この本は、あなたのキャリアと仕事、人生を「シンプル」にするための方法をまとめたハンドブックだ。私はコーチングの仕事でほとんど常に、クライアントの仕事とキャリア、生活をシンプルな状態に戻すことに的を合わせている。「シンプルにいこう」という合言葉によって、クライアントとの対話と理解が深まり、困難や障害が解消されて、アイデアがずっと生まれやすくなる。
「シンプルでいこう」は、私自身が問題に対処するうえでしてきた選択を言い表している。ほとんどいつでも、それがいちばん効果的、効率的なやり方であり、あなたにもできるものだ。それを「シンプルノート」にまとめたのが、この本だ。(「はじめに」より)
こう語るのは、『頭と仕事をシンプルにする思考整理50のアイディア』(サイモン・タイラー著、斉藤裕一訳、CCCメディアハウス)の著者。「シンプル」に関する頭の使い方やさまざまな手法を伝授し、企業経営者やリーダー、事業オーナー、起業家のサポートをしているというビジネスコーチ、モチベーションスピーカーです。
そのような実績を振り返りつつ、断言しているのは「シンプルにすることで、必ず道が開ける」ということ。困難な状況や仕事に直面したとき、クライアントが行き詰まってしまったとき、シンプルにすることが「頼みの綱」になったというのです。そこで本書においても、シンプルに生きるための50種のアイデアを「シンプルノート」と位置づけ、その実践を勧めているわけです。なお著者のコーチングと「シンプルノート」の中心にある心情は、次のような点に基づいているのだとか。
自分で求めていようがいまいが、自分で考えることが結果になる。
思考は感情を引き起こし、感情は行動を引き起こす。そして、その行動が自分の世界で結果を生み出す(どんな場合でも)。
自分の考え方がどこから来ているのか、何がそれを引き起こしているのかを理解すれば、自己成長の道を大きく進んでいけることになる。
そして私は常に、シンプルであることの重要性に立ち返るようにしている。
生活で困難に直面したときには、シンプルにすることで状況が良くなる。
生活が順調なときには、シンプルにすることでさらに状況が良くなる。
(「はじめに」より)
50のアイデアのなかから、印象的な3つをピックアップしてみたいと思います。
一時停止
「正しい言葉は効果的かもしれないが、正しい間ほど効果的な言葉はない」
——マーク・トウェイン(1835-1910年)
忙しいときには、人のために時間を取られることが増え、すばやい意思決定を求められたりするもの。他にも集中の邪魔になる要因が多く、1日中、スイッチをオンにして気を抜けない状態になってしまいがちだということです。
しかもそういう状況下では、する必要のあることはなんでも手当たり次第にやっつけるという「突進」作戦を選択しなければならないこともしばしば。そのため大事なことが先送りされ、心身が張り詰めた状態になって、焦りから行動がおかしくなったりすることもあるでしょう。そうなると「忙殺」されている状態となり、極端な場合には行動のつじつまがあわなくなってしまうものでもあります。
そんなときには、「一時停止」するべきだと著者はいいます。エネルギーを使い続ける状態を一時停止させ、自分自身に目的意識を持たせ、状況を少し高い位置から見渡してみる。そして、新たな心構えで臨めるようにする。それは、ほんの何分間かでできること。
5分間の一時停止でも、効果は絶大。最初は難しいかもしれないけれども休止を続け、次のことを試すべきだそうです。
1.何にも邪魔されず、きれいに片付いている場所で、静かに椅子に座る。そうした場所がなければ、それをつくることが最初の仕事になる。
2.自分の体の張りつめている部分(首、肩、顔など)に意識を向け、それを解きほぐすようにする。自分自身に声をかけ(緊張をほどく意思を言葉にして口に出す)、筋肉の緊張がほぐれるのを実感する。
3.深呼吸をゆっくり6〜10回する。これでリラックスが早まる。
4.活動に戻ることに気がはやるようになったら、「よし、そろそろ行こう」と(自分自身と)折り合いをつける。
(51ページより)
こうして準備が整ったら、また「プレイ」ボタンを押せばいいということです。(47ページより)
仕事スペースの片付け
「山を動かす人は、まず小石を動かすことから始める」 ——中国のことわざ
デスクの上などが散らかってしまうのは、忙しすぎたり、自分で仕事を整理できない状況になったりしたとき、またはその両方になりはじめたときに現れやすい兆候
そして仕事のスペースには、頭のなかの状態が表れるもの。きれいに片付いたデスクで仕事をすれば、創造的、生産的になりやすいということで、その逆もまた真実。そこで著者は、ある提案をしています。
この24時間に触らなかったものは、すべてデスクの上から片付けること。そのうえで、「33:33:33」の処分をしてほしいというのです。著者自身の経験でも、この方法はいつも役立っており、すべての紙の書類やメール、メッセージなどに当てはまるといいます。
33%=とっておく:つまり重要な物だ(たとえば書類の原本など)。近いうちに手を加えたり再読したり、何かに使ったりすることになる。
33%=捨てる:これは、とっておきすぎた物だ。たとえば、もう読むこともない古い資料など、これは処分しよう。放っておいたまま「お願い」の期限が過ぎてしまった要望書なども含まれる。
33%=未決:これらのどちらにもあてはまらない物。まとめて段ボール箱に詰め、友人か近所の知人に預け、2週間以内に取りにいかなかったら処分してもらうことにする。
(53ページより)
このシンプルなステップで、全体の3分の2が片付いてしまうことになるそうです。そして自分のデスク周辺をゆっくり見回し、目についたものを「いますぐに」片付ければいいということ。そうすれば、一新した仕事スペースの快適さをあじわうことができるといいます。
ダブルタスキング
「やるか、やらないかだ。やってみるというのはない」
——ヨーダ(映画『スター・ウォーズ』シリーズの登場人物。「エンドアの戦い」の直前、900歳で死去)
忙しい日には、電話会議をしながらメールを書いたり、会議の最中に次の会議のために考えをまとめたり、2つの書類を同時平行で作成したり、メモを書きながら夜の予定を考えたり……といったことが起こります。しかし2つかそれ以上のことを同時にこなそうとすること、すなわちダブルタスキングは、生産性のエンジンに無理がかかって圧迫された状態になっている証拠だと著者は指摘します。
というのも脳科学の研究から、人間がほんとうに能力を発揮できるのは、1つのことに集中した場合であることが示されているそうなのです(しかも男女差はなし)。複数のことに注意を振り分けることもできそうに思えても、潜在的な能力までフルに解き放つ無意識的な力が働かなくなってしまうということ。
周囲の環境、音、景色、感覚、におい、味など、人間は表層意識の下でさまざまなことを感じ取っているもの。そうした知覚によって、その時々の状況をつかむ能力が研ぎ澄まされるわけです。さらに脳が、そうした近くのデータに合致するファイルや情報を取り出すことになります。しかも同時に、直感的に創造する意識下の能力も働くことに。
逆にいえば、このような回路をふさいでしまうと、ミスをしたり、能率が落ちたりすることになるわけです。たとえばメッセージのニュアンスを読み取れなかったり、不覚をとったり、コミュニケーション(感じ取ること、聞くこと、話すこと)の能力が低下するなど。そんなときは、次の3段階のステップを試してみるといいそうです。
ステップ1:ダブルタスキングをやめる。端的に、やる価値がない。自分のベストな状態になれず、絶対に生産性の向上という結果になることはない。
ステップ2:自分がダブルタスキングをしていることに気づいた場合には、自分自身を笑う。自分を責めるよりも、はるかに前向きな出発点になる。そして、どちらの仕事を先にするかを決める。もう一方の仕事は手放し、すぐに集中して取りかかる。
ステップ3:ダブルタスキングの衝動に駆られるのは、一時停止するべきであることを示すサインだ。5分間休憩を取り、先の「一時停止」の手順を踏んでから、また仕事に戻る。次の2時間か3時間の予定を見て、もう一方の仕事を片付けるのに必要な時間を削り出す。
(56ページより)
ダブルタスキングによって2倍の力が発揮されることはなく、おそらく半々に振り分けられるだけ。だからこそ、1つの仕事に集中することのゆとりと解放感を楽しもうと著者は提案しています。ベストな状態になることをできるだけ増やし、「仕事は一度に1つ」というステップで進めていくことが大切だということです。
本書について著者は、「直線的に(初めから順に)読むよりも、その日や週の自分の状況に役立つ考え方やアイデアを読み取っていくことをお勧めする」と記しています。だから、持ち歩いたり手元に置いたりして、必要なときにいつでも開けるようにしておいてほしいとも。たしかにさまざまなシチュエーションで役立ってくれそうなので、大いに活用したいところです。
Photo: 印南敦史
印南敦史