テレビのクイズ番組に次々出演して一躍有名になった東京大学の水上颯さん(22)。開成高校から東大理科3類に現役合格、現在は医学部の学生だ。「イケメンクイズ王」と女性ファンも急増している。実はソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏も早くからのこのクイズ王に注目、「孫正義育英財団」の異才支援プロジェクトにも水上さんの知恵を借りたほどだ。クイズ王はどんなキャリアを目指すのか。
■孫氏から突然「会いたい」と
「突然、僕の先輩の先輩を通じて、孫さんが僕に会いたがっていると。大学1年生だから、2015年ですかね。なんであんな有名な社長がと驚きました」。東京都渋谷区の孫財団が提供する施設の一室で、水上さんは照れくさそうにこう話す。
当時、「未来の人材となる天才を探し、支援したい」と考えていた孫氏は、クイズ番組で水上さんを見て、「この子、すごいな。ぜひ会いたい」と一目ぼれ。東京都港区のソフトバンク社長室に招かれた水上さんは、「緊張していてあまり記憶していませんが、なんでそんなにクイズができるのか、いつから頭がよくなったのか、などと孫さんに質問攻めにあった」という。
大学2年生の時、水上さんは自ら志願してソフトバンクの人事部門で1カ月間のインターンを実施。その際、「異才を発掘するにはどうしたらいいのか」と問われた。水上さんは、優れた若手人材が集まるプログラマーのグループへのアクセス方法や東大の総長賞の存在など異才の発掘法について伝授したという。東大には毎年、独創的で優れた研究実績を上げた学生など表彰する制度がある。
海外を飛び回る孫氏は多忙。若い学生に会うことなど極めて珍しいが、「よっぽど気に入ったのか、水上さんとは何度も会っている」(孫財団)という。
孫氏は、水上さんらの助言も参考に異才支援プログラムをスタートした。全国から応募を募り、17年7月に書類選考や面接で8歳から26歳までの異才96人を選んだ。このなかに水上さん自身も含まれていた。
水上さんは山梨県の出身。ゲームやクイズが好きな少年だった。両親はともに開業医で、父親は整形外科、母親は内科だ。父親のすすめで開成高校を受験して合格した。全国クラスのクイズ選手権で優勝経験のあるクイズ研究部に入り、クイズにはまった。週4日、1日2時間、早押しボタンに向き合った。「高1~2年生は学校の勉強はそっちのけでクイズ漬け」の日々を送った。開成の主力メンバーとして日本テレビの『全国高等学校クイズ選手権』に出場し、優勝した。
■クイズと受験は違う
クイズと受験勉強は似ているようで異なる。クイズは豊富な知識量が必要で、難問は重箱の隅をつつくような質問ばかり。早押しとなると、一を聞いて十を答えるスキルが決め手になる。しかし、東大の入試は論理的な思考力が問われる。高校3年生まで塾にも通わず、クイズに明け暮れていた水上さんだが、「さすがにまずい」と東大受験専門塾の「鉄緑会」の門をたたいた。
東大理3の合格者の3人に2人は鉄緑会出身といわれる最強の進学塾だ。開成など中高一貫の有名進学校では、中学に入学時点から入塾して6年間勉強する生徒が少なくない。しかし、水上さんは1年間でキャッチアップして現役合格を果たした。「記憶力がいいと思ったことはありません。しかし、最小限の努力で最大の効果を発揮する効率的な勉強をするのは得意かもしれません」と話す。
「どうしても東大理3という思いは最初はありませんでした。両親も医者になれと言ったことがありませんが、医学部に行きたいとは思っていました」という。ただ、大学に合格するやいなやクイズ研究会に直行した。
再びクイズ漬けの毎日、様々な大会に出場し、テレビのクイズ番組に引っ張りだこになった。日本テレビの『頭脳王』や、TBSの『東大王』で活躍して、お茶の間の人気者になった。
■調子に乗ったら大変だ
水上さんは、「テレビに出たいというのではなく、クイズがやりたいから、テレビ局に行くという感じなんです。テレビに出て、チヤホヤされて調子に乗っていたら、大変なことになるということはよく分かっていますから」という。
「空気を読まない、変わり者」とも言われるという水上さん。クイズで正解すると、「ドヤ顔になる」こともあるが、時折、優しそうな笑顔がこぼれ、「水上くんは結構かわいいし、イケメン」と女性ファンもどんどん増えている。
水上さんは「好きなスポーツは卓球とバドミントン。あんまり体力はなくて虚弱体質ですが、精神的にはずぶとい方です」と笑う。お茶の間の人気者として価値は高まる一方だが、「クイズはあくまでも趣味」と割り切っている。
東大では3年生で医学部に進学して、解剖などの本格的な医学実習がスタート。水上さんの目指すキャリアはもちろんタレントではなく、あくまでも医学の道だ。「臨床医か研究医か、まだ決めていません。しかし、今、興味があるのは脳神経でしょうか。医学分野で脳は未知の分野ですから」と話す。医師は通常、病院などに勤務して患者の診断・治療に当たる臨床医と、がんなどの病気のメカニズムや治療法を研究する研究医に分かれる。
■未知の分野 脳に関心
東大や京都大学からは研究医になる学生が少なくない。「ほかの臓器のメカニズムはかなり分かってきていますが、脳はまだまだブラックボックスなんです」と水上さん。孫氏はAI(人工知能)分野に並々ならぬ関心を持っている。水上さんら96人の異才に対してこう語った。「君たちは、AIが人類の知的能力を超える『シンギュラリティー』の時代が到来するときに、人類を代表する可能性のあるリーダー候補だ」
人間の脳のメカニズムの解明はAIの進化にもプラスになる。水上さんは「まだ僕はAIを医学に活用するとか、そこまでは考えていません。しかし、クイズの仲間に加えて、最近は財団の96人のメンバーとも交流を始めています。刺激しあいながら、社会に役立つモノやサービスがつくれたらいいなと思います」という。
孫財団が設けたこの渋谷の一室には、96人のメンバーが自由に出入りできる。受付ではペッパーが迎え、飲食も自由。常に十数人のメンバーが集まり、最新技術に関して論じ合ったり、様々なプロジェクトの企画案などを練ったりしている。
孫氏からは「登る山は早めに決めた方がいいよ」とアドバイスされたという水上さん。孫氏は何度も失敗や挫折を繰り返しながら、ソフトバンクグループを築いた。だが、水上さんは「失恋経験はありますけど、大きな挫折はないかもしれないですね。今後は医者として、高齢者の方でも望みのある社会をつくるお手伝いをしたいんです。いくら失敗しても、どんどん挑戦していこうと思います」という。趣味のクイズから少し距離を置いて、脳のメカニズムの解明など最先端の医学を極めるのはこれからだ。
(代慶達也)
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