友人がパワハラに悩んでいる。ヒステリックな女上司に「もう!ぜんぜん違う!本当に分かってない!!」と絶叫されながら資料確認をされた後に、直されたのが句読点だけだったというコントのような日常を送っているらしい。
彼はそのストレスに耐えるために、映画「プラダを着た悪魔」で女上司へと立ち向かう主人公アンハサウェイを、自分に重ね合わせて日々仕事をこなしているのだそうだ。
人は楽しいときも辛いときも、自分と似た境遇にある人の言葉や感情を探したりする。誰かになりきることは、絶好のストレス解消法なのかもしれない。
その友人は酒癖が悪く、2016年リオ五輪直後のある日、泥酔して電柱や壁に激突を繰り返しながら帰宅し、傷だらけとなった自分の姿を、女子レスリング試合後の吉田沙保里と重ねて「お父さんに怒られる〜〜!!!」と明け方に電話で最高に不謹慎なモノマネを披露してきたことがある。
女子レスリングのパワハラのニュースを見るたびに、あの日のことを思い出す。
至学館大学の谷岡学長の会見は強烈で印象深いものだった。
かなり批判ばかり受けているが、私には彼女が、本当に純粋に仲間を守りたいと思っているように見えた。不正を隠すために会見しているのではなく、本当に自分が正しいと思ったことを世に訴えたい、というエネルギーを感じた。
もちろん「パワーのない人間によるパワハラというものがどういうものかわからない」といった言葉に代表される彼女の発言は言うまでもなく世間の常識から外れており、レスリング協会や大学という世界の中で、独自の価値観が形成されてしまったのだろうなと感じる。
社会を作ることで発展を遂げてきた人類は、集団を守るための機能が強くなるように進化してきたのだと言われている。そのせいで、我々は一度集団に属すると、そこでの習慣が外から見ると明らかに違和感を覚えるようなものであっても、それを正義だと信じ込もうとする性質を持っているらしい。
自分の世界を守るためなら、平気で相手を傷つける。罪悪感に負けないように、それすらをも正当化してしまう。そうやって種として生き残ってこれたからこそ今の社会がある。レスリング界も相撲界もきっとそうやって発展してきたのだ。
このように、一見するとたとえ個人にとっては害でしかないと思われるような感情でも、集団の繁栄にとっては価値を持つという考え方が、人類進化学という分野では基礎となっているのだそうだ。
では、ゲイという存在も、人類にとって何か意味を持つのだろうか。
男が男に恋をする。子孫も残せない。そんな感情に、どんな意味があるというのだろうか。
半年ほど前、ある年下の男性と飲み会で知り合った。
彼のふわふわした雰囲気に惹かれて、後日、勇気を出して彼をデートに誘った。
「自分のことを覚えてくれていて、こんな風にメールしてくれるなんてすごくカッコイイですね!」と彼は言ってくれた。カッコイイことなのだろうか...と疑問には思ったが、嬉しかった。
ご飯を食べて、バーに行って、終電まで一緒に飲んだ。
彼は不思議な人だった。
よく喋る人で、子供の頃は超問題児だったらしく、生い立ちを色々と話してくれた。
水槽に魚のエサと間違えてクレンザーを入れて魚を全滅させてしまったこと。クラスで飼っているハムスターを鉛筆に捕まらせて宙に浮かせて地面に落ちていくのを見て遊んでいたら、足が折れてしまってこっぴどく叱られたこと。教室でふざけていたら、給食のスープに上履きを放り込んでしまったこと。
とめどなく話してくれるのがありがたかった。
これは自慢なのだけれどと前置きをした上で、高校に入ってからは人が変わったように勉強をして、ずっと成績が一番だったのだと教えてくれた。
次の日には、前回は自分が話しすぎたから今度はそっちの話を聞きたいと言ってきた。
人に話して面白い生い立ちなどないので、何を話したらいいのか困ったのだが、実は自分も成績が一番だったことを自慢してみた。共通点があることが嬉しくて、それを伝えたかった。田舎に生まれたことは正直不幸だと思っているけれど、そのおかげで色々学べたこともあって、少しは誇りに思っている、というようなことも話した。自分が頑張ったことを、少しでもいいから知って欲しかった。
自分だけ、だいぶ固い話になってしまった。退屈させてしまったかもしれない。少しは面白い話をしなくては...。と焦っていたら、彼が先に口を開いた。
「なんていうか、昔父親から、この世でもっとも怖いのは、無知であることだ。って話されたのを思い出しました。ほら、人って知らないってだけで死んだりしちゃうじゃないですか。」
自分の努力を認めてもらえた気がした。
それから3ヶ月間、ほとんどの毎週末を彼と共に過ごした。 毎日LINEもした。彼のお気に入りのランチの写真が送られて来たりした。
おすすめのご飯屋さんにも連れていってもらえた。開店時間が昼の12時なので、12時に集合しようといったら、行列ができているかもしれないから自分だけ15分前から並んでおくよと言ってくれるような人だった。
毎週毎週彼に会う。夜遅くまで遊んで、駅で別れ、また来週ね、といってそれぞれの電車を待つホームへと向かう。
でも、恋人ではない。手すらつないでいない。なんなのだろうなと思う。
彼と一緒にいると自然と笑顔になる。2人になると上手く喋れなくなる。彼が何を想っているのか、考えるほどに分からなくなる。心には触れられないから、せめて身体に触れてみたいと思う。
あと何回、こんな週末を繰り返すのだろう。いつか会えなくなるかもしれないと怯えながら。その先に何があるんだろう。電車はまだ来ない。
気づいたら走り出していた。彼が電車を待つホームへと向かう。
彼がまだいたら、好きだと告げよう。なんだかドラマみたいだ。月9だったら最終回だ。ちょっと自分に酔ってきた。この勢いでいってしまおう。
人混みを搔きわける。こんなにたくさんの人がいるのに、彼に出会えたことは奇跡だなと、こんな時にキザな台詞が頭をよぎる。階段をくだってホームに降りる。電車の到着を知らせるベルが鳴る。あわてて彼の姿を探す。
いた。見つけてしまった。達成感よりも、観念するような気持ちが押し寄せてくる。
彼の背後に忍び寄る。なんて声をかけたらいいんだろう。心が行動について来ない。
私が声をかけるよりも先に、彼がこちらに気づいた。え!?なに!?とすごく驚いている。このままじゃ完全に不審者だ。殺しに来たみたいだ。
えぇっとえぇっと...と完全にコミュ障みたいになる私。一時期はプレゼンの神とまで言われたこともあるのに。喉に餅を詰まらせた老人みたいになってしまっている。
たくさん知っているはずの彼のいいところが、好きになった途端に上手く言えなくなってしまうのはなぜだろう。何もかもが、言葉に出した瞬間に安っぽいものなってしまう気がする。自分の語彙力が、彼の魅力においつかない。
電車が押し寄せてくる。その音がすべてをかき消してくれる気がする。
彼のことが好きだと伝えた。
彼はまっすぐこちらを見つめたままだった。
電車の扉が開く。彼は電車を待っている時から寒そうにしていた。彼のことを思えば、電車きたよって言ってあげるべきなのかもしれない。でも言えない。まだ行って欲しくない。
ありがとう。彼はそう言って、そして続けた。
毎週こんな風に遊んで、すごく楽しい。これからも絡んでいきたいと思っている。でも恋愛という気持ちではない。だからこれからも友人として付き合っていきたいけれど、それが嫌だと言われたら悲しいけれど仕方がないのだろうなと思っている。
気づいたら電車は行ってしまっていた。目眩がする。足元がふらつく。今すぐ線路に飛び込んでしまいたいと本気で思う。駅のホームで博打はしてはいけないのだなと知る。
目のやり場と足の踏み場を探しながら、呆然としていると、彼がさらにこう続けてきた。
少し前に恋人と別れたばかりで、まだ恋愛モードになれない。実は今、ルームシェアをしている同居人からも告白をされているのだが、断っている。君がどうこうとかいう問題ではなくて、今は誰とも恋愛する気になれそうにない。
朦朧とする意識の中で、さらっとすごいことを言われた気がする。
彼が最近出会った年上の男が持つ一軒家に住まわせてもらいはじめたことは聞いていた。
本当はその時点で予想していた。だから先手を打とうと考えた。しかし完全に後手だったらしい。
その後どうやって帰ったのかはあまり覚えていない。最後に彼から「本当に気をつけて帰ってね」 と言われたことだけ覚えている。私はそんなに死にそうな顔をしていたのだろうか。
その翌週からも私は彼に会い続けた。振られた3日後にはLINEも再開した。
せっかく仲良くなれたのだからと言い訳しながら、本当はいつか自分のことを好きになってくれるのではないかと期待していた。
私には一つ、不安があった。
彼にはなんでも報告しあう友達が2人いると聞いていた。私も会わせてもらったことがある。
その友人に私が告白したことを言ったか聞いてみた。
彼はあっけらかんと「うん。」と答えた。
それってデリカシー的にどうなのよ?という気持ちが頭を駆け巡るが、あまりにも悪びれる様子が見られないので、こちらの感覚が狂っているのだろうかと不安になり、とりあえず「えー恥ずかしいー恥ずかしいー」と自分の苦悩を訴えてみた。
彼からの返事はこちらの予想をはるかに超えたものだった。
「あー。そっかー。うーん。。じゃあおあいこってことで教えるけど、その2人とも俺に告白してきたことがあるんだよね。」
なんなんだこの人は。彼は以前、人間が一度に深く付き合えるのは5人までだという説を信じているため、あまり多くの友人は作らない主義なのだと言っていた。
一緒に住む同居人、よく絡んでいるという友人2人。毎週会っている私。彼を囲むみんなが、彼に告白をして玉砕している。被害者の会を結成してやろうかと思った。でも、いったいどこに何を訴えればいいんだろう。
告白をする前は、彼に気を使って、聞きたいことも全部は聞けなかった。
ただ、一度告白をしたら、私はなんだか大胆になっていた。今まで目をそらしていた部分を照らしてやろうという気になってきた。
ねぇ。それって、いったいどういう気持ちなの?
ていうか、待って。そもそも、一緒に住んでる人、何?
一軒家に転がり込んでるってなんなの?
その相手があなたのことが好きだってことは、最初からわかってたよね?
でも、住んで。告白されて。振って。で、まだ住んでんの?疲れないの?
「いやー。たまたま家探してる時に知り合って、一緒に住まないかって誘われたからちょうどよくてさー。元々は彼氏候補?って感じもなくはなかったけど、住んでみたら全然性格があわなくてダメ。すごく短気で無理。最初の頃は帰った後にハグとか要求されててやってたんだけど、最近は断るようにしてたら、どんどん機嫌が悪くなってきちゃってて。相手的には一緒にご飯を食べたりしたいらしいんだけど、こっちにはその気がないから、それが嫌らしくて、いつも怒ってるの。」
理解が追いつかない。自分の常識で処理しきれない。どこから深堀るべきかの判断ができない。
一つ一つ、彼と自分の感覚を比べていくしかない。
そんな人と一緒に住んでたら疲れるでしょ?一人になりたいとか思わないの?
「うーん。わりと平気かもー。ベッドもキングサイズだから広いし。」
ちょっと待て。寝室一緒なの?同じベッドで寝てるの?
「うん。キングサイズだから大丈夫だよ。」
一体何が大丈夫なのかよくわからないが、キングサイズにすべてを解決されてしまった。ちなみに、身体の関係は一度だけあるらしいが、2回目からは彼のほうが拒否しているらしい。もう、突っ込む気にもなれない。
それから彼は会うたびに、同居人に関する愚痴を言ってくるようになった。
彼曰く、同居人は彼と遊びに行ったりしたいらしいのだが、彼にはその気がないのが気に入らないらしく、すぐに不機嫌になってしまうらしい。週末に私と遊びに出かけられるのもストレスらしく、遊びに出かける直前に掃除を要求してくるなどといった嫌がらせを受けているのだと主張していた。
ある日彼から「明日12時になっても連絡がなかったら警察に通報して。ここにいるから。」というメールが、彼が居候している家の住所の情報とともに届いた。
いったい何事かと確認すると、同居人と約束していた休日の予定をキャンセルしたらめちゃくちゃ怒っているので、命の危機を感じた、とのことだった。彼は実家にも同じ連絡をしたらしい。
別の日に電話で、そのことについて話そうと思ったら、「シッ!スピーカーにしてるから変なこと言わないで!」と注意された。同居人は外出中だと聞いていたので、妙だな?と思っていたら、彼は盗聴器の存在を心配していたのだそうだ。
命の危機を感じたり、盗聴器の存在を気にしなくてはならないような家に住み続ける理由が、どうしても理解できなかった。
彼には都内に帰れる実家もある。家族とも仲が良い。なぜ実家に戻らないのかが不思議だった。
「生活が便利なんだよね。実家だと色々と不便なことも多いから。」
彼が居候する家は、30台前半の男が都内に購入した3階建の新築である。要は、その利便性が気に入っているのだと。
あぁこの人は、便利だからという理由で、そんな人と、そんなところに、住めてしまう人なのだなぁ。
私には絶対にそんなことできない。考えられない。けれどこの人は、違うのだろうな。
心配性で神経質な私は、彼の自由でのびのび生きている姿に憧れていた。でも、こういう時に、分かり合えないのだということを実感させられる。
心のどこかで、自分も彼にとって特別なんじゃないかと思っていた。毎週末一緒に遊ぶなんて、特別な存在に決まっていると思っちゃうじゃないか。けれどこの人は、嫌いな人とでも一緒に住んでしまえる人だ。毎日同じベッドで眠れる人だ。
私たちの友達としての距離はどんどん縮まっていった。
自分が特別ではないのだと気づいたあたりから、私の恋愛感情は徐々に小さくなっていた。それでも、せっかくの出会いは大切なものにしておきたいと思っていた。
一方で彼の方は、私が告白したことなんて、なかったことにしたかったのかもしれない。
彼は私の容姿をバカにするようになった。
他の人と比べられて、お前はブスだのなんだのと言われるようになった。
これが彼なりの距離の詰め方なのだろうか。私もバラエティ班のはしくれとして、この世界を生きてきた身だ。彼のいじりをパスだと捉えて、笑いに変える努力をした。丁寧なリアクションで、彼の言葉を拾うよう努めた。
だが、彼の放つ言葉は、笑いのセンスはおろか、わずかな優しさすらも感じ取ることができないものだった。
さらに彼は、彼の友人や同居人もそう言っていると追い討ちをかけるようなことを告げてきた。
私と同じように、彼に告白して玉砕した彼の取り巻き連中。被害者の会を結成するどころじゃなかったようだ。そりゃあ確かに、そいつらからしたら彼の時間を奪う私は邪魔だろう。憎まれていても仕方がない。
でもあなた、それをわざわざ俺に伝える意味はなんですか?
どうやら私は、彼の友達連中の間で悪口を言われる対象になってしまっているらしい。
その事実よりも、好きだと告白してきた相手にそんなことを伝えてくる彼の気持ちが悲しかった。そもそも目的がわからない。自分はこの人のどこを好きだったんだっけ。
告白した時とは違う理由で、彼のいいところが分からない。彼も私も何も変わってはいないはずなのに、そこだけがどこかへ消えてしまった。数日前まで自分は何を見ていたのだろう。
その無念さが、失望の気持ちが、顔や態度にでてしまったのだろう。
私が呆然としていると、彼にはそれすらも面白くなかったらしく、こんな風に馬鹿にされることなんて、こっちの世界では当たり前なのだから、いちいち傷ついていてはダメだと、なぜか今度は説教がはじまった。自分だけが苦労していると思っているようなところがあるとも言われた。昔の話をしたときのことを言われているのだと思った。
気づいたら世界の話になっていた。話の展開よりも、彼の変化に、こちらの気持ちが追いつけない。
かろうじて理解できたのは、彼の世界を壊すような態度はしてはいけないらしいということだった。その世界で彼はきっととても幸せなのだろう。自分を愛する人に囲まれて、快適な家さえも簡単に手に入れて。けれど、自分の幸せの寿命がどんどん迫っていることを実感する世界で生きていくのは、辛いだろうなとも思った。
だから、言ってしまった。
「周りにロクな人がいなかったんだね。 あなたが知っているのは、世界じゃなくてただの集落だよ。」
次の日から、メールを送っても無視されるようになった。SNSでもブロックされた。
傷つけ合うことが当たり前の世界なのではなかったのか。彼にとっては、自分だけは傷つけられてはいけない世界だったのだろうか。
彼からは最後に「テメェ」とか「気持ち悪い」などという暴言に溢れたLINEが届いた。あまりの悪意と敵意の大きさが恐ろしくて、全部読むことさえも出来ずにブロックした。自分がそこまでされるようなことをした覚えがなかった。
たしかに、はじめから違和感はあった。
幼少期の頃の話。クラスで飼っている魚や蚕を平気で殺す。ハムスターの足を折る。クラスメイトをウサギ小屋に閉じ込めて帰宅する。上履きの入ったスープを先生に飲ませる。笑って話していた彼の笑顔が、今はとても怖い。
彼は同居人のことも、友人のことも悪く言っていた。今までに数多くの人と出会っては縁を切る、というようなことをし続けてきたのだそうだ。愚かなことに、自分にだけは心を開いてくれているものと妄信していた。なぜそれが、いつか自分にも向くということから目を逸らしていたのだろう。
イスラム国では、小さな子供に銃を持たせ、テロリストに育てることがあるらしい。罪悪感の育っていない子供は優秀なテロリストになるのだそうだ。彼から感じたのは、そういう怖さだった。たぶん何かが欠けている。
半年間、ほとんど毎週一緒に過ごした相手から、こんなに簡単に関係を切られ、ここまでのことをされるとは予想していなかった。
私には、人はみんな自分だけは人を見る目があると思っている、という持論がある。
だがそれでもなお、私は私の人を見る目に自信を持ってしまっていた。
人間、他人のことは見ていても、自分のことが見えていない。私も彼もそうだったのかもなと思う。
だいぶ胸糞の悪い記事になってしまった。とりあえず、優しい人に会いたい。次はまたシンプルに笑える記事を書きたい。