☆小説・人間革命の最終章.
新聞掲載の「誓願の章1」の冒頭文の写真を添付します。
ついに連載が「誓願の章」に入りました。
その冒頭は、1982年(昭和57年)3月22日の関西文化祭シーンでした。
「雨の関西文化祭」から二度目の関西文化祭です。
その書き出しは「青年」に対するメッセージから始まりました。
以下にその文章を抜粋し所感を述べます。
「新しき時代の扉は青年によって開かれる。
若き逸材が陸続と育ち、いかんなく力を発揮してこそ、
国も、団体も、永続的な発展がある。(中略)
青年が、広布の後継者として大成していくうえで大切な要件は、
何よりも信心への揺るぎない確信をつかむことである。
そして、地涌の深き使命を自覚し、自身を磨き鍛え、
人格を陶治していくことである。
ゆえに、挑戦心、忍耐力、責任感等を身につけ、
自身の人間的な成長を図っていくことが極めて重要になる」
(聖教新聞3月26日より)
※陶治(とうや)の意味.
① 陶器を作ることと,鋳物を作ること。
② 生まれついた性質や才能を鍛えて練り上げること。
例:「人格を-する」
「大事なことは信心の確信、使命の自覚」と先生は語られています。
その確信と自覚が「成長の根源」とも述べられています。
もし、決意がなければ学びも鍛えも生まれません。
私の「信心の確信、使命の自覚」は、43歳の時に生れました。
sokanomori.exblog.jp/15414796/その後の断続的な「難」から、さらに深められました。
世の中に揉まれ、この世の濁悪の辛酸をなめ、創価学会の凄さ、素晴らしさを知りました。しかも、今も確信は成長を続いています。
もし、その確信と自覚が10代にあったなら、私の人生はまったく別のものになったでしょう。
私の場合は40歳以降であり、遅いと言えば遅い。
でも、そこからの「新たな青春」で今日(こんにち)の私があります。
さて、個々、「何を誓願」するのか問われることでしょう。
私の今の誓願は次の内容です。
1.創価学会の組織(地区)での役割をしっかり果たす。
2.学会員としてしっかり仕事をして定年退職を勝ち取る。
3.ひらがな御書ホームページを完成させる。
4.所属する自治会組織の役割を果たす。
5.岡山の母の親孝行を果たす。
これだけは絶対に外せない5項目です。頑張るしかない。
誓願とは「約束」であり、「決意」であり、「夢」です。
人生の中の一番大切な宝物です。
この数年が過去にも増して重要なのは、27歳で転職した職場から33年間を無事に終焉させるかどうかということ。
33年間の仕事の完了は、私の27歳のときの100万遍、40歳のときの300万遍の唱題で掴んだ功徳の集大成です。
ここで着地大失敗なら敗北です。
一寸先は闇だし、本当に無事に歩み切れるかは分かりませんが、やはり敗北は嫌ですし、「やり切った」「歩み切った」と納得できる最後にしたいと思っています。
私が最も大事にしているポリシーは「約束を守る」ことです。
その約束は、対象の人が亡くなっても果たさなければなりません。
油断すれば、努力を怠れば、何かが崩れます。
私は日々、真剣に努力を続けています。
わが誓願を果たすために。
ブログトップへ