先日、ある技術系コンサルタントの方が来訪したので、最近の話題を聞いた。AI技術がこのところ注目を集めており、工場の製造現場でも、様々な取り組みを始めている。ただ、汎用的なAIのエンジンを、自分たちの仕事の用途に合わせて、テーラーメイドで開発するには、それなりの力量が要る。 そこで最近は、FA用途に向けた「アプリケーション特化型」のAIソフトが出てきた、という。特定の目的、例えば機械の振動のデータを蓄積分析して、異常の予兆を診断するといった、目的特化型のAIソフトが出てきているらしい。これが次のトレンドかな。なるほど、なかなか面白い。 ただ、ひとつ心配な点がありますね、とわたしは指摘した。そうしたアプリケーション特化型のAIソフトを売るベンダーと、工場でそれを使用したユーザとの間に、1つ問題となるギャップがある。それは、AIのソフトウェアパッケージと、工場側の具体的な制御システムないしMESとの、インテグレーションの仕事である。 その仕事を、自分たちだけでできるユーザが、果たして日本の工場でどれだけいるだろうか? かといって、2つのシステムを統合する難しい仕事を引き受けてくれる業者、すなわち製造現場に強いシステム・インテグレーターがいるかというと、世の中には決して多くない、という事情がある。 つまり、AIベンダーと製造現場のユーザーとの間に、「インテグレーター不在」という深い谷間があるのだ。 いや、話はAIのソフトウェアに限らない。MESのソフトを導入するにせよ、あるいはデジタル屋台のシステムを買ってきて、社内の3D-CADとつなげるにせよ、同様の困難がある。いや、それどころではない。例えば産業用ロボットを買ってきたり、あるいは気の利いた搬送システムや立体自動倉庫を買ってきて、自動化・省力化を図る場合だって、自社の製造ラインとのインテグレーションが必要になるのだ。こうした仕事はしばしば、生産技術を受け持つ機械エンジニアだけの手には余る。 もちろん、高価な機械を何台も買ってやるから、ついでにインテグレーション業務もしてくれ、と機械メーカーに要求することは可能だ。実際、有力な機械設備メーカーの中には、自社製品を買ってくれることを条件に、請け負ってくれる企業もある。ただ、そうした「つなぎ」の仕事は、しばしば、子会社や下請けにやらせたりするらしい。 逆に、いや、それはお客さんの仕事です、と突き放すメーカーもある。請ける・請けない、いずれの場合も、機械メーカーやパッケージソフト・ベンダーが、製造現場におけるインテグレーションの仕事自体を好んでいない点では、同じだ。 なぜか。儲からないからである。 『インテグレーション』とは何か。それは、それぞれ単独で完結した機能を持つ要素群を、上手に連結して、一体として働くようにすることである。 例えばパソコンのソフトに例えるならば、ワープロと表計算とのあいだで、クリップボードを経由したコピー&ペーストを可能にすることも、インテグレーションの一例だ。今日では、まるっきり当たり前のように思えるこの機能も、'90年代前半までMS-DOSやCPMといった旧世代のPC用OSを使っていたユーザにとっては、とても新鮮なものだった。当時の感覚では、Lotus 1-2-3で表を作成して、WordPerfectの文章の中に貼るなど、想像しにくい使い方だったのだ。 だからMacOSやウィンドウズが登場して、OSレベルでカット&ペーストをサポートし、複数のアプリケーション間でデータのやり取りを統合的に行えるようにした事は、ほとんど革命的な進歩だった。これがインテグレーションの価値なのだ。 あるいは、鉄道の世界でたとえるなら、インテグレーションとは「相互乗り入れ」がそれに該当する。私の勤務先は横浜の「みなとみらい」地区だが、実家は今は埼玉県所沢市にある。以前は、職場から実家まで帰るためには、渋谷と池袋で2回、乗り換えなければならなかった。そのたびごとに階段を上り下りし、行列に並んで席に座らなければいけない。 だから、西武池袋線と副都心線と東横線・みなとみらい線が相互乗り入れを開始し、みなとみらい駅のホームに小手指行き列車が到着した瞬間は、頭がクラクラするほどの衝撃があった。実際、乗り換えの不便が減ったし、所要時間も圧倒的に短くなった。これも、インテグレーションがユーザにもたらす価値だ。 周知の通り、システムにおける要素間のインタフェースには、密結合と疎結合の2種類がある。製造現場の例で言えば、一貫生産ラインは密結合であり、工程間に在庫のスペースがあるのは、疎結合である。コンピュータなら、「ファイル渡し」は疎結合であり、APIの呼び出しなどは密結合だ。 高度なインテグレーションとは、サブシステム間を密結合・強連結にすることである。すなわち、一つの指示(インプット)で、複数の要素が連携協調して動作するようにすること。あるいは、モノやデータの受け渡しのある要素間では、処理量とタイミングを同期化することだ。 また、部分に異常が生じたら、全体が安全にスローダウンする、ないし、共通したアラームを発信するといった対応もいる。さらには、必要に応じて、個別要素を部分的に立ち上げたり、全体を止めずに切り離したりできる機能も必要だ。 したがって、構成要素数が多く、かつ高度にインテグレーションされたシステムには、主要な全要素をモニタリングする「情報のハブ」が、必然的に生まれてくる。そこが、全体のタイミングをとり、要素に適切な指示を出す。まあ、オーケストラの指揮者のようなものである。 こうした「インテグラルなシステム」を作る仕事のプロが、インテグレーターである。 つまり、インテグレーターの仕事とは、システム構築=仕組みづくりである。だが、「システム」という、目に見えないものが理解できない人たちには、そもそもその価値が分からない。この人達には、目に見えやすいもの、たとえばロボットだとか、立体自動倉庫だとかAIソフトパッケージだとかいったものが、価値の中核に見える。インテグレーション作業はオマケだ、という訳である。 高価な機械を買ってくれる代償として、周辺のインテグレーション作業を請け負うメーカーは、ある意味、そうした理解ないし誤解を助長しているとも言える。もちろん、エンドユーザーを助けるという積極的な面もあるわけだが。 インテグレーションの仕事は、ユーザの個別性の高い要求(制約条件)に合致するよう、複数の要素を選んで組み合わせる能力を必要とする。つまり、「すり合わせ」型の業務である。工場のように、既存の機械や仕組みと組み合わせる場合、相手の状況に応じて作業量が変わるし、つながらないリスクもある。だから、本来は固定金額の見積にはなじまない仕事だ。 それなのに、たいていの顧客は、インテグレーション・サービスに要した人工(工数)分の費用しか、インテグレーターに払ってくれない。曖昧でリスクが大きいのに、である。だから、インテグレーションは儲からない商売だ、という事情が生まれる。 だったら、単体売りに徹する方が、商売として「堅い」「手切れが良い」ということになる。かくて、ウチは単体設備メーカーです、というスタンスを持った企業が栄えることになる。いいかえると、優秀な部品メーカーは多いが、全体システムの売り手はあまりいない、ということで、どこかの業界によく似た構図ができている。 工場系の生産システム・インテグレーターは、機械メーカーの下請けに位置せざるを得ない。だから、中小零細企業が多い、という話を良く聞く。そうなると、人材の確保や育成も課題だ。 それでも、信頼できるインテグレーターを、身近に抱えている企業なら、まだ良い。多くの場合は、ユーザが自分でインテグレーションするしかない。そこで、機械設備やIT系における、モノの受け渡しやデータ通信インタフェースの標準化、せめて共通化が望まれる。 いや、本当は、機械設備メーカーやITベンダーなどは、インテグレーションされることを前提に、自社製品を考える態度が必要なのだろう。だが、かつてIBMのOS/360開発のプロマネで、後に名著『人月の神話』を書いたBrooks Jr.によると、要素をインテグレーション可能な形にするには、単に作るだけに比べて、3倍の費用がかかる、という。 これはソフトウェアの場合の話で、機械設備の場合は、もう少し小さな数字になるだろうが、余計なコストがかかるのは事実だ。コストがかかれば、製品の価格に跳ね返る。価格競争にさらされるメーカーにとっては、ありがたくない話だろう。 では、どうしたら良いのか。要素技術のプロバイダーと、ユーザの間には、「インテグレーター不在」という深い谷間がある。ここうまくつながないと、ユーザが困るだけでなく、優れた技術を持つAIベンダー・機械メーカー等のベンチャー企業も、日本では育たないことになる。 もちろん、エンドユーザーである日本の製造業の、経営管理職の人たちが、インテグレーションの価値を認めて、それにきちんとお金を払うようになることが、理想型である。しかしそれは、百年河清を待つ、の類だろう。 わたしは、こうしたFA系のインテグレーターたちが、下請けや系列の地位から脱するためにも、せめて一個の独立した業界として認められ、その価値を世間に対してアピールしていくような方策が必要だろうと思う。そのためには、業界団体の結成も、ひとつの手段だろう。聞くところによれば、近々、経産省の旗振りで、「ロボット・インテグレーション協会」が設立されることになる見通しだと言う。これは良いニュースだ。 しかし「深い谷間」の問題は、ロボットという(先進的な見かけの)部分だけでは留まらないはずである。より広く、産業システムのエンジニアリング、ないし生産システム・インテグレーションの担い手が、求められているのだ。以前、政府の「ものづくり白書」には、『ラインビルダー』という言葉も紹介されていた。こうした業界の確立を助けるために、国の支援策も必要だろうし、標準的な契約や仕様のあり方も、議論される必要がある。 ドイツのIndustry 4.0の向こうをはって、日本は「ソサエティー 5.0」を目指すのだそうだ。"Connected Industries"というスローガンも、よく見かける。それが具体的に何を意味しているのか、わたしにはまだよくわからない。だが、少なくとも、インテグレーター不在と言う深い谷間を、埋めるための努力が必要だという事だけは、明らかだろう。
by Tomoichi_Sato
| 2018-04-01 18:45
| サプライチェーン
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