京には戻らない」って自分の中で決めてたんですけど、でもものすごく惹かれるというのもあって。で、何日か迷った後でコメントしました。
――本当に大きな決断でしたね…。
おりん:別に労働意欲は高くないんです。ただ、「毎日死にたい」「もう明日なんて来なくていい」って思いながら過ごす日々が本当に地獄みたいにしんどくって。
そんな毎日送るぐらいだったら、何も失うものもないし、飛び込んでみようと思いました。えもいてんちょうが書いてるブログやTwitterを見て、「自分にはもう何もないわけだから、身一つで飛び込もう!」じゃないですけど、「こんな毎日をもしかしたら断ち切れるかもしれない」という希望を、光をちょっと感じたっていうか。
そこで、自分がこういう仕事をしていて、こういうことができて、でも今こういう状態だということをコメントした上で、「『しょぼい喫茶店』にものすごく惹かれたので、ここで働きたいです」という趣旨のお願いをしました。
■「明日も死なないように生きること」が目標
――おりんさん、ありがとうございます。そうしてできたお店の名前の由来と、目指す先を聞いてもいいですか?
えもい:最初のうちは、「ショボい起業の薦め」から「しょぼい喫茶店」って漠然と言ってたんですけど。
目標を聞かれたときは、「明日も死なないように生きることが目標」って言ってます。当たり前のことを当たり前にできなくても、普通のことを普通にできなくても十分生きていけることが分かれば、もっとみんな楽に生きられるし、自分ももっと楽に生きられるし、それでいいのかなって。
この店が継続していくことで、それを証明できればなと今は感じてますね。
――これまで伺ったような生き方って周囲の反対が結構あると思います。
えもい:親は最初反対してました。親も自営業だったので、どれだけ大変かって分かっているからいろいろ言われたんですけど。でも、「親くらい説得できなくて、店はやっていけんだろうな」って気持ちもあったので、感情的にならずに取りあえず説得して。
――お母さまから「就活の時より何倍もいきいきしてる息子が見られて嬉しい」って言われたことを伝えるツイートが印象に残っていて。
えもい:あれは、店の保証人のハンコを押してもらおうと実家に帰った際、ただ「保証人になってくれ」とは言えなかったので、今までの経緯と現在の計画の状況を説明していってて。
そういう姿が、「就活やりたくない、やりたくない」って言っている頃の自分より、母には生き生きしているように見えたんじゃないかなと。
母なのですが、開店の直前に1回来てくれて。「取りあえず、あんまり気負わず頑張れ」「ダメなら実家に帰ってくればいいから」といった感じでしたね、そのときの反応としては。
――そんなお母さまの反応に触れてみて、どうでしたか?
えもい:1年留学させてもらって、大学も5年間通い、お金もかけてもらって。なのに、「いいところに就職」どころか、「就職もままならず」っていう状況だったから、親に申し訳ないっていう気持ちが本当にずっと強くあって。
だけど、結果的にそう言ってもらえたのはうれしかった、というか、よかったなと実感しています。
■中途半端とは“全然立派じゃなくていい”ということ
――就活で苦しんでいる、心が折れそうになっている人がたくさんいます。
えもい:自分が言えるのは、就活うまくいかなくて就職できなくても死なずに生きていけるし、毎日すごい楽しい。必死に「周りに合わせよう、合わせよう」と思って自分を殺すよりは、自分の幸せを自分で決めてそれに向かって素直にやっていくのがいいんじゃないかな、と思いますね。
就活できなくても、就活無理でも死なないので。自分は、「死なないこと以上に大事なことなんてこの世にない」と思っているので。
――えもいてんちょうさんがブログに綴った言葉で、「中途半端な奴らが中途半端なまま生きることが許される小さな社会を作りたい」という一文に心動かされました。
えもい:「普通のことを普通にするのがつらい」状態にいるとして、それを独りで考えていてもひたすらつらいだけですよね。
だけど、こういう場で「朝起きるのつらいよね」「仕事だるいよね」って言い合っていれば、ちょっとだけ軽くなるというか、閉塞感がなくなる感じがしますから、そういう場所を作りたい。
一番は、“小さな経済圏”をうまく作れていければいいなと。お店をやって、お金をもらった上で、本当に何かやりたいとか何か困っているって人にちょっとずつお金をあげる。そのお金をもらった人がまた誰かにあげたり、逆にこっちへ返してくれたりといった調子で、経済的な循環が少しずつできていくと面白いのかなと思ってます。
質問の答えですが、「中途半端」というのは、すごくなくていいというか、あまりつらさを感じずに生きることができればなってことなんです。
――「無理やりにサラリーマンにならなくていい」とか、「無理やりにいい働き手にならなくていい」とか、そういうニュアンスでしょうか?
えもい:そんな感じです。全然立派じゃなくていいというか。立派な何かにならないと、ってなったら、自分でもつらさを感じてしまいがちだけど、そういう人たちがちょっと集まっていれば、何となくそういうつらさも共有できて軽くなるのかなっていう趣旨ですね。
――そういう人たちで一緒になってやっていく、生き抜いていくということですね。以前にも増して、周囲の人とのかかわりっていうのが重要だという。
えもい:取りあえず、最初は自分が死なないためと思ってたんですけど。今もそれは変わらないんですけど、結局自分が死なずに生きることで誰かの希望になれるかもしれないな、というのは最近思い始めましたね。
―― “逃げ場所”ってやっぱり重要ですか?
えもい:重要だと思います。「マズいな」と感じたときに、逃げられる場所がなるべく複数あるのが大事。
おりん:逃げ場をひとつに絞らないのもかなり重要かなと思います。
何かつらいこととか、しんどいことに見舞われたとき、「もうここしかない!」ってなっちゃうと、本当に狭い「トンネル」の中にどんどん入り込んじゃうので。
だから、自分の中で「ここも、ここもある」っていうのが何個かあると生きやすいのかな、生きづらいのがちょっと楽になるのかなと思ってます。人とゆるく広くふんわりつながってるのが大事だなと。
――このお店もそのうちの一つということですか? 誰かにとっての逃げ場所なんでしょうか?
おりん:そうですね。自分たちにとっても逃げ場所です。
しょぼい喫茶店
住所 :
中野区上高田2-54-8 2F(向かいは黄色い看板の鳥肉専門店)
営業時間 :
昼から夜くらいまで(Twitter店舗公式を要確認)
Twitter :
しょぼい喫茶店 公式(https://twitter.com/shobokitsu)
えもいてんちょう(https://twitter.com/emoiten)
おりん(https://twitter.com/owajourney)