「悪いのはいじめられた方」と言い放つ子
■「いじめる側は本能に従っているだけ」
学校でのいじめを減らす方策の1つとして、子供たちへの予防教育がある。適切な予防教育が行われれば、いじめの発生数を減少させたり、もし発生した場合でも早期に発見・対処し、環境を含めた改善を行える可能性が高まる。文部科学省の「いじめの防止等のための基本的な方針」でも、予防教育は「学校が実施すべき施策」の1つにあげられている。
一方で、その出発点で失敗するケースも後を絶たない。
ある小学校で、DVD教材を使ったいじめ予防教育を行ったときのことだ。DVDのストーリーの中で、会員制交流サイト(SNS)のアイコンを自分の顔写真にした少女が、クラスメイトに勝手にアイコラ(編集部注:顔写真と別人のヌード写真などを組み合わせた合成写真)を作られ、それを拡散されるいじめを受けたという話が出てきた。
ストーリーの核心にあたるこの部分で、クラスの担任教師は「誰の行為が一番悪いと思いますか?」と生徒たちに訊(き)いた。「アイコラを作ったクラスメイト」か、「それを面白がって拡散したクラスメイト」が悪いという意見が多数だろうと、担任は予想していた。
だがこのクラスでは、生徒たちの大半が「最初に自分の顔写真をSNSに掲載した子」が悪いと答えたのだ。「なぜ?」と問う担任に生徒たちが返したのは、「意図しない使われ方をするかもというところまで考えが及ばなかった、本人の責任」という理屈だった。
ここで質問を変えたり、世の中のアイコラ写真問題を取り上げたりすれば、話の流れを変えられたかもしれない。だがこの担任教師は、授業の進行に気を取られるあまり、事前の想定を超えた展開に気が動転し、そこからどう話を進めればいいのかわからなくなってしまった。
そうこうするうち、授業終了を告げるチャイムが鳴った。これでこのクラスでは、「いじめの主な原因はいじめられる側にあり、いじめる側は本能に従っているだけなのだから仕方がない」という結論で、「予防教育」の時間を終えてしまったのである。大人の間でも見られる勝手な理屈だが、特に当事者世代である子どもは、この理屈でいじめ被害者に残酷に対応することが多い。
■うわべだけを見て現実を見ない担任
学校のいじめ対策においては、最も生徒に接している各クラスの担任教員が現状の把握を行い、その状況に合わせて学校全体がいじめ予防策を企画し、実施していくというのがセオリーだ。問題は、「私の児童/生徒はこうあるべきで、クラスはこうあるべき」という思い込みのあまり、現実を見ようとしない教員がしばしば存在することだ。クラスの児童や生徒はそうした教員の心理を見越し、担任がいるときだけは担任の望むように動くが、いないときには本来の姿に戻り、悪口もいえばいじめもするし、怠惰な様子を見せて不平不満も吐く。
そうした現実をより深く知り、クラスの様子をよく観察し、それぞれの児童生徒の動向を確認するようにしていれば、このクラスに性善説が通じないことは理解できたろう。だがこの担任教員は、子供たちのうわべばかりを見て、相手の真意を察することができていなかった。人を教え導く立場にあるにしては、人間への経験が浅いと言わざるをえない。
実際このクラスでは、目立った非行こそ見受けられないものの、複数件の陰湿ないじめが横行していた。いずれも加害者は同一グループのメンバーで、いじめが問題化すると、加害者は自作自演で自らも被害を受けたと言い張り、教員らの介入を困難にしていた。
いじめの加害者たちが何の罰も受けず、反省も促されず、のうのうとクラスに居座る一方で、ひどいいじめを受けた児童や、それを止めようと仲裁に入った児童らはさらにいじめられ、不登校に至ったり、自らの存在を極力消すことでクラス内でどうにか生き永らえていた。
それでも担任教員の目には、全ての児童たちは自分の受け持つかわいい教え子であり、話せばきっとわかってくれる相手のように映っていたのである。
いじめ予防教育が失敗する要因は、担任の経験不足だけではない。担任や学校管理者がいじめについて無関心で、かつ子供たちとの接触不足や思い込みによって、クラスの「真の姿」を知らない場合に起きることが多い。前提を誤れば、どんなに努力しても結果はゼロになる。こうした学校では、1人の保護者がどう動こうが、奇跡的な出来事でもない限り、何も変わることはない。
■予防教育がうまくいく条件とは
いじめ予防教育は、その学校の現状の環境に適合したものを行うことが第一で、どんなやり方が一番かなどとは簡単には言いにくい。学校全体で具体的な取り組みを行っていること、学校長がさまざまな反対意見をのみ込んで、先頭に立って積極的に活動を行っていることなどは、最低限必要な条件となろう。
児童自らが積極的にいじめ防止活動を展開する、足立区立辰沼小学校の「辰沼キッズレスキュー」のような事例もある。保護者としてはPTA活動などに積極的に参加し、懇談会や研修会などの行事の際、適切な講師を呼んで学校に意見してもらうなど、地道な活動をしていくことが正攻法となるだろう。
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NPO法人ユース・ガーディアン代表理事
1977年、東京都生まれ。東海大学卒業。T.I.U.総合探偵社代表。日本メンタルヘルス協会公認カウンセラー。教員免許あり(社会科)。2004年、探偵として初めて子供の「いじめ調査」を受件し、解決に導く。以後5000人以上の相談を受け、重大な問題があり、関係各所が動きが取れない状態であった330件(2015年12月現在)に上るいじめ案件を手がけ収束・解決に導き、今も精力的に「いじめ問題」に取り組む。著書に『いじめと探偵』(幻冬舎新書)など。
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(特定非営利活動法人ユース・ガーディアン代表理事、T.I.U.総合探偵社代表 阿部 泰尚 写真=iStock.com)