「出版不況」は書籍出版のチャンス?書籍編集者と著者が語る出版業界のリアル
社員編集者 兼 個人編集者、フリーライター 兼 フリー編集者が語る「出版業界のリアル」
「いつかは自らの著作を世に送り出したい……」と夢見るライターは少なくないだろう。しかし、出版業界との接点がないと、いくら思いがあってもそのきっかけをつかむのは難しい。
このイベントでは、書籍編集者と著者両方の視点から、現場にいる立場だからこそ知る、出版への具体的な道筋が紹介された。
【登壇者プロフィール】
■ 氏名:滝 啓輔さん
サンクチュアリ出版編集部員 兼 個人事業主。大学卒業後、編集プロダクションを経て、日本実業出版社に転職。『「続ける」習慣』『「やめる」習慣』などの習慣シリーズ、『君を成長させる言葉』『てっぺん!の朝礼』などを担当。
その後、コンサルティング系のベンチャーに転職、同時に個人事業主としても活動開始。現在は、サンクチュアリ出版の社員として、『世界一カンタンな人生の変え方』『とことん調べる人だけが夢を実現できる』を編集、以降も担当作が控えている。
また個人事業主として、『ブレない自分をつくる「古典」読書術』(日刊工業新聞社)のプロデュース、各種セミナー講師、執筆活動を行なっている。 Facebook note
■ 氏名:友清 哲さん
フリーライター&編集者。雑誌やWebに寄稿する傍ら、近年はルポルタージュを中心に著述を展開。最新刊『物語で知る日本酒と酒蔵』(イースト・プレス)では造り酒屋を、『一度は行きたい「戦争遺跡」』(PHP文庫)では戦争遺跡を、『怪しい噂 体験ルポ』(宝島SUGOI文庫)では不思議スポットをと日本中を取材中。
他の著書に『作家になる技術』(扶桑社文庫)、『片道で沖縄まで』(インフォバーン)、『R25 カラダの都市伝説』(宝島SUGOI文庫)など多数。プロボクサーライセンスを持つボクシングオタクにして、世田谷区内でBARの共同経営なども。 Twitter
■ 氏名:宮脇 淳さん
1973年、和歌山市出身。雑誌編集者を経て、25歳でフリーライター・編集者として独立。5年半の活動後、有限会社ノオトを設立した。現在は、「品川経済新聞」「和歌山経済新聞」編集長、東京・五反田のコワーキングスペース「CONTENTZ」管理人を務める。
企業のオウンドメディアづくりを中心に、コンテンツメーカーの経営者・編集者として活動中。著書に「思いどおりに働く20代の新世代型仕事スタイル」(NTT出版) Twitter
宮脇:今回は「出版業界のリアル」というテーマで、社員編集者 兼 個人編集者の滝さんと、フリーライター 兼 フリー編集者の友清さんにお声がけしました。滝さんは、書籍編集者としてのキャリアがかなり長いですよね?
滝:そうですね。22歳から15年になります。書籍編集一筋で、本だけを作ってきました。これまでに、100冊くらいは作っていますね。
宮脇:すでにベテランの域ですね。出版業界の裏側ものちほどお聞かせください(笑)。そして、友清さんはもともとライターさんで、私と同じ99年にフリーランスになりました。それが私より1カ月早いというだけで、やたら先輩面をするんですよ。
友清:僕が先輩、宮脇さんが後輩です(笑)。僕はお二人と違い、基本的にひとりで仕事をしています。ライターさんの記事を編集することもあれば、自分の本を書いたり、いわゆるゴーストライターとして執筆を代行したりもしますね。端的に言えば、「ひとり編プロ(編集プロダクション)」状態かな。
宮脇:今回は本を出したい方も参加されているので、後ほどQ&A形式で、具体的なお話もできればと思っています。
「出版」の裏側にある、企画立案の攻防
宮脇:一般的な書籍の制作は、出版社で企画を立てるところから始まりますよね。この「企画」は、誰がどのように決めるのでしょうか。
滝:企画の出し方は、会社によって異なると思います。まず編集部中心で行ない、営業部を加えてさらに会議を行って通った企画を本にする会社もあれば、上層部だけで会議をする会社、企画書を役職がある人に回してハンコをもらっていくなどの会社もあるみたいです。
共通するのは、どこの会社もキーマンが決まっていることでしょうか。本当に企画を通したいときは、先にそういった人に話をつけるべきだと思います。
友清:さまざまな出版社とお仕事をしてきましたが、出版社ごとに編集者の仕事も全然違いました。会社によっては、書籍だけを担当する編集者もいれば、ムック本や雑誌を出しながら書籍に携わっている人もいます。
滝:具体例を挙げると、僕が所属しているサンクチュアリ出版は、編集長と7人の編集部員がいます。まず編集長と編集部員でブレストをしてから、正式に企画を出します。そのあとに、営業も加わって会議をするという流れです。
宮脇:ちなみに、「年間に何冊出版する」と決めて企画を出しているんですか?
滝:サンクチュアリは少し変わっていて、月に1冊しか本を出さないんです。他社では部数を公表しないのが一般的ですが、はオープンにしていて。例えば、この本(『世界一カンタンな人生の変え方』)だと初版が1万8千部でした。
宮脇:初版って、普通は5,000刷くらいですよね
滝:今はもっと少ないんですよ。出版年鑑を調べたら、2015年に出た単行本の部数は1冊あたり平均3,000部くらい。10年前のデータでやっと5,000部くらいでした。
宮脇:そんなに少ないんですか。
滝:部数の少ない学術書など含めて3,000部なので、一般的な出版社はもう少し上がると思います。とはいえ、十数年間で初版が1,000部以上減っているということは、出版業界はデータから見ても相当厳しい状況だと思います。その中で、「サンクチュアリなら、初版1万部必ず超える」というのは強みにもなりますが。
宮脇:月1本、初版1万部ってかなりリスキーですが、思うように売れなかった本などはありませんか。
滝:2016年3月時点で、サンクチュアリでは出した本の11%しか1万部未満の本はありません。かなりよい方じゃないでしょうか。どれだけ刷るか、どれだけ売り上げを伸ばせるかは、会社によってまちまちですね。
宮脇:逆に、多い出版社だと、年間何作品くらい出版しているんですか?
滝:一昨年の数字だと、KADOKAWAさんは4,000点を超えていましたね。
宮脇:本を出したいと考える書き手が出版社を選ぶ場合、たくさん新刊を出しているところを選んだほうがいいのでしょうか?
滝:そうですね。たくさんの新刊を出していれば、その分、出版までのハードルも低くなるので。逆にうちは、年間12冊しか出さない上に、その高いハードルに社員である僕ら自身も苦しんでいたりするんですね。そこに外部から企画を1本でも入れ込むって、相当難しいんですよ。
宮脇:友清さんのように実績のある方だと、出版社側から「企画を出して」と言われるんですか?
友清:そうですね。ただ、僕の場合は長くやっているからか、編集者と飲みながら企画が決まることが多いです。それを翌日書面にまとめて、会社の会議に出してみて。通るかどうかはわからないですけどね。
宮脇:企画が通りやすいタイミングってあるんですか?
友清:あると思います。滝さんのところは月1冊がノルマですが、たとえば部署の年間売上げ目標が何千万円といった数字に沿って企画を立てる出版社も多いんですよ。
この場合、期末に近づいてノルマに届かないと分かると、慌てて「何か企画ない?」と聞かれたりします。そういったタイミングは狙い目で、ずっと通らなかった企画がスルッと通ることもありますからね。
宮脇:編集者側からみても、よいタイミングってあるんですか?
滝:ありますね。3月が期末という会社が多いので、作る時間も含めて逆算すると、年末の少し前が狙い目かもしれません。あまり期末すぎると出版社も嫌がるんです。というのも、期末にはいろんな出版社が新刊を出すので、書店には大量の新刊が届きます。
書店で扱える本にも限りがありますから、書店側が売れないと思った本は「即返」といって、箱から本を出さないで出版社に戻してしまうこともあるんです。
宮脇: えー、せっかく作った本が棚に並びもしないって、すごい話ですね……。
「本を出したい人」ほど、本が出せない? 出版される企画とは
宮脇:みなさんが一番気になる話題だと思いますが、まだ出版経験のないライターが企画を持ち込むには、どうしたらいいのでしょうか。
滝:出版経験がある人に、編集者を紹介してもらうのがいいと思います。編集者は著者に弱いので、一緒に仕事した著者から「こういう人がいますよ」と紹介されたら、とりあえず企画書は見ますから。
宮脇:今日みたいな交流会で本を出されている方と友達になったり、滝さんや友清さんを経由したりすれば、他の編集者に会えるものですか?
滝:会えるかどうかはわからないです。持ち込んでくださった方全員と会っていると、編集者の通常業務が疎かになってしまうので。会うのではなく、「まずは企画書を見せてください」と言われることが多いはずです。どうしても会いたい場合は、エージェント(仲介者)にお金を払えば編集者を紹介してくれます。
宮脇:エージェントなんてのがいるんですね。
友清:僕はエージェントってわけではありませんが(笑)、出版社とのツテを探すなら僕みたいに本を出している人間に当たると手っ取り早いのは確かです。ただ、むやみに「本を出したい」と声をかけてくる人の企画がトントン拍子にまとまった例は、あまり聞きません。
それなら、夜飲み歩いているときなどに出会った面白い人の方が、本になるネタを持っているんじゃないかな。たまたま出会った人との雑談から企画が生まれ、それが本にったことは何度もありましたから。
宮脇:「本を出したい」と声をかけてくる企画者は、なぜ上手くいかないんでしょう?
友清:「どうして本を出したいのか」という動機が、出版社の意向と違っているからではないでしょうか。1冊の新刊を出すために、出版社は1,000万、2,000万というお金をかけています。
にもかかわらず、ほとんどの企画者は、「出版社に数千万円の博打をさせている」という意識を持って企画を立てていないんですよね。そういう方から「本を出したいんですけど」と言われても、うかつに関わらないほうが無難だと考えてしまいます。
滝:本来、面白そうな人を探すのは、編集者の仕事だったんですよね。でも、毎月の発刊に追われている編集者は、忙しくて面白い人を発掘する時間がない。
そこで、エージェントの力を借りることが多いんです。よくあるのは、エージェントから直接「こういう人がいるので話を聞いてもらえませんか」と連絡が来るパターンと、コンペ形式で企画がほしい編集者に手を挙げてもらうパターン。
お手伝いをしていただいたエージェントは、プロデュースや編集協力といった形で本に名前が入っていることが多いです。
ほとんどの企画書は、実は「見てもらえない」
宮脇:出版社に自分で企画を持ち込む場合、他にはどんなルートがありますか。
滝:大前提として、持ち込んでも見てくれない会社があるのを覚悟しなくてはなりません。大手になればなるほど持ち込みの量が多く、見ているだけで仕事の時間を取られてしまう。
企画書を見ずに新しい封筒に詰め直して、読まずに送り返すところもあると聞きました。サンクチュアリにもたくさんの持ち込みがありますが、誰が見るか決まっていないことが多いですね。
宮脇:持ち込みの受付担当などは決まっていないんですか?
滝:得意なジャンルによって企画書が振り分けられることもありますが、「滝さんが忙しそうだから○○さんに見てもらいました」というケースもあったので、直接の持ち込みでどんな編集者に当たるかは運頼みです。
友清:ある出版社では、編集部の片隅にあるロッカーの上に企画書が詰められた箱があって、「誰か読んでください」と書かれていました。ホコリが積もっていたので、ほとんど手をつけてないと思います。
滝:捨て猫みたい……。
宮脇:これが実情なんですね。
滝:見てくれない出版社には、いくら持ち込んでも見てもらえないです。一方で、今はサイトで「企画持ち込みOK」と銘打っている出版社を探すことができるので、そこに送るのが賢明だと思います。ただ、自費出版の会社もあるので注意が必要です。
宮脇:「こうしたら見てもらえる!」という秘策はありますか?
滝:秘策ってほどではないですが(笑)。僕が著者の立場だとして、どうしても出したい企画なら、「こういう企画があるのですが、持ち込みOKですか?」とあらかじめ出版社に電話をするでしょうね。
人によってはメールで企画書を送るための連絡先のメアドを教えてくれるし、紙で郵送してくれと指示をもらう場合もあります。
宮脇:電話でコミュニケーションをとると、編集者も「それなら見ようかな」と思うものですか?
滝:編集者に責任感が出てくるんじゃないでしょうか。企画書ってFAXのプレスリリースと一緒なんですよね。宛先が書いていないリリースは、誰が読むか責任も生じないから捨てられるじゃないですか。
でも宛先が入っていたら、「見なきゃ」という気になる。同じように、編集者を指名してから企画書を送れば、見てもらいやすくなると思います。
宮脇:なるほど。編集者を指名するとして、編集者の名前を知るにはどういった手段がありますか?
滝:今日のようなセミナーや出版記念パーティに行くという方法もあるし、最近ならSNSでつながることもできます。あとは、気に入った本の編集担当を見て、直接名指しで送るという手もあるかもしれません。
ただ、指名するときは相手と企画との相性を見たほうがいいですね。以前いた日本実業出版社に婚活本の企画書が送られてきたことがあるのですが、ビジネス書がメインの出版社だったので、婚活本はまず出版されないんですよね。
「こういう本を出している編集者なら、この企画も好きかな?」と想像を働かせて企画書を送った方が、受け取った編集者も興味が出やすいと思います。
宮脇:滝さんは、SNSを通じて出版につながった経験はありますか?
滝:ほとんどないですね。来たとしても僕は、「企画書を送ってください」としか言いません。ただ1回だけ、中村仁さん(※)のセミナーをウェブで見ていた人から、突然「滝さんこれ好きじゃないですか」と連絡が来たことがあります。
結果として、それまで面識がなかった著者と本を出すことになりました。待っているだけではいい企画は来ないので、SNSでは受信よりも発信が重要かもしれませんね。
※飲食店向け予約/顧客台帳サービスの開発・販売をする株式会社トレタ代表
宮脇:こうやってリアルな話を聞いていると、自力で企画を持ち込むのが無謀のようにも思えてきました。
友清:そうなんですよね。ただし、出版社がいつでも企画を求めているのも事実です。編集者がどんどん企画を出さないと、新刊が出ずに売上が伸びません。企画が通らず、ノルマを達成できない編集者は山ほどいるので、「企画書は何枚来てもいい」と考えている書籍編集者はたくさんいると思います。
書籍出版に欠かせない企画書の「4T」とは
宮脇:滝さんが、編集者に企画書を送る際に、必要な最低限の要素をまとめた資料を作ってくれました。これは企画書を書くためだけでなく、本を出版するために考えておくべき要素ですね。
滝:最低限のポイントに絞ると「タイトル、テーマ、ターゲット、著者、タイミング」の5つ。あとは類書でしょうか。
宮脇:類書をそこまで気にしているのは意外でした。企画者側からすると、類書がない「一番乗り」がいいんじゃないんですか?
滝:類書がないビジネス書なんて、ほぼないと思います。自分が知らないだけで、必ずどこかから出ているもので。
滝:僕が企画書で特に大事にしているのは、「テーマ、ターゲット、著者、タイミング」の4要素です。ここで言うタイミングとは、「なぜこの企画を今出すのか」。これは現場の編集者は必ず聞かれることなので、なんらかの理由をつけておいた方がいいです。
宮脇:この「企画の4T」を抑えておくとよい、と。
滝:普通の編集者なら、これだけでも「自社から出すべきかどうか」は判断がつくと思うんです。もちろん「面白いかどうか」は、会って話を聞いてみないとわかりませんが。
宮脇:「書籍のタイトル」が入っていないことが気になりました。
滝:もちろん大事ですよ。ただ、僕はライターの方が、最初から良いタイトルをつけられることは少ないと思っているので、企画書の段階ではそれほど重要視していません。余談ですが、企画が通り、正式にタイトルをつけるときも、あくまで参考として聞くというスタンスです。
友清:出版社によりますが、そういうところが多いですよね。僕は「餅は餅屋」だと思っているので、タイトルや装丁などはあまり口出ししないようにしています。
滝:例えば、著者の方の意見を尊重して、編集途中でタイトルを短くしたらデザインのバランスを変えなければいけない。スペースがあいたぶんビジュアルを入れようとか、帯のコピーを増やそうとか、編集者は装丁全体を考えています。
ライターさんは「こういう案がいいんじゃないですか」とは言えても、それがデザインに与える影響だとか、とにかく全体のことについては考えづらいかなと。
友清:あ、ただし、売れている書き手は別ですよ、なんでも通ります(笑)。
滝:もし企画書の段階で編集者に伝わりやすいタイトルをつけたい場合は、「自分がこういうタイトルで出版したい」というものよりも、パッと見て本の内容がわかるタイトルにした方がいいでしょう。
編集者は、エージェントからもらう企画も含めて、1日数十本の企画書を見ることもあります。企画書の山に埋もれないためにも、わかりやすいタイトルがいいと思います。
友清:企画書に載せるのは「書籍のタイトル」というより、「企画書の見出し」ですね。
ライターは書籍出版に夢を持つべきか
宮脇:無事に書籍を出版することになれば、それを本業にしたいと考える人も出てくるでしょう。しかし、今まで多くの書籍を出版した友清さんでも、雑誌やウェブでもお仕事を続けていますよね。なぜでしょうか?
友清:正直、書籍だけで食べていくのは、あまり現実的ではないと思っているからですね。
宮脇:書籍だけでは稼げないんですか? 本を出したらウハウハなのでは、と思っている人も多そうですが。
友清:基本的に初刷分の印税は必ずもらえますし、それが何かのきっかけで何万部というベストセラーになる可能性もゼロではありません。労力を無視すれば、本を書くのはローリスクでハイリターンが見込める商売かもしれない。
でも裏を返せば、いくら稼げるかは未知数なんです。やっぱり、ライターとしての生活基盤はウェブや雑誌の仕事で成り立たせておくことが前提だと思っています。宝くじより割がいいというレベルで、決してウハウハではないんですよ。
宮脇:生々しい話ですが、印税は一般的に10%が相場ですよね。いまはもっと低いケースも増えてきたようですが。仮に初版の5,000部を1,000円で販売すると、売り上げは500万。そこの10%なのでライターには50万が入るということですね。確かに、一般に想像されるよりは少ない金額かもしれません。
友清:僕の場合、書籍の印税はボーナスだと割り切っています。肩ひじを張らない方がいいと思っていて。出版に生活をかけてしまうと、面白い企画を出せなくなって、結果的に企画が通らないのでは、と。
宮脇:なるほど。他にお金の面で気をつけるべきポイントはありますか?
友清:最近は、「増刷分からは実売部数の分しか印税を払いません」という契約も増えてきているみたいで……。幸い僕が今まで付き合っていた出版社は、刷ったら刷った分だけ印税を払ってくれていたので、他人事だと思っていました。
そうしたら先日、ある本の契約書に「二刷以降の印税は実売部数のみ」と書いてあったんですね。「ついに来たか」と思いました。
宮脇:ちょっと待ってください。刷り部数じゃなくて実売ベースになると、売れるのを待ってから印税が支払われるということですか?
友清:そうなんですよ。書籍だと、振り込みサイクルが長くなってしまうのはしょうがない。こういうことがあるので、ライターは書籍を生活のベースにしちゃいけないと思うんです。忘れたころにチャリンと口座に入ってくるくらいが、ちょうどいいのかなと考えています。
滝:もし書籍で生活していきたいのなら、早く書くスキルが必要ですね。「ヒット&ラン」というか、どんどん企画を出して書いて、自分で振り込みサイクルを短くしていくしかないです。
友清:ただこの実売ベースの話を聞いたときは、単純にお金の問題よりも、「出版社が一緒に勝負をしてくれなくなったんだな」と寂しくなりましたね。
宮脇:というと?
友清:売れても売れなくても刷った分すべての印税を支払う契約だと、出版社もリスクを背負うことになるので、「売らなきゃ!」と頑張ってくれるじゃないですか。
しかし、実際に売れた分しか印税を払いませんという契約内容は、いわば出版社側のリスクヘッジ。今後はこの形が主流になっていくのかもしれませんが、そうなると書籍を出すことはますます、食い扶持を稼ぐ手段というより、実績を形に残すことに重きが置かれるようになっていくかもしれません。
宮脇:「この本を出しているライターです」と名乗る手段として、本を広告塔にする、と。出版では、もう夢を見られないのでしょうか。
友清:僕は基本、書籍を出すことは夢があるし楽しいことなので、全力でおすすめします。でも、夢を見てばかりはいられません。本を1冊出したところで、ヒットしないかぎり世界は変わらないですから。
その代わり、書き手としてはいろいろな経験ができます。例えば日本酒の本を出したときは、掲載した酒蔵が「御礼」とのしが付いた新酒を送ってくれたりして、「本出してよかったー」って思いましたね(笑)。
宮脇:現物支給ですね(笑)。滝さんはこの点、どうお考えですか?
滝:出版業界自体が衰退しているのに加えて、出版業界の常識も揺らぎ始めています。また、サンクチュアリのような歴史が浅い出版社は、これまでの慣例にとらわれない部分もあります。今後は電子書籍で顕著な、売れた分だけ払うというデジタルなビジネスモデルがさらに増えていくと思っていますね。
宮脇:より一層、契約内容の確認が必要ですね。
滝:そうかもしれません。僕の場合はもめたくないので、仕事相手に最初に言うようにしています。「うちのスタイルはこうで、この本だとこれくらいの部数を刷れて、他社と比較してこのくらいのお金が入ります」といった言い方をして。ただ出版業界は、全体的に契約書が出るタイミングが遅いという問題がありまして……。
宮脇:書籍の完成間近にようやく、とかですよね。
滝:一般的なビジネスの場だと契約を最初に結んで、それにあわせて仕事をしていきますが、出版業界は最初に契約を交わさないケースが多い。結果的に、ずるずると契約書が出るタイミングが遅れていくので、不安な場合は最初に確認して、内容を弁護士などに相談した方がいいと思います。
友清:僕はもう、契約書なんて形だけのものだと思っていました……。
滝:編集者自体がゆるいんですよね。ともすれば、編集者も契約をちゃんと理解しきってない場合もあるので、細かく詰めていった方がいいと思います。
宮脇:契約にゆるい部分がある一方で、出版社は著者の著作権に関する配慮がとにかく厚いように感じます。
インターネット中心で記事を書いていると、著作権でケンカするんですよ。ネットで書いた連載が本になる可能性が出てきて「著作権はうちだ」なんて言い出してもめることもあるんです。難しい問題ですが。
滝:プラットフォームを持っている会社が一番強いんですよね。難しい。
宮脇:ただ、どこかで連載したものをまとめて本にすると、あとから報酬がもらえるので結果的にプラスになる、ということはありますよね。電子書籍がもっと広まれば、ウェブで連載したものがもっといい形で売れる新しい流れができるかもしれません。
出版不況は、ライターにとって書籍出版のチャンス!?
宮脇:滝さんは編集者として、どんな著者を探していますか?
滝:仕事をご一緒する人にしか見せていないのですが、「こういう人と仕事したい」という条件を書いた資料を作っているんです。この条件に合致した著者を探しています。
友清:本人は手元で隠していますが、僕の席から中身が丸見えです(笑)。
滝:ちょっと、僕がイヤな奴みたいじゃないですか(笑)。これには、きちんと理由があるんです。
サンクチュアリでの僕のノルマは、今のところ、年間で4冊だけなんですね。ということは、10年働いても40冊。定年間際まで20年間いても80冊しか作れないんです。
これって、思ったよりも少ないということに途中で気がついて。この資料には、「80分の1の仕事になるならこういう人がいいな」と思うポイントが書いてあります。
宮脇:気になります(笑)。教えられる範囲で教えてもらえますか?
滝:そうですね、例えば「読んだ後に仕事や人生が楽しいと思えることが書ける人」というのがあります。
世の中にはいろんな本があっていいと思いますが、僕が80分の1のワクを使ってまで「仕事や人生がイヤになる本」を作る必要はないな、と。他の項目も、「残りの人生でこの人と仕事をしたいかどうか」が基準になっています。
宮脇:なるほど。友清さんはフリーの編集者としても活躍されていますが、編集者としてどのような企画を探しているんですか?
友清:「この人に書かせたら面白そう」というよりも、「この人にこういうテーマを与えたらインパクトがあるな」という目線で企画を採用しています。企画が通るかどうかは、賭けではありますが……。
宮脇:その場合、著者探しはどうしているんでしょうか?
友清:僕は少しでも気になった人には、雑誌などの企画を絡めてすぐに会いに行くようにしています。たとえば以前、気になる若手の作家さんに会うために、インタビュー企画を作って遠方まで行ったら、ものすごくウマがあって。それから長い付き合いが始まり、これまで何冊もその方の本を作ることになりました。
宮脇:編集者として、いつでも著者さんにアプローチする姿勢を持っているんですね。
友清:そうですね。一緒に面白いことができそうな人かどうかは、会って雑談すればすぐわかると思うんです。それが高じて、面白い人に出会うためにバーを始めたほどで。もともと通っていたバーに、出資者として経営参加したかたちですけど。
宮脇:ライター兼編集者兼、バーのオーナー。
友清:実際、僕が経営にかかわるようになってから、編集者や作家の人が来てくれるようになったし、打ち合わせの時に使ってくれるようになりました。この調子で、編集者とか業界関係者を増やしていって、出版サロンみたいになったら楽しいなと思っています。
滝:編集者とライターのリアルな場でのつながりですね。昔のゴールデン街のような。
友清:ゴールデン街は観光地になってしまいましたが、そういう縁づくりの場にできたらいいと思っています。やっぱり、いきなり企画を持ち込んでも、一発で目を引くネタはそうそうないんですよ。だとしたら、まずは編集者とライターの縁づくりをすることで出版に近づくんじゃないかと。
宮脇:ライターとしては、編集者と直接話して、自分自身や自分の得意ジャンルに興味を持ってもらうということですね。
友清:そう。ご縁があれば、違う企画の執筆を振ってくれる可能性もあるし、いい仕事をすれば次の仕事に発展する可能性もあるんじゃないでしょうか。
宮脇:ご縁で思ったんですが、ライターさん自体は増えているのに、「いいライターさんを紹介して」とよく聞かれますよね。安心して任せられる人が少ないというか。
滝:仕事一つひとつのスパンが短くなっていて、ライターさんにも成長のスピード感が求められてきているからだと思います。僕はたとえ、初めてのライターさんとのお仕事がうまくいかなくても、もう1回はお仕事をするようにしています。
ただ、フィードバックしたポイントが直らずに、2回目も同じクオリティだとそれ以降のお仕事は続けるか考えてしまいますね。だからこそ、成長のスピード感が欲しい。
残念ですが、腰を据えて育てるという余裕が現実的にはないので、そのスピード感がないと指名をもらい続けるのは難しいんじゃないかな。
宮脇:スピード感のあるライターさんが足りていない、ということですね。友清さんはそんな業界で十数年も生き残ってきたわけですが、出版の環境は悪くなってきたと感じますか?
友清:出版不況やライター不足などの問題はありますが、本自体は絶対に出しやすくなっているんですよ。昔に比べて売れなくなったので、その分たくさんの本を出していかないと、出版社は売上げを維持できない。だから、より多くの企画が求められているんです。
長年やってきてコツを掴んだということもあるかもしれませんが、20代のころは企画書を20本書いて1本通ればいい方でした。それが今は3~4本に1本は実現するようになった気がします。
今ちょうど出版業界が過渡期にあって、ライターにとってはチャンスが巡ってきているんです。5年後や10年後にどうなるかは不安ですが、書き手にとっては楽しい時代なんじゃないでしょうか。
会場からのQ&Aコーナー
質問者:「滝さんが一緒にお仕事をしたい著者の条件で、先ほどの話に挙がった以外でひとつ教えていただけないでしょうか。
滝:常日頃から言っているのが、「僕にジャッジを預けられる」です。以前、著者と書籍の装丁のデザインで議論になったことがあるんですね。
先ほどもありましたが、編集者は全体を見て最終決定をしています。「どうしたら売れる本になるか」という点では、著者よりも編集者の方が経験の蓄積もあり、正しいジャッジができるはずだと思っています。
宮脇:書籍はタイトルや装丁によって、売り上げがガラッと変わりますからね。
滝:あまり決めつけたくはないですが、本が売れている人ほど編集に任せてくれることが多いんですよ。おそらく、任せることで自分の実力以上のものを出せたという経験があるから。著者としてこだわりたくなるのももっともですが、ぜひここは信頼して編集者に任せていただきたいです。
質問者:「企画書において、著者の経歴とネームバリューはどのくらい重視しますか?」
滝:経歴をもっとも重要するのは、ビジネス系の書籍だと思います。最近は経歴詐称が話題にもなったので、今後はプロフィールをしっかり吟味することになるでしょう。経歴が怪しい場合は、裏を取るなんてケースも出てくるかもしれません。
宮脇:雑誌編集者は発行までのサイクルが短いからか、記事が多岐にわたるからか、疑い深い印象がありますね。「嘘ついているかな?」という目でまず見る。イヤな見方ですけどね。
滝:書籍編集者が最初から疑っていたら、半年1年という長い期間を一緒にお仕事できなくなってしまうんです。だから書籍編集者は、まずは信じますね。
宮脇:ネームバリューはいかがですか?
滝:正直、ネームバリューは本の売り上げには直結しません。例えば、ほとんどネームバリューのない著者の処女作でも、5万部以上のヒットを記録したことがあります。逆に、ネームバリューがあっても売れないときは売れません。会社の方針にもよりますが、最終的には企画の良し悪しを見ると思います。
宮脇:ネームバリューがない人も、面白い企画があれば出版できるということですか?
滝:出版自体は可能かもしれませんが、そこに「売れる・売れない」の問題も絡みます。考え方は人それぞれですね。
ネームバリューのない人が本を売るためには、ギャンブル的に本を出して自分のバリューをあげていくか、売れそうになってから本を出すかという2つの選択肢があります。
僕は保守的なので、もしも自分が本を出すなら、どれくらい売れるか想定できる程度に自分のバリューをあげてから出版すると思います。普段「売れる企画の作り方」みたいな講演をしているのに、自分の本が売れなかったら恥ずかしいので(笑)。
友清:僕は逆ですね。自分のバリューを出すことについては興味がない。
それでも、本を出せるんです。名前で売れてイロがつくと、読者に飽きられたときに一気に本が売れなくなるかもしれない。だから、名前ではなく、ネタを売って地道に細々とやっていこうと思っています。
宮脇:友清さんの話を聞いていて、必ずしも世間一般に広く知られることだけがバリューじゃないと思いました。友清さんって、業界内の評価がめちゃくちゃ高い。業界内の身近なファンをつくっているから、いろんなお仕事の話が舞い込んで来るんじゃないでしょうか。
友清:決してメジャーにはなれないんですけどね(笑)。
ライター交流会まとめ
「出版」は漠然とライターの目標になることがある一方、その具体的な筋道はなかなか見えにくい。しかし、このようなイベントで引き出した先人たちのノウハウを実践すれば、出版もより現実味を帯びるのではないだろうか。
出版不況と言われる中、本を出すチャンス自体は増えているそうなので、ぜひ、夢のままで終わらせず、行動に移してみてほしい。
(ミノシマタカコ+ノオト)