名古屋大学大学院理学研究科の 田中 実 教授、西村 俊哉 助教の研究グループは、国立遺伝学研究所の 酒井 則良 准教授のグループ及び University of Massachusetts Boston の Kellee Siegfried 博士との共同研究により、身体をメスにしたがる特質の細胞がいることを、メダカ注 1 を利用した実験において見出しました。
哺乳類もメダカも Y 染色体を持っていると身体はオスになります。ところが、「生殖細胞注 2」は身体が Y 染色体を持っていようがいまいが、もともと、身体をメスにしたがる働きを持っているだけでなく、この特質がないとメダカはメスにはなれないこともわかりました。「生殖細胞」は精子と卵(配偶子)の元となる細胞、すなわち、子孫を作り出すのに必須の細胞なのです。生殖細胞は、精子と卵のどちらにもなれる能力を持っています。興味深いことに、このメスにさせる特質は、生殖細胞が精子もしくは卵のどちらになるのかが決まる前の状態から発揮され、また「精子になる」と決まった生殖細胞にもこの特質があることがわかりました。
身体をメスにしたがる細胞の特質がわかったことにより、今後、身体の性が決まる
仕組みの理解が一層深まると期待されます。
この研究成果は、平成 30 年 3 月 30 日付(日本時間午前 3 時)米国科学雑誌「PLOS Genetics」オンライン版に掲載されます。
また、この研究は文部科学省科学研究費補助金、住友財団及びノバルティス科学振興財団の支援のもとで行われたものです。
- 生殖細胞と呼ばれる精子と卵(配偶子)の元となる細胞には、もともと、身体をメスにしたがる特質を持っていることを、メダカを利用した実験において見出した。
- この生殖細胞の身体をメスにしたがる特質は、生殖細胞が「卵になる、あるいは精子になる」こととは関係なく保持されている。
- 身体の性がどのように決まるのか、細胞レベルでの機構の一端が解明された。
【研究背景と内容】
多くの動物にはオスとメスという性があります。哺乳類やメダカでは、Y 染色体上にオスを決める遺伝子が存在しており、その遺伝子が働くと身体はオスとなり、働かないと身体はメスになります。しかし、オスを決める遺伝子は哺乳類とメダカでは異なっています。
また、Y 染色体を持たない動物も存在し、カメやワニでは、卵が育つ温度によって性が決まります。このように、性の決まり方は動物種によって異なりますが、必ずオスかメスのどちらかになる仕組みが存在します。しかしながら、性が決まる共通の仕組みは、未だに、よく分かっていません。
我々の研究グループでは、メダカを用いた研究で、もともと身体をメスにしたがる特質を持つ細胞がいることを見出しました。その細胞は、生殖細胞と呼ばれる卵や精子を生み出す細胞で、精子にも卵にもなれる能力を持っています。メダカでは、その細胞が異常に増えてしまうと、たとえ Y 染色体を持ち、オスを決める遺伝子が働いたとしても身体はメスになることを、これまでに明らかにしていました。今回、さらに生殖細胞の特質を調べることにより、自身が卵になるか精子になるかを決める前から、生殖細胞は身体をメスにする能力を持っていることを確認し、この特質がないとメスにはなれないことも明らかにしました。
また、我々の研究グループは、以前、生殖細胞が「精子になるか、卵になるか」を決めるスイッチの遺伝子を同定していました。この遺伝子の機能をメスのメダカで破壊すると、卵の代わりに生殖細胞は精子を作り始めます。しかし、それにも関わらず身体はメスになることを見出していました。このことは、生殖細胞自身がメス化して卵になることと、身体のメス化をもたらす特質の分子機構は別であることを示唆しています。
以上の結果から、生殖細胞は卵になろうが精子になろうが、身体をメス化させる能力を保持しており、この能力が発揮されないとメスになれません。この能力は生殖細胞が本来持っている特質であると理解されました。生殖細胞は取り巻く環境をメスにすることで、自身も卵になりたがっているのかもしれません。
【成果の意義】
メダカがメスになるためには、もともと身体をメスにするという生殖細胞の持っている特質の結果であることが明らかになりました。卵巣と精巣は同じ組織からできてきます。この共通の組織から、メスにおいて卵巣ができる過程、あるいはオスにおいて精巣ができる過程を比較してみると、メスでは卵巣が形成された直後に生殖細胞の数が増加して卵を作り始めるのに対し、オスでは精子を作り出す前に生殖細胞の増加が停止してしまいます。しかし、なぜ卵巣と精巣の生殖細胞でこのような違いが生じるのか、その意義はわかっていません。
本研究で明らかとなった生殖細胞の「身体のメス化」という特質に着目すると、メスにおいては、生殖細胞の数を増やすことで、身体のメス化を促進している可能性が、また、一方のオスにおいては、身体のオス化が完了するまでの間、生殖細胞の増殖を抑えることで、メスになるのを防いでいることが考えられます。
なお、最近の研究の動向から、動物は、本来、性が転換できる能力を持っていると考えられるようになってきましたが、どのような仕組みで性が転換するのかは全く不明です。生殖細胞の「身体のメス化」という特質が生殖細胞本来の特質であることから、オスでこの特質が発揮されることによって、メスへと性転換することが考えられます。このように生殖細胞の「身体のメス化」という新たな特質の発見により、動物の性が決まる仕組みの理解が一層深まると期待されます。
【用語説明】
メダカ:
小学校の理科の教科書にも述べられている日本人に馴染みの深い魚。生物学や基礎医学の研究においては日本が誇る実験動物であり、「medaka」 は英語としても通用し、生物学の各分野の最先端の研究で用いられている。身体の性を決める遺伝子(性決定遺伝子)も哺乳類についで二番目に同定された。
生殖細胞:
卵や精子は生殖細胞と呼䜀れるこの共通の細胞から作られる。すなわち、卵も精子も細胞の起源は同じだが、生殖細胞の中でスイッチとなる遺伝子が働くことで精子になるか卵になるかが決まる。この遺伝子もメダカにおいて世界で初めて同定された。今回は、このスイッチとは関係なく、生殖細胞は、もともと身体をメスにする特質を持つことが明らかになった。
【論文名】
Germ cells in the teleost fish medaka have an inherent feminizing effect
Toshiya Nishimura, Kazuki Yamada, Chika Fujimori, Mariko Kikuchi, Toshihiro Kawasaki, Kellee R. Siegfried, Noriyoshi Sakai, Minoru Tanaka
PLoS Genetics Published: March 29, 2018 DOI:10.1371/journal.pgen.1007259