クイズ番組を舞台にした出題者と人工知能の壮絶な戦い

牧野武文

April 2, 2018 08:00
by 牧野武文

中国で盛り上がっているスマートフォンを利用した「ライブ型クイズ番組」。司会者が12問のクイズを出題し、全問正解をすると賞金が得られる。賞金が欲しい参加者たちは、音声検索や人工知能を駆使したツールを使い、出題側がはそれに対抗するために知恵を絞っていると『鉛筆道』が報じた。

賞金総額1600万円

中国で今、ライブ型クイズ番組が大人気なのをご存知だろうか。スマートフォンに動画で配信される10分から15分ほどのクイズ番組で、12の問題が出される。これに全問正解をすると、相当額の賞金が手に入る。12問のうち、1問でも不正解だとその場で脱落になる。このスリルと、参加費用がかからず本当に賞金が獲得できることから人気を呼んでいる。

賞金額もどんどん増えていき、ついに賞金総額100万元(約1600万円)という番組も登場した。賞金は全問正解者で山分けとなり、この時は20名以上が全問正解をしたので、一人当たり4万元(約70万円)以上の賞金を手にした。

中国ではすでに「百万赢家」「沖頂大会」「百万英雄」「答題赢線」「百万選択王」など無数のライブ型クイズ番組がスマートフォンアプリとして登場している。運営側の狙いはユーザーの獲得だ。SNSやゲームアプリのユーザー獲得コストは中国でもうなぎ登りに上がっている。すでに、ユーザーが目新しいアプリやサービスならなんでも飛びついてみるという時期は終わっており、以前は数百円レベルだったユーザー獲得コストは上昇する一方になっている。


中国で最も人気のあるライブ型クイズ番組「百万英雄」。この回は10万元(約170万円)を全問正解者で分け合う。MCが登場して、盛り上げ、12問の問題を読み上げる。(画像はhttp://tech.china.com/article/20180105/2018010595337.htmlより)

ライブ型クイズ番組は、莫大な賞金を支出するものの、それで一気に数十万人の新規ユーザーを獲得できることから、低コストのユーザー獲得手段として利用されている。

その原動力となっているのが「復活カード」だ。クイズ番組のアプリ全ユーザーに招待コードが発行され、この招待コードを使ってクイズ番組のアプリに新規ユーザー登録をすると、紹介した人に復活カードが1枚与えられる。名前の通り、復活カードを利用するとクイズで間違えても、復活ができる。12問中、1問でも間違えると脱落なので、復活カードの存在は大きい。このカード欲しさに、ユーザーが新規ユーザーをどんどん連れてきてくれる。


問題の一例。「スターバックスは米国のどの都市で誕生したか?」「ニューヨーク、シアトル、ロサンゼルス」。難問は少ないが、12問連続正解は意外に難しい。(画像はhttps://itw01.com/85U4ECF.htmlより)

クイズの答えを素早く見つける

すでに出題側と解答側の知恵比べが始まっている。出題される問題は特に難しいものではなく、「中国でいちばん高い山は?」などの一般的なもので、答えも三択になっている。しかし、12問連続で正解をするのは意外に難しい。そこで、誰もが考えるのがチートだ。あんちょこを使って、全問正解をしようとする。これに使われるのが百度簡単検索だ。

百度簡単検索は、中国版ウィキペディアである百度百科を検索する機能。そして音声検索にも対応をしている。「中国でいちばん高い山は?」と音声で尋ねれば、チョモランマのページを表示してくれる。深層学習を使って音声認識、文脈解析をしているため、検索速度が非常に速い。クイズ問題でズルをしたい人は、これを利用するのが一般的になっている。

やり方は、2台のスマートフォンを利用する。1台はライブ型クイズ番組を表示し、もう1台は百度簡単検索を表示し、並べておく。クイズ番組のMCが問題文を読み上げる直前に百度簡単検索の音声入力をオンにする。MCの読み上げ音声をそのまま検索の音声入力に使ってしまう。それで表示された情報を元に解答をすれば、制限時間内に正解を入力することができる。


MCが問題文を読み上げることを利用して、2台のスマホを用意し、もう1台で音声検索をする。百度簡単検索では、百科事典サイトのまとめ情報を表示してくれるので、すぐに正解がわかる。「中国の改革開放政策は何年に提出された?」。検索結果の情報を見れば、1978年だとすぐにわかる。(画像はhttps://www.weibo.com/ttarticle/p/show?id=2309614194622925596988より)

出題者の対策とズルのレベルアップ

しかし、それでは出題側は面白くない。全問正解者が多くなると、1人あたりの賞金額が少なくなるので、番組としての魅力が低下する。そこで簡単検索では答えが出しづらい問題を出題するようになっている。

「中国にはいくつの省がある?」「中国の面積は世界第何位?」といった人文地理系の問題には百度検索は強い。しかし、「時速60kmで走ると、200km進むのにかかる時間は?」といった計算系の問題には弱い。出題側はこういった計算問題を増やして、対策をしている。

ところが、今度は人工知能を利用した「クイズ助手」と呼ばれるアプリが続々と登場している。その中でも、正答率が高いとして評判なのが「汪仔答題助手」だ。簡単検索と同じように、MCが読み上げる出題分の音声を入力として、ウェブを検索し、なんと解答までずばり表示する。

計算問題などは簡単検索では対応しようがなかったが、助手アプリは分脈を解析してかなりのレベルまで対応する。開発元によれば、深層学習の技術が利用されているので、今後学習が進み、より広範囲の出題に対応できるようになると豪語している。

この状況を見て、さらに出題側も対策をしている。ピックアップ問題の割合を増やしているのだ。ピックアップ問題とは、「次のうち、関東地方の都道府県はどれ?」というような、選択肢の中から正解をピックアップするタイプの問題。しかも、ある人には「東京都、長野県、北海道」、ある人には「山梨県、埼玉県、福岡県」などと、解答の選択肢を変える。アプリによる配信では、こういったことが簡単にできる。

助手アプリは、関東地方の都道府県をすべて列挙するしかなく、選択肢と見比べながら正答を探さなければならない。

さらに、除外ピックアップ問題と呼ばれるものも多くなっている。例えば、「次のうち、芥川龍之介の作品ではないものはどれ?」「河童、夢十夜、地獄変」などというパターンで、間違っているものを探す問題。こうなると、助手アプリは、芥川龍之介の作品を列挙する以外方法がなくなる。


汪仔答題助手はMCの読み上げ音声を人工知能で解析し、ずばり解答を教えてくれる。と言っても、計算問題などにはまだ対応ができない。この例でも、1問目の「三角形の内角の和は?」という問題に「80度」と答えている。(画像はhttps://www.yqdown.com/shoujisoft/anzhuojiaocheng/172805.htmより)

助手アプリの開発意図は?

現在、助手アプリは、このようなピックアップ問題にどのように対処するか、過去の問題をデータとして深層学習をしている最中だ。

ところで、助手アプリは人工知能エンジンまで利用して、どうしてここまで熱心に開発を進めているのだろうか。アプリが多くの人に使われるようになれば、広告収入が得られるが、それだけが目的ではないものもあるような気がする。

これは筆者の憶測だが、羊毛党の集団が背後にいるのではないかと思われる。羊毛党は、ECサイトの優待クーポンなどをかき集める集団のことで、合法的手段から非合法手段までを駆使して、莫大な利益を得ている。個人が優待クーポンを集めるレベルではなく、数百台、数千台のスマートフォンを使い、作業のほとんどを自動化している。技術レベルが高い集団も少なくない。

助手アプリは彼らが開発の支援をしているのではないかというのが個人的な推測だ。多くの人に使ってもらっているのは深層学習を進めるためだ。しかも、正答率は100%ではないが、これはあえて正答率を少し落とし、自分が使う助手アプリだけは最高の正答率で使う。

今、ライブ型クイズ番組は主なものでも10番組ぐらい存在し、それが1日に5回程度番組を配信している。賞金額は過熱気味に上昇し、多くの番組で1人あたりの賞金獲得額は、1000元から1万元ぐらいになっている(約1万7000円から17万円)。1番組で平均5万円獲得できるとしても、1日で250万円を稼ぐことができる。月では7500万円、年で9億円の収入になる。

そこまでの皮算用ができなくても、決して小さな利益ではない。羊毛党集団の食指が動いても不思議なことはない。むしろ、そう考えないと、ここまで助手アプリの開発にかける過熱気味の情熱は説明がつかない。

こんなところで深層学習技術が進化するのが中国だ。この中から、開発した技術をまっとうな用途に転用するスタートアップが生まれてくるかもしれない。

ニュースで学ぶ中国語

直播答題(zhibo dati):ライブ型クイズ番組。直播はライブ、答題はクイズの意味。昨年末あたりから急速な盛り上がりを見せている。日本でもいくつかの番組が配信されている。

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