フランスから日暮里繊維街を訪れた観光客(東京都荒川区) 成田空港と東京都心を結ぶ日暮里駅。この駅周辺で最近、外国人を多く見掛けるスポットがある。80軒を超える生地・資材屋が集まる日暮里繊維街だ。日本製の生地を買い付けに来たバイヤーだけではなさそうだ。YOUは何しに日暮里へ。街中で話を聞いてみた。
■「ミャンマーではみんな知っている」
フランスから観光で来たオーロラ・シーベーラインさん(25)が、生地店「トマト」でデニム調の生地を買っていた。「リヨンでこんな場所はない。日暮里ならたくさん生地があると友達に薦められた」と話す。買った生地でドレスやシャツを作りたいという。
「日暮里のホテルに泊まっているから来てみた」(オーストラリア出身の夫婦)、「自国より安い」(スイス人観光客)、「日本製の綿を自分用に探している」(マレーシア人女性)――。タイでアクセサリー店を営む男性は「タイにも似たマーケットがあるが、ここなら布もアクセサリーもなんでもそろう」と話す。
綿のプリント地などを扱う、ドウモト商店を訪ねると「富岡製糸場が有名だからか、日本製シルクを探している人が多い」という。日本製の生地は色が落ちにくくて縮みにくいなど、品質に定評があるようだ。
和柄も人気。着物風の柄の生地などを扱う、ミハマクロスでは従来、布団用などを扱っていたが、6年ほど前からミャンマー人が多く訪れるようになった。ミャンマーの民族衣装「ロンジー」では和柄が人気で、土産需要があるという。多い場合は1人当たり100枚ほど買う。価格は2メートルで800~2000円台。生地を買っていた、ミャンマー出身の留学生は「ミャンマーではみんなこの店を知っている」と話す。
金の色をふんだんにつかった和柄は東南アジアの消費者に人気がある。欧米人はアロハシャツなどを作るそうだ。ミハマクロスは現在、外国人向けに品ぞろえを特化。「30年ほど店をやっているが、今ほど売れたことはない」と同店の浜口良行さんは胸をはる。
そもそも日暮里が繊維の街として業者が集まり始めたのは明治時代の終わりごろ。戦後までは布地の卸売りが中心だった。DCブランドブームのときはデザイナーや服飾学校の学生が買い付けに来るようになった。
和柄プリントの生地も豊富にそろう(日暮里繊維街のドウモト商店)
日暮里は少量から販売する卸が多いため、個人でも利用しやすい 繊維の街としては国内では他にも大阪市の船場や名古屋市の長者町などが有名だが、生地問屋は日暮里ほどは残っていない。東京日暮里繊維卸協同組合の浜浦章雄理事長は「日暮里では少量から販売する店が多くて小回りがきく」という。1メートル以下などの少量から販売する業者が多いことから手芸好き個人にとっては「聖地」とされる。
海外からは中国や韓国の業者が仕入れに来ていたが、2010年に日暮里駅と成田空港を約30分で結ぶ「成田スカイアクセス」が開通して、観光客が立ち寄るようになった。
■世界の手芸ファンの「聖地」に
世界の手芸ファンの聖地になった「NIPPORI」。こうした人気の背景には、「日本製」の品質の高さやデザインに対するブランド力もありそうだ。
和素材を使った服や雑貨を製造販売するふく紗は、日本の着物生地を使ったイスラム教徒(ムスリム)向けの衣料品をインドネシアなどで16年に売り出した。一般的な初任給の2万~3万円ほどするため富裕層向けに展開。髪を覆うヒジャブ(スカーフ)などが人と違うデザインを求める消費者に人気で、売り上げを伸ばしている。
繊維商社のツカモトコーポレーションも17年にムスリム向けのブランドを売り出し、アラブ首長国連邦(UAE)やカタールで販売している。関税がかかり7万~15万円と高価格だが、日本の素材や柄の評価は高いという。
ムスリム男性の白い民族衣装「トーブ」でも日本の素材が普及している。染色大手の小松精練によると、合成繊維を使った高級品「スパントーブ」に使う素材の日本メーカーのシェアは約4割。小松精練はそのうち大半を占めるという。染色加工の技術を生かし、全て白でも異なる種類をそろえられるのが強みだ。
ムスリムの女性が外出の際に全身を覆う「アバヤ」向けには、三菱ケミカルやクラレが素材を販売している。機能性や深い黒の色などに定評がある。
日本製の生地は世界の名だたる高級ブランドからも支持を得ている。フランスで開かれる世界最大級の服地見本市、プルミエール・ヴィジョン(PV)での日本メーカーの存在感も増している。17年秋には和歌山県に生産拠点を持つニット企画販売のエイガールズ(東京・墨田)が「PVアワード」のグランプリを受賞した。
アパレル販売の不振もあって最近の繊維産業は元気がないが、世界中の手芸ファンが集まるNIPPORIの街をみていると、日本の繊維ビジネスの可能性の高さを改めて実感した。
(奥津茜)
[日経MJ2018年3月26日付を再構成]
本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。