521/521
第507話 門出
―――ケルヴィン邸・転移門前
地下に設置した屋敷の転移門。これを潜り、本日俺達はトラージに向かう段取りとなっている。決戦を終えるまでの間、今ではすっかり住み慣れたこの屋敷とも暫しお別れだ。これまで色々あっただけに、少し感慨深い。しかしあまり思い出に浸り過ぎるのも、俺らしくないか。いつものようにちょっと遠出をしてくるだけだと考えて、手土産にメルフィーナを連れ戻す。うん、これでいこう。
後は…… そうだな。留守番を頼むエリィとリュカにも、何か一声掛けておかないと。2人とも事情を知る側の従者だし、さぞ心配しているだろう。
「いいか? このマニュアルに沿って世話してやれば、何も問題ねぇからな? 俺が愛情と丹精込めて育てた野菜たちの事、マジで頼んだぞ! 冗談抜きに!」
「もー、ハクちゃんは心配性だなー。私とお母さんにゴーレム達もいるから、安心して行って大丈夫だよ」
「私のフルーツ畑も注視してほしい。もう直ぐ実りの時、その時はエフィル姐さん特製のデザートをお裾分けする。絶対約束する」
「あの、おでの水田も、できれば……」
「ご安心ください。私達が責任を持ってお世話致しますから」
……竜ズがエリィとリュカの下に集まって、マニュアル指導やら懇願やらを試みている。心配してんのはダハク達の方だったか。主に農園の、だけど。
「おーい、そんなに心配しなくたって大丈夫だぞ。お前ら、2人の仕事振りを知ってるだろ?」
「そ、そりゃ十分理解してるッスけど…… 野菜らは、野菜らは俺の子供みたいなもんなんス! いくら神経質になったって、心配し過ぎるなんてこたぁねぇんスよ!」
「珍しくダハクと意見が一致した。私の果物達も、とても繊細だから我が身のように心配。糖度が高くなるか不安で、夜も眠れなくなる」
「ええと…… 分かりやすく言えば、恋心、みたいな感じ、だな」
「「それだ!」」
「そ、そうか……」
この竜王達、もう完全に百姓魂に目覚めてるよ。後戻りできない段階にまで達してるよ。
「だけど、立ち入り禁止にしてた場所は流石にやらせるなよ? 危ないから」
「その辺は問題ないッスよ。この日の為に、俺が責任を持って全部収穫しといたッス。リュカ達に頼んだのは、安心安全超美味なダハク印の野菜のみ! いつか、全国の野菜ジャンキー達に俺の魂を届けたいッスね~」
野菜ジャンキーとは一体。そんな風に俺が言葉に詰まっていると、エフィルがクスクスと笑いながら俺の隣にやって来た。
「エフィル姐さん! 姐さんなら、俺らのこの気持ちが分かりますよね!」
「そうですね、尊い想いだと思います。私がご主人様を想うような、そんなニュアンスですよね?」
「流石は私達のエフィル姐さん。どこまでも思慮深く、愛に満ちている」
エフィルの言葉に感動して、竜王達が激しく頷く。たぶんだけど、俺が同じ言葉を言ってもムド辺りは納得しなかったと思う。クソ、やはり世の中餌付けなのか……!?
「私からも2人に話があるので、エリィ達を少しお借りしても良いですか?」
「どうぞどうぞ、エフィル姐さんがそう望むのなら、私は無償で力の限り助力する」
「んだば、おでらは先に行こうか?」
「だな。それじゃ兄貴、一足先に行って、植物採集でもして待ってますんで!」
「トラージは苺が美味しい。この日の為に、お小遣いを貯めておいた」
「おでは、んんと、んんと……」
「いってらっしゃーい。畑は任せてー」
「あ、それな! マジで頼ん―――」
何をするのか迷いに迷い、鼻歌交じりで財布のがま口を開き、振り向き様の言葉の途中で転移門を潜って行った偉大なる竜王達。あいつら、平常心が過ぎないか?
「コホン。エリィ、リュカ。私達が屋敷を留守にする間、ロザリアとフーバーも私用で不在となります。この屋敷の存続は貴女達の双肩にかかっているといっても、決して過言ではありません」
「はい」
「はい!」
いつもは歳相応にはしゃぎ回るリュカも、メイド長であるエフィルの前ではいっぱしのメイドらしい態度を示している。双肩にかかるってのは言い過ぎ…… でもないか。
決戦場もそうだが、地上に残る皆も故郷を護るという大任を担ってりるんだ。獣国ガウンは獣王とその息子達が、神皇国デラミスは教皇フィリップと古の勇者達が、水国トラージはツバキ様、そしてデラミスより派遣されたムルムルが、軍国トライセンはダン将軍やフーバー、ロザリアが残る事になっている。彼らと同じく、2人にはウルドさん達と共に俺達の故郷を護ってもらわなければならない。
そうなると、これはなかなかに責任重大だ。エフィルがエリィ達の気を引き締めるのも、納得のいく話である。え、俺? ワクワクしちゃって、昨夜はなかなか寝付けなかったよ? ……はい、自重します。
「2人とも、俺達が帰って来るまで家を頼んだぞ。あと、帰ったら帰ったで、メルの奴が腹ペコになってるだろうから、料理の準備もしておいてくれ。たぶん、これまでにないくらいに食べると思うからさ」
「ふふっ、でしたら食材を沢山買い溜めておきませんと」
「私もお料理作るの頑張って、メイド長をフォローするね!」
「はははっ、頼もしいじゃないか」
リュカには未だ見習いの肩書きが付いているけれど、俺としては2人とも立派な従者になってくれたと思っている。基本的なメイドの仕事はもちろん、レベル100を軽くオーバーしたその強さも侮れないもので、その辺で英雄を名乗っても何らおかしくない実力者に成長した。
エリィ、リュカと初めて出会ったのは確か…… そう、トラージで起こった黒風騒動の時だった。あの頃は黒風のアジトから救出した人質達の中に、まさか我が家の使用人になる者がいるなんて、思いもしなかったっけ。あの連中はどうしようもない奴らだったけど、こんな数奇な出会いをさせてくれた切っ掛けになった事だけは感謝したい。あの後独房に連行されて、処刑されたのかも知らないけどさ。
「では、そろそろ参りましょうか。あまり待たせては、ツバキ様が頬を膨らませてしまいます」
「だな。じゃ、行って来る。夜は戸締りを忘れるなよ。泥棒が入って来たら事だからな」
「その時は私が撃退するね。ご主人様、気を付けていってらっしゃい!」
「ご無事をお祈りしております」
我が家の頼りになる守護神達に見送られながら、俺達は転移門が展開したゲートの中へと歩みを進める。
「ああ、任せておけ。俺が恐れるもんなんて、この世にそんなにはないからな!」
ゲートを潜る直前に振り向いて、2人にそう叫ぶ。そんなにって、それは頼りになる発言なのかしらと、何とも言えぬ苦笑いを返されてしまった。おかしい、正直に言ったつもりなんだけど。ほんの僅かな勇気を振り絞って、格好を付けてみた結果があの台詞だったんだけど……
っと、心を挫くにはまだ早い。あっちに到着したら、トラージの港での乗船が待っているんだ。出航の大事な時に、ツバキ様に変な顔は見せられないぞ。そう気持ちを切り替えて向かった先、そこには―――
「あらん? やーん! ケルヴィンちゃんじゃなーい! 元気ぃ!?」
―――ギュッ(はぁと)と、ダイナミックでデンジャラスな抱擁が待っていた。
「おおう……」
「ああっ! 兄貴、狡い!」
ごめん、嘘ついた。俺、まだ怖いものあったわ。唐突なプリティアちゃんとの接触はジェラール同様、一向に慣れる気がしないわ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
この小説をブックマークしている人はこんな小説も読んでいます!
ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント-
世界最強のエージェントと呼ばれた男は、引退を機に後進を育てる教育者となった。
弟子を育て、六十を過ぎた頃、上の陰謀により受けた作戦によって命を落とすが、記憶を持//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全180部分)
- 25984 user
-
最終掲載日:2018/03/17 16:22
奪う者 奪われる者
佐藤 優(サトウ ユウ)12歳
義父に日々、虐待される毎日、ある日
借金返済の為に保険金を掛けられ殺される。
死んだはずなのに気付くとそこは異世界。
これは異//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全243部分)
- 21982 user
-
最終掲載日:2018/03/26 18:00
再召喚された勇者は一般人として生きていく?
異世界へと召喚され世界を平和に導いた勇者「ソータ=コノエ」当時中学三年生。
だが魔王を討伐した瞬間彼は送還魔法をかけられ、何もわからず地球へと戻されてしまった//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全412部分)
- 21930 user
-
最終掲載日:2018/03/18 11:00
聖者無双 ~サラリーマン、異世界で生き残るために歩む道~
地球の運命神と異世界ガルダルディアの主神が、ある日、賭け事をした。
運命神は賭けに負け、十の凡庸な魂を見繕い、異世界ガルダルディアの主神へ渡した。
その凡庸な魂//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全363部分)
- 25542 user
-
最終掲載日:2018/01/07 20:00
蜘蛛ですが、なにか?
勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全537部分)
- 24341 user
-
最終掲載日:2018/02/03 23:34
八男って、それはないでしょう!
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
完結済(全205部分)
- 27357 user
-
最終掲載日:2017/03/25 10:00
進化の実~知らないうちに勝ち組人生~
柊誠一は、不細工・気持ち悪い・汚い・臭い・デブといった、罵倒する言葉が次々と浮かんでくるほどの容姿の持ち主だった。そんな誠一が何時も通りに学校で虐められ、何とか//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全118部分)
- 23554 user
-
最終掲載日:2018/03/05 08:32
異世界迷宮で奴隷ハーレムを
ゲームだと思っていたら異世界に飛び込んでしまった男の物語。迷宮のあるゲーム的な世界でチートな設定を使ってがんばります。そこは、身分差があり、奴隷もいる社会。とな//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全221部分)
- 24182 user
-
最終掲載日:2017/11/30 20:07
失格紋の最強賢者 ~世界最強の賢者が更に強くなるために転生しました~
とある世界に魔法戦闘を極め、『賢者』とまで呼ばれた者がいた。
彼は最強の戦術を求め、世界に存在するあらゆる魔法、戦術を研究し尽くした。
そうして導き出された//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全188部分)
- 24435 user
-
最終掲載日:2018/03/27 07:00
賢者の孫
あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から『賢者』と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。
世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全128部分)
- 28098 user
-
最終掲載日:2018/03/14 16:38
無職転生 - 異世界行ったら本気だす -
34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
完結済(全286部分)
- 24910 user
-
最終掲載日:2015/04/03 23:00
魔王様の街づくり!~最強のダンジョンは近代都市~
書籍化決定しました。GAノベル様から三巻まで発売中!
魔王は自らが生み出した迷宮に人を誘い込みその絶望を食らい糧とする
だが、創造の魔王プロケルは絶望では//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
完結済(全223部分)
- 23862 user
-
最終掲載日:2018/03/30 19:25
とんでもスキルで異世界放浪メシ
※タイトルが変更になります。
「とんでもスキルが本当にとんでもない威力を発揮した件について」→「とんでもスキルで異世界放浪メシ」
異世界召喚に巻き込まれた俺、向//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全410部分)
- 30082 user
-
最終掲載日:2018/03/27 00:58
境界迷宮と異界の魔術師
主人公テオドールが異母兄弟によって水路に突き落されて目を覚ました時、唐突に前世の記憶が蘇る。しかしその前世の記憶とは日本人、霧島景久の物であり、しかも「テオド//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全1429部分)
- 25170 user
-
最終掲載日:2018/04/01 00:00
盾の勇者の成り上がり
盾の勇者として異世界に召還された岩谷尚文。冒険三日目にして仲間に裏切られ、信頼と金銭を一度に失ってしまう。他者を信じられなくなった尚文が取った行動は……。サブタ//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全872部分)
- 20531 user
-
最終掲載日:2018/03/27 10:00
ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた
◆書籍⑧巻まで、漫画版連載中です◆ ニートの山野マサル(23)は、ハロワに行って面白そうな求人を見つける。【剣と魔法のファンタジー世界でテストプレイ。長期間、//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全195部分)
- 21129 user
-
最終掲載日:2018/03/29 21:00
デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )
◆カドカワBOOKSより、書籍版13巻+EX巻、コミカライズ版6巻発売中! 現在アニメ版が放送中です。【【【アニメ版の感想は活動報告の方にお願いします!】】】
//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全573部分)
- 33306 user
-
最終掲載日:2018/04/01 18:37
マギクラフト・マイスター
世界でただ一人のマギクラフト・マイスター。その後継者に選ばれた主人公。現代地球から異世界に召喚された主人公が趣味の工作工芸に明け暮れる話、の筈なのですがやはり//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全1839部分)
- 21581 user
-
最終掲載日:2018/04/01 12:00
二度目の人生を異世界で
唐突に現れた神様を名乗る幼女に告げられた一言。
「功刀 蓮弥さん、貴方はお亡くなりになりました!。」
これは、どうも前の人生はきっちり大往生したらしい主人公が、//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全398部分)
- 27316 user
-
最終掲載日:2018/03/26 12:00
LV999の村人
この世界には、レベルという概念が存在する。
モンスター討伐を生業としている者達以外、そのほとんどがLV1から5の間程度でしかない。
また、誰もがモンス//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全363部分)
- 21696 user
-
最終掲載日:2018/02/26 00:08
転生したらスライムだった件
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた!
え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
完結済(全303部分)
- 27510 user
-
最終掲載日:2016/01/01 00:00
異世界はスマートフォンとともに。
神様の手違いで死んでしまった主人公は、異世界で第二の人生をスタートさせる。彼にあるのは神様から底上げしてもらった身体と、異世界でも使用可能にしてもらったスマー//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全465部分)
- 21316 user
-
最終掲載日:2018/03/23 19:39
金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~
『金色の文字使い』は「コンジキのワードマスター」と読んで下さい。
あらすじ ある日、主人公である丘村日色は異世界へと飛ばされた。四人の勇者に巻き込まれて召喚//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全824部分)
- 25438 user
-
最終掲載日:2017/12/24 00:00
ありふれた職業で世界最強
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全310部分)
- 33986 user
-
最終掲載日:2018/03/31 18:00
二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む
魔王を倒し、世界を救えと勇者として召喚され、必死に救った主人公、宇景海人。
彼は魔王を倒し、世界を救ったが、仲間と信じていたモノたちにことごとく裏切られ、剣に貫//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全142部分)
- 23865 user
-
最終掲載日:2018/03/28 07:59
レジェンド
東北の田舎町に住んでいた佐伯玲二は夏休み中に事故によりその命を散らす。……だが、気が付くと白い世界に存在しており、目の前には得体の知れない光球が。その光球は異世//
-
ハイファンタジー〔ファンタジー〕
-
連載(全1688部分)
- 28168 user
-
最終掲載日:2018/04/01 18:00