無期転換ルール・本格始動
無期転換ルール(労働契約法18条)とは、有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えたときは労働者の申込みによって、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換するルールです。
この無期転換ルールは、労働者、とりわけ有期契約で働く労働者には大きな影響があるのですが、あまり制度が浸透していないというのが実感です。2018年に入ってから、無期転換ルール阻止のトラブルが頻発したことなどにより、ようやく少しずつ注目を集めるようになりましたが、どうやって権利を行使するとよいのかという実践的なノウハウは、あまりまだ知られていません。
無期転換ルールはいつから?
無期転換ルールは、2018年4月1日以降に、本格的に無期転換権を行使する方が登場してきます。正にこれからの時期が本格始動といえます。
無期転換ルールは、2013年4月1日以後に締結更新される有期労働契約が対象です 。
ですから、施行日前に契約が締結されている部分の契約期間は、「通算契約期間」の5年にカウントされません。
2013年4月1日以降から始まる労働契約でカウントして5年以上継続して契約更新をして働いている方でしたら、一般的なケースでは2018年4月1日以降の契約更新時期から、5年を超えて権利行使ができるのです。
例えば、平成24(2012)年5月1日から1年間の有期労働契約を締結し、更新を繰り返している労働者の場合で考えます。
2012年5月1日~2013年4月31日までの契約期間はカウントされず(カウント対象外)、2013年5月1日開始の契約からカウントされます。
その後1年ずつ契約更新を重ねた場合、5年を超える2018年5月1日に開始する契約期間から権利行使が可能になります。
◇平成25年5月1日~ 1年間【1年目】
◇平成26年5月1日~ 1年間【2年目】
◇平成27年5月1日~ 1年間【3年目】
◇平成28年5月1日~ 1年間【4年目】
◇平成29年5月1日~ 1年間【5年目】
◇平成30年5月1日~ 1年間【6年目・5年を超過】
以下、誤解されやすい、具体的な転換時の注意点10箇条を検討していきましょう。
注意点1:休職していてもカウントされます
有期契約の期間中に、育児休業期間や休職期間があった場合であっても、「通算契約期間」にカウントされます。
無期転換ルールでは、実際に契約期間中に就労していたかどうかを問わず、契約期間にカウントするように定められているからです。
注意点2:5年を超えないとダメ
5年を1日でも超えていなければダメという点も注意が必要です。5年ちょうどでは、まだ無期転換権は発生しません。
権利行使が可能になる時期は、労働契約の内容によって変化しますので、注意が必要です。
注意点3:黙っていてもダメ
通算5年を超えたら、自動的に無期労働契約に転換する訳ではありませんので注意が必要です。
無期転換ルールでは、労働者が自分で「申込み」をした場合(無期転換権の行使をした場合)に、初めて無期労働契約が成立することになっているのです。
だまっていても、無期転換するわけではないのです。
注意点4:無期転換権の行使には証拠を残そう
法律には、無期転換権行使の方法については、何も定めはありません。労働者はどのような方法でも自由に無期転換権を行使できます。
とはいえ、いざ無期転換権の行使があったかどうか争いになった場合には、労働者の側で、この無期転換権の行使を行ったことを証明しなければなりません。ですから、後々無用なトラブルを防ぐため、書面などで形に残すようにするべきでしょう。
後から証明できるように形に残すことが重要なのですから、「書面」の方式は郵便では無くても、メールやFAXで構いません。メールもFAXも、使用者が受領した事実を後から証明し易い手法なので、お勧めです。
万が一、無期転換権行使の事実を否定されても、無期転換権行使可能な時期であれば、再度無期転換権を行使すれば足ります。争いになりそうなら、再度確実に権利行使をしておきましょう。
こんな書式も参考にしてみてください。
注意点5:無期転換権行使は何時までに必要か
無期転換権は、「現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間」に権利行使することが必要とされています。
通算契約期間が5年を超える契約の開始から終了まで、この期間内であれば、労働者はいつでも自由に無期転換権を行使できます。
注意点6:実際に無期契約に変更する時期は?
無期転換権を行使しても、実際に無期契約に変更するのは、無期転換の申込みを行った有期労働契約が終了する日の翌日からです。
権利行使したからといって、その場で無期労働契約に変わる訳ではありませんので、注意が必要です。
注意点7:対象となる契約は?
名称を問わず、基本的には全ての有期労働契約が対象になります。
パートタイマー、アルバイト、嘱託、契約社員などどのような名称であっても、有期契約労働得者であれば対象になります。
よく誤解されるのは、派遣労働者のケースです。派遣労働者でも、派遣元(派遣会社)との間で5年を超えて有期労働契約を反復更新すれば、無期転換権が発生します。
ただし、この場合でも無期契約となるのは派遣会社との関係であり、派遣先との契約関係が発生する訳ではありませんので注意しましょう。
注意点8:無期転換権を放棄してしまったけど・・
無期転換ルールを適用させないように考えた使用者が、無期転換権を事前に放棄する合意を労働者から取り付ける場合があります。
仮にこういった合意をしていても、大丈夫。無期転換権は行使できます。放棄する意思表示(労働契約、労働協約、就業規則など)があっても無効となります。
そんな合意を取り交わしていた場合であっても、労働者は自らの自由な意思によって無期転換権を行使できます。
注意が必要なのは、すでに無期転換権が発生した後に、権利放棄をさせられる場合です。この場合も一律に無効になるという考えもありますが、労働者が意思な意思表示に基づくものであることが認められる客観的に合理的な理由が存在する状況下でなされたものであれば放棄も有効になるという見解も有力です。
仮に誤った使用者の説明などで権利放棄をしてしまった場合でも、誤解した理由なども記載したうえで、速やかに使用者に権利行使する意思を示しておくとよいでしょう。
注意点9 クーリング期間!
注意が必要なのは、有期労働契約の期間満了した後、次の有期労働契約が始まるまでの間に、労働契約が存在しない空白期間がある場合です。無期転換ルールの通算契約期間5年のカウントに際して、一定の空白期間があった場合には、契約期間の通算をリセットすることあり、「クーリング」と呼ばれています。
具体的に、空白期間(契約がない期間)の前の有期労働契約の長さが1年以上の場合で検討してみます。
この場合、空白期間が6ヶ月あると、通算契約期間のカウントをリセットする効果が生じます(上記図・上のケースの場合)。
他方、空白期間が6ヶ月未満であれば、通算契約期間のカウントをリセットする効果は生じず(上の図・下のケースの場合)、通算契約期間がカウントされます(契約ない空白期間自体は5年のカウントに参入されません)。
また、このクーリング期間を悪用して、無期転換権発生を阻止するケースに注意が必要です。これまで連続して契約更新をしていたのに、2018年3月末迄の時点で雇止め通告と同時に6ヶ月以上先の再雇用を提示するケースなどは、この転換権発生をそしする悪用といえます。
注意点10 無期転換阻止の雇い止め
大きく社会問題になっているのが、使用者が無期転換権を阻止しようとして、雇い止めにされたケースです。
よくある類型は、以下の類型です。
■労働条件切り下げ型:「無期転換するのであれば労働条件を引き下げる」として、引き下げを受け入れられない労働者を雇止めするケース
■上限設定型:契約書で無期転換権が発生する前の「2018年3月末をもって契約終了」(=無期転換権利発生直前での契約終了を予告)したり、「契約延長期間は最長で5年」という就業規則変更を行うなどするケース
■不更新条項、不更新通告型:労働契約法18条が制定された後に、「次回は契約更新をしない」という条項を忍ばせた契約で更新を求められたり、更新時に通告されたりするケース
■試験選抜・能力選抜型:これは、使用者が新たに能力判定試験を導入したり、正社員など無期契約労働者への登用試験を導入したりするケース
■クーリング期間悪用型:これは無期転換権発生が阻止されるクーリング期間を悪用するケース
このように様々なタイプで無期転換ルール阻止が狙われますが、無期転換ルールの趣旨を真正面から否定する無期転換阻止の目的は、客観的に合理的な理由も社会的相当性も認められず、無効となる可能性が高いです。労働契約法18条法制定時の国会質疑でも、「無期転換を避けることを目的として無期転換申込権が発生する前に雇い止めをすることは、労働契約法の趣旨に照らして望ましいとは言えない」との当時の厚生労働大臣答弁があるし、これを踏まえて厚生労働省は現在も「無期転換ルールを免れる目的で雇い止めをしているような事案を把握した場合は、都道府県労働局においてしっかりと啓発指導に取り組む」という方針を示しています。
とはいえ、それぞれのタイプごとに対応も異なります。できれば、早めに専門家に相談に行きましょう。
特に、手の込んだやり方の場合には専門的な対処が求められますので、労働側の専門家集団である、日本労働弁護団へ相談することをお勧めします(多くの地域で無料電話相談も実施しています)。
さいごに
この無期転換ルールは、直ちに労働者の賃金などを引き上げるなどの効果を生じさせるものではありません。そのため、あまり意味がないと考える方がいるのもいらっしゃいます。
ですが、これまでは、有期労働契約が反復更新され長期間雇用が継続されても、常に更新時での雇止めの不安にさらされた中で歪んだ労使関係を生み出し、劣位な処遇を生み出す要因になっていました。
例えば、非正規雇用の労働者は、有給休暇の権利行使など、当たり前の正当な権利の行使も躊躇せざるをえなかったり、職場で様々なハラスメントの被害に遭いやすくなる現実がありました。これは、当たり前の権利行使やハラスメントへの抗議でも、自らの雇用が何時使用者により打ち切られるかわからないという不安感から、報復的を恐れ行動を抑制せざるを得ない現実があったからです。
そういった意味で、無期転換ルールには一定の意義があります。無期転換権を行使して、安定した雇用を獲得した後、待遇改善を求めて要求する(労働組合への加入をお勧めします。会社のいわゆる「企業別組合」が加入を認めていなくても、一人でも加入できる労働組合が全国各地にあります)するなどの対応も可能になります。
せっかくできた制度ですから、ぜひ積極的に無期転換ルールを活用してみてください!
〔注記1〕本記事の解説部分の画像は、全て厚生労働省の提供する資料です。
〔注記2〕無期転換ルールの使用者側のメリット、無期転換阻止雇い止めが違法になることなどは、昨年3月公開した筆者の記事あなたも、もうすぐ無期転換?~無期転換ルールの積極的な活用と雇止め防止を!~をご参照ください。