100年以上の対立が続くイスラエル・パレスチナ。今回、点在するパレスチナ人の居住地域を別々に率いてきたファタハとハマスの合流が決まりました。統一政府の成立は、今後のアラブ・イスラエル問題にどのような変化をもたらすのでしょうか。専門家に伺いました。2017年11月13日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「パレスチナ統一政府が発足へ。今、パレスチナで何が起きているのか?」より抄録。(構成/増田穂)
■ 荻上チキ・Session22とは
TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/
100年近い対立が続くイスラエル・パレスチナ
荻上 本日のゲストをご紹介します。中東問題に詳しい放送大学教授の高橋和夫さんです。高橋和夫さんはアラブとイスラエル、パレスチナ問題の構図などの著書があります。よろしくお願いいたします。
高橋和夫 よろしくお願いします。
荻上 そして、本日は、ノンフィクションライターの高橋真樹さんにもおいでいただいております。高橋真樹さんは1997年からパレスチナを断続的に取材されています。難民の支援活動もしていて、今年『ぼくの村は壁で囲まれた―パレスチナに生きる子どもたち』を現代書館から出版されました。よろしくお願いします。
高橋真樹 よろしくお願いします。
荻上 和夫さん、パレスチナ問題とはどのような問題なのでしょうか。
高橋和夫 パレスチナは、主に2つの地域からなります。一つは今のイスラエル、もう一つは、現在も実質的にイスラエルが占領しているヨルダンの西岸地区、ガザです。これらが、パレスチナと呼ばれる土地です。
100年ほど前、ヨーロッパで迫害を受けたユダヤ人たちが、パレスチナには自分たちの祖先が住んでいたのだから、こんな迫害ばかりのヨーロッパから抜け出してパレスチナに国を作ろうと運動を起こしました。しかし、当時そこにはパレスチナ人が住んでいた。住んでいる方としては、いじめられたからといって国を作られても困ります。両者の間で土地をめぐる争いが始まった。というのが大雑把な話です。
荻上 問題の勃発以降、イスラエルとして新たに建国された国の住民と、パレスチナ人との間には、和解に向けて歩み寄りのあった時期や、かなり緊張感が高まった時期など、さまざまな状況があったそうですね。
高橋和夫 はい。和平への期待が最も高まったのは、ノルウェーの仲介でオスロ合意ができた時です。これにより、パレスチナ側は国際的にイスラエルを認める代わりに、イスラエル側は、ガザ地区と西岸地区の大半から撤退するという話になっていました。双方が満足するわけではありませんが、それなりの妥協点に落とし込めたかな、というところでした。しかし、それもうまくいかなかった。
荻上 「パレスチナ」と「イスラエル」というふうに私たちは分けて言いますが、実際その境界ははっきりわかれているわけではないと伺っています。
高橋和夫 ええ。もちろん、国際的に認められたイスラエルはしっかりあります。そしてガザ地区はパレスチナ人が支配している。ただしガザ地区は出口も閉められていて完全に包囲された巨大な監獄状態です。もう一つはヨルダン川西岸地区です。こちらはパレスチナ人が支配しているように言われますが、実際に彼らの支配下にあるのはほんの数%の地域であとはイスラエル軍が支配しています。パレスチナ人の地域はチーズの穴のような感じで、飛び地になっています。そして、パレスチナ人は飛び地の間を自由に動けません。
オスロ合意が結ばれた時、パレスチナ人の代表だったアラファト氏は、これからパレスチナにスイスのような平和な国を作るのだとおっしゃいました。しかし結果はチーズの穴です。パレスチナ人としては、納得がいっていません。
荻上 パレスチナとイスラエル、それぞれどのくらいの人が住んでいるのでしょうか。
高橋和夫 イスラエルの市民は870万ほどいます。その四分の一は、イスラエル市民権を持ったパレスチナ人です。イスラエルが建国されたとき、多くのパレスチナ人が追い出されました。しかし残った人たちもいました。その人たちと、その子孫がイスラエル市民権をもったパレスチナ人として存在するわけです。そしてパレスチナ人は、ガザ地区と西岸地区にいます。前者に200万、後者に300万くらいです。
ここで重要なのは、両者を比べると、今はおそらくパレスチナ人の方が多数派だということです。パレスチナ人の方が、子供をたくさんつくるので。イスラエルとパレスチナ地区全体で見ればパレスチナ人の人口が増えていて、ユダヤ人は少数派になっているという状況です。
荻上 一方で面積としては、パレスチナ側の面積がとても狭い状況になっています。
高橋和夫 そうですね。ヨルダン川西岸地区とガザ地区を全部返してもらっても、その面積をイスラエルと比べると78対22、わずか22%ほどです。そして現在、その22%の大半はイスラエルの支配下にあります。実際にパレスチナ人の土地と言えるのは、ほんの数%の地域、7、8%がいいところという感じです。
荻上 やはり宗教の問題と領土の問題が入り組んでいるのでしょうか。
高橋和夫 私は基本的には、土地の問題だと思っています。よくユダヤ教とイスラム教の問題だといわれますが、パレスチナ人にもたくさんキリスト教徒がいるのです。単純にユダヤ教とイスラム教の争いと言い、キリスト教を切り話してしまうのはそうしたパレスチナ人に対して失礼だと思います。さまざまな宗教の人々がいるなかで、自分の宗教の正当性を主張しあっているのではありません。問題の核心は、土地が誰のものなのか、水が誰のものなのか、という問題です。
妨げられる移動の自由
荻上 真樹さんはパレスチナ現地でいろいろと取材をされています。飛び地になっているということは、パレスチナはアクセスしづらいのでしょうか。
高橋真樹 そうですね。日本人はイスラエルには観光客として入れます。しかしパレスチナ側に行く間には検問があって、外国人だとチェックが厳しくありませんが、検査が厳しいのはパレスチナ人です身分証明書の提出や身体検査を受けた上に通らせてもらえないこともあり、彼らの移動は非常に難しい状態にあります。
荻上 取材中はどのような点に注目して、どのような方にお話を聞かれたのでしょうか。
高橋真樹 今和夫先生がおっしゃったように、パレスチナ問題は宗教問題や民族対立と誤解されがちです。さらに、メディアで暴力的なシーンが多く流されることもあり、パレスチナ人を恐いと思っている人が多い。しかし実際に行ってみると、パレスチナ人みんながテロリストというわけではないし、むしろほとんどの人たちはごく普通にくらしています。そうした一般の人たちの生活が、占領というもので脅かされている。現地に行くと、その実態が見えてくるんです。
ぼくはその実態を伝えなければならないと思っています。だから、特別政治家や偉い人や、テロリストなどに話を聞くということではなく、ごく一般の人達を追いかけ、彼らがどんな生活をしているのか、非常に地味な部分ですがスポットを当てています。
荻上 先ほど移動が困難という話がありましたが、そうなるとビジネスやインフラの確保、ひいては生活の確保にも影響が出て来るかと思います。
高橋真樹 ヨルダン川西岸地区に住んでいる人は、許可をもらっていて、IDにそれが記されています。そういう人はイスラエルに就職することも可能なのですが、毎日出勤するときに検問所でチェックされる。場合によっては検問所が突然しまったりもします。それが何日も続けば首になります。せっかく就職してもそのように解雇されてしまった人もいます。
あとは病気の時です。ヨルダン川西岸地区内にも、たくさん検問所があります。自分の村に病院がない場合、定期的に薬をもらいに隣村の病院に行かなければならないのに、検問所で止められて薬をもらえないために病気が悪化してしまう。そういうことも頻繁に起こっています。
荻上 検問所はなぜ閉鎖したり、活動が止まったりするんですか。
高橋真樹 一番明確なのは、各地でパレスチナ人が暴動を起こした時です。インティファーダという大きな暴動がこれまでに数回起きていますが、その時は懲罰的に検問所が止められました。ただ、明確な理由がなくても、そのときのイスラエル軍の作戦の状況で停止する場合や、もっとひどい場合は検問所を担当する上官の気分で通してもらえないこともあります。ある人は通れるけど、同じような人が通れない。IDも持っていて武器も持っていない、テロリストではないと証明できても、嫌がらせで通れないんです。
メディアでは戦っている様子ばかりが映し出されますが、実際のイスラエルではたいていのときは事件は起こっていません。イスラエル兵は検問所で通過する人たちを待っているだけなことも多い。そうするとどうしても暇で、こういったことが起こるんです。イスラエル内でも占領地の兵士の退廃について問題になっています。
状況は人によってさまざま
荻上 インティファーダという言葉が出てきましたが、これはどういった意味なのでしょうか。
高橋真樹 アラビア語で、払い落とす、振り落とすという意味で、占領をやめさせるための抵抗運動を指します。以前インティファーダの始まった1980年代の時は、イスラエル軍の車がパレスチナ人を轢き殺すという、ガザ地区での交通事故がきっかけでした。事故により今までの怒りが爆発し、少年たちが石を投げるようになった。そこから始まった運動です。
荻上 インティファーダは今日ではどのような展開をしているのですか。
高橋真樹 パレスチナ側は、武器が圧倒的に少ない状況にあります。抵抗の意志として石を投げたりするのですが、そのために銃で撃たれて亡くなる少年たちがたくさんでました。犠牲者が増える中で、今では石を投げるという物理的な暴力ではなく、非暴力で占領をやめさせようと戦っている若者たちも増えています。パレスチナ人の中では、インティファーダというのは必ずしも暴力に訴えるということではなく、自分たちは占領に対してNOと言うんだという意思表示をすることだと考えられているんです。
荻上 問題の発生から、ずいぶん経ちますが、パレスチナではこの対立を受けて、世代間に何か変化は起きていますか。
高橋真樹 パレスチナでは古い価値観が浸透していて、なかなか新しい世代の台頭につながらなかったのですが、最近徐々に価値観の異なる若い世代が表れていると感じています。例えばパレスチナは父権制の強い地域で、男性の年長者の権威が強く、女性や若者は意見を言いにくい空気感が強くありました。その辺りを変えていかなければならない、という意識は高まってきています。
荻上 先ほどIDの話もありましたが、パレスチナ人の身分証明はどのようになっているのですか。
高橋真樹 IDは国内での居住権を示す身分証明書です。イスラエル・パレスチナの両国が合意して、ガザ地区だったらガザ地区に住んでいる人用のIDが渡されています。その人たちは、ガザ地区以外には居住できないし、現在では基本的にはガザを出ることもできません。パレスチナ人は所有するIDで移動できる地域が全く異なります。つまり、パレスチナ人といってもイスラエル政府から与えられIDによって様々な立場があり、重層的な差別が生まれているということになります。他にも、イスラエル国籍を持っているパレスチナ人もいますので、その方たちはまた別のIDを持っています。彼らはヨルダン川西岸などにも比較的自由に移動できますが、イスラエル国籍のユダヤ系市民に比べれば、自由にできることが制限されたり、居住できる範囲も限られます。
荻上 パレスチナ人がパスポートを取る際はどうなるのですか。
高橋真樹 それもどの地域に住んでるかで変わってきます。ガザの方は申請してもほとんど取れないです。海外どころか、今はガザからも出られないような封鎖された状況なので、非常に厳しいです。イスラエル国籍のパレスチナの人、パスポートは、イスラエル人と同じ扱いになるので、海外に行くことはできます。また、エルサレム在住のパレスチナ人は、かつてヨルダン領だったことで、ヨルダンのパスポートを使っているケースもあります。ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人は、国外にでるのは簡単ではありません。一時的に出国する証明をもらうなどといった扱いになります。
荻上 生活水準の向上は、どうなっているのでしょうか。
高橋真樹 こちらも地域差があります。やはりガザが一番厳しく、物も全く入ってきません。ガザから出られないことで仕事ができない状況の人も非常に多くなっているので、人道危機になっています。ヨルダン川西岸地区も、イスラエルとの間の壁の増築や検問所の性で動ける範囲が限定され、生活条件が厳しくなっているので、生活水準を上げていくのはかなり厳しい状況にあると言えます。【次ページにつづく】
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