「Hellblade: Senua's Sacrifice」はどのようにして作られ,何を成し遂げたのか。ゲームがどこまで届くのかを示す講演をレポート
「Hellblade: Senua's Sacrifice」公式サイト
この際立った作品を作ったNinja Thoeryは,自分達だけで用意できる予算を使って,どのようにHellbladeを完成させたのだろうか。また本作の主人公は心の病を闇を抱えているが(ゲームの内容は,主人公であるSeunaのヴィジョンクエストだ),これをどのように表現したのだろうか。
GDC 2018で行われたセッション,「Breaking Through: Psychosis and the Making of 'Hellblade'」の模様をレポートする。
インディーズとAAAの間を
最初に登壇したのはCommercial DirectorのDominic Matthews氏だ。
HellbladeはNinja Theoryが開発からパブリッシングまで一貫して行った作品であり,予算の規模は大きいとはいえ,「インディーズ作品」とも呼べる。当然ながら,完成までの道筋は平坦ではなかった。
実際,AAAタイトルの最低ラインは,制作予算に合わせて急激に上昇している。最低ラインの実例としては,「サンドボックスないしオープンワールドであること」や「DLCやシーズンパスのプランがあること」「Metacriticで85ポイント以上を取れること」など,実に具体的かつ,それはそうでしょうけど,的なものが挙げられている。
Hellbladeの場合,とくに問題となったのは,「マルチプレイないしCo-opの要素を持つこと」「ワルな感じの男性ヒーローが活躍すること」など,Hellbladeの内容とは一致しない要求だった。
2014年頃はまた,多くのデベロッパがさまざまな理由で,AAAタイトルの制作から離脱していた時期でもあった。これについてMatthews氏は,「際立った個性を持つ,つまり,かつて我々が愛してきた創造的なゲームが作れなくなりつつあった」と指摘した。
しかし,かつて我々が愛した創造的なゲームを,ゲーマーが望んでいないかと言えば,そんなことはあり得ないし,多くのデベロッパもそんなゲームを作りたいと願っている。遊ぶ側と作る側が望んでいるゲームが作れない,この矛盾した状況が,Ninja Theoryの前に立ちはだかっていた。
もちろん,低予算のインディーズゲームという方向性は考えられた。最近のインディーズゲームの質的向上は著しく,「かつて我々が愛した創造的なゲーム」を見つけることは容易だ。
しかし,独立した企業の立場で見ると,インディーズゲームは売値が非常に安くなる傾向にあり,爆発的にヒットしても売り上げが伸びないという問題がある。
かくしてMatthews氏は,「インディーズゲームと,AAAタイトルの間,つまり『インディーズAAA』を作れないか」と考えたという。AAAタイトルとインディーズゲームの良いとこ取りをする形でゲームを作ろうという,割と都合のいいアイデアである。
この試みは,最終的に成功する。Hellbladeは約10億円の予算で作られているが,これは最もスケールの小さいAAAタイトルの一般的な制作費とされる25億円の半分以下だ。また制作に携わったスタッフもNinja Theoryの社員100人のうち20人と,インディーズ的な規模である(制作期間は約3年)。それでいて,作品のクオリティに妥協はない。
どうすれば,これほどのコスト圧縮が可能になったのだろうか?
フレキシブルな制作体制
まず挙げられたのが,モーションキャプチャ費用の節約である。
これは実に簡単なことで,会社の会議室から机を一時的に片付けて,モーションキャプチャスタジオにしたという話である。アフレコも同じで,バイノーラル録音ができる機材こそ専門のものを購入したが,録音スタジオは会議室だったという。
ちなみに照明その他の機材については,「Amazonで10~15ドルぐらいで売ってるのを買った」とのこと。Ninja Theoryはイギリスの会社なのに,実にアメリカンなDIY感が漂っている。
会議室でモーションキャプチャ/バイノーラル録音を行ったことは,予算圧縮という側面が強い(モーションキャプチャは,専用スタジオを借りて行うことが多い)ものの,制作のフレキシビリティを担保する効果もあったという。確かに,キャプチャし直すしかない! ということになっても,会議室を掃除することから始めればいいだけだ。
また,バイノーラル録音についても,Hellblade特有の「頭の中で響く声」をうまく再現するために,最終的には部屋の真ん中にマイクを置いて,俳優達がその周囲を蠢きながら(蠢くようなパフォーマンスをしてもらいながら)セリフを言う,という形で収録した。これもまた,トライ&エラーが簡単な収録環境ならではと言える。
モーションキャプチャにおいてはもう1つ,「撮影するようにキャプチャする」という方針も定められていた。Hellbladeは心の闇を抱えたヒロインが主人公ということもあり,表情の変化や動作のリアリティを高めるため,実際に役者が演じたものをまるごとキャプチャして,ムービーシーンに持ってくるという,いわゆるパフォーマンスキャプチャの手法が使われている。
CGの素材についても,工夫が凝らされており,キャラクターの皮膚の表現については,実際に人間の皮膚を撮影して,それをスキンして使うという方式が採用された。3Dモデルについても,3Dスキャンをベースにしている。
Hellbladeでは,自然の植生表現がとても美しいが,これは驚くほど少ない素材を巧みに組み合わせることで表現している,とMatthews氏は述べた。
最後に,どんなに良いものを作っても,それだけで売れるとは限らないのが現実である。
そこでHellbladeでは,ゲーム制作開始時から「Hellbladeのファンコミュニティ」を作ることにした。ゲームを購入してくれる客という範疇を越えて,ゲームを熱烈に愛するファンへと,ユーザーを巻き込んでいこうとしたのである。ここにおいて「口コミはコアファンを広めるにあたって非常に有効だ」とMatthews氏は指摘した。
このようにHellbladeでは
- 柔軟な制作体制
- インディーズよりは高いがAAAタイトルよりは安い価格
- 低い損益分岐点
- コミュニティの構築
- 何を作るべきかの意思統一
といった点を重視することで,一歩間違えれば会社を傾けかねないリスクをはらんだゲーム制作を完成させたとMatthews氏は語った。
表現すべきものの核心に踏みこむ
続いて壇上に立ったのは,Ninja TheoryのChief Creative Directorを務めるTameem Antoniades氏である。
最初にAntoniades氏は,「すべてのファンタジー(幻想)は,人間の心から発している」と指摘した。指輪物語のようなハイファンタジーであれ,ブレードランナーのようなSFであれ,この世にないものを生み出すのは人間の心だ,というわけだ。
しかし,こうなると「ファンタジーにおいて心の病を扱う」ことの難しさも見えてくる。幻想を生み出す心そのものが病んでいる状況を,どう描くのか? この問題に対しAntoniades氏は「むしろファンタジーが持つ力でこの問題に対抗することにした」と語った。
Antoniades氏は精神疾患を「とても多義的な言葉であり,Hellbladeを作ろうとしていた我々は,それがどんなものなのか,よく分かっていなかった」と告白した。「身体的な問題については学校でも詳しく習うけど,精神的な問題についてはほとんど習わない」というわけだ。
そしてこの「未知であること」は,Antoniades氏にとって恐怖を呼び起こしもした。「我々はこのテーマが『パンドラの箱』だと感じていた。深入りすれば,何かとんでもないものが飛び出してきて,野蛮かつ致命的な一撃を繰り出してくるのではないか」と。
かくしてチーム全員が「心の病とは何か」を知ることから始めることにした。ケンブリッジ大学にメールして,「こういうゲームを考えているのだけれど,精神疾患について教えてくれませんか」と,真正面からドアをノックしたのである。
その結果,ケンブリッジ大学はドアを開き,基礎的な概念について講義してくれたという。それだけでなく,多くの患者(「声が聴こえる」人など)からさまざまな証言を得る機会も得たという。
そしてこの勉強会を通じて,チームは重要な洞察を得たという。
「我々が現実だと思っているものは,現実の影でしかない」とAntoniades氏は語る。もちろん,これは何も新しい知見というわけではなく,我々は非常に限られた経験や知識を通して世界を認識していることがあるというのは,西洋哲学においても指摘されてきた。
これは,限られた経験や知識の外側を通じて世界を語ろうとする人に対し,「おまえはおかしい」と判断してしまう原因でもあるとAntoniades氏は述べる。
光は実際には多数の波長を有するが,我々が見るのはその一部でしかない――つまり「こう見えている現実」とは,脳のフィルタを通ったあとに成立しているもので,我々は外界を観測しているというよりは「我々の内側にある世界の幻影を見ている」のだ。よって,精神のあり方によって,世界も変容してしまうのである。
こういった理解が,チームのスタート地点となった。
さらにチームは,回復期にある患者から「世界がどのように見えるか」「声がどんな感じに聞こえるか」などといった点をヒアリングし,ラピッドプロトタイピングによって検証していったという。
同時に,ゲームのさまざまな仕様も固まっていった。例えば,カメラ位置は「他人事であってはならなず,常に主観的でなくてはならない」が,同時に「生きている皮膚の中で自分が生きているような感覚」,あるいは夢の中で見る「三人称視点での自分」といったものを再現できなくてはならない(画面からユーザーインタフェースを排除したのは,当然の結果だ)。
Hellbladeにおける幾多の印象的なムービーは,このような認識のもとに作られていった。もっとも,Hellbladeのムービーに「カメラの切り替え」がないのは,必ずしも上記の認識に則ったからではなく,予算の都合でカメラが1台しか用意できなかったからだと,Antoniades氏が種明かしをした。クリエーションあるある話である。
Hellbladeでは,しばしば「声」が聞こえる。その「声」は,言語も違えば,声の主の年齢も違うし,性別も違う。これは実際に声が聴こえる人達にヒアリングして得られた知見で,彼らは「声が聴こえることがとても大きなストレスになる」と語っているという。
これを再現するため,Hellbladeではバイノーラル録音で録音したというのは上記の通り。そしてそうした「声」をちゃんとプレイヤーに聞いてもらうため,ヘッドフォン前提という大胆な仕様を作ったのである。
一方で,大きな困難を抱えたのは,ストーリーだった。というのも,フラッシュバックや幻覚があふれる世界では,時間の流れが直線的ではないからだ(Antoniades氏は「そもそも記憶は直線的ではない」とも指摘した)。
このため,ストーリーはどうしても分かりにくいものにならざるを得なかったという。
ゲームが成し遂げ得ること
Antoniades氏は,「ゲームは生の経験を伝える力を持っている」と語る。事実,Hellbladeでは精神の病に苦しむ人々の経験,例えば,落ち着いた精神状態を保てていると思った矢先に,なんの前触れもなく最も強い苦痛をもたらす「何か」が襲ってきて,しかもそこで何が襲ってくるのか分からない,といった経験を,ゲーム内で再現している。
Antoniades氏はまた,こうも指摘する。「我々は理性的な精神状態で生きていると思っているが,別段その精神状態だけで生きる必要はないし,それだけで生きられるとも限らない。人生においては,突如として見えざる影を見ることがある」。ゲームは,このような「見えざるもの」を「見えるもの」として表現することが可能なのだ。
さて,幾多の困難を乗り越えて完成したHellbladeは,商業的にも大成功した。そしてこの成功は,ただ単に「ちゃんと儲かった」「これで次も作れる」というだけに終わらなかった。
Hellbladeは,実際に精神疾患に苦しむ患者からも,大きな賞賛を集めている。Hellbladeが再現した幻覚やフラッシュバック,聞こえてくる声といった表現は,ただゲーム的に再現したという範囲を超えて,患者にとっても「リアル」だと判断されるレベルに到達しているという。
このことは,患者にとって大きなプラスとなった。健康な人にHellbladeを遊んでもらうことで,自分達が何を見て,何を聞き,どのように苦しんでいるかの一端なりとも体験し,理解してもらえるチャンスになったからだ。
実際,Ninja Theoryには「このゲームを通じて,私のパートナーが,私が何に苦しんでいるかを知ってくれた」「このゲームを遊ぶことで,自分のことを理解してくれる人が世の中にいるということを知り,泣いてしまった」といった感謝の言葉が数多く寄せられているという。
「Hellblade: Senua's Sacrifice」公式サイト
ゲームは,ここまでできるのである。Hellbladeが成し遂げたことは,まさにGDCで語られるにふさわしい事績であったと言えるだろう。
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