日本人にとって、ブレーンストーミングは苦手なものの一つでしょう。

ブレーンストーミングは、メンバーから様々なアイデアをひねり出し、次の製品、サービスの開発につなげる方法です。

ここで大事なことは、
  • どんな突拍子でないことでも受け付ける
  • アイデアに対して、さらにアイデアを追加することも許す
  • どんどん多くのアイデアを出す
  • 結論、批判、反論、反対をしない
という4点を守ることです。

しかし、日本人にはブレーンストーミングが苦手だという人が比較的多くいます。
その大きな理由は、「日本人が批判、反論が大好き」だというところにあります。

出る杭を打ちたい日本人

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「出る杭は打たれる」「右へならえ」「長いものには巻かれろ」ということわざがあるように、日本人は集団全体が平等で同じ方向へと動くことを望む傾向にあります。
これがいいように働くのは、災害の際の助け合いの精神になるわけですが、日常においては、ちょっとでもはみ出た人間を闇雲に批判、叩く方向に働きます。

「知ったかぶり」の落とし穴

そして、もう一つの要因になるのが、「知ったつもりでいる」ことにあります。
自分は学校で勉強を終えたから、仕事で長年の経験を持ったから、自分は十分知識を得ていて絶対的だ、という思い込みを前提に考えるのです。

そうしてしまうと、自分の考えに合わないものは「悪」と見なし、たとえそれが優れた画期的なアイデアであっても、叩いて潰そうとしてしまうのです。

こうした考え方は、後ろ向き、ネガティブな考え方と言えます。 
特にブログやSNSなどで、個人が自由に書き込めるようになると、どうしても先に意見として「批判」「非難」「糾弾」が出てしまいますが、その根本には、ネガティブな考え方が根底にあると言えます。

知ったつもりでいることを別な言い方をすれば、養老孟司先生の著書にも書かれた「バカの壁」が高くそびえている、とも言えます。

これを打破するにはどうすればいいでしょうか?

寛容のこころ

まず、多少の違いを受け入れられるほどの寛容性を持つことです。

巷では、文化の多様性を受け入れよ、という意見もありますが、あまりにも多様になると、まとまりがつかなくなって、秩序が乱れてしまいます。
しかし、それが多少のレベルとなれば、秩序の中でも許容することは難しくありません。 

日本の歴史においても、これまで異民族、異文化が訪れようとも、ただ突っぱねて争うだけではなく、一定の許容、受け入れることによって、さらなる民族、文化の発展、を遂げてきています。

無知の知を自覚する

もう一つの重要なポイントは、「自分は何も知らない」ということを自覚することにあります。

Socrate哲学の祖とも言えるギリシャのソクラテスは、様々な学者との対話の中で、どんな人であっても、完全に物事を知り尽くす人がいないことに気づき、それ以上の知識を持つ自分もまた、まだまだ知らないことが多い、無知の点を自覚するようになりました。 

その上で、「もっと知りたい」 という知の欲求へと発展し、多くの人との対話などを通じて知の共有、蓄積を生涯繰り返していきました。その行動が、哲学へと繋がっていきました。

自分はまだまだ知らないことが多い、未熟だということを自覚し、もっといろいろなことを知りたい、自分を高めたい、という欲求が、他人の意見であってもすぐに批判せず、まず受け入れることを考えられるようになるでしょう。

そうした考え方が集まることによって、自らが前向きになる力、ポジティブシンキングへと変わるきっかけになるでしょう。

これは組織、企業においても同じことが言えます。
今の組織、企業はまだまだ安泰とは言えない。より発展させる、利益を得る上で新しい知恵を得たい、と自覚することで、ブレーンストーミングでも様々な意見を前向きにとらえられるようになるでしょう。

見た目上の日本の景気が回復しても、未だにデフレの状態だと思い込んでいる人たちも、 今までの「中途半端」な知識だけで、「何をやってもダメ」「誰が政治をやっても同じ」「もう終わりだ」というネガティブな判断を持っていることが大きな理由ではないでしょうか。