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池田先生の入信当初

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2018年 4月 3日(火)21時52分56秒
編集済
  これだけ会員がいれば、同じことに関心がある人もいるのだな~と思いつつブログ記事を拝見しました
池田先生の入信当初をリアリティーに知る情報と感じたので紹介させて頂きます

(あまりに長いURLなのでリンクタグにて記事名のみ表示にします)
池田先生の入信時の心境 ( 宗教 ) - 「創価ルネサンスの思想」の旅 - Yahoo!ブログ
より、池田先生の話部分のいくつか引用し箇条書きします(戸田先生とのやりとり部分も含むところもあります)

●これから長い人生を生きていく上において、明日の命も分からない、一寸先は闇ではないか。君には10年、20年先の生活に確信はあるのか、と言われた。僕はあると威張ったよ。(笑)それから、青年時代はまだいいけれど、"光陰矢のごとし"と言うように、アッという間に白髪の老人になってしまうではないか。その時に自分は何のために人生を歩んできたか、何を目的として生きてきたか、と考えた時に、"我れ人生をあやまてり"と悲しんでも始まらないということを、君は考えないか」

●今は健康であるが、どういう宿命が自分の生命にせん在していて、いつ自動車にはねとばされたり、人に殺されたり、重病にかかったりするか分からないだろう。そういう宿命をどう打開するか、この信心以外に打開の道はありませんよ、と言われたんです」

●死ぬという問題をどう解決するか、と言われたことです」

●「フランスの有名な文豪ユゴーが云った言葉に、『人は生まれながらにして死刑囚の執行猶予をされたのと同じようなものだ』という言葉があります。死ぬということは、絶対なものです。この問題は、大臣になろうが、学者になろうが、絶対に解決できない問題です」

●「その生きていくという生活の根本問題、それからすぐに老人になって死んでいかなければならない人生の目的の問題、自分の宿業、宿命、死ぬという問題にっいて、全部解決できるのがこの信仰なんだよ、と言われたのです。私はなるほどなあと思ったんです」

●「私が信心をしたのは満18歳のときで、小学校の同僚で女の人から折伏されたんです」

●「青年はより高いものを求めていき給え、勉強し給えと言われて、いやだったが信心する気になったんです」

●「それが運命を変えちゃっていました。いま思えば本当に幸せだと思いますね。"やります"と返事をしたものの、一生涯若いのに題目はあげるなんて、いやだなあ一、と3日間ねられなかったよ」

●「やるならやる。やめるならいまのうちと腹をきめて、先輩のいわれる通りにやりました。『折伏をしろ』というから、私は自分の友だちを10人ぐらいよんだのです。信心してから間もなくのことですよ。一生懸命いいました。御本尊様の話を。

一度なんかは、会長先生がわざわざ私のおよびした会合に出てくださったこともありました。しかしだれも信心しないのですよ。一生懸命やってもね。みな友達がはなれちゃうんだよ。

私ひとりぼっちになっちゃって、これはえらいことをはじめてしまったと思っちゃった。だから、勤めに行くのでも、折伏をしてくれた家の前を通るのがいやだから、ずっと遠まわりして、帰りも遠まわりしていたんだ。別にだれも見ていないのだが,,,はじめはそんなものだ」

●「はじめの3年間というものは、いわれた通り、気違いみたいになって、一生懸命折伏をやりました」

●「御本尊様の話をしていくのが折伏だから、ちゃんと功徳が自分のところにもどってくるんですよ。ご飯を食べると同じように、当然、もう話をするのだという気持ちが大事だ思うのです」

●「私が信仰したのは22年8月24目で、ちょうど3年目の25年8月23日に、自分にとって最大の三障四魔があったんです」

●「その時、私も体が弱くて、随分やせていました。血タンはでてくるし、寝られないし、そのうえ家では信心に反対だ、親せきには行けないし・・・一体どうしようかと思った。

その時、私はどうか御本尊様、この仕事の苦しみからのがして下さいと、はじまったのです。それまでの3年間の信心なんて、なってない状態なんですよ」


※ここでいう「最大の三障四魔」は戸田先生の事業が失敗した時期
※全文はPDFで見れるとの記述ですが、どうやら現在はファイルがないようで見れませんでした

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

男子部はどこに行っちゃた?

 投稿者:生涯広布&一筋兄弟メール  投稿日:2018年 4月 3日(火)21時43分43秒
編集済
  mission様、いつも、素晴らしい適時の指導引用ありがとうございます。

以下引用します・・

第2総東京最高協議会(2006.1.4)】東京牧口記念会館─より抜粋

《悪を滅する強さを持て》

今年は、敢然と悪と戦う一年としたい。

なかんずく、結成五十周年を迎える男子部には

『次の学会を背負う一騎当千の指導者たれ!』と叫びたい。

(な~とも、はや~、で、その当時の男子部連中はどこにおるんじゃい・・?)

日蓮大聖人は、涅槃経の次の文を繰り返し引いておられる。

【もし仏法者が、法を破る者を見ながら そのまま放置して、

相手の非を厳しく責めず追い払わず、はっきり罪を挙げて処断しないのであれば、

まさに知るべきである。この仏法者は、仏法のなかの怨敵である】(開目抄226㌻他)

本当の「善人」とは「悪と戦っている人」のことである。

仏法は、人間を不幸にする魔との「限りなき闘争」である。

悪を厳しく責めるのは、それが「正しい」ことだからである。

そして「正しい」ことは「強い」ことである。

強くなければ、正義を貫くことはできない。「正義」は「勇気」なのである─

・・引用終わり・・

「私の独り言さん」

これで、私がひどく責めた理由がわかるでしょう・

でも、どういうところが、オッチョコチョイなんでしょうかね~??

「愉快な・・」の間違いではないでしょうか(笑)

気になって、夜眠れません・・(ウソ)

教えてくださった方には賞金・・・・・・・あげません

(ホッホッホホホ・・ウっ、ゴホン・ゴホン、ゴッホン)
 

猿 キジさん 荒らし 妨害は止める。

 投稿者:ヤマタノオロチ  投稿日:2018年 4月 3日(火)21時40分11秒
  原田天魔邪教派が  暗躍して  団結  士気の   低落を

画策していますが  無理だよ~~

原田天魔  秋谷邪教  谷川374919は  裁判所

池田会長第一の乗っ取り野郎を  許してはならない。
 

35年54年から今 池田会長潰しは 計画的に 秋谷原田派が実行した

 投稿者:大工の源  投稿日:2018年 4月 3日(火)21時28分53秒
  信濃町除名解雇の元職員さまです

横浜三人組については、
いろいろな批判もありますが、私は、「純粋な思いの人達」だと観ています。
彼らが除名になった直接のきっかけは、職員の中村一郎支部長の超理不尽な会員へのいじめに抗議したことです。私はこの点は、三人組が完全に正しいと思っています。
(伏線として先行する事件も、三人組が正しいと思います。)
私は、三人組は、純粋すぎて「保身」を知らなかった。のだと思ってます。
ただ、私の違和感は、彼らは、氏家先生とか、佐野先生のように、安保反対を表明して解雇された訳ではないのに、
安保反対を掲げて(それ自体は正しいとしても)、サイレントアピールをしている。
解雇されたから、言えるようになった???のかもしれませが、、、すり替えにも見える点にあります。
教学的には、元に戻せ、という、分かりやすいけど、何も分かってないとしかいえない主張。
ということで、何かが違う、という違和感はあるのですが、
私は、横浜三人組は、純粋な人達だと思っています。
こちらも、直接お会いされ、誤解を解かれることをお薦めします。
 

原田教 を追撃しましょう!

 投稿者:大工の源  投稿日:2018年 4月 3日(火)20時59分27秒
  本部職員の方からの  情報があります

仲間内で  とにかく  原田天魔邪教クーデター野郎を  撃退しましょう!

目的は池田創価学会の復活です。





 

虹と創価家族 様へ

 投稿者:mission  投稿日:2018年 4月 3日(火)20時22分44秒
  投稿して下さったスピーチを含め、2006年は本当に重要な御指導があったと感じています。
前年(2005年)4月、我が家の御本尊様に「僭聖増上慢には不服従を貫く」と誓った私にとって、強く残っているのが 2006年の新年を迎えた時の御指導です。

学会創立75周年を終えた翌年 2006年1月、78歳を迎えられた池田先生が最初に御指導された言葉は、『輝く「学会創立八十周年」への五年間は、百年にも匹敵する。まことに大事な時である。
その最初の一年である今年は、まさしく次の五十年の勝ち戦を決定づける重要な一年であると、私は確信している』
そう仰られました。

お言葉どおりに池田先生は、“次の50年を決定づける勝ち戦”の5年間を終えられ、指揮を執り続けて下さってた日常から、私達は”2010年6月“を迎える事になったのです。
“不服従”を誓った私の5年間も、まるで御本尊様が私の決意を試されるが如く、様々な“僭聖増上慢”の形を見せて下さいました。

【第2総東京最高協議会(2006.1.4)】東京牧口記念会館─より抜粋
http://seesaawiki.jp/w/nyozegamon/lite/d/%C2%E82%C1%ED%C5%EC%B5%FE%BA%C7%B9%E2%B6%A8%B5%C4%B2%F1%A4%C7%A4%CE%A5%B9%A5%D4%A1%BC%A5%C1%282006.1.4%29

 《悪を滅する強さを持て》
─今、創価学会という偉大なる民衆の城が壮大に築きあげられた。この善なる民衆の連帯を絶対に、悪に乱されてはならない。
建設は死闘。破壊は一瞬である。悪が盛んになれば、善が滅びる。
不惜身命で悪と戦う勇者がいる限り、善は守られる。しかし、もしその精神が失われれば、崩壊は直ぐに始まってしまう。この事を、よくよく心に留めていただきたい。

学会利用、信心利用の醜い利己心の輩を許してはならない。また、皆がおかしく思っても、それを口に出せないような特別な存在を作ってはならない。
学会は、峻厳な師弟の精神に貫かれた、平等な同志の世界である。

悪に対しては、勇敢に声をあげることだ。徹して強く責めることだ。
臆病ではいけない。臆病はずるい。ずるいのは「悪」である。
悪を見ながら放っておいて戦わないと、自分が悪と同じになってしまう。積んできた福徳も消えてしまう。

今年は、敢然と悪と戦う一年としたい。
なかんずく、結成五十周年を迎える男子部には『次の学会を背負う一騎当千の指導者たれ!』と叫びたい。

日蓮大聖人は、涅槃経の次の文を繰り返し引いておられる。
【もし仏法者が、法を破る者を見ながら そのまま放置して、相手の非を厳しく責めず追い払わず、はっきり罪を挙げて処断しないのであれば、まさに知るべきである。この仏法者は、仏法のなかの怨敵である】(開目抄226㌻他)

本当の「善人」とは「悪と戦っている人」のことである。
仏法は、人間を不幸にする魔との「限りなき闘争」である。
悪を厳しく責めるのは、それが「正しい」ことだからである。そして「正しい」ことは「強い」ことである。
強くなければ、正義を貫くことはできない。「正義」は「勇気」なのである─

長くなりますが、他にも紹介させて下さい m(__)m
◆ともあれ、リーダーは生き生きとしていなければならない。そして、同志を苦しめる邪悪に対しては、徹して強く勇気の言論で戦っていくべきだ。指導者の一念が勝負を決する。
御聖訓にいわく。【大将軍よはければ・したがうものも・かひなし】(四条金吾殿女房御返事1135㌻)と。

◆日興上人は仰せである。
【この大聖人の法門は、師弟の道を正して成仏していくのである。師弟の道を少しでも誤ってしまえば、同じ法華経を持っていても無間地獄に堕ちてしまうのである】と。

◆私は十九歳から、戸田先生を師匠として仰ぎ、全生命を賭して、お仕え申し上げた。師を護り、師の建設された創価学会を世界的にするために、それはそれは全身全霊、死にものぐるいで戦いぬいた。
「先生、私が必ずやります。ご安心ください」こう言いきって、あらゆる闘争の指揮を執り、志とともに一切を勝ち越えてきた。
まっすぐに師弟に生きぬいた。まっすぐに師弟の約束を貫いた。私の人生は一点の後悔もない。

◆戦後 学会発展の途上において、事業(戸田先生)の大敗北として競い起こった。
多くの弟子たちは、偉大なる師匠を恩師でありながら軽んじていた。ある悪者は非難中傷した。
そして、ある恩知らずの弟子たちは難が来ると師匠を侮辱して、あざけり笑って去っていった。
その光景は、私の胸に焼きついて離れることはない。当時の理事長も、師である戸田先生を誹謗したのである。
多くの大恩を受けながら、畜生のごとき心をもって偉大な師匠の恩を仇で返した輩は、当然のことながら その最終章はあまりにも見苦しく、みじめであった。

『君よ、卑怯者になるな!傲慢になるな!恩知らずになるな!』これは、牧口先生、戸田先生以来の叫びであるのだ。
仏法は勝負である。師も勝った。弟子も勝った。師弟不二にして、永遠の勝利を私は築いた。
大聖人と同じ心をもって、広宣流布のために、不惜身命の者として、大勝利者として、その永遠の生命は続くのだ。
『池田門下生も、かくあれ!』と、私は叫んでおきたい。

◆妙法とは「不思議の法」である。絶対に無駄はない。すべてに意味がある。
ゆえに、何があろうとも、きれいな心、誠実な心で、師弟不二の仏法に徹しぬいた人間が勝つのだ。
邪道は滅ぶ。正しい道を歩みぬいた人が、最後は必ず勝利者となる。

◆本当に勇敢な人、訓練を受けきった人は謙虚なものだ。
すぐに傲り高ぶる。同志を見下す―それ自体が、その人間の愚かさを証明しているのである。
近代文学を代表する思想家・内村鑑三は述べている。
「世は誠実を以てのみ勝つことが出来ます。世に虚偽多しと雖も、虚偽を以て之に勝つることは出来ません。正義はやはり最後の勝利者であります」

◆誠実の人は美しい。好感が持てる。信頼できる。最後には勝つ。
学会も、一人一人が誠実の行動に徹してきたからこそ、ここまで発展した。
また、どこまでも一人を大切にしてきた。友の悩みに耳をかたむけ、あらゆることに迅速に手を打ってきた。
だからこそ学会の組織は、生き生きと躍動しているのである。

◆一切の勝利の源泉は「祈り」である。
【暫くもこの本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則ち祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなく、福として来らざるなく、理として顕れざるなり】
日寛上人の「観心本尊抄分段」には、こう厳然と記されている。
戸田先生も、よく言われた。『御本尊に願いきっていくことだ「一人」が大事だ。その一人の信心によって、皆が最後は幸せになっていける』
戸田先生は、ある時こう叫ばれた。『私は進むぞ!君も進め!永遠に前へ!』
この呼びかけにお応えして、私は常に「永遠の前進!」の気概で戦い続けている。

◆結びに一句を贈り、私の新年最初のスピーチとさせていただきたい。
  君もまた
    不動の信念
      不二の山
本年もよろしく!この一年 元気でいこう!張りきって進もう!
生ある限り戦おう!深き使命を持った皆さまである。一緒に戦おう!

※【まっすぐに師弟に生きぬいた。まっすぐに師弟の約束を貫いた。私の人生は一点の後悔もない】─池田先生
私も師匠である池田先生との約束を、貫き通す日々である事を今日 新たに決意しました。

池田先生の御指導は、永遠に私達を励まし続けて下さっています。
【生ある限り戦おう!深き使命を持った皆さまである。一緒に戦おう!】
今 居てる場所は、それぞれ違えども「宿坊の皆様」と同じ様に闘える「今」を感謝します。



 

池田先生の談話

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2018年 4月 3日(火)20時09分43秒
  海外のメンバーとの懇談で、あるメンバーが『本当の功徳とは何ですか?』と
先生に質問した。

先生は他の人達に『何だと思う?』と考えを聞いた後、
(智恵等いろんな答えが出た)『一番の功徳は、人に現れる。

つまり自分の人間関係に出るんだ。私が大学もろくに出ていない身で
ありながら、世界中に素晴らしい友人がいて、学会を守る諸天善神に
なっているのが一番の功徳だ』といわれた。
 

創価三代会長の全集

 投稿者:tesuto  投稿日:2018年 4月 3日(火)20時02分36秒
編集済
  国立国会図書館には あると思いますが?・・・  

三代会長の精神の継承は大嘘

 投稿者:モンブラン  投稿日:2018年 4月 3日(火)19時34分15秒
  戸田城聖全集は絶版、牧口常三郎全集も入手困難、池田大作全集も150巻全巻揃えるのは、もはや困難になっている。三代会長の精神を、次の世代に継承するためには、採算度外視で、三代会長の著作を、誰でも入手できるようにしておくことは、至極当然のことと私は考える。

大学図書館の本をさがす CiNii books で三代会長の全集を検索してみた。

牧口常三郎全集 金沢大学・岐阜大学・南山大学・明治大学

戸田城聖全集  京都大学・拓殖大学・大東文化大学・東京大学・桜花女子大学・北海道大学・武蔵大学・立        正佼成会付属佼成図書館

池田大作全集  大阪大学・上越教育大学(以上全巻揃っていると思われる大学)
        沖縄県立芸術大学(9巻)

創価大学中央図書館では、牧口常三郎全集・戸田城聖全集の記載なし、池田大作全集では、第14巻の対談1冊のみ所蔵されていることになっている。

何かの間違いではないか、と思いたい。

もし、創価大学中央図書館に、三代会長の全集が揃っていないとすると、何らかの意図を感じざるを得ない。

三代会長の思想を学ぼうと真剣に考えている高校生は、創価大学以外の、全巻揃えている大学に進んだ方がよいかも?



 

高校に進めなかった娘が博士号

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2018年 4月 3日(火)19時33分19秒
  信じ続けた母の勝利!!「この子にも使命が!必ず広布の人材に!」

創価大通信教育部から学問の道志す【川崎市高津区】「お母さん、やったよ!博士号を取った
よ!」――娘から喜びの報告を受けた母は、三十数年に及ぶ数々の苦難が、すべて報われた気
がして、胸がいっぱいになった。母の名は、U・Hさん(68)=K平和支部、支部副婦人部
長。電話の声は、Uさんの二女・K子さん(34)=横浜市M支部、婦人部グループ長。悩み
多き思春期、K子さんは高校入学さえかなわず、本格的に勉強を始めたのは、創価大学の通信
教育部からだった。その彼女が、本年3月、日本社会事業大学大学院の博士後期課程を修了し
、社会福祉学博士の学位を取得したのだ。栄冠の陰には、生活と苦闘しながら、娘の成長を信
じ、見守り続けた、母の祈りがあった――。

パート1不信と恐怖が重なり

日本中が好景気に沸いていた、1970年(昭和45年)ごろのこと。今は亡き、Uさんの夫
は、宮崎で紳士服の小売店を営んでいた。一時は羽振りが良かったが、経営の見通しを誤り、
多額の負債を抱え込む。仕入れ先に雇われる立場となり、名古屋で、給与から返済を続ける生
活に陥った。住まいは店舗の2階。Uさんは、家事と1男2女の子育て、社員寮の賄いに加え
、仕立ての仕事にも追われた。過労がたたり、「労作狭心症」の診断を受けた。それでも“借
金を返すまでは”と、生活を切り詰め、身を粉にして働いた。夫妻は61年(昭和36年)に
入会していたが、Uさんが真剣に学会活動に励むようになったのは、名古屋時代からだった。
やがて、すべての返済を終え、心機一転、夫妻のふるさとである

宮崎へ戻った。夫は新たな事業を軌道に乗せたが、堅実な経営ができず、やがて家を空ける日
が増えた。Uさんの知らないところで借金を作り、揚げ句に執拗な取り立て屋が、自宅まで押
し寄せた。たまに帰宅したと思えば、Uさんとの間で口論が始まる。そんな両親の姿が、中学
生だったK子さんの心に、暗く、大きな影を落としていく。明るく、利発だったK子さんが、
次第に自宅に引きこもり、登校しなくなった。両親への不信感に、借金取りの恐怖感が重なり
、感情を表に出せなくなっていた。K子さんの兄はすでに大学へ、姉のT・Kさん(39)=
川崎市、G支部、地区婦人部長=は専門学校へ進学。二人とも東京に出ており、K子さんの疎
外感は、深まるばかりだった。

パート2人生の師にこたえたい

母として苦悩するUさんを、先輩幹部が激励。「母親のあなたが、心に春風が吹き抜けるよう
な境涯になれば、娘さんも必ず、学校に行くようになります」と。「今となっては“そうだっ
たんだなあ”と思えますが、あのころはもう、心の中は北風の、それも暴風でしたから、春風
なんて、とてもとても(笑い)」とUさん。その時は先輩の話を、すべて素直に受け入れられ
たわけではなかった。が、それでも、根底の祈りは揺るがなかった。それは“娘を広宣流布の
人材に育てたい!”との一点だった。Uさんには、忘れられない光景がある。それは名古屋か
ら宮崎に戻った翌年、78年夏のこと。宮崎平和会館を訪れた


池田会長(当時)の元へ、幼いK子さんを伴い、駆け付けた。「あの日、先生は、K子の頭を
なでながら、私たち親子を真心から激励してくださいました。以来、この子を広布の人材に育
て、師匠におこたえしていこうと、心に刻んできたのです」しかし、K子さんにとって、父に
振り回され、苦悩に沈む母は“不幸を絵にかいたような存在”としか見えず、母の願いとは裏
腹に“信心したって何も変わらない”と、心を閉ざしていた。「私がこんなに不幸なのは、お
母さんのせいだ!」と、目に涙をためながら、詰め寄る娘を前に、母の胸は痛んだ。K子さん
は、何とか中学を卒業できたものの、出席日数の不足や、家庭の経済力などの理由で、高校へ
の進学はかなわなかった。アルバイトの職探しでも、しばしば学歴が障害となり、現実社会の
厳しさに直面。貧血や過食症も重なり、希望の見えない日々が続いた。

パート3唱題の声が聞こえる

周囲の何気ない一言が、一人の人の生き方を変えることがある。先輩に誘われるまま、女子部
の会合に参加したK子さんは、入会間もない年上の女性から、肩をポンとたたかれ、「あんた
、何しよっとね?もっと頑張らんね?」と、気さくに声を掛けられた。“あっ、こんなふうに
はつらつと生きていける人になれたらいいな”と心が動き、“私も信心を頑張ってみよう”と
、素直に発心できた。ある日のこと。婦人部の活動から帰宅したUさんは、玄関で思わず立ち
すくんだ。部屋の中から、娘の唱題の声が聞こえてきたからだ。K子さんが回想する。「母は
部屋に入って来ず、しばらくすると玄関のほうからむせび泣く声が聞こえてきたんです。あの
時は“こんなにまで私のことを……”と、胸が熱くなりました」

唱題と活動に励むなか、K子さんが元来持っていた明るさや、前向きな性格が表れ始めた。角
膜の病気を患ったが、医師も驚く回復力で失明の危機を脱し、信仰への確信をいっそう深めた
。そして彼女は“創価大学の通信教育部で学ぼう”と決めた。同学部の特修生(現在の正科課
程入学資格取得)の制度の下、一定の単位を取得すれば、高校卒業と同等の資格を得て、通信
教育部に進めた。大学の図書館で中学校の参考書を開くことに、多少の恥じらいがあったが、
K子さんにとってはそれも避けて通れない道だった。女子部の先輩の激励を受け、懸命に唱題
を重ねながら、通信教育部を4年で卒業。いったん就職したが、向学の思いやみがたく、創大
大学院への進学を決意する。その受験勉強の渦中、東京にいたK子さんに、宮崎から思いも寄
らない知らせが舞い込んだ。父が末期がんで「余命1カ月」の宣告を受けたという連絡だった


パート4父と娘の心のきずな

Uさんと夫は、よりを戻し、再び同居していた。心の“しこり”が消えていたと言えば、うそ
になる。「でも、すべて自分の宿命ととらえ、信心で乗り越えようと、腹が決まったんです」
夫の看病をしながら、Uさんは、父と娘の“心のきずな”の修復を願っていた。一方、K子さ
んも唱題に励むなか、嫌悪感でいっぱいだった父に対し、不思議と愛慕の念がわき、病床の父
を見舞う気になった。心の垣根を取り払い、本音で語り合ったのは、何年ぶりのことだろう。
「お父さんは世法では負けたが、今になって、信心の素晴らしさが、少しは分かった気がする
。K子が広布の人材に育ってくれれば、もう何も思い残すことはない。大学院の試験、頑張る
んだよ」命を振り絞るような父の言葉に、K子さんの積年のわだかまりが、徐々に氷解してい
った。父は医師の予測よりさらに半年間、寿命を延ばし、94年

7月に他界した。K子さんの胸に、父親として最後で、たった一度の“宝の思い出”を残して
。K子さんの勉学に、拍車が掛かった。生活費を自分で稼いでいたため、アルバイトも欠かせ
ず、さらに女子地区リーダーとしての活動もやり抜いた。96年4月、母の祈りに支えられ、
努力が実って、創価大学大学院法学研究科への入学を果たした。その後、日本社会事業大学大
学院の博士後期課程へ。自らの体験を思い合わせ、“社会的に弱い立場の人たちのために、役
立つ研究を”と、社会福祉学を志した。そして本年3月。筆舌に尽くせぬ苦闘の歳月を経て、
K子さんは「社会福祉学」の博士号を受けた。「娘の学位記は、成長を祈り続けてきた、私に
いただけた“卒業証書”に思えてなりません」娘とともに授与式に参列したUさんの胸中は、
五月の青空のように、どこまでも晴れわたっていた。

取材後記○…食べる物にも事欠いていたころ、ある親せきから、「学会をやめてうちに来れば
、生活の面倒は全部見てあげる」と言われた。「その真心はうれしかったのですが、信心を捨
てようという考えは毛頭、ありませんでした」とUさん。誘惑、試練、悲哀……。あらゆる“
魔の働き”を打ち破ったその先に、人生の“勝利の凱歌”が待っていた。○…K子さんはこの
4月から、非常勤講師として創価大学の教壇に立ち、法学部の学生に「社会保障法」を講義し
ている。Uさんは「娘が学生の皆さんに分かりやすい授業をできるよう、毎日真剣に題目を送
っています」と。母の深い祈りには、“もうこれでいい”という際限はない。○…Uさんの自
宅に、ハイビスカスの鉢植えがある。宮崎で池田名誉会長から贈られた物で、Uさんが丹精込
めて育ててきた。そのハイビスカスの花言葉は「繊細な美」、そして「私はあなたを信じます
」。(晴)

「ここまで努力を続けてきた娘は、私の誇り」とUさん。「母がいたから頑張ってこら
れました」とK子さん。試練を勝ち越え、2人は“人生の春”を迎えた

2004年5月6日
 

と言う

 投稿者:  投稿日:2018年 4月 3日(火)19時30分2秒
  と言う内容の話は、

YouTubeで
小学生、中学生の友達が
見て話題に学校で話題に
なっているよ!
 

削除お願いします

 投稿者:匿名通報  投稿日:2018年 4月 3日(火)19時18分29秒
  猿だのキジだのと、ありきたりのハンネで話題ズレまくりの投稿は削除してください!  

(無題)

 投稿者:螺髪  投稿日:2018年 4月 3日(火)19時10分34秒
   >熱原法難における門下の自立した信仰を一つの結実として「余は二十七年なり」と発せられた、とみるべきではなかろうか<
 >御本尊は、仏界はどこにあるのか。=中略=御本尊は何かから、私達普通の凡夫の内なる生命が御本尊を御本尊としてどう足らしめるかへの視座の転換期がきているのでしょう(投稿者:dekahappy    投稿日:2018年 4月 3日(火)10時05分30秒)<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81920

 思索深い発言です。仰る通りです。とりわけ、「御本尊を御本尊としてどう足らしめるかへの視座の転換期」。

 ということは、どこまでも、仏法は「己心の法」の“究めつ”きということになります。孤立とか、身勝手とかではなく、「個」が「個」として持った「全体」との「関係性」の中での存在ということになりますでしょうか。


 

埼玉は、むかしから腐ってるよ!

 投稿者:俺だよ。  投稿日:2018年 4月 3日(火)19時08分48秒
  竹入りから始まって、西村へと派閥闘争の連続です。
なにより婦人部が、平川女史対、洲崎だよね


、榊原を犠牲にし、復権し砂糖を師にもつ栗が、さいたま長ですもん!

後藤大輔さんしか、期待してません!
 

アホ満開発言は差別云々以前の問題

 投稿者:あははは  投稿日:2018年 4月 3日(火)18時35分51秒
  >>三代会長は日本人。

山口組の話ならば「会長」ではなく「組長」ですがw

>>それまでは?
>>ヤクザの成り立ちは?
>>日本人が在日韓国人をいじめて
>>居場所がなくなった挙句の組織団体。


だから、在日コリアンや在日の帰化人が幹部や構成員の多数を占有している
暴力団が日本に存在するというなら、その団体名と幹部の名前を具体的に
例示しなよw
 

創価大学池田記念講堂

 投稿者:花の輪  投稿日:2018年 4月 3日(火)18時25分24秒
  やっと聖教も公式名称で記載しました
これまでの名前では何を記念している講堂なのか?分からない
変な名前でした
軌道修正されて良かったです

聖教新聞さん
もう1つ軌道修正して欲しい事があります
「巻頭言」です
先生の役職も肩書きも何も記載されていません
これを見ると悲しくなります

54年
会長を辞任させられ、会長室も取り上げられ
丸裸にして、放りだされた時と同じなのでは?と危惧してしまいます

あらぬ嘆き、疑いを会員が起こさないように
肩書きをキチンと掲載することをお願いします

幹部に質問すると
「池田先生は、もはやSGI会長とか、名誉会長などという名前にこだわっておられない
世界の先生なんだ」という答えでした

これって、一見「賛嘆」しているようだけれど
実は貶めていると思いました

宮川氏が◯◯会長に
先生の会長職復帰の話をした時
会長は
「池田先生におかれては、自分が会長であるとか、名誉会長であるとかと言うことに全く執着していないのであります」
との回答をされたとの事

なんだか、同じ臭いがします
「賛嘆」しているようで、実は貶めている

ガダルカナルタカ
「師匠が悪いように言われているのに、指を加えて見ている事が我慢ならないと思っている人間が(軍団)たくさんいた
師匠に叱られてもいいから、やってしまえ」

宿坊の皆さんの心意気も「これだ!」と思いました

「師匠が罵られ、中傷されても何の反論もできない
戦えない
そんな情けない弟子であってはならない
その思いで生き抜いてきた
未来に生きる皆さんは、私との「共戦」の人生を歩み抜いて欲しい」

「提婆達多は、教団の実力者であった
釈尊の声望を妬み、追い落とそうと、陰謀をめぐらしたのである」

現代の提婆達多は誰か?
先生の声望を妬み、貶めようとする人
その人は教団の外ではなく、中にいる
そして、高位者
と先生は明確に教えて下さった

宿坊を「提婆達多」にしたい人達がいるようだが、宿坊は完全に「シロ」
何故ならば
先生を妬んでいない
先生を尊敬し、先生に教えて頂いた通りの信心、人生を歩もうと必死で挑戦している人達ばかりだから。
 

なんだかなぁ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2018年 4月 3日(火)18時20分37秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/81940

先のコメントの追記と前後したけどf^^;

>解雇や除名の主因はそこにあるのではなくやはり「足軽会」の不適切な属性を
問われなおかつ是正の努力が認められなかったところにあるのではありませんか?<

上記部分を仮に事実と前提して話せば(僕はそうは思わないけど)、その「全責任は原田会長にある」んじゃありません?

事実確認もいいけど、「態度」の点で原田会長はNGですね
例の創価新報の記事が全て事実と仮定しても(僕はそうは思わないけど)、「起こったことの全責任」は創価学会の実権を持った最高幹部の全責任、いや一切衆生の幸福の責任を負おうとする(ハズの)会長にあるんじゃありませんか?

「一切衆生」には当然ながら元職員3名も含まれることで「除名」が「一切衆生の幸福」かどうか原田会長は判断できぬと自白したも同然の創価新報記事です

いまや原田会長が「正しい」というのはたいがい「誤り」で、原田会長が「誤り」としてるのはたいがい「正しい」ものばかりですもんね(笑)

いずれにせよ、元職員3名さんが10年ほども本部職員をしていながら、原田会長は彼らを善導することができなかった事実は動かぬことです
「54年」よろしく最高幹部は責任の丸投げしてるに過ぎないね
それが創価新報での「態度」でワザワザ自白したようなもんです

原田会長以下執行部がそんなに責任持ちたくないならやめちまえ!って言いたいね

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

味方か敵か?真相真理は単純!

 投稿者:日本丸  投稿日:2018年 4月 3日(火)17時53分15秒
  なかなかのチョッとしたモン見っけ~

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11156084191

イチャモンぽく?ややこしく?
ひねた言い方はチンピラ詐欺師

http://6027.teacup.com/situation/bbs/80609

 

日が過ぎる程に、会合に出席した埼玉学会員の信心を心配しています

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2018年 4月 3日(火)17時46分28秒
編集済
  日時:3月25日 18時~
場所:埼玉文化会館
総埼玉地区栄光長会


3.執行部批判者への批判

公明党が推進した安保法制への批判はおかしい。
自分の批判を池田先生の名前とすり替えているに過ぎない。

最近、創価学会の中に新しい種類の人たちが増えている。
これまでは外に出て批判していたが、中に残って批判して批判者を増やしている。
執行部批判者は外へ出て行ってもらった方がいい。
2014年11月の教義条項の変更も、素晴らしい。

内部にあって組織を崩す新種が現れている。
悪が中に留まっている。原田会長、執行部の批判を始めているが、これは池田名誉会長の否定。
これはキリスト教でもあった。分派と同じ。外へ出て貰った方が良い。

その他、籠池問題、佐川など高級官僚の増上慢の問題等を語った。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/81589

~~~~~~~

上記は、3月25日に埼玉文化で行われた総埼玉地区栄光長会での、佐藤優氏の講演内容です。
あくまで投稿内容のからの引用です。

佐藤優氏が『原田会長、執行部の批判を始めているが、これは池田名誉会長の否定。』と言ったそうだが、いったい池田先生の指導の中に、このような内容の指導があるのでしょうか?
佐藤優氏の論法では、「原田会長=池田先生」と、なるのではないでしょうか。
ましてや「執行部=池田先生」でしょうか。


なによりも、この話を素直に聞いてしまう、参加した会員の信心が心配です。
会合出席者の中に、『原田会長と執行部は、イコール池田先生』であると思っている会員がいるのなら、非常に心配です。

虹も、折伏の現場や仏敵との対峙で、罵声を浴びることがあります。
また査問において、虹は幹部から厳しい批判も受けています。
しかし、どんなに批判や罵声を浴びようとも、『虹を批判することは池田先生を否定することに通じる』などと言うことは、微塵も心に浮かぶことは御座いません。

佐藤優氏の発言は、ある意味、池田先生を盾にして、原田会長と執行部を守っています。


会合に出席した会員に、師弟のブレを軌道修正して頂きたい。
2006年の指導から師弟を学び、佐藤優氏の発言と比較すれば一目瞭然です。

~~~~~~~
【普及版 池田大作全集 スピーチ 2006年(1)P. 91】

 子路にとって、「幾ら憤慨しても憤慨し足りない」ものがあった。それは、「邪が栄えて正が虐げられる」という世の姿である。
 子路は、わが師匠の苦難の連続に涙し、心からの怒りを発した。そして、断固として決心し、立ち上がっていくのである。
 子路の決心として、中島敦が綴った言葉には、神々しいまでの人間の輝きがある。
 「濁世のあらゆる侵害からこの人(=孔子)を守る楯となること。精神的には導かれ守られる代りに、世俗的な煩労汚辱(ほんろうおじょく)を一切己が身に引受けること。僭越ながらこれが自分の務だと思う。
 学も才も自分は後学の諸才人に劣るかも知れぬ。しかし、一旦事ある場合真先に夫子(=孔子)のために生命を抛って顧みぬのは誰よりも自分だ」
弟子・子路は、師匠を誹謗し、ばかにする者たちには、憤然と反撃していった。
~~~~~~~


弟子ならば、師の盾となるが、師を盾にはしない。
それが本物の弟子です。


 

横領告発も横からの便乗?

 投稿者:新感性  投稿日:2018年 4月 3日(火)17時05分30秒
編集済
  >掲示板の情報が信じられないなら直接会って聞いてみては?   投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編   投稿日:2018年

会うつもりはありません。また会わないと確証が取れない事案であるならばやはりその程度の
ソースでしょう。

いままで三人組のブログを読んだ限りでは、巷間の横領疑惑については時系列の上からも
この三人が発見し告発したものではなく、すでにどなたかが発見して告発したものを何番煎じかで
叫んだものにすぎないのではないですか?
解雇や除名の主因はそこにあるのではなくやはり「足軽会」の不適切な属性を
問われなおかつ是正の努力が認められなかったところにあるのではありませんか?

横領告発も横からの便乗の疑いをいだいております。
違ってたらご指摘ください。


いわば便乗組に利用されるのは得策にあらず   投稿者:新感性   投稿日:2018年 4月 3日(火)15時47分44秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81938
 

54年に池田先生も「やはりここは君子危うきに近寄らず」にされたんじゃないの?

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2018年 4月 3日(火)16時21分24秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/81938

>やはりここは君子危うきに近寄らずがベストな選択ではないでしょうか。<

54年に起きたことってまさに「やはりここは君子危うきに近寄らずがベストな選択ではないでしょうか」という判断の元で池田会長辞任要求の署名だったんじゃないでしょうか
(掲示板のこれまでの情報からは、池田会長辞任要求の署名したうち秋谷・原田はそれだけではなかったように見えますけどね)

追記:
池田会長辞任の様子をリアリティーに伝える方がいます

http://6027.teacup.com/situation/bbs/67763

>会長は、立ち上がり憮然とした表情で、

「 池田先生に、おかれては、自分が会長であるとか、名誉会長であるとか言うことには全く執着していないのであります!私は、弟子として、先生に、会長になってもらうとか、願うとか言う気は、さらさら無いのであります 」と、声を震わせながら会長は答えた。<

ここでいう「会長」とは4代会長のことを指しているでしょうね

さて、みなさんならば上記のセリフを言うにはどんな「心境」で言うことになりますでしょうか

そしてさらに

>誰一人、会長辞任を留める所か、辞任要望書なる署名まで集め、先生を追い詰めた輩が、今も本部の中枢にいると、元先生の側近で、無実のデッチ上げで除名処分になった最高幹部が言っていました。

四代会長に先生より年上の○○さんが会長になり、その際先生は、一時お前に預ける( 会長職を )と仰ったとのこと。

これは、先生の側近で会を除名になった別の方からの情報です。

偉大な広宣流布の頭領たる先生を会長から引きずり下ろす罪は深く、我が師匠に宮崎の大寺院にて土下座させた総本山の首謀者.細井日達は、三カ月後の同年、54年7月、入院はしていたものの、前日の夜まで元気だったが富士の宮の病院で急死。

更にその2年後昭和56年の同じ7月、会長を先生にと言った四代会長が自宅で急死。<

細井日達と4代会長の相次ぐ急死
「現証」といわずなんというのでしょうか

人によっては死ぬほどの罰を受けてるにもかかわらず、秋谷・原田は未だ健在でいるのは「一闡提」なのを示してるでしょうね

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

差別の言い訳

 投稿者:新感性  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時59分54秒
編集済
  >何も差別は、していない。

>差別と言うなら、
>差別、逆差別を作り上げたのは、日本人政治家
>であると言いたい。


いわく
「差別ではない」 「叛差別」 「逆差別」 「差別ではなく区別です」

差別の言い訳によく使われる都合いい言葉ですね。

いじめの正当化にも共通したような・・・
 

いわば便乗組に利用されるのは得策にあらず

 投稿者:新感性  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時47分44秒
編集済
  たまたま元職員3名と、公明党支援団体としての学会に政治的な思いを見せたくて
同三人組が主催するサイレントデモなどの場に居合わせた方々を行政が認めた公益法人たる
宗教法人が乱暴にも主催者と同一視して除名などの処分に及ぶのは確かに人権上も
由々しき問題です。

しかし三人の私事の便乗的側面もあることが否定できかねる集会・会合への積極的参加は
当の宗教法人側にどさくさに紛れたような処分の乱発の口実を
与えかねない可能性もありますので重々注意すべきではないでしょうか。むろん処分乱発への批判は重要ですが別の問題です。

純粋な政治・宗教的動機からの言動、行動が巧妙にすりかえられないためにも
やはりここは君子危うきに近寄らずがベストな選択ではないでしょうか。

別にくだんの三人組と行動をともにしなくても信念ある行動の展開は可能では
ないでしょうか。事実そうした方々はこの掲示板にもいらっしゃいましょう。


元職員3名が横領告発?  投稿者:新感性  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時18分3秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81934
便乗②  投稿者:新感性  投稿日:2018年 2月15日(木)01時16分1秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/79715
 

missionさま

 投稿者:末席の弟子  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時44分21秒
   あんな何気ない小さな投稿に

こんなにも激励下さり、感謝の言葉もありません。

今、込上げるものをこらえ書いています。


  「ありがとうございます」


私は皆さんのように高尚な議論はかわせませんので
(皮肉ではありません)

ココを先生の指導を再び勉強する場、

また、信心の向上のための糧にしています。

勿論、悪にだまされないために・・・



多くの方が思っていることだと思いますが、

私もmissionさまの切り口鋭い舌鋒に

歓喜している一人です。

また助けられている一人です。

  「ありがとうございます」



missionさまが
「幸」多く「福」多くと祈ります。


【ご返信不要】
 

掲示板の情報が信じられないなら直接会って聞いてみては?

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時42分16秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/81934

▼▼▼▼▼▼
○――元職員3名は、なぜ学会にいられなくなったのですか。

>A.創価新報では、『元職員らは、独自の指導性を持ったグループを作り、問題行動を
>行ってきました。』ことを理由としています。
>しかし弊社の調査では、聖教新聞社で金銭を横領した幹部がおり、元職員3名がその事に対し疑>問を投げ掛けたことが、一番の理由であると判明しています。

「御社の調査」って一体何でしょうか?
くだんの3人が「学会にいられなくなった」理由が横領事案に対しての告発である信憑性
のソースとしては脆弱にもほどがありませんか?
▲▲▲▲▲▲

掲示板の情報のウラを取るのも難しい面があったりのものもあるでしょうけれど、このケースならば元職員3名さんは実名を出して活動してるのですから、直接会って確認するのは可能と思いますが

けどね、そもそもこういう事態すらもみんな含めて原田会長の全責任になるのが「日蓮仏法」なんじゃありません?
池田先生の指導からはそうなると思うのですけどね

ストレートに言ってしまうけど、元職員3名と一緒に協力してる仲間たちは100パーセント悪くない、と感じますよ
10年ほども本部職員でいながらまったく善導できなかった側に非があるといわざるえないですね

それを責任転嫁する詭弁の新聞記事にしかなってない始末です

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

元職員3名が横領告発?

 投稿者:新感性  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時18分3秒
編集済
  4月4日付創価新報(3)に「元職員らの中傷行動について②」(副題 裁判に破れ
政治行動に飛びつく」が掲載されています。

ここに書いてあることが事実なら再び特にSaySaySayさんには申し訳ないのですが
本部の言い分のほうが理があるものと私は思います。

それから以下は題名に関しての観点です。

>言うまでもなく唯一の正統。←独善的な論理の見本  投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2018年 4月 3日(火)04時29分51秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81909
より引用します。

>ところが、宿坊にあげられている情報によると

http://6027.teacup.com/situation/bbs/81584
聖教新聞社で金銭を横領した幹部がおり、元職員3名がその事に対し疑問を投げ掛けたことが、一番の理由であると判明しています。

●引用ここまで

当該の画面からも引用してみましょう

>創価新報読者との対談  投稿者:投下真報社  投稿日:2018年 3月26日(月)21時14分52秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81584

>では
>○――元職員3名は、なぜ学会にいられなくなったのですか。

>A.創価新報では、『元職員らは、独自の指導性を持ったグループを作り、問題行動を
>行ってきました。』ことを理由としています。
>しかし弊社の調査では、聖教新聞社で金銭を横領した幹部がおり、元職員3名がその事に対し疑>問を投げ掛けたことが、一番の理由であると判明しています。

●引用ここまで

「御社の調査」って一体何でしょうか?
くだんの3人が「学会にいられなくなった」理由が横領事案に対しての告発である信憑性
のソースとしては脆弱にもほどがありませんか?


「遅すぎる」と言われたくなければ  投稿者:新感性  投稿日:2018年 3月21日(水)03時55分25秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81307

以下は後編集です。

いわば便乗組に利用されるのは得策にあらず  投稿者:新感性  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時47分44秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81938
 

批判の為の批判は汚す

 投稿者:男子部Nメール  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時15分7秒
  何があっても人種差別する者は、池田先生とは真逆の思想と心根です。

在日とか日本とか差別をする掲示板ではないはずです。

権威に溺れ、人種差別どころか池田先生を裏切り分断を謀った天魔原田を打倒し、生命尊厳で人間平等の平和へ無血革命です。

事件などあげつらい、韓国に対しての批判の為の批判は板を汚し、魔をつけ込ませ住みやすくします。
 

【東大の男は】

 投稿者:末席の弟子  投稿日:2018年 4月 3日(火)15時01分6秒
   先日たまたまラジオを聴いていたら

こんな情報がありました。

○コメンテータ:宮台真司氏(社会学者・東大出身)


〔概 要〕

「東大の男はクズばかり・・・」

「ヤリまくり、すてまくりはあたりまえ・・・」

「女を物扱い・・・」

       等々・・・

実際の音源↓

https://www.tbsradio.jp/237675



う~ん  納得。



 

>>在日韓国人による暴力団。

 投稿者:あははは  投稿日:2018年 4月 3日(火)14時43分25秒
  >>在日韓国人の集まりがヤクザ組織を
>>作ったのが発端。
>>そのヤクザ映画を日本人が作り
>>日本人が演じて、日本人が喜ぶ。


日本最大の暴力団組織「山口組」の初代、山口組を戦後最大組織に育て上げた
三代目はれっきとした日本人ですがw

ウィキペディアで「山口組」等をググって確認しろよw
 

「魔人ブウ」悪が善に変わる時

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2018年 4月 3日(火)12時47分10秒
  自民党の石破茂氏が、あるオープニングセレモニーに、出席。

アニメ「ドラゴンボール」に出てくる、魔人ブウのコスプレで出ていた。(笑)
頼まれると断りきれないらしい。
賛否両論あるだろうが、私は好感を持った。(笑)

軍事オタクで超タカ派というイメージの石破氏だが、次期総裁候補として常に岸田氏と競い合う実力者。派閥は小さいが。

岸田氏は穏健派という所は良いのだが、安倍首相から首相の座を譲り渡して貰うのを待つ、という姿勢が私は気に入らない。首相の座というものは、奪い取らなければダメらしいのだ。

安倍首相が、そう簡単に首相の座を譲り渡すとはとても思えず、まだまだ居座るつもりなのは明らかだが、私は安倍首相に今すぐ辞めてもらいたいのだ。

日本の再生の為に、それほどの時間的余裕は無いと思っている。

石破氏は鉄道オタクとしても有名。
夜行列車に対する想いや、お茶の陶器製の容器に対する想いとか、人間的に共感出来る部分も多い。

超タカ派であるには違いないのだろうが、この人は逆に、実際には戦争しない人の様に感じる。
穏やかそうに見せかけて、いきなり戦争しそうな安倍氏とは真逆の人かも知れない。

魔神ブウというキャラクターも、最終的には悪人キャラから善人キャラに変わるらしいのだ。(笑)


世界全体の潮流が、良い方向に変わる可能性がゼロではなくなって来た今、韓国同志の唱題の力が大きく作用しているに違いない。

韓国同志にとっては、南北の融和はまごう事無き悲願だ。命がかかっている。
ダーハラ執行部のアベ寄り北朝鮮敵視の指導性など、糞食らえに決まっているではないか。
想いの深さが全然違うだろう。

大聖人の仏法は、本来そういうものであったはずだ。
頭で考えて100%実現不可能な民衆の悲願が、奇跡的に実現することにより、池田創価学会はここまで大きくなったのだ。力ある宗教とは、そういうものでなければならない。

師匠を裏切った不信心者の集合体である原田執行部は、信心という部分を切り捨て、その悪い頭で全てを判断しているから全て失敗するのだ。

もはや原田創価学会は、大聖人の仏法を実践していない。

北朝鮮撲滅唱題会などという狂人的信仰ではなく、韓国の同志と共に、「米中朝韓」融和の為の唱題に私も励みたい。
今の日本は蚊帳の外だ。ダーハラ執行部もダメだ。糞みたいなものだ。

そう簡単には行かないだろうが、いずれ金正恩氏とトランプ氏には、ノーベル平和賞をかっさらって行って貰いたいと切に願う。


PS 去年は無いと言っていた自衛隊の日報が、376日分14000ページも発見された。(笑)
           アベ自公サイテー政権。往生際が悪すぎる。もう自分から辞めるべきだ。










 

あまり、気にしてなかったので、うっかり忘れてました

 投稿者:原田興行  投稿日:2018年 4月 3日(火)12時30分7秒
  ご投稿ありがとうございます。


創価大学池田記念講堂  投稿者:団塊ジュニア
投稿日:2018年 4月 3日(火)10時50分14秒   通報
今日の聖教新聞には「創価大学池田記念講堂」って書いてあるねー

表記の通り、今後は中抜けしないよう善処します
 

天魔打倒で師弟拡大

 投稿者:男子部Nメール  投稿日:2018年 4月 3日(火)12時26分7秒
  私を除名にする為に、地域の内外の人をたぶらかし、私を孤立させて12年になります。

しかし地域では本年まで、内部で多数の方がお亡くなりになり、また学会員は大変な状況にあります。

昨年頃より、私が自宅での題目を聞き地域の人達が、頻繁に親しく声を掛けてくれるようになりました。

外部の方で私に「学会の〇〇さんは題目を上げてるのかしら、最近、題目の声が聞こえないけど、あなたみたいに題目を上げれば、もっと体も良くなり元気になるのにねえ!」と病気を抱える学会員の事を外部の方が不安を起こし心配されています。

また、大変な学会員さんからも「あなたは良く題目が上がるねえ。私はもう駄目だよ」と諦めの生命で訴えてくるのです。

地域の学会員は私の除名と共に、本部一体で富士宮と特区の幹部らにより魔に食い尽くされたのです。

私は地域でも、大変な一人一人の方々に真剣に精一杯、激励させていただき、魔煙を払うが如く一凶である秋谷や原田らによる、学会組織と公明党の狂いを公明盛大に語り抜いています。

現在、魔を植え付けに来た幹部らは、大変になった会員に見向きもしません。

この現証は天魔原田と、会員のところへデマを入れ込み分断に動き回った幹部らの全責任であります。

今や、歓喜あふるる座談会どころではありません。

しかし原田ら本部も天魔と化して、敢然と天魔原田と戦うべき人でも、よく「昔の座談会は良かった。懐かしい。今、私は座談会には出られないんだ」などと未練がましい方もいます。

たしかに、黄昏るのは自由ですが、会員までが魔に食われている以上、私は未練がましく情に流され過去の体験や思い出など回想している事などできません。

地域の現状を知り、今こそ天魔を打ち破り、弟子の体験を現す時であると使命の自覚を致しました。

先生にお応えすべく魔との攻防戦の地域で、仕事から生活や振る舞いも、すべてが現実での実証の戦いになりました。

だからこそ、先生の呼吸に合わせて題目を上げ抜き、今を大勝利するだけであります。

昔の座談会を懐かしむのではなく、自分が座談会を行えばいいのです。

今こそ、一人が誰に依存する事なく、また池田先生や池田家に頼るのでなく、それぞれの同志が師弟で自立し不動で戦い抜く時だと思います。

自立した歓びこそ、何処であろうと一人でも二人でも、自分の対話の場が座談会なのです。

味方は少なくとも、弟子が総立ちとなり、原田ら天魔打倒と師弟の生命拡大をし抜き、真実を語りに語る時です。
 

都合が悪いと何かのせいにする

 投稿者:人力車  投稿日:2018年 4月 3日(火)11時53分38秒
  数年前、電車の中で政治の話になり、未活動家とバリ活の友人が言い争いになった。私は真ん中にいたので苦笑いをしていた。

未活動の友人は原発の話をしていたが、バリ活の友人は、共産党は悪、公明党は正しいとムキになっていた。

そんなバリ活な友人も最近は静かになったが、執行部の悪行にはあまり興味がないらしく、趣味でエンジョイしている。

友人を見て思うことは、○○は悪という言葉は、良きにつけ悪しきにつけ力をもってしまう、ここが組織の恐ろしいところである。

問題会員とされてる人に対して「ネットみてないかな」という幹部が多い。
 

だからこそ

 投稿者:見込みない人びと  投稿日:2018年 4月 3日(火)11時08分55秒
  声をあげることが大事ですね。「池田記念」だぞ!勝手に省略するな!先生の事跡を勝手に消すな!と。  

創価大学池田記念講堂

 投稿者:団塊ジュニア  投稿日:2018年 4月 3日(火)10時50分14秒
  今日の聖教新聞には「創価大学池田記念講堂」って書いてあるねー  

鉄砲玉様、ご賛同ありがとうございます

 投稿者:Anger Is Power  投稿日:2018年 4月 3日(火)10時12分26秒
  >小生の周りには、“威張っている幹部“というよりも、“何も学んでいない幹部“が多過ぎると実感しています。
>先生から何度も何度もスピーチしていただき、多くの経験を積み、その割には、全く本質を分かっていないと思わせ>る“問題意識浅き人々”。
>「坊や、いったい何を教わってきたの?」という歌詞がありましたが、その通り!
>何十年もかけて、何を教わってきたのだろう??

>大聖人様ご在世の六老僧の内、5人が“退転”した歴史を振り返り、その比率を当てはめれば、83%が退転、王道を踏み外す・・

仰る通りです!数人の幹部に天魔原田学会執行部の悪行について話すと「確かにそうかもね。でも…」と庇います。本当に情けない限りです。師と共に戦える「誠の時」が到来したからには、先生の学会を破壊しようとする悪と戦わなければ与同罪となり、未来永劫まで師匠を守らなかった裏切りの弟子たちとの烙印を押されてしまう…!
 

お礼 土屋様

 投稿者:dekahappy  投稿日:2018年 4月 3日(火)10時05分30秒
  土屋様
示唆深い大切なご投稿ありがとうございました。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/81910

『大石寺がこの出世の本懐を板本尊に結び付けて理解せしめてきたため、そのように信じてきた人々にとっては、板本尊造立のような何か具体的行為の表出、大聖人による積極的事象を、本状に述べられた「本懐」に期待する心情はわからぬでもないが、「二十七年」は単に弘安二年のみを切り取られてかく述べられたのではなく、二十七年に及ぶ日蓮大聖人の弛まざる闘争と、その延長線上に興起した熱原法難における門下の自立した信仰を一つの結実として「余は二十七年なり」と発せられた、とみるべきではなかろうか。私はそう確信する。』とございました。

此の御本尊全く余所に求むることなかれ

御本尊は、仏界はどこにあるのか。

外の様々な組織、集団が崩落が進行している現在。

見方を変えれば、御本尊は何かから、私達普通の凡夫の内なる生命が御本尊を御本尊としてどう足らしめるかへの視座の転換期がきているのでしょう。

なるようになってくると存じますが、
実体論から関係論への転換。
次の世代のため、乗り換える大きな山だと思います。
 

エイプリルフールは過ぎたけれど

 投稿者:日本丸  投稿日:2018年 4月 3日(火)09時35分7秒
  フェイク、うそ、ゴマカシで成り立つ黒世界

黒いタヌキかキツネか・・・それとも?

邪道(蛇道)に堕ちた腐った毒ヘビ!?

アベ自公創価の黒いつながり・・・邪(蛇)眷属

化けの皮(黒い神通力)失せれば終わり

http://6027.teacup.com/situation/bbs/79006

http://6027.teacup.com/situation/bbs/80609

 

たぶんキリスト教の話かな

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2018年 4月 3日(火)09時34分35秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/81911

キリスト教と日蓮仏法って、言い方が違うだけで結果的に同じ意味のことを言ってる部分が多いことにビックリさせられたものだけど

キリスト教では神は自分以外のところにいる、という基本理念だけど、キリスト自身は「神のような心」は本来誰でも存在してることを「知って」いたんじゃないかと僕は推察してるけどね
この自覚部分だけでいえば日蓮大聖人様とひょっとしたら同じだったんじゃないかなって
けどその自覚できる人は皆無である事実から、理解しなくとも結果的に幸福になるよう、キリスト自身は「神は自分以外のところにいる」という「方便」を採用していたんじゃないかなって
つまりは具体面で日蓮大聖人様は「内道」の方便を採用し、キリストは「外道」の方便を採用した違いといいましょうか
いわば医学では体の外より「薬」でもって体調不良を治すように、キリストは「神」は外の存在として「神のイメージ」でもって薬とし、それで良心が芽生えやすくし、生命の浄化を促すようにしたんかなって

翻って日蓮大聖人様は単刀直入に心の中の患部を直接「手術」するが如く、生命の真実を解き明かし、また生命の浄化の方途も明かし、「末法」にはこれしか方途がないことを自覚され自ら実践されたのですね

現代医学では癌の治療も薬で治る範囲のものと薬では治らないものがありますね
薬では治らないものは外科手術しか方途がないように、キリスト教と日蓮仏法の違いはそういうことなんでしょうね


・・・ まして佐藤優氏がキリスト教というのは真面目にやってないのがあらさまで他のキリスト教徒には迷惑なだけでしょう
(まぁキリスト教もいろいろ宗派があるようだけど)

そもそも他のキリスト教徒とうまくいってるなら、なぜにワザワザ学会にきてロコツな干渉するわけ?(笑)
しかもキリスト教の教義を無視して(笑)
キリスト教の教義はおろか、池田先生の指導内容をも無視しての埼玉の行状
それで池田先生を讃えるってのは、ただ学会と池田先生を利用してカネにする目的の「諂う」でしかないでしょうね
「諂う」のは「信仰」ではないよ

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

オフィス北野

 投稿者:純白の白  投稿日:2018年 4月 3日(火)09時14分23秒
  なんか似てますね 構図が
たけしのネームバリューにおんぶにだっこ
お金は社長と社員が独り占め
芸人には自腹でライブさせて
冷や飯だったそうです
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、戸田先生の追善法要への御出席、誠にご苦労様で~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2018年 4月 3日(火)08時59分34秒
  おはようございます。原田怪鳥様、広宣会館で各部の方と戸田先生の追善法要が行われたとのコトで、御出席、誠にご苦労様で~す(笑)

また、池田先生も恩師記念会館で勤行されたとのコトデスが、原田怪鳥様の写真なんてど~でもいいデスから、

恩師記念会館で勤行されている池田先生の御写真を報道して頂けマスように、お願いしまぁ~す(笑)


また、ナニやら? 原田怪鳥様、「後継の人材をさらに育成したい」と仰られたみたいデスが、もう「励まし週間」とやらは始まってマスよぉ~(爆)

原田怪鳥様はじめ最高患部の皆様方の「訪問激励」の御様子が、ナニ一つ報道されてないのはいかがなものデスかぁ~(笑)

先月・先々月ぐらいは、原田怪鳥様の差し障りのない「訪問激励」の御様子が報道されていたワケデスが、もう終わりデスかぁ~(爆)

いやいや、「じ・き・で・し」の原田怪鳥様のコトデスからぁ~、きっと本幹以降御姿がお見えにならなかったのも、

「査問・処分・除名」「左遷・更迭」の段取りという「陰の戦い」に邁進していらっしゃったのでしょうねぇ~(爆)

まあ、本幹での原田怪鳥様の御姿を小生も拝謁したワケデスが、「クビ曲がれば、影(行動)斜めなり」みたいに感じてまぁ~す(大爆)


また、「珍・人間革命」誓願も、淡々と上っ面ダケをなぞって「平和宣言」へと移ってマスが、あとは山本伸一のメッセージで締めデスかぁ~(笑)

参加者や運営者のエピソードにも触れず、事前の決意や苦労にも触れず、なんとも寂しい「正史」があったモノでぇ~す(笑)

せっかく原田怪鳥様の御英断で、「上・下巻」になったワケデスから、もっと「正史」にふさわしく、背景描写をお願いしまぁ~す(笑)

参加された方々が、いったいどんな気持ちで当日を迎えたのかが描かれませんと、読者の方々も納得しませんよぉ~(笑)

執筆チームの皆さ~ん、少しは「取材」というものをして頂きませんと、室内で資料片手に下ばかり向いてるようではいけませんよぉ~(爆)


原田怪鳥様、何はともあれ、原田怪鳥様肝いりの「励まし週間」なのデスからぁ~(笑)

しっかりと全国各地に出没して頂きマスて(当然自腹で)、各地の名物料理目当てではなく(高級寿司目当てでなく)、

もちろん、谷川主任伏怪鳥様のごとく、あぐらでニタニタなどというコトもなく、会員の声に真摯に耳を傾けて頂きマスように、

期待しないで待ってまぁ~す(大爆)




 

釈子・創価門流って言動のことごとくが外道じゃん

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2018年 4月 3日(火)08時41分39秒
  釈子・創価門流氏は波田地氏や金原氏が執行部「憎し」という認識がすでに論外ですね
「憎し」でやってるのはどうみても谷川氏など4人組にしか見えないね
それを転倒・責任転嫁する印象操作でもって掲示板の話題の撹乱ですかね
実際話題をスリカエようとしてる
しかも、これだけ数年も間が空いてから
不自然ですね

仲間のフリして結果的に4人組御用達をやってるだけじゃん

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

わが友に贈る 2018年4月3日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2018年 4月 3日(火)07時22分34秒
  「善友に親近せよ」
良き出会いが
人生を変える。
互いに高め合える
良き友こそ生涯の宝だ。
 

『異体同心の和合僧』であるための、「ふるまい」や「行動」とは何か

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2018年 4月 3日(火)07時17分17秒
編集済
  『学会の組織』を守るためには、『異体同心の和合僧』であることが重要です。
さて、『異体同心の和合僧』の「ふるまい」や「行動」とは何か、具体的にご存知でしょうか。

池田先生は2006年のスピーチで、このように指導されています。

~~~~~~~
【普及版 池田大作全集 スピーチ 2006年(1)P. 87】

「返す返す今も忘れないことは、(竜の口で日蓮が)首をきられようとした時、あなたが、私の供をして、馬の口に取りついて泣き悲しまれたことです。これを、いかなる世に忘れることがありましょうか。たとえ、あなたの罪が深くて地獄に堕ちられたとしても、その時は、日蓮が釈迦仏から、どれほど『仏になれ』と誘われようとも、従うことはありません。あなたと同じく、私も地獄に入るでしょう。日蓮と、あなたとが、ともに地獄に入るならば、釈迦仏も法華経も、地獄にこそいらっしゃるに違いありません。
 たとえば、闇のなかに月が入って輝くようなものであり、湯に水を入れ冷ますようなものであり、氷に火をたいて溶かすようなものであり、太陽に闇を投げつければ闇が消えるようなものでありましょう。(それと同じように、地獄であっても、必ず寂光土となるでしょう)」(御書1173ページ)

 この大聖人の御心に直結して、築き上げられた「異体同心の和合僧」こそ創価学会である。その三代にわたる「広宣流布の師弟」の結合があればこそ、いかなる三障四魔も、三類の強敵も勝ち越えることができた。そして、法華経と御書に、寸分も違わず、世界190ヶ国・地域への「一閻浮提広宣流布」が成し遂げられてきたのである。
~~~~~~~

池田先生は『異体同心の和合僧』について、命をかけてまでも大聖人を守り、供に歩み抜いた四条金吾の姿を通し指導されています。
竜の口での四条金吾の行動とは、我々で言えば『三代会長である池田先生を守り抜くこと』ではないでしょうか。

すなわち、戸田先生の御遺言である『戸田の命よりも大事な学会の組織』の根幹には、『第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ!そうすれば、必ず広宣流布できる』という御遺言が内包されていると虹は思います。

池田先生は、この大聖人の御心に直結してこそ『学会の組織』が守られ、尚且つ三障四魔・三類の強敵に勝利し、世界広宣流布が実現できると指導されているのです。

『学会の組織』を守るとは、『第三代会長を一生涯守る』行動があってこそ守れるのです。
それこそが、創価学会が『異体同心の和合僧』であるための、重要なポイントだと思います。

さて、【普及版 池田大作全集 スピーチ 2006年(1)】は購入可能です。
学会の組織を守るためにも、このスピーチをしっかりと胸に刻んで行きたいと思います。


 

その関係、面妖としか言いようがない②

 投稿者:新感性  投稿日:2018年 4月 3日(火)07時05分53秒
編集済
  以下はテレビニュース記事の引用です。

前川氏の授業に対する報告要請 名古屋市教委の逆質問に対して文科省が正当性を強調

名古屋市教育委員会の教育長から文科省への「逆質問」は、3月30日にメールで送られ、文科省による問い合わせの意図や前川氏の授業に対する文科省の考えについて質問しています。これに対して、文科省側は2日に送った回答で、前川前事務次官が天下り問題で停職相当とされたことを指摘し、「適切な教育的配慮の下で行われたものか確認する必要があると考え調査した」などと正当性を強調しました。
https://www.nagoyatv.com/news/?id=179581
引用ここまで

文科省の回答内容の是非は別として一般通念としてもこの民主法制下での有罪確定者に授業や講演をさせることの非整合性は明白です。

その著本に見られる犯罪の言い訳や反省の欠落等々からもたいそう我が強いと思われるキリスト教徒を自称する佐藤優は最高裁での
有罪確定者ですから、前川氏の「停職相当」どころではありません。

今後、ゆめゆめ佐藤に創大やその研究機関を含めた創価学園等で講演や授業を行こなわせないよう大学や学園関係者等はしっかり心すべきです。

また、なにやら埼玉あたりの会館で佐藤の学会員への講演があったそうですが、開き直りばかりの有罪確定者で自称クリスチャンの佐藤に学会の善男善女を対象とした講演をさせることの不整合には大変な驚きを禁じえません。
また講演内容のきな臭さに関しても掲示板等では言及されているようですが、まさにさもありなんでしょう。

その関係、面妖としか言いようがない  投稿者:新感性  投稿日:2018年 3月31日(土)07時45分38秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/81783
 

世界広宣流布

 投稿者:虹の戦士  投稿日:2018年 4月 3日(火)06時48分24秒
編集済
  いつの時代か聖母マリア様が現れて
予言の言葉と
世界の平和を祈りなさいと言ったらしい

今日も世界のどこかで
誰かが世界の平和と
みんなの幸せを祈ってる
その言葉や方法はちがっても
願いは同じ
それを一つのかんたんで共通の言葉にすると
”南無妙法蓮華経”
だから何度も繰り返えす

昔も世界のどこかで
誰かが世界の平和と
みんなの幸せを祈ってた
その言葉や方法はちがっても
願いは同じ
それを一つのかんたんで共通の言葉にすると
”南無妙法蓮華経”
だからはるか遠い過去から
その言葉は聞こえてくる

未来も世界のどこかで
誰かが世界の平和と
みんなの幸せを祈ってる
その言葉や方法はちがっても
願いは同じ
それを一つのかんたんで共通の言葉にすると
”南無妙法蓮華経”
だからはるか遠い未来から
その言葉は聞こえてくる

いつの時代も願いは同じ
世界の平和とみんなの幸せ
”南無妙法蓮華経”
”南無妙法蓮華経”
”南無妙法蓮華経”
だから何度も繰り返えす
昨日も同じ、
今日も同じ、
明日も同じ
気がつくと世界は平和で
みんな幸せ

願いが同じなら
世界に広がらないわけがない
願いが違うなら
世界に広がるわけがない
宗教は民衆の阿片となり
争いが広まって
地上から人類はいなくなる
そんな宗教はいらない

---------------------------------

主よ、私を平和の道具とさせてください。
私にもたらせてください。
憎しみのあるところに愛を、
罪のあるところにゆるしを、
争いのあるところには一致を
誤りのあるところには真理を、
疑いのあるところに信仰を、
絶望のあるところに希望を、
闇のあるところに光を、
悲しみのあるところに喜びを。
あぁ、主よ、私に求めさせてください。
慰められるよりも慰めることを、
理解されるよりも理解することを、
愛されるよりも愛することを。
日とは自分を捨ててこそ、受け、
自分を忘れてこそ、自分を見出し、
赦してこそ、赦され、
死んでこそ、永遠の命に復活するからです。
(Fr.渡辺義行o.f.m. 訳)

http://stclare.christian.jp/pray.html


http://imagine-happy-life.site/

 

金原氏も波田地氏も、戒壇板本尊を否定していませんよ。

 投稿者:土屋 浩三  投稿日:2018年 4月 3日(火)05時44分51秒
  金原氏の本に、「私はこの板本尊を本尊として認めないのではない」「『後世の造立であるが、宗祖の直筆をもとにしており、これまでどおり、この御本尊を本宗の根本としてゆく』と宣言することも可能であろう」とあるように、金原氏も波田地氏も、戒壇板本尊を否定してはいないでしょう。

問題にしているのは、「宗祖直造説や、唯一絶対の根本本尊説・出世本懐説」ですね。「おわりに」に次のようにあります。

「私はこの板本尊を本尊として認めないのではない。正しき弘安式の相貌を持った特殊な模写彫刻本尊であり、その点、他の模刻本尊や、書写本尊、形木本尊と変わるものではないだろう。
 ただし、造立主による下段の腰書きを依拠として主張される宗祖直造や、唯一絶対の根本本尊説・出世本懐説は誤りであり、今後、これを是正して、伴う教学上の問題を解決することが最も重要であろうと考える」

金原本の「まえがき」と「おわりに」をテキスト化してあるブログがあったので、紹介します。二人の真意はここにあると思います。

https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/raketto-chan/entry-12236576139.html
金原明彦著『日蓮と本尊伝承 大石寺戒壇板本尊の真実』(水声社、2007年8月20日)

「まえがき」
……………………………
 本書で明らかにしている事実が、私が日ごろから尊敬し愛してやまない多くの信仰の篤い人々に衝撃を与え、感情的な反感をもたらすのではないかとの心配は、今も私の脳裏から離れていない。それでもなお、たった一つの信念が本書の発行へ向けて私を突き動かした。

それは、「真実」は、いかなる場合にであっても常に正義と善意の人々に有益であるとの信念である。

 真に善意の人々にとって新たな真実を知り、受け入れることは、過去を否定することではなくて、その辿り来た道をより深く理解することであり、信念に殉ずる道をより正しく知ることであると思う。いかに意外な事実が発見され、もしそれがこれまでの解釈や方針に修正を迫るものであったとしても、臆することはないのだ。ただ、これまで通り、「真実」に対して誠実でさえあればよい。その誠実さこそが、この新たな「真実」を導いた力なのだから。(中略)

 近年、大石寺を外護してきた多くの信徒が大石寺から破門され、その後、「戒壇の大御本尊への参拝」が あたかも免罪符のように取りざたされるに至って、日蓮仏法への信仰のありかたが問い直される時を迎えている。思えば、創価学会員はその当初より、いわゆる形木御本尊を信仰の対境として信仰の実証を示し、多くの人々が蘇生を果たして、日蓮仏法の正しさとその力を現実社会の中で体現・証明してきた。あるいは大石寺宗門は言うであろう、「それは大石寺の血脈に通じていたからだ」と。

しかし、そのように主張する宗門自体が、戒壇の大御本尊を数百年にわたって身近に拝しながら、創価学会が示したごとき仏力の顕示や弘教・拡大を成しえず、大聖人御遺命である広宣流布を果たしえぬばかりか、近づくことさえままならぬ状況であったことをみれば、御本尊の違いによって力用に差異があるのではなく、どこまでも信仰者の信心の厚薄が、その差異を生じさせるということを雄弁に物語っている。

言うまでもなく、宗教における真偽の問題を文献学的な立場のみで論ずることはできない。
例えば、大聖人が直接記されたものでなくとも、正しく聞き書きされたものは偽書とはいえない。

また、幾多の大乗経典が、始祖である釈迦が直接語り、直接書き残されたもの ではないとしても、それは釈尊の教え、釈尊の真実を伝えようと、時間や空間を超えて釈尊に肉薄した人々によってもたらされた、釈尊の真実の声である。

しかし、だからといって、それを歴史的に釈尊の直語であるとか、権威付けのためだけに大聖人の直筆であるなどと強弁すれば、たちまち捏造・偽作のレッテルを貼られてしまうだろう。

ここに大石寺所蔵の「本門戒壇の大御本尊」について、それが日蓮大聖人の直造であるか否かを問うことは、御本尊としての真偽を問うことではない。

日興上人の書写本尊を例に取るまでもなく、日蓮大聖人の意にかなった御本尊であるか否かということと、大聖人の真蹟か否かということとは、まったくべつの問題である。

しかし、だからこそ、誤った伝承は是正され、正しく認識されることが、より正しい信仰のありかたを知る基盤であり、なにより、祖師である日蓮大聖人に対する誠実な姿勢であると思うのである。

 教義解釈に伴った伝承や伝説が、信仰者を鼓舞し求道の心を増進させ、正信へ導く益のあることは認め得ることである。ことに日蓮教団各派において幾多の御本尊式の雑乱がみられる中で、大聖人正意の御本尊式をもって根本本尊と立てられたことには大きな意味と役割があったのも歴史的事実である。

 だが、時は新たな段階を迎えている。
 私自身、長い間、戒壇本尊を宗祖直造と心から信じてきた一人として、この問題を受け入れることが容易でないことは十分理解しているつもりである。その研究過程においていくたびも襲い掛かって逡巡、それは信仰を人生の依拠とする者でなければわからない重みである。

 だがしかし、戒壇の板御本尊が宗祖日蓮大聖人の直造ではなかったにせよ、それが私の信仰を後退させたり、今日までの歩みを否定したりすることにはならない。

それどころか、新たな真実を知った今でも、一信仰者として私は、私自身の実践する信仰が常に私に知恵と勇気とを与えているという実感に支えられているし、その教えの根幹が絶対的普遍性を持っていることを より一層強く確信している。
……………………………

「おわりに」
……………………………
私はこの板本尊を本尊として認めないのではない。正しき弘安式の相貌を持った特殊な模写彫刻本尊であり、その点、他の模刻本尊や、書写本尊、形木本尊と変わるものではないだろう。ただし、造立主による下段の腰書きを依拠として主張される宗祖直造や、唯一絶対の根本本尊説・出世本懐説は誤りであり、今後、これを是正して、伴う教学上の問題を解決することが最も重要であろうと考える。

ただし、こうして近年の研究の結果、動かしがたい「事実」が明らかになってきたのであるから、これから後に「事実」を無視することは、信徒に対して不誠実であり、何より、日蓮大聖人に対して余りにも不遜ではあるまいか。

「後世の造立であるが、宗祖の直筆をもとにしており、これまでどおり、この御本尊を本宗の根本としてゆく」と宣言することも可能であろう。一宗の面子も大切ではあろうが、一切衆生の成仏という大事からみれば、より小事である。一時的な混乱はあるだろうが、永い眼でみれば、その信頼は増すに違いないと確信する。

その反対に、事実を隠蔽せんとして「虚構」を構えたり、非理性的な「強弁」「詭弁」を重ねたり、感情的な個人攻撃などをしたならば、その途端に、「本宗には宗祖大聖人への誠実な信仰は存在しない」と内外に宣伝することになるだろう。

ともあれ、もはや、本書に記した多くの事実や疑問点を解きほぐさずに、これまでどおり「宗祖直造説」を主張することは無理である。それは一片の理性がある人であればわかることである。(中略)

大石寺がこの出世の本懐を板本尊に結び付けて理解せしめてきたため、そのように信じてきた人々にとっては、板本尊造立のような何か具体的行為の表出、大聖人による積極的事象を、本状に述べられた「本懐」に期待する心情はわからぬでもないが、「二十七年」は単に弘安二年のみを切り取られてかく述べられたのではなく、二十七年に及ぶ日蓮大聖人の弛まざる闘争と、その延長線上に興起した熱原法難における門下の自立した信仰を一つの結実として「余は二十七年なり」と発せられた、とみるべきではなかろうか。私はそう確信する。

 当然、御本尊の図顕、三大秘法の顕示は、その中に含まれるものである。
しかし日蓮が戒壇板御本尊の如き特別の御本尊を建立されなければならないということにはならない。
「戒壇建立の用意がないはずはない」という意見もあるが、個人授与された宗祖本尊に、日興が後年、「本門寺重宝也」「万年の重宝也」「奉懸本門寺為万年重宝也」等と書き付けて未来本門寺のために準備された事実をみれば、疑念は氷解するのではなかろうか。
……………………………

 

言うまでもなく唯一の正統。←独善的な論理の見本

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2018年 4月 3日(火)04時29分51秒
  元職員らの中傷行動について②
4/4付 創価新報

論調としては、元職員らが
執拗な迷惑行為をして除名され
裁判で負けた腹いせに
賛否の議論が起こっている政治問題を利用し
人々を先導し破和合僧を行っていると。

「清浄な広宣流布の組織を守るため、純
粋に信仰に励む会員を「破和合僧」の毒
牙から守るために、断固として対応すべ
きである――学会は草創以来、組織を攪
乱する悪に対しては厳格に対処してきた
のです。」と締められている。

ところが、宿坊にあげられている情報によると

http://6027.teacup.com/situation/bbs/81584
聖教新聞社で金銭を横領した幹部がおり、元職員3名がその事に対し疑問を投げ掛けたことが、一番の理由であると判明しています。

金銭横領をした幹部は特に処分されることなく、区の役職に上がり、会合で指導しています。

ということだ。

元職員らが議論をすり替えているように書かれているが
どちらが本当に議論をすり替えているかだ。

えらく大層に
裁判に負けたから政治問題に飛びついたんだと
書かれているが

元々組織側に有利な日本の裁判で
「ほら、こんな事実があるよね、
これは組織にとって迷惑だったんだよ。
だから、その懲戒解雇は不当じゃないよね」
ということなだけで

善とか悪とかを争ったわけじゃない。

日蓮大聖人の仏法に照らしてどうか
池田先生の指導に照らしてどうかというのは
裁判の上には反映されないのだ。

本部組織の体質を問題視している元職員らにとって
現在どういった基準で活動の打ち出しがされているのかは
全く別の問題ではなく、
その資質を問う一環として
サイレントアピールはあるのではないか。

創価新報では元職員らを
破和合僧としきりに書いてあり
また、「一つの政策についての賛否を理由に
会員が処分されることはありません」
と書いてあり

それならば本来ならば
「彼らのところへ行かずとも
政策についての賛否の議論は
組織内で自由に闊達に行ってください。
その上で100%納得できた人のみ支援すれば良いのです。」
という組織運営にすればいいのだ。

ところが、今は学会員の方々は「沈黙すべき時」であり公明党議員を信頼してまかせる時だと思います。とか。
これは、まだるっこしい

要するに
「過去の池田先生の指導を持ち出して
現在の創価の運営や公明の政策にケチをつけるな。
石頭の池田シンパが多少いるのは大目に見るから
組織の圧力に怯えて隅っこで小さくなってろ。
『言うまでもなく』正しい創価学会仏の
打ち出しに乗れない罪悪感に苛まれていれば良いんだ。
間違っても人を集めて決起して調子に乗るんじゃねぇ。
大切な『票田』を切り崩すなんて
お前それ『破和合僧』だからな。
分かったら騒がず大人しくしていろ」

というところが本音だろう。

本来、和合僧と呼べたのは
法華経の行者の手本になる偉大な師匠がいて
その同心円の一人ひとりが法華経の行者として
立ち上がっての団結だったからだ。

何でも語り合える仲の良い
一本筋の通った仏法を基調とした
人間蘇生の歓喜の集いだったからだ。

人生の味を無くさせる思考統制の
本質的な悪を痛快に切っていく陣列だったからだ。

池田先生は一つ一つ丁寧に教えてくれた。

創価学会は言うまでもなく正しいから
今がどう見えて疑問に思ったとしても
黙って信頼して任せなさい等とは言わなかった。

さて本当に話をすり替えて実態を胡麻化して
健気な学会員に迷惑をかけて
法華経の行者の団結を破壊する
「破和合僧」は誰がやってるのかな?

主張が相手にされなくなる
因を積んでいるのは誰なのかな?
 

金原氏に限らず、真面目に勉強する会員、真面目に折伏弘教する会員を嫌うダーハラ学会(爆

 投稿者:やっちまった!  投稿日:2018年 4月 3日(火)03時33分17秒
  青年部から壮年部、今は多宝会?になってしもうた前期・後期高齢者の大患部の皆様方!
皆さんが、青年部時代から全く折伏弘教もせず、題目も唱えていなかったことは、直接に組織の最前線で頑張っていた多くの会員がよく分かっています。だから、壇上でしか話が出来ず、座談会に担当幹部で入っても、当たり障りのないご指導をされているのも分かっています。

だからといって、真面目に勉強する者、折伏弘教して多くの友人を持つ者、その人格で多彩な人脈がある者を「新しい種類の人たち」などと外道の論氏に言わせて排除をし続けていく先には、何が待ち受けているのか?

未だに、気づくことも思慮深く考えもせずに、放蕩三昧、時間と人とお金を浪費していくととんでもない世界を形作ることになります。もう既に手遅れかと存じますが、心ある者は皆去りつつ有り、沈黙の果てには元に戻すことの出来ない暗闇が待ち受けています。

信心は、何も組織の一員でなければ続けられないわけではないのです。情報手段の無い旧石器時代であれば、人を介さなければ分からなかったでしょうが、今は全ての情報を自らの判断で取捨選択することができるのです。
つまり、組織が無ければ何も出来ない、分からないという時代ではないと言うことです。

創価学会は、その創立(実際は11・18ではなく)から現在に至るまで、多くの人材を育て輩出してきましたが、その役目は終わりに近づきつつあります。池田先生亡き後も、永続的に続けることは困難です。何故なら、組織維持のために既に多くの会員に迷惑をかけ、気分で会員を除名して、その事実を繰り返し隠蔽しているからです。

患部による除名者の風評流布は、限度を超えて不信感を組織内に蔓延させて、多くの同志にメタファーを植え付けてしまいました。悪事千里を走る!手遅れですね。
 

『桜の城』 滝山城址に立ちて7

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2018年 4月 3日(火)02時41分33秒
  『桜の城』
滝山城址に立ちて

わが親愛なる創価同窓と全国の学生部の諸君に贈る・・・7

学び抜け!

徹して 断じて

学び抜け!

そこに


厳しき現実の勝利が

勝ち取れるからだ!


一時のはかない感傷に

決して 負けるな!

汝自身の胸中を

制覇していくのだ!


自分自身との戦いが

これが

現実の人生である

一生である


ともかく

眼前の課題に

勇敢に 知性の英雄らしく

挑戦することだ


焦るな

退き下がるな!

前へ 進むのだ

ただ前へ 進むのだ!

これが

勝ちゆく青春であるからだ

君は あくまでも君らしく

君自身の道を 進めばよい!


建学の精神に 君らしい

それぞれの形を 与え

光あらしめること・・・


それこそ

私が 期待する

君たちの使命だ


全国の学生部と

連帯しながら

また全世界の

親愛なる学生部と

二十一世紀の大舞台に

活躍しゆかんことを

夢見ると

あまりにも


願望は 大きく

信念が湧き立つ!


天を衝く杉

つややかな幹のトネリコ

クヌギ コナラ 桜……

滝山城址の丘も また

百樹千樹の それぞれが

個性豊かに 佇立し

しかも

目に見えぬ 生命の連鎖に

結ばれている


君たちと……

絆も太き 兄や姉も

必死に 戦っている!

母校を愛し 誇りとし

母校を 永遠たらしめんと

現実社会の荒波に

もまれながら

真剣に 戦っている!

その強く輝く魂が

創立者には

何よりも 嬉しい



 

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