いまださめやらずといった感のある、空前の相撲ブーム。
ご存じのとおり、「ちゃんこ鍋」という独特の食文化を持つ相撲の世界は、グルメ方面から見ても非常に魅力的な世界である。がしかし、知識ゼロのビギナーにとってはまだまだハードルが高そうに見えるのも事実。
そこで元力士で現在漫画家/作家という異色の経歴を持つ、琴剣淳弥さんにインタビュー。近著『相撲めし』は、現役力士や食通の親方衆など、相撲界に関わる人たちの食へのこだわりを掘り下げた、今までになかった新しいタイプのグルメ本だ。
今回『メシ通』では、角界を骨の髄まで知り尽くした琴剣さんに、相撲&食事の素朴なギモンをぶつけてみた。相撲好きな人、相撲をもっと知りたい人、ちゃんこ鍋が好きな人、チョー必読!
©扶桑社 ©琴剣淳弥
▲琴剣さんの最新著作『相撲めし』(扶桑社)には、有名力士のグルメエピソードやお気に入りのお店、部屋ごとに違うちゃんこ鍋の魅力などが多数掲載されている。ページをめくるたびに腹が減る1冊だ
知られざる「ちゃんこ」の語源
── 琴剣さん、そもそも「ちゃんこ」って何なんでしょう。
お相撲さんが食べる料理を総称して「ちゃんこ」と言います。「ちゃんこ鍋」だけが「ちゃんこ」じゃないんですね。「ちゃんこ」の語源にはいくつか説があって「ちゃんこの〈ちゃん〉はお父ちゃんで親方。〈こ〉は弟子を表してる」という説。昔の力士が長崎巡業に行った時に、差し入れでもらった海鮮物を食べる時に中国人から鉄鍋を借りて煮込んだという、その鉄鍋のことを中国語で〈チェーコウ〉と呼ぶところから由来しているという説……と、いろいろあるんですが、私が調べた中で個人的に推したいのは、名門・出羽海部屋にルーツがあるという説。今の近代的な相撲協会を作った一人である常陸山さんという大横綱がいまして。100人ぐらいいた自分の弟子の食事をまかなうのは大変だったそうで、合理的な鍋料理を取り入れた。そこで料理を作っている古株のお相撲さんのことを〈ちゃん公〉って呼んでいたらしいんですね。なので、その〈ちゃん公〉という人が語源だと。その方のお孫さんが千葉にいらして、実際に話をうかがったこともあるんで信ぴょう性もあるんですよ。
▲今回は、都内・神楽坂にあるちゃんこ店「黒潮」にて話をうかがった
── お相撲さんが「ちゃんこ鍋」を食べる理由は?
調理も簡単だし、一度にたくさんの量を仕込めるという利便性もありますが、何より一番の理由は栄養価が高いということ。相撲診療所の栄養士の先生によると、鍋料理ほどすぐれた食事はないそうなんですね。他の料理では野菜の栄養が溶けた汁を捨ててしまうけど、鍋はその中に全部閉じ込めちゃう。体も温まるし、「ちゃんこ鍋」はスーパー料理なんですよ!
▲ちゃんこ店「黒潮」の店内にて。ちなみに琴剣さんの後ろにデカデカと描かれた相撲部屋のイラストはご本人が手がけたもの
▲イラストの中には、部屋の厨房でせっせと「ちゃんこ」を作る力士たちの姿も
部屋の数だけ味付けがある
── お相撲さんは、毎食「ちゃんこ鍋」を食べているイメージがあります。
実際はちょっと違います。お相撲さんって、朝ごはんは食べずに昼と夜の1日2食なんですけど、本場所がない時期は、稽古終わりの昼ごはんは鍋ですが、夜は焼き魚とご飯とか、カレーライスとか一般の家庭と同じようなメニュー。だけど、本場所期間中は夜も鍋を食べる。なぜかというと、場所が終わって親方が帰ってきてから、夕飯時に反省会があるんですね。「ちゃんこ」を食べながら、その日のダメ出しなど親方から直接指導を受けるというのが習わしになってますから。ちなみに部屋でのご飯はみんな床に座って食べるんですが、それは親方がきちんと食べてるか食卓を全部を見渡せるからなんですね。
── 「ちゃんこ鍋」の味の傾向は、部屋ごとに違うと聞いたことがありますが。
部屋ごとにも違うし、時代とともに変わってきていますね。たとえば親方の出身地によって変わってくることも多い。私が現役時代に所属していた佐渡ヶ嶽部屋は北海道出身者が多かったから、力士の家族から北海道の名産がいろいろ送られてきて、そういった食文化が鍋はもちろん、他に食べる料理も味にも影響していくんです。私は出身が九州なので、相撲部屋に入って初めてこんな食べ物があるんだって知りましたね。
── なるほど、親方や所属力士の出身地が関係している場合もある、と。
それに曙とかハワイ出身の力士が入ってくるようになって、「ちゃんこ」の味もガラッと変わりました。「ちゃんこ」にウインナーやソーセージを入れるようになったのは画期的でしたね。ちなみに魚肉ソーセージは、最強の出汁が出る食材ですよ! 私も「ちゃんこ鍋」の講習をやる時には、具材として魚肉ソーセージを入れることをオススメしてます。
▲「この黒潮はとにかく料理がなんでもうまい」と琴剣さんがおっしゃるので、とりあえず刺し盛り(通常は3点盛りで1,890円、5点盛りで2,380円)をオーダー。当たり前だが、見かけどおりにうまかった
白鵬関がいちばん苦手な食べ物とは
── 外国人力士はどうなんでしょう。彼らは最初から「ちゃんこ」が食べられる?
みんながみんな最初から食べられるわけじゃないですよね、さすがに。外国人力士はまずお米になじむのに苦労するそうです。鳴戸親方(元・琴欧洲)なんて、最初は米粒がロウソクのろうをハサミで切ったものにしか思えなかったらしいですよ。ボソボソして味がないと。食べられないから、ご飯に牛乳かけてむりやり食べたりね。でも、今は白飯がないとはじまらないってぐらいにお米好きになってる。塩辛や納豆をご飯の上に乗せて食べてるぐらいですからね(笑)。
── 食文化がまるで違う国からやって来るわけだから、最初は大変でしょうね。
モンゴル人の力士はなぜかカレーライスが嫌いっていう人が多い。白いご飯に何かをかけて食べるっていうのが納得いかないらしいです。あと、彼らはあんこも嫌いですね。白鵬関がこの世で一番嫌いなものは小豆だそうですし。
▲鹿児島の郷土料理である、黒豚とんこつ(1,410円)も絶品!
マツコも絶賛したサイドメニュー
── 現役力士で一番グルメだと思うのは?
うーん、食にこだわりのある人は多いですよ。たとえば肉だったら、豪栄道関とかね。とにかく肉しか食べない。二子山親方(元・雅山)と一緒に全国の肉を食べ歩いているって聞いてますしね。先日出版した『相撲メシ』の取材で福岡の〈牛王〉ってお店に一緒に行かせてもらったんですけど、豪栄道関に食べながら話を聞こうとしたら「しゃべらないで食べて! 火がどんどん入っちゃうから!」って注意されました(笑)。
── 琴剣さんが食べた歩いた中で、「ちゃんこ」がおいしい部屋を教えてください。
やっぱり私がいた佐渡ヶ嶽部屋だと思います。鍋はもちろんおいしいけど、サイドメニューがとくにおいしくて。〈唐揚げのタルタルソースがけ〉はマツコ・デラックスさんも絶賛していましたね(『マツコの知らない世界』2017年5月2日オンエア分、出演時)。もちろん他においい部屋はありますよ。たとえば立田川部屋は毎日築地に仕入れに行ってるんですが、一流料亭に卸すような大間の立派なまぐろを仕入れてくる。
── なんと。それは自然と舌も肥えてきますねぇ。
あ、そういえば名古屋場所の時に食べた、高田川部屋の〈名古屋コーチンのとりすき〉も感動だったなぁ。市販のだしを使わず、日本酒を火で飛ばして、味付けは醤油と砂糖だけ。出来上がったら、名古屋コーチンの卵を箸でパッと切るぐらいに崩したのにつけて食べると、これがめちゃくちゃうまい! ちなみに相撲業界ではすき焼きのことを〈煮食い〉って言うんですよ。
▲「ちゃんこ鍋」は一人前 2,490円。こちらはご主人が九州出身ということから麦味噌を使用
▲深いコクと、自然の甘みが溶け合い濃厚なスープを作り上げる
「ちゃんこ離れ」に危機感
── 他にもオススメの「ちゃんこ鍋」を教えてください!
面白いのは〈イカのちゃんこ鍋〉。タレはマヨネーズのみで、煮上がったイカをどんぶりに入れたマヨネーズにからめて食べるんだけど、不思議とマヨネーズの味がしない。乳化してクリームっぽくなって、イカのうま味がグンと引き立つんです。あれは不思議なおいしさですね。
── 味が想像できないけど、なんかうまそう……。
最近はやっているのが〈相撲部屋の湯豆腐〉。普通の湯豆腐ってポン酢なんかで食べるでしょ。相撲部屋の湯豆腐は、卵の黄身に醤油とかつお節とネギを入れて、それを湯煎して少し固めた〈黄身ダレ〉につけて食べる。これがなんとも絶品なんですよ!
▲「ちゃんこ」の最後は雑炊でシメ
▲クリーミーな雑炊は至福の味。ごっつぁんでした!
── どれも食べたくてたまらないんですが、あのぅ、聞きにくい質問をしてもいいでしょうか。その、「ちゃんこ」がおいしくない部屋っていうのも中には……。
もちろんマズイところもありますよ、どことは言えないけど(笑)。でもそれ以前に、「ちゃんこ」をやらないという部屋もあるんです。それはちょっと衝撃的でしたね。
── 部屋で調理をしないということですか?
だいたい相撲部屋には〈ちゃんこ長〉って呼ばれる役割の人がいて、年齢を重ねて出世コースから外れた力士が、料理の腕を見込まれて引退後に料理の仕事もできるように料理番を任されることが多い。だけどその〈ちゃんこ長〉を置かなかったり、合理的でないという理由で稽古後は仕出しお弁当で済ませたりと、「ちゃんこ」が消えつつある。
── お相撲さんが「ちゃんこ」を食べなくなる時代が来るかもしれない、と。
その可能性は十分あると思います。「ちゃんこ」という文化がなくなる時代が来るかもしれないと、私は憂いてるんです。もちろん改革といって新しいものを取り入れることも大事だろうけど、残すべきものもたくさんある。「ちゃんこ」に限らず、しきたりを教える人は必要なんです。そういう文化の危うさを感じているからこそ、「ちゃんこ」の大切さや素晴らしさを伝えていくことが、相撲漫画家である私にとっての使命だと感じてるんです。
── 琴剣さんの限りない「ちゃんこ愛」が伝わってきます。本日はありがとうございま……いえ、イイ話ごっつぁんです!!
お店情報
ちゃんこ 黒潮
住所:東京都新宿区神楽坂3-6-3
電話番号:03-3267-1816
営業時間:17:00~23:00
定休日:日曜日
ウェブサイト:http://chanko-kuroshio.jp/