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「睾丸が小さい男は左翼」説で自己肯定にひた走る右派論壇

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武田砂鉄

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 中学生の頃、男子の間で、陰茎の大きさが壮大な議論を巻き起こした。「ポークビッツ」という非道なあだ名をつけられた人もいたし、修学旅行で出向いた旅館の風呂場では、誰からともなく大きさの査定を始めたものである。当時、『Hot-Dog PRESS』などの雑誌では時折、勃起時の陰茎の大きさをアンケートで問い、その平均値を叩き出していた。そもそも測定法が一律ではないし、自己申告であることを考えれば不正確もいいところなのだが、そこで提示される数値が、中学生男子にとっては一喜一憂の材料になってしまっていた。同じ特集記事には、「上目遣いで見つめてくる女子はヤリたいサイン」といった情報も掲載されていたが、中学生男子たちは割と真面目にその真偽を議論して、「真」と結論づけてしまうのだった。

 まぁ中学生なんていつだってそういう生き物だから仕方ない、と済ましたくもなるけれど、たとえば先日の、日本リトルシニア中学硬式野球協会関東連盟開会式の始球式で、タレント・稲村亜美が大勢の男子中学生に囲まれ襲われた映像を見てしまえば、仕方ないよ、では済ませられない。あのおぞましい光景を目の当たりにして、稲村本人が「みなさんのパワーが伝わってきて、わたし自身は貴重な経験をさせてもらえました」とフォローし、スポーツ新聞が「稲村亜美、始球式後『触られ疑惑』も神対応!」(スポーツ報知・2018312日)と書いてしまう。稲村は、タレントとして野球関係の仕事が多く、主たる発注先に物申すことができなかったのだろうか。ならば、客観視出来るメディアが、物が言えなかったかもしれない被害者の立場に立つべきだが、あの状態を「触られ疑惑」と片してしまう。中学生の暴走をうやむやにすることに、すっかり大人が加担したのだった。

 さすがに大人になると、陰茎の大きさで仲間内のヒエラルキーが決まることもなくなるし、女性の上目遣いを何がしかの合図としてポジティブに理解することはなくなる。かつての誤った認識を踏まえながら、時と場合において「そうではないですよ」と正しい知識を子どもたちに伝えることが大事になってくるが、むしろ、大人たちが率先して、あの始球式の映像を見て「『触られ疑惑』も神対応!」と伝えているのだから、大人たちったら、すっかり中学生のままである。そして、当時は考えもつかなかったが、睾丸の大きさで人を測ろうとする大人までいるのである。

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「共産主義、社会主義は睾丸サイズの小さい、つまり女にモテない男にフィットした思想であると私は考えるが、日本人の男は睾丸サイズの小ささという点においてそもそも、これらの思想に惹かれやすい要素を持っていると言える」

(竹内久美子「動物学で日本型リベラルを看ると――睾丸が小さい男はなりやすい!!」/『「日本型リベラル」の化けの皮・別冊正論』/産経新聞社)

 「ガラパゴスなサヨクたち 知らずにはびこる反日洗脳と言論封殺」とサブタイトルに銘打たれた左翼批判の特集号は、右派論壇が総力を挙げて左翼批判に励んでいく。最終的に帰結させたい見地がどこにあるかと言えば、特集の最後に掲載されている参議院議員・有村治子のインタビューにある「保守って人間くさくて新しい!」という自己肯定である。森友学園への国有地売却をめぐる財務省の決裁文書改竄の一件で内閣支持率が急激に落ち込み、盤石だった安倍政権がぐらつくなか、総力を挙げてオレたちを肯定するために、物申してくる人たちを弾き飛ばそうと結託している。

 結託するのは構わないのだが、こういうネタまで持ち出したかと仰天したのが、動物学研究家・竹内久美子による『動物学で日本型リベラルを看ると――睾丸が小さい男はなりやすい!!』である。つまり、「金玉が小さいと左翼になりやすい」とのことなのだが、明らかに議論のレベルが、修学旅行で出向いた旅館の風呂場や、上目遣いで見つめてくる女子はヤリたいサインと書かれた雑誌を読んでいた頃に戻っている。いや、想像力が無尽蔵だった中学生時代にも、金玉の大きさで人を区分けしたことはなかった。

 まず、竹内の論考にある、「平等」についての議論がすごい。リベラルが言う「平等」とは、「女が一人のモテる男に集中するのはけしからん、モテない自分たちにも平等に女を分け与えよ、の意」であり、「要は、共産主義、社会主義とは、経済的な問題にしろ、男としての魅力の問題にしろ、女にモテない男たちにとって都合のいい思想であり、そういう男たちにとっては、『貧富の差がない』や『平等』という言葉は、この上なく心地よく聞こえるのではないか」とある。「平等」を使った例文を100個書けと言われても「モテない自分たちにも平等に女を分け与えよ」という例文は思いつかないが、例文ではなく、それがリベラルの最たる主張だ、と力説するのだ。

 竹内によれば、ニグロイド(アフリカ系)・コーカソイド(欧米系)・モンゴロイド(アジア系)の三大人種で睾丸の重さを測ると、モンゴロイドが最も軽く、「日本人の男というのはまずは総じて世界でも睾丸のサイズが小さい人々であると言える」。ここからの論旨の展開が劇的。「共産党が未だに存在する国でよく知られるのが、中国、北朝鮮、そして日本だが、それはいずれもモンゴロイドの国であり、男の睾丸が小さい傾向にあるからではないだろうか」。こうなると、上目遣いならヤラせてくれる、のほうが、まだしも理にかなっているのではないかと思えてくる。いや、理にかなってなんかいない。つまり、こちらの頭の中がすっかり混乱してくる。総力を挙げて左翼批判をするために睾丸を持ち出しているわけだが、色々と持ち出しすぎである。

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武田砂鉄

ライター。1982年生まれ。東京都出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、2014年秋よりフリー。著書に『紋切型社会──言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、2015年、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論──テレビの中のわだかまり』がある。2016年、第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞。「文學界」「Quick Japan」「SPA!」「VERY」「SPUR」「暮しの手帖」などで連載を持ち、インタヴュー・書籍構成なども手がける。

@takedasatetsu

http://www.t-satetsu.com/

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