首相が応援する阪神に負けた開幕戦

3月30日、安倍首相は東京ドームの巨人-阪神開幕戦を観戦した。

森友学園問題や財務省による文書改竄問題で世論の厳しい批判を浴びている安倍首相にとって、久々の息抜きだったはずだ。

首相を招待したのはメディア界のドンで、御年90歳の”ナベツネ”こと渡邉恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆(巨人軍最高顧問)である。

結局、この試合は巨人が1対5で完敗。安倍首相は阪神ファンと言われており、首相が溜飲を下げた格好になった。

終始、友好ムードで観戦を終えたはずの、二人の権力者。だが、その心中は、試合前から穏やかではなかったらしい。

読売新聞社関係者が明かす。

「実は、渡邉主筆はこの試合の半月ほど前に、読売新聞東京本社で行われた会議の席上で『首相がその気なら全面対決だ』と発言したというのです。読売社内では『これまでの親安倍から反安倍に路線変更か』と大きな話題になっていました」

日テレ社長と安倍首相の「激しい応酬」

この「ナベツネ発言」があったのは、読売新聞東京本社で毎月1回行われる、編集会議の席でのことだという。この会議には、ナベツネ氏の他、読売新聞の社長や編集幹部らがズラリ顔を揃え、ここで渡邉主筆が述べた意見が、読売新聞グループの編集方針になるとされる。

それにしても、読売新聞と安倍首相は長く蜜月関係にあったはずだ。そんな首相とナベツネ氏の間に、いったい何があったのか。

ナベツネ氏の安倍政権批判の背景には、安倍首相が唱える放送事業見直し問題があるという。

首相が検討しているのは、(1)政治的公平性を求める放送法4条の撤廃、(2)インターネットと放送の垣根をなくしインターネット事業者の番組制作参入を容易にする、(3)NHKのインターネット同時配信本格化などだ。

これに対し、読売新聞グループ、つまりナベツネ氏は、首相の見直し案通りになると、偏向報道やフェイクニュースが増大するとともに、NHKの肥大化、ネット事業の拡大により、今以上に民間放送事業の経営が圧迫される、として危機感を強めていた。

そんな中、3月9日に安倍首相は、読売新聞グループである日本テレビの大久保好男社長、粕谷賢之報道解説委員長と、「日テレの迎賓館」と呼ばれる港区の「高輪館」で2時間会食したのだ。読売関係者は、こう語る。

「この会食で、安倍首相は放送法の見直しなどの持論をまくしたて、これに大久保社長らが反論。険悪な雰囲気だったと聞いている」

大久保社長は読売新聞出身。ナベツネ氏の信頼も厚く、大久保社長が会食での厳しい応酬の模様を、ただちにナベツネ氏に報告したのは確実と思われる。

「これは、政権のおごりだ」と批判

その後、読売側の危機感・不満を集約した記事が、3月17日の読売新聞朝刊に掲載された。読売は1~3面を費やして、安倍批判を展開。政治面では「首相、批判報道に不満か」と題して、次のように書いた。

〈 首相の動きに、放送業界は「民放解体を狙うだけでなく、首相を応援してくれる番組を期待しているのでは。政権のおごりだ」と警戒を強めている。そうした見方が広がるのには理由がある。首相は、政府・与党に批判的な報道を繰り広げる一部の民放局にいらだちを募らせてきたからだ。特に、「森友・加計問題」を巡る報道には強い不満を漏らしている 〉

さらに、こうも書いている。

〈 AbemaTVに代表されるような「放送法の規制がかからないネットテレビ」(首相)などの放送事業への参入を狙ったものだ。首相は衆院選直前の昨年10月、AbemaTVで1時間にわたり自説を述べた経緯もある。政治的中立性の縛りを外せば、特定の党派色をむき出しにした番組が放送されかねない 〉

読売報道に歩調を合わせて、日テレも首相批判を強めた。3月26日、次期民放連会長の大久保社長は、記者会見で、首相の考えを「民放事業者は不要だと言っているのに等しく、とても容認できない」と強く批判したのだ。

さらに、首相の放送事業見直し案が明らかになる中で、「テレ朝、TBSだけでなく、日テレ、フジテレビも森友学園問題で安倍批判の色合いを強めている」と全国紙編集幹部は話す。

他のメディアも…

ただ、ナベツネ氏や民放側が、安倍批判の根拠としている「放送法4条の撤廃案=悪」という見立てが、はたしてそこまでの説得力を持つかと言えば、ことはそう単純ではない。

別の民放キー局の元幹部は、放送法4条の撤廃には賛成だと話す。

「放送法4条があるから政治的公平性が保たれ、撤廃すると政権に都合のいい番組が作られるというのがナベツネさんや民放連の意見です。

しかし、むしろ安倍政権は、放送法4条の政治的公平性を口実に、『公平でない放送が続けば電波停止もあり得る』などとテレビ局への圧力を強めようとしてきた経緯があります。

つまり放送法4条は、政治介入の根拠法にもなっているわけで、私自身はこの際、撤廃したほうがいいと思います」

ナベツネ氏や民放側が政権に反発する本質的な理由は、放送法4条の問題以上に、ネット事業の拡大やNHK肥大化による「民放の経営圧迫」に対する危機感にあるのかもしれない。

いずれにしろ、今回の放送事業の見直しを巡っては、読売に追随して毎日新聞も首相批判を展開するなど、首相と大手メディアの対立が深まっている。

そんな中、「4月初めには、ナベツネさんら全国紙や通信社の会長、社長クラスと首相の懇談がセットされている」(関係者)という。

ある大手紙幹部は、「新聞・テレビの反発が予想外に強かったため、首相は今後は主張をトーンダウンさせ、手打ちが行われるとみられている」と話すが、問題は私たち国民にメディアが何を伝えるかを決める、読者・視聴者の「知る権利」にもかかわるものだ。

権力者と大メディア首脳らによる、国民不在の「談合」で物事を進めることだけは、やめてほしいものだ。