今日で2017年度はおしまいです。

 

 この3月、国会の中心的課題は、森友学園・公文書改ざん事件の真相究明でした。なぜ、決裁文書に安倍昭恵夫人や日本会議が記載されていたのか、そして、公開するにあたり削除したのか? 誰が改ざんを指示したのか? 真相や闇のままです。

 

 27日の佐川さんの証人喚問は改ざんの核心部分は何一つわかりませんでしたが、公文書改ざんの事実と証人喚問で、ただひとつ、はっきりしたことがあります。それは、佐川さんの昨年の答弁の信ぴょう性が根本からゆらいだということです。そして、あれだけ「音声データ」をつきつけても、それまでの答弁ラインを崩さず強弁し続けた財務省も、ここにきて佐川さんの答弁のすべてを正当化することができなくなってきました。

 

1、昨年2月24日の「交渉記録はなかった」の答弁は、事実確認せずの答弁だったことを佐川氏が認める

 昨年2月24日の佐川さんの「昨年6月の売買契約に至るまでの財務局と学園側の交渉記録につきまして、委員からのご依頼を受けまして、確認しましたところ、近畿財務局と森友学園の交渉記録というのはございませんでした」について、証人喚問の場で、佐川さんは、「その「確認をした」という意味ですけども、理財局に文書の取り扱いを確認したということでそういう答弁をしてしまいました。申し訳ありませんでした。」と述べました。実際は交渉記録のあるなしについて、確認していなかったのに「確認しました」と答弁した事を認め、謝罪をしました。

 

2、昨年3月1、2日の佐川氏の答弁が改ざん前の決裁文書と正反対であることについて、太田理財局長がおわび

 改ざん前の決裁文書に「H27.1.9 近畿財務局が森友学園を訪問し、国の貸付料の概算額を伝える」と明記されています。ところが、昨年3月1、2両日に小池あきらさんが、鴻池祥肇参院議員事務所の面談記録をもとに、15年1月9日に財務省近畿財務局の職員と籠池さんが、土地の貸付料について話し合ったのは事実かと追及した際に、佐川さんは「記録は残っていない」と繰り返し、事実を認めませんでした。虚偽答弁をしていたわけです。太田理財局長は、今年3月28日の参議院予算委員会で、「きちんと答弁できなかった当時の(佐川氏の)答弁をおわびする」と表明しました。

 

3、今国会へ財務省が提出した法律相談の文書との記述と昨年2月21日の佐川さんの答弁が違っている事を太田理財局長が認める

 法律相談の文書には、森友学園側の主張として、大量にでてきた生活ゴミは国の指示で埋め戻されたゴミだとの趣旨が明記されています。ところが、昨年2月21日の佐川さんの答弁は、「森友学園から、最初の埋設物とは別に、新たに深いところから埋設物が見つかりましたという報告を三月十一日に受けた」というもの。最大の論争点である、3メートルまでにはじめからあったゴミが埋め戻されたのか、深いところから新たなゴミがでたのか、最大の論点で、森友学園側の主張についてまる反対の答弁をしていたわけです。公開された音声データでも本省自身が籠池さんから、国の指示で埋め戻されたゴミがでてきたと迫られていたわけですから、意図的に国民と国会をだます答弁書がつくられていたということでしょう。

 

 太田理財局長は後の答弁は、前の答弁を参考につくることが多いともおっしゃっています。はじめに国民をだます答弁書をつくり、ずっとそれを踏襲しつづけていたのではないでしょうか。

 

 ここにきて、追及がはじまった当初の鍵となるいくつかの答弁について、佐川さんあるいは、太田理財局長が事実を確認していなかった、事実と異なっていたということを認めたもとで、佐川さんの昨年の国会の答弁全体の正当性がゆらいでいると思います。

 

 昨日、財務金融委員会で、太田理財局長に、佐川さんの昨年の国会答弁は総点検が必要だ指摘しました。太田理財局長も検証・点検はしなければならないと述べました。なぜ、真実と異なる答弁が繰り返されたのか、改ざんの動機とも、重なりあうと思われます。