視点・論点「錯覚と安全」[字][再] 2018.04.04
私たちには目が2つあってそれを日常生活の中で当たり前のように使っています。
ものをさがしたり手に取ったり障害物をよけたりする時いつも目で見て判断しています。
これは私たちにとってあまりにも当たり前の事なのでともすれば見たものの位置や形は正しく理解できるはずと思いがちではないでしょうか。
でも本当にそうでしょうか。
実は見たものが実際と違うように見えてしまう現象が日常生活の中でも起こり事故や渋滞の原因になったりしています。
今日はこの事に注目し安全を図るための対策を考えてみたいと思います。
見たものが実際と違うように見えてしまう現象は目の錯覚とか錯視とか呼ばれます。
この現象がありますから見たからといって安心はできません。
まずは一つ例を見てみましょう。
ここに2枚の写真があります。
これは晴れた日に家の壁を撮影したものですが皆さんには何が見えるでしょうか。
どちらも4本の線が横に走っています。
そして左の写真では線は4本ともくぼんで見え右の写真では4本とも出っ張って見えると思います。
でもこの2つの写真は同じものなのです。
左が撮影した時の姿勢のままで右はその写真を180度回転させて上下を逆にしたものです。
同じ写真なのに一方はくぼんだ溝が見えもう一方は出っ張った線が見えます。
なぜこんな事が起こるのでしょうか。
写真は平面であって奥行きの情報を含んでいません。
これを見て奥行きを感じるのは私たちの脳が奥行きを作っているからなのです。
私たちは上から照らされた環境でものを見る事に慣れています。
そこでは上を向いた面は照明の光がよく当たりますから明るく見えます。
下を向いた面は照明があまりよく当たりませんから暗く見えます。
それを知っている私たちの脳は明るく見える面は上を向いている。
暗く見える面は下を向いていると判断します。
ですから写真の上下を反対にすると脳は凹凸を逆に理解してしまうのです。
この錯視は月のクレーターの写真でよく起こるのでクレーター錯視と呼ばれています。
もう一つ例を見て頂きましょう。
この立体は中央の一番高い所から四方へ斜面が下っているように見えます。
でも斜面に置いた玉は全て真ん中へ向かって転がっていきます。
重力に逆らって坂を上っていくように見えます。
でもこれも錯覚です。
立体を回転させて別の方向から見ると中央が一番低い事が分かります。
玉は重力に従って低い方へ転がっているだけなのです。
ところで皆さんは今この姿勢で立体を見て中央が一番低い事を理解したはずです。
ここで玉を除いて最初の視点へ戻してみましょう。
すると最初に思い浮かべた中央が一番高い立体がまた脳に浮かんでしまう方が多いのではないでしょうか。
私たちは画像からそこに映っている立体の奥行きを読み取る脳の働きは知識や理性に基づいた知的な作業だと思いがちです。
でも実際には脳は網膜に映った画像を意識の届かない奥深いところで自動的に処理し勝手に立体を思い浮かべてしまいます。
知識や理性はどこかへ行ってしまい役に立ちません。
ですから真実を知ったあとでもまた錯覚は起こってしまうのです。
皆さんはこういう錯覚の例を見てもそれは特殊な形を見た時だけに起こる例外的な目の振る舞いで日常生活には関係ないと思われるかもしれません。
でもそうではありません。
同じような錯覚は日常生活の中でも起こります。
錯覚は目の前の状況を間違えて判断する事ですから事故につながりかねません。
ですから日常生活で起こる錯覚には注意を払う必要があります。
日常生活の中で出会う錯覚の代表例の一つは車を運転している時走っている道路が上り坂か下り坂かを逆に感じてしまう現象です。
次の写真を見て下さい。
これは四国の香川県の屋島ドライブウェイの途中にあるおばけ坂と呼ばれる道路です。
手前から向こうへ向かって下り坂がありその向こうに上り坂が続いているように見える方が多いと思います。
しかしそれは錯覚です。
実際には手前の坂も向こうへ向かって上り坂になっています。
緩い上り坂の向こうに急な上り坂が続いているという道路なのですが私たちの脳は2種類の傾斜がつながると一方を下り坂もう一方を上り坂と思ってしまう傾向がありそれがこの錯覚を生み出していると考えられます。
このように上りと下りを読み違えるとドライバーはブレーキやアクセルを適切なタイミングで踏む事ができなくなります。
ブレーキを踏むのが遅れてスピードが出過ぎるのはもちろん危険ですが逆にアクセルを踏むのが遅れてスピードが落ちる事も自然渋滞の原因となりますから望ましくありません。
もう一つ例を挙げましょう。
次の写真は左右両方にコーナーミラーが備え付けられた十字路ですがミラーに映った車が左右どちらから近づいてくるのかを逆に感じる危険性があります。
なぜなら右のミラーは左の道路を映し左のミラーは右の道路を映しているからです。
あまり深く考えないで漫然とミラーを見ていると逆だという事に気付かないまま交差点に進入してしまいかねません。
私たちは錯覚の仕組みを明らかにし錯覚の起こりにくい安全な生活環境をいかに整備するかを研究しています。
錯覚の仕組みは次第に明らかになってきているのですがその錯覚を減らす事は簡単ではありません。
例えば先ほどのおばけ坂は壁を水平面と平行な模様にすると上り坂である事を認識しやすくなると期待できそうなのですが個人差があってその効果は完全ではありません。
錯覚は脳が勝手な情報処理を行う結果ですから訓練で取り除く事はできません。
「上り坂注意」などと文字で表示しても言葉の意味が脳に届くのには時間がかかるためあまり効果がなく道路が混むといつも同じ場所で渋滞が起こってしまいます。
これから新しくつくる道路に対しては緩い傾斜と急な傾斜の2つの坂道をつなげてはいけないなど避けるべき道路構造の指針は作れるのですが既に出来ている道路に対しては錯覚はなかなか減らせないのが現状です。
ですからドライバーの方には道路の傾斜を逆に感じてしまうなどの錯覚がある事を理解し一目見て道路の形が分かったと安心しないで常に注意深く見て頂きたいと思います。
最近では車の自動運転の技術が急速に進歩し実用化も間近いと期待されています。
でも大量のデータをつぎ込んで学習させるという方法で人のまねをする人工知能を不用意に作ると人と同じように錯覚を起こす自動運転システムが出来てしまう危険性もあります。
錯覚から逃れられない脳の性質を直視しそれをそのまま人工知能に組み込む事のないよう注意しなければなりません。
今日は目の錯覚が日常生活の中でも起こりそれが事故などの原因となりますから注意が必要だという事をご紹介しました。
2018/04/04(水) 03:50〜04:00
NHK総合1・神戸
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明治大学特任教授…杉原厚吉
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【出演】明治大学特任教授…杉原厚吉
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