泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

やりがい搾取どころじゃなかった

下の記事について、2日間で35,000くらいのアクセスがあった。励ましや慰めのコメントをたくさんいただけて、本当に感謝している。年度末の衝撃の中で自分や母子会のコーディネーターが正気をぎりぎり保っているのは、共感してくださる方がいるからである。

ただ、事態はさらに悪いほうに進んでいる。

「アドバイザー料も認めない」との連絡が今日、入った。

「そんな金を払っているとは知らなかった」のだそうである。

昨年度末に担当の(前)課長と学識経験者の前で「アドバイザー」である自分がプレゼンテーションをして、予算書を確認されながら「このアドバイザー料というのはあなたに払うということなのですね」と言われて、そうだと答えた。「それならかまわない」と言われた。そして、事業を一年やった。

「知らなかった」のだそうである。

それは、もはやただの嘘だ。

同じ事業を行う他団体の情報を得たところ、今年度に自分たちが支払ってきた時給以上の額をコーディネータ―がもらっている団体があることも確認がとれた。「お金は『人』につけなければいけない」と賛同もしてもらえた。

すなわち今回の事態は「母子会の母親が子どものためにする仕事で一時間1000円以上とかの金額を受け取るとはけしからん」ということなのだ。そして、そんな入れ知恵をするアドバイザーも認めないということだろう。

自分も母親も一年間やってきたことに対する誇りをズタズタに切り裂かれながら、予算書の組み換えをしている。そんな予算書は受け取れないと言われれば、負け。子どもたちは4月の1週目からまたやってくるのだから。おかげで、自分は27時の帰宅。

コーディネーターの彼女もアドバイザーの自分も、受け取る額を大きく減らすことになる。労働時間も削ることになる。やっていることには何も変わりがないのに。

やってくる子どもたちはもちろんこんなことを知らずに楽しく過ごしていける。地域住民も大切な活動をやっている場所と理解してくれる。「子どもの貧困対策」「ひとり親家庭支援」の悲愴な舞台裏を知るのは、ほんのひと握りの関係者だけだ。

せめて都道府県の事業でなく、市町村の事業であったならば、もう少し現場の声が日常的に届けられるのであろうけれど。地元の行政はこの件について深く心配し、同情してくれている。現場から最も遠くにいる者が仕組みを決める虚しさ。