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異世界転生に感謝を 作者:古河正次
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王都での日々

 無事王都へと入ったジン達は、その日のうちに冒険者ギルドと神殿、そして前回の王都訪問で知り合ったケントやシラクにも連絡を入れる。
 具体的に言うと、冒険者ギルドでは魔道通信機を使ってリエンツにいるグレッグへ連絡を頼み、神殿ではレイチェルの父母への連絡と神殿長へクラークより預かった手紙を渡している。ケントやシラクに連絡したのは、友人としてだけでなく、王都でも有数の商売人である彼らの伝手を頼るためでもあった。

 そのどれにもシェスティ達は同行し、彼女達有角族の存在を周囲にアピールした。
 用事が終わった後も一緒に王都をぶらつき、彼女達が興味を持った店や場所は片っ端から訪れる。その際もシェスティ達は積極的に会話をするようにしていたが、それは相手のことを知らないが故の偏見が生まれてしまうのを未然に防ぐためでもあった。

 この日以降もシェスティ達は外出して自分達の姿を衆目にさらし続け、それは彼女達が王都に滞在している間ずっと休むことなく行われることになる。

 そして数日が経った。

「ほんのり甘くて美味しいです」

 屋台で出されている焼き菓子を口にしたシェスティが、柔らかな笑みを浮かべる。王都で昔から食べられているというこの焼き菓子は、小麦粉と王都周辺でとれるメイプルシロップのような甘い樹液だけで作られた素朴だがどこか心がほっこりする味だった。

「美味しいな」

「……いくつか買い置きしておこうかしら」

 ファリスやティアも笑顔で焼き菓子をつまんでいる。
 甘さは控えめだが独特の香りとコクが彼女達好みなだけでなく、元いた世界でもこれに近い食べ物があり、少し懐かしい味だからでもあった。
 もちろんホープも笑顔で焼き菓子にぱくついており、手にしているのは既に三個目だ。

「ははは。気に入ってもらったようでなによりだ」

 その光景を嬉しそうに屋台の親父さんが見つめる。
 これはどこの国でも同じだろうが、自国の文化や食べ物が外国人に認められると嬉しいし、どこか誇らしい気分にもなるものだ。ましてやシェスティ達のような可愛い女の子が美味しいと言ってくれるのだから、その効果は抜群だ。
 屋台の親父さんだけでなく、シェスティ達を遠巻きに見ていた者達もその笑顔にほっこりした気分になっていた。

「ほんと可愛い子達ね」

 シラクの妻ダーナが嬉しそうに微笑む。シェスティ達に同行するのはジン達ばかりではなく、今回の彼女のように誰かが加わることもあった。

「私もそう思います」

 元老人であるジンは心も体も若返ってはいるものの、経験はそのままなので時々お爺ちゃん視点で人を見ることがある。この時も老齢であるダーナに引きずられていたのか、ジンはシェスティ達のことをいつもより更に優しい目で見ていた。

「あらあら。皆の前でそんなことを言ってもいいの?」

 既にジン達が結婚をする予定であることは聞いているため、ダーナはクスクスと笑いながらジンの不用意な発言をからかう。
 想定外の返しをうけて思わず言葉に詰まるジンだったが、当のアリア達からはクスクスと笑い声が聞こえてきていた。

「大丈夫だよ、ダーナさん。ジンにその気がないのはわかっているから」

 代表して刺繍の弟子でもあるエルザがジンをフォローする。
 告白されるまで自分達を女性として意識しないようにしていたジンが、シェスティ達のことをそういう目で見るはずがないことはわかりきったことであったし、仮に意識していたとしても、彼女達と出会って二カ月にも満たない現状では答えを出すのに期間が短すぎる。
 それはある意味ジンのへたれさ加減への信頼と言えるかもしれないが、そこまでは口にしない優しさがエルザにはあったようだ。

「ふふっ。エルザも逞しくなったわね。やっぱり愛されると女は変わるってことなのかしら?」

 まだエルザ達とジンがただのパーティメンバーの関係だった頃から、ダーナはエルザ達の恋心になんとなく気付いていた。それを思うと、今の余裕を見せるエルザの態度が微笑ましく思えるようだ。

「あー。ダーナさん、そろそろ勘弁してください」

 トウカの教育のためにもかなり抑えてはいるが、確実にお互いの距離感は縮まっていたし、ジン達なりにイチャイチャはしているつもりだ。一斉に顔を赤くするエルザ達三人を横目に、ジンはため息と共に白旗を揚げた。

「うふふふふっ。それじゃあシェスティちゃん達も食べ終わったようだし、そろそろ移動しましょうか」

 今回わざわざダーナが同行しているのは、彼女の知り合いにシェスティ達を紹介するためだ。有力商人の妻である彼女の奥様ネットワークは、商売上の付き合い以外にも広がっていおり、更にその奥様方にも独自のネットワークが存在する。奥様方の情報網は王都中を網羅しているともいえ、悪い言い方をすれば印象操作にも最適だった。

「シェスティちゃんたちの為にも頑張らないとね」

 単にジン達の頼みだからという理由だけでなく、ダーナ自身もシェスティ達に対して好意を持っている。それはシェスティ達の素直な人柄故であるが、それが今のところ何処に行っても想定以上の成果をうみだしていた。

「まー、なんて可愛いの!」

 そしてそれはダーナの友人である奥様方とのお茶会でも同じだった。




「おおー、いい飲みっぷりだ」

 夜になると一転し、ジンはいくつもの野太い声に囲まれていた。
 さすがに夜の酒場にシェスティ達を連れて行くわけにもいかなかったし、何よりトウカこどもは寝る時間だ。彼女達のことはアリア達に任せ、今夜もジンはホープと共に男だけで酒場へと繰り出していた。

「いやーこのお酒はちょっと癖がありますけど、この独特の香りが堪りませんね」

「お、わかってくれるか」

 酒を勧めてきた冒険者が、ホープの反応に相好を崩す。
 この世界にもたくさんの種類の酒が存在するが、その作成方法だけでなく原料や仕込みの過程でも酒の味わい、香りは大きく変わる。中にはこれじゃないと駄目だという人も出るが、その癖が強いほど好みが分かれてしまうのは仕方がない。

「この酒は俺の親父が生まれた国で作ってるんだが、匂いが嫌いという奴も多くてな」

 そしてマイノリティであるほど、それが認められた時は嬉しさが増す。この冒険者も気に入ったとばかりにホープの肩をバンバンと叩いていた。

「角の兄さん、俺がお薦めするのはこの酒だ。どうだ、おごるから呑んでみないか?」

「いいんですか? 喜んでいただきます」

 元々鬼人族と呼ばれていた種族であるホープは酒に強いという特性を持つが、どうやらその中でもホープは別格のようだ。ここまで勧められるままに浴びるように杯を空けているが、まだまだ余裕がありそうだ。

「せっかくの酒だからつまみも挟みながら味わって呑めよ? これ結構うまいから、よかったらあんたらもつまんでくれ」

 それでもいつか限界は来るはずだし、なにより酒は美味しく呑むものだ。同席していたジンはペース調整のためにつまみのナッツを勧める。
 差し出した皿の上には軽く煎って香ばしさが増したものだけでなく、スモークしたものや甘めにキャラメリゼしたものなど、様々な味わいを持つナッツが盛られていた。
 この酒場には冒険者も多く呑んでおり、同業者相手ということもあってジンの口調は冒険者の流儀に合わせていた。

「はい。あ、やっぱりこれ酒に合いますね~」

「悪いな。いただくよ」

「おお、こりゃ確かに酒に合うな!」

 これまでホープに酒を注いでいた者達も皿に手を延ばす。このナッツの盛り合わせはやや値段か高いこともあり、いつもは頼まないメニューなのか彼らにも新鮮だったようだ。

「ははは、それは良かった。やっぱ美味い酒には美味い肴、美味い肴には美味い酒が必要だからな」

「違えねえ!」

 ジンの格言のようでそうでもない迷言が周囲の笑いを誘う。この酒場に女性の客がいないわけではなかったが、ジン達の周りは男ばかりだった。

「ジンはいるか!」

 その大声と共に数人の男達が酒場の扉を開けると、キョロキョロと店の中を見回す。物々しい雰囲気に一瞬で酒場が静まりかえっていた。

「おい、あれって『竜の咆吼』のブルーザじゃねえか?」

「パーティメンバーも一緒みたいだな。……人を探しているのか?」

 闖入者の正体が判明したこと、再び酒場に音が戻る。ただほとんどがひそひそ話で、喧騒というには程遠かった。

「あいつが探しているジンってもしかしてお前のことか?」

「まじか。お前さん、Aランク相手に何をやらかしたんだ?」

 冒険者達の問いにジンはため息で応える。三日前に冒険者ギルドで会って以降、毎晩ブルーザはやってくるようになっていた。

「おお、いたなジン! 今度こそ負けねえぞ!」

「悪いな、ジン。今回も付き合ってくれ」

 ブルーザ達『竜の咆吼』の一行がジンに気付いてやってくる。ブルーザがやや喧嘩腰だが、他のメンバーは茶目っ気たっぷりに微笑みさえ浮かべていた。

「別に勝負するのは構わないから、大きな声を出すな。他の客に迷惑だろ?」

「わかったから勝負だ、勝負。今度は油断しねえ」

 ランク的には格上のブルーザをぞんざいに相手するジンだったが、最初からこうだったわけではない。遡ること三日前、冒険者ギルドで訓練をしていたジン達にブルーザが声をかけてきたことから全ては始まった。

 ……といっても、何か目新しいことがあったわけではない。リエンツを襲った暴走を撃退したジン、そしてフィーレンダンクの名は広く知られるようになっており、そのジンがギルドに来ていると聞いたブルーザが模擬戦を申し込み、そして負けただけだ。
 ジン達のレベルは『暴走』を乗り越えたことで一気に上がり、特にジンはAランクの基準である五十レベルに近くなっている。各種補正スキルのおかげでステータスに恵まれているジンは、数値だけで見てもブルーザを超えている。となると勝負所はスキルの数とランクになるのだが、それもジンの方がブルーザを圧倒しており、ジンが負ける要素がなかった。

 ただAランクで戦闘にも自信を持っていただけに模擬戦で負けたことに納得がいかず、ブルーザは純粋な腕力勝負なら負けねえと懲りずに腕相撲勝負を挑み、そしてまた負けた。
 純粋な腕力でもAランクを圧倒する光景にはジンの噂の真実味を増す効果があり、いらぬちょっかいを未然に防ぐ効果があったので結果的に悪くはなかったのだが、その晩からジンを探して酒場に来ては勝負を挑んでくるようになった。ジンはホープと共に毎晩欠かさずどこかしかの酒場で広報活動しているため、見つけられたなら相手をするしかないかった。

「はあ。……悪いけどテーブルを空けてくれないか。一度腕相撲をしないと収まらないみたいだからさ」

 やや強引ではあるものの、ブルーザは負けた悔しさをジンに真っ直ぐぶつけてくるだけで、嫌がらせなどの代償行為で発散しようとはしていない。最初に模擬戦を申し込んで来たときも、純粋に噂通りなら楽しめそうだと思ったからだ。
 その心根がまともななこともあって、ジンはブルーザのことを困った奴だとは思うものの、苦笑するだけで済ませていた。

「今度こそは負けねえぞ!」

 勢い込んで宣言するブルーザだったが、この勝負もすでに3回目。そして結果も同じだった。

「――なんで勝てねえんだ!」

「だから落ち着けって」

 荒ぶるブルーザをパーティメンバーがなだめる。休暇のつもりで未開拓地から王都にやってきた彼らだったが、やや戦闘狂の気があるブルーザは少し前まであまり楽しめていない様子だった。退屈していたブルーノが噂のBランクに挑んで破れたという話を聞いたときは驚いたが、その後毎日ブルーノは運動場に足を運び、楽しそうに訓練をしている。楽しそうで何よりなのだが、パーティメンバ―達はいささか薬が効き過ぎなような気もしていた。

「でもブルーザ。マジな話だが、お前以外にも同じAランクの人を何人か知ってるけど、その人らは俺より強いぞ。Aランクは凄いと思うが、まだまだ先はあるんじゃないか?」

 毎回勝負の後はブルーザ達も呑みに参加するので、ジンは彼ら全員とそれなりに親しくなり、そして「ブルーザの成長のためにも少しくらい口出ししようかな」と思うくらいにはそれなりに情も湧いていた。

「いや、お前Bランクじゃねえか。何で俺より強いんだよ」

「鍛えているから?」

 ジト目のブルーノにあっさりジンは応える。そうでなければ、BランクでありながらAランク、しかも直接戦闘が得意なブルーノを超えることは不可能だ。

(たぶんエルザなら勝てると思うし、アリアやレイチェルも良い勝負できるだろうな)

 ジンはここまで一緒にやってきた彼女達の努力と成果を誇らしく思っている。ちょっと自慢したい気分ではあったが、口にしてしまうと矛先が彼女達に向かうかもしれないので我慢していた。

「ちなみにジンの知り合いのAランクって一緒に戦ったっていうオズワルドさんのことだよな。他にもいるのか?」

 ジンより強いと言われて興味が惹かれたのだろう。ブルーザをまあ落ち着けとなだめ、彼のパーティメンバーの一人が問いかける。
 オズワルドは現役のAランク冒険者なのでリエンツの防衛戦でも活躍したと噂が伝わっていたが、ブルーザ達が知っているのは彼一人だけだった。

「ああ。現役はオズワルドさんだけど、他は引退してギルドマスターをしてるグレッグさんやメリンダさんだな。あ、ガンツさんもいた」

 彼らなら名前を出しても問題ないだろうと、ジンは自慢げにその名前を告げる。その顔には満面の笑顔を浮かべていた。

「大先輩じゃねえか! そんな人らと比べるんじゃねえ」

 ブルーザの叫びが酒場中にこだまする。直接の面識はなかったが、その名前はブルーザも聞いたことがある。Aランクともなるとその実力に間違いはないが、その中でも実力にはピンからキリまであった。
 現役のオズワルドはピンに属する存在の一人として有名だったし、様々な功績を残したグレッグ達の名もブルーザは聞いたことがあった。

「…………」

 一方、ブルーザ達が来るまで一緒に呑んでいた冒険者達は、同じテーブルではあるものの少し距離を開けて座っていた。
 護衛依頼から戻ったばかりの彼らは知らなかったが、ブルーザと模擬戦をした時もシェスティ達は同行していたため、有角族を連れた冒険者がジン達であることは冒険者達の間では結構有名な話だ。この酒場にいた半数近くはその噂を知っていたので、一歩引いて静観していたところもある。

「すげえのが連れなんだな」

「はい」

 それでもついさっきまでは有角族のホープが話題の中心だったのに、今ではジン中心に変わっている。Aランクと対等に話すジンを見ていると、ホープは角があるだけの普通の人に思えてくるから不思議だ。
 ジンが強烈な印象を与えることで、本来目立ってしかるべきホープの印象が薄れる。それは狙ってやった事ではなかったが、ホープ達有角族の存在が浸透していくのに役立ってた。

 こうして昼も夜もジン達は広報活動に勤しんだが、その甲斐あって予想外の順調さで有角族の存在は王都で認知されていく。そしてこの国の中心である王都で認知されたのであれば、それは時間がかかることはあっても次第にこの国中に広まるだろうし、更には世界全体へと広がっていくことだろう。
 とはいえそれはあくまで一般人の間だけの話であり、貴族にまでそうかは定かではない。ジンも様々な伝手をたどって繋ぎを作ろうとしているが、まだ確かなアポイントはとれていない。

 だが更に数日が過ぎたころ、ジン達はある人物達と出会うことになる。
ご指摘やご感想、誤字脱字報告などいつもありがとうございます。

次回も四~五日後に更新予定です。

ありがとうございました。

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