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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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エピローグ ~猫耳猫編~

この物語に最後までお付き合いいただき
本当にありがとうございました!


 中庭に集まった五つの影は、ずっと、長いことずっと、そのまま動かなかった。

 ただ、空を……。
 二人の人間を呑み込んだ魔法の残光を探すように、じっと、ただ空を見つめていた。

 それはまるで、終わってしまった夢を惜しむような……。
 動いてしまうことで、時が動き出してしまうことを恐れるような、そんな不思議で物悲しい、けれど暖かな停滞だった。

 しかし、この世界に、いや、どんな世界にも、永遠なんてない。
 いつだって、誰がいなくなろうとも時計の針は変わらずに時を刻み、静止した彼女たちの時間も、やがてゆっくりと動き始める。


「……行っちゃった、ね」


 初めに沈黙を破ったのは、五人の中でもっとも手前にたたずむ、長い金髪の女性だった。
 レイラ・ミルトンの名を持つ彼女は、視線を落としながら、自らの手をすり抜けたものを惜しむように、手のひらをキュッと握りしめた。


「ふ、ふん! あんな、やつ! 元の世界にもどって、せいせい、する! ざまあみろ、だ!」


 反応したのは、その奥に立つ、仮面の少女。
 彼女の発した、目の前で消えた二人に対する暴言とも取れるような発言はしかし、誰にも咎められはしなかった。

 なぜならそれは、吐き捨てる彼女の声が、涙で濡れていたから。
 そして、彼女の両の目を隠した仮面は、そこから滂沱とこぼれる涙までは、隠してはくれなかったからだった。

 必死に強がるサザーンを名乗る少女に慈しみの視線を向けたのは、その傍らに立つ茶色の髪の少女、イーナ。
 彼女はもう一度、彼らを消し去った空を眺めて、それから心配そうにつぶやいた。


「ソーマさんたちは、無事に、元の世界に帰れたんでしょうか」


 心優しい少女の口からこぼれ落ちたその言葉は、少女たちの間にふたたびの沈黙を生み出した。

 だって、そうだろう。
 彼女たちが見たのは「合成金術デスフラッシュ」、つまりは二つの最強魔法が組み合わされて生み出された光の乱舞と、それを見た瞬間に消えた、二人の姿だけ。

 消えた彼らが本当はどうなったのかなど、神ならぬ身で知りえるはずがなく……。
 彼女の問いかけに正しく答えられる者は、この場にはただ一人しかいない。

 そして……。


「それは、分かりません。ただ、あの光が見えた瞬間、二人の反応が完全に消失した事だけは、確かです」


 その問いに答えを返したのは、やはり、人の位置を知ることが出来る装備、「探索者の指輪」を持つ()()だった。

 こんな時でも彼女の猫耳はピンと立ち上がり、その凛とした瞳に曇りは全く窺えない。

 ただ、少し。
 ほんの、少しだけ。

 ふたたび空を見上げた彼女の引き結んだ唇と、握りしめた拳とか、彼女の心を映していた。


「…わたしは、しんじる」


 五人の、最奥。
 もっとも空に近い場所で、ひたすらに空を眺めていた少女が、つぶやいた。


「…だってソーマは、やくそく、した、から」


 空と同じ色の髪をかすかに風になびかせて、彼女は、リンゴは宣言をする。

 ずっと、ひたすらに、空を見上げたまま。
 言葉に、意志だけを乗せて。


「…だからわたしは、しんじつづける」


 それはきっと、果たされるか分からない約束を生涯の誓いとする、誓句であり。
 これから何があろうとも、絶対に自分の意志を曲げないという、宣誓だった。


「……愛されて、ますね」


 不意につぶやかれた言葉は、彼女たち五人の誰の口から出たものでもなかった。

 中庭に立って空を見上げる彼女たちとは、十数メートルの距離を置いた、館の庇の下。
 そこには、彼女たち(・・・・)を見つめる二対の目があった。

 そして、そうやって中庭を見つめる視線の持ち主こそが、さきほどの言葉の主であり、古式ゆかしいメイドの服を着た、そそっかしい女性。
 アーケン邸の事件で出会った、一部の人間から駄メイドと呼びならわされるメイド姿の用心棒、リルムだった。

 常とは違う、物憂げな態度のリルムは、じっと前を見つめたまま、ただ口を開く。


「本当に、これでいいんですか、ソーマさん」


 それは、単なる独り言ではなく。
 ここにいないはずの誰かに、強く語りかけるように。


「あの人たちを、泣かせたままで、いいんですか?」


 いなくなったはずの誰かに、それでも届けようというように。


「何よりも大切な人たちを、あのままにしていて、いいんですか?」


 彼女たちの誰に訊いても無為と答えるような問いかけを、それでも彼女はやめようとはしない。


「ねえ、聞いていますか、ソーマさん」


 そして、ついに彼女は高まる感情のまま、握りしめた拳を振り上げる。

 振り上げた拳を振り下ろすことは出来ずに。
 けれどその瞳に憐憫と、それから隠しきれない強い非難の色を込めて、小声でこう叫んだ。







「――だから! いい加減にわたしの背中に隠れるのやめてくださいよぉ!!」








 ……と。



 …………。



 …………。



 …………。



 ……いや、うん。
 まあ、なんというか、その、ね。

 物語における語り部問題というか、視点人物が神の視点を得るなんてけしからんというか。
 だったらこの俺、相良操麻が語り手になってやんよ、というか。

 いや、実際のところは単に現実逃避で第三者的にみんなを見てただけで、なんてことはない。
 要するにまあ、一言で言えば……。



 ――帰ってきちゃったんだよね、五分で!!



 この場の誰もが予想してなかった俺の早期帰還のからくりは、俺が呑み込んでいた飴玉・・にある。

 真希は転移石だけにしか注目していなかったようだが、俺がデスフラッシュを見る際に口に含んでいたのは、それだけじゃない。
 俺は転移石と一緒に「〈マジカルポケット〉の魔法が込められたジェム」を口の中に入れ、首尾よく現実世界に持ち込むことに成功していた。

 それから……。

「言いつけられた通り、ソーマさんが消えてから五分後にマジカルポケットの魔法を唱えましたけど、中からいきなりくまのぬいぐるみが飛び出してくるし、消えたと思ったソーマさんまでいつのまにか出てきてるしで、すっごくびっくりしたんですよ! 心臓止まっちゃったらどう責任取ってくれるんですか!」

 この駄メイドが言った通り、俺はそのマジカルポケットのジェムを使って、日本からこの世界に舞い戻ってきたのだ。



 突拍子もないように思えるこの帰還方法だが、その着想を得るのには、これまでの経験から得た三つのヒントがあった。

 ――泥棒ホイホイ、イエロースライム、それから水中都市だ。

 まず、〈マジカルポケット〉とは魔法によって、冒険者鞄と同じような収納空間への入り口を発生させる魔法。
 そして、猫耳猫スタッフの怠慢によって、プレイヤーが入れたアイテムが勝手にNPCに使われるという不具合があったことでも分かるように、その空間は単一だ。
 つまり、日本で〈マジカルポケット〉の魔法を使って収納空間に入り込めば、猫耳猫世界で〈マジカルポケット〉が使われた時に移動出来るのでは、というのが最初の思いつきになる。

 普通に考えれば、魔法も魔力も存在しない日本で魔法を使うことは不可能だ。
 ただ、例外はあった。
 発動に周りの魔力を使う魔法や転移石とは違い、「宝石の中に貯めた魔法力で魔法を行使する」という設定のアイテム、マジックジェムだ。

 その証拠に、泥棒ホイホイ……魔法もスキルも封じられた部屋でも、マジカルポケットのジェムは問題なく使えた。
 このジェムを現実世界に持ち帰ることが出来るか、というのが最大の賭けだったのだが、俺は無事にその賭けに勝った。

 ……ついでに言うと、口の中が駄目だった時のことを考えて実はほかの隠し場所を試してみていたのだが、今はいいだろう。
 というか、あとの処理を考えると気が重いので、しばらくは忘れていたい。


 さらに猫耳猫世界側の入り口としてマジカルポケットの魔法が使える駄メイドを用意することで、両方の世界にマジカルポケット使用の条件が整った訳だが、これで即移動可能、という訳にはいかない。
 なぜなら、冒険者鞄やマジカルポケットの収納空間には生物は入れないからだ。

 だが、そこで思い出したのが、粘菌の森でおなじみのイエロースライム。
 俺はこいつを「ビンに詰める」ことで、生きたまま鞄の中に入れ、邪神の欠片と戦う武器に仕立てたことがある。
 どういう理屈かは全く分からないが、生き物を容器に入れることによって、間接的に生物も収納空間に入れることが可能なのだ。

 そして、俺には「人間を中に入れることが出来」て、しかも「収納空間に入れられる大きさ」のアイテムに心当たりがあった。
 水龍の指輪を取りに訪れた、中に入ることが可能なミニチュアの街、〈水中都市〉である。

 まず、日本でマジカルポケットのジェムを使って水中都市の水槽を取り出し、その中に入る。
 事前の検証によると、この水中都市は人が入った状態でも冒険者鞄やマジカルポケットの収納空間に入れられるので、こうなればあとは簡単だ。
 あとは運び屋として、NPCとアイテムのはざまにあり、冒険者鞄を好き勝手に出入りし、収納空間の中を自由に動き回れる謎生物、くまに全てを任せればいい。

 事前にマジカルポケットの中に待機してもらっていたくまに俺が入った水中都市を収納空間の中に運んでもらい、次に猫耳猫世界で駄メイドがマジカルポケットを使った瞬間、水中都市を持ってぴょーんと跳び出してもらえばあら不思議。
 日本と猫耳猫世界を一瞬のうちに移動出来る、という寸法だ。

 あ、ちなみに次にまた日本に行く時のために、入れ替わりでくま二号の方にはマジカルポケットのジェムを持って日本で待機してもらっている。
 実際にうまくいくと分かればくま以外にも出来ないことはないので、この役目はゆくゆくは真希にお願いしたいな、と思っているが、本当にくまたちには頭が上がらない。

「いえいえ、ソーマさんが頭を下げるべきなのは、くまさんたちよりあの人たちですよね! どうして隠れちゃったんですか!」

 と、俺の回想が終わったタイミングでリルムが小声で怒鳴りつけてくるが、それはしょうがないだろう。

「い、いや! 俺だって本当はすぐに出ていくつもりだったぞ! でも、みんなしんみりしちゃって、『やぁ、帰ってきたよ』なんて言える雰囲気じゃないしさ! もうこれ逆に今出てったら邪魔かなーとか」
「な、何言ってるんですか! 見てくださいよ、あれ! サザーンさんなんて、ソーマさんと別れてわんわん泣いてるんですよ! あの涙を見ても胸が痛まないんですか!?」
「いや痛むよ! でもさ、だからこそなおさら出ていきにくいというか、いなくなって一週間とかだったら『てへへ。帰ってきちゃった』とか出来るけど、五分だぞ、五分! みんな完全にお別れムードに浸っちゃってるし、盛大な別れのシーンやったのにその直後に忘れ物思い出してまた会って気まずい、みたいな、そういうさぁ!」

 もちろん、俺だってずっと隠し通せるなんて思ってない。
 ミツキが探索者の指輪で俺の位置をもう一度探ろうとしたらその時点でアウトだし、そもそも隠れ続けるつもりもない。

 ただ、やっぱり何事にも、タイミングというのはあると思うのだ。
 だからこう、もうちょっと気持ちが落ち着いて、もっと自然な状態で感動の再会を演出してあげるのが、むしろ……。

「あっ! ソ、ソーマさん、前! 前!」

 しかし、小声とはいえ、そうやって言い合っていたことが、完全な間違いだったらしい。

 慌てて視線を前方に戻すと、メンバーの中で一番勘が鋭いミツキの猫耳が、ピクリと動いていた。
 そして彼女はそのまま視線を自分の指に、プレイヤーの位置を把握出来る「探索者の指輪」の方に向けると、信じられない、とばかりに目を見張った。

 ――完全に、バレた。

 照れくささと決まりの悪さに、何も出来ずにその場に立ちすくむ俺の背中を、ぽん、と温かい手が押す。

「ほら、行ってあげてください」

 呆れたような、面白がるような、けれど嬉しそうなその声が、耳をくすぐる。
 その温かさに促されるように、気付くと俺は、仲間たちの方へと自然に足を踏み出していた。


 ついに顔を上げ、その目が俺の姿を捉えても、ミツキの表情は変わらなかった。
 ただ、パタパタパタ、ビュンビュンビュンと暴れまわる頭の上の猫耳が、何よりも雄弁に彼女の気持ちを語っていた。


 次に気付いたのは、レイラだった。
 足音に顔を上げた彼女は、俺の姿を認めた瞬間、ワッと泣き崩れた。


 訝し気に俺の方に視線を向けたのは、サザーンだった。
 再会の驚きのせいか、つけた仮面が地面に落ちても、彼女は拾う素振りすら見せない。
 ただ、「バカ。僕はぜんぜん、心配なんて、バカぁ……」と口にして、あとはもう、言葉にならなかった。


 その奥に立ったイーナは、何を思ったか、ぎゅーっと自分の頬をつねっていた。
 それから「いたい……」と呆然とつぶやくと、ごしごしと袖で涙をぬぐって、最高の笑顔を俺に贈ってくれた。



 それから、最後に……。


「リンゴ……」


 蒼色の髪が、翻る。

 振り向いて、視線が合った瞬間。
 透き通った青い目が、大きく、大きく見開かれて。

 別れの時は頑として流さなかった涙を、滴るほどに溢れさせ。
 いつだって変わらなかった無表情さえも、あっけなく崩れさせて。

 そうして、そして――









「――おかえりなさい、ソーマ!!」









 力いっぱいに飛び込んでくる彼女を、俺はしっかりと抱き止めたのだった。

ご愛読ありがとうございました!!
ウスバー先生の次回作にご期待ください!!
JC(しょせき)最終9巻は書き下ろし後日談などを加えて4月5日(木)発売です!!










次号(あした)から、ウスバー先生の「ラストルーキー」が連載スタート!!
お楽しみに!!

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