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【社会】兜太さん 終の9句 介護施設での時を詠む
雪晴れに一切が沈黙す 雪晴れのあそこかしこの友黙(だ)まる 友窓口にあり春の女性の友ありき 犬も猫も雪に沈めりわれらもまた さすらいに雪ふる二日入浴す さすらいに入浴の日あり誰が決めた さすらいに入浴ありと親しみぬ 河より掛け声さすらいの終(おわ)るその日 陽(ひ)の柔(や)わら歩ききれない遠い家 ※振り仮名は東京新聞で挿入 二月二十日に九十八歳で亡くなった俳人・金子兜太(とうた)さんの遺作九句が、主宰する俳誌「海程(かいてい)」四月号(一日発行)に掲載された。夜は介護施設で過ごす身の上を、「さすらい」と表現。施設での様子を<さすらいに雪ふる二日入浴す>などと詠んだ。 金子さんは本紙「平和の俳句」の選者をしていた二〇一五年秋、認知症の症状が出始めた。昨年八月には選評を書くのが難しくなり選者を退いたが、句作は続けていた。 長男真土(まつち)さん(69)は「父は認知症を発症してもコミュニケーション力が際立って残っていて、医者にも驚かれたほど。人の輪の中で過ごしてきたから、施設で孤独を感じていたのでは。句にさみしさがにじんでいる」と話す。 <陽(ひ)の柔(や)わら歩ききれない遠い家>。介護施設は、埼玉県熊谷市内の自宅から車で十五分ほど。金子さんの弱った脚では遠い道のりだった。
金子さんは今年初め、肺炎になり入院。一月下旬に退院した後は、家族で介護が難しい夜と入浴日を施設で過ごすようになった。原稿は、二月六日に誤嚥(ごえん)性肺炎で緊急入院する前に真土さんに手渡された。一月二十六日から二月三日までの間に書いたとみられる。 金子さんには死を意識して辞世の句を詠む発想はなかったという。「死ぬことは他界に行くだけの話と捉え、はやりの終活もナンセンスだと割り切っていました」。遺作は愛用のサインペンで書かれた力のこもった独特の筆跡。「これだけ整然としている原稿は久しぶりで、復活している感じでした」としのんだ。 俳誌「海程」は一九六二年に創刊。金子さんは生前九十九歳を迎える今年九月の終刊を明らかにしていたが、七月に終刊することになった。 (矢島智子) 関連記事ピックアップ Recommended by
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