窮鳥懐に入れば猟師も殺さず――。電撃訪中で金正恩労働党委員長を迎え入れた習近平国家主席の心情はこんなところだろう。
報道では「中朝関係の雪解け」「両首脳が意気投合」との表現も見られる。だが、実際には違う。仲むつまじく見えるが、心は冷めきった「仮面夫婦」に似る。
金正恩の反中感情は筋金入りだ。習近平を「でかっ鼻の醜男」と罵り、核ミサイルで威嚇して中国を「千年の宿敵」呼ばわりした。
その間に親中派の代表格である叔父の張成沢を処刑し、中国の庇護の下で亡命生活を送る異母兄の金正男を毒殺した。
おかげで中朝関係は「史上最悪」と評されるほど悪化した。
習近平は金正恩の冒した数々の欠礼は許さない。習が心底から温かく迎えたのは、訪中を渋る金正恩を説き伏せ、総出で金正恩に同行した中国重視派の北朝鮮家臣団の方なのである。
習近平の狙いは、核を捨てた後の北朝鮮の行方を見据え、朝鮮半島情勢の主導権を確保することだ。
なんと言っても、今回の首脳会談で最大の焦点は北朝鮮の非核化だ。
この点に関して、専門家とメディアの評価は辛い。「中国が米朝交渉に割り込み」、「北朝鮮の巧みな外交戦術」など、核放棄の道のりが遠のく心配をする論調が大勢を占める。
だが、そんな恐れは杞憂である。両首脳が会った時点で、北朝鮮の核放棄は確定したと言える。金正恩による非核化の意思表明が「偽物」なら、習近平は決して会談に応じない。その習近平と会談した以上、金正恩はもはや核放棄で後戻りができない。
北朝鮮の核開発は、アメリカ政府高官が早くから指摘したように「行き止まりの袋小路」だった。
アメリカ本土を狙うICBM(長距離弾道ミサイル)の完成に近づいた瞬間に「金正恩は即死する」(ラッセル元国務次官補)。その上に中国の指導者まで欺けば、金正恩は確実に命を落とす。
冒頭に掲げた格言の通り、金正恩が逃げ場を無くした雀だから、習近平は懐に入れた。毒針を持ったままのスズメバチなら、その場で叩き殺すところだ。金正恩が「核ミサイルの毒針を抜く」と確約したからこそ、救いの手を差し伸べた。