テクノロジーの進化とともに、人々の経済活動は変わっていく。テクノロジーが実現させた「キャッシュレス」「シェアリングエコノミー」「C2C」という新しい経済活動は、人々の日常を変えている。
そのような新しいテクノロジーは、旧来のようにアメリカだけで生まれているわけではない。インドや中国といった新興国でもテクノロジーによる日常の変化が生まれている。
3月26日に行われたメルカリによるイベント「Mercari Tech Research Night Vol.4」では、メルカリのメンバーが実際に現地を訪れて得た気づきを共有した。今回はその内容をレポートする。
※Mercari Tech Researchとは
サービスの企画・開発に関わる社員を対象に、世界各国で最新サービスを体験するための出張費用を全額負担するメルカリの社内制度
上海は無人系サービスが台頭
まず、中国最大の経済都市である上海について。
上海では現在
- Alipay(支付宝)
- WeChat Pay(微信支付)
といったアプリを利用したスマホ決済が浸透しており、現金を使う人はほとんどいない。実際、今回のプレゼンのなかでも「スマホがないと何もできない」という言葉を何度か聞いた。
そして、キャッシュレスな購買体験が当たり前になったことで、上海では「無人レストラン」や「無人カラオケ」といった無人系サービスが徐々に増えていっている。ここで、イベントで紹介されていた3つの例を記しておく。
無人レストラン
【利用の流れ】
1. QRコードを読み取り注文
2. アプリ上で決済
3. スマホ上に表示される暗証番号をロッカーに入力
4. 商品を受取る
原則は無人のはずだが、トラブル対応のための数名のスタッフがいた。実際、暗証番号を入力する前にスマホの電源が切れてしまい、商品を受け取れないということがあった。こういった不測の事態は避けられず、完全無人化にはまだ時間がかかりそうだ。
無人カラオケ
【利用の流れ】
1. QRコードを読み取る
2. アプリ上で決済
3. 一定時間カラオケを利用する
電話ボックスのような形をした無人カラオケもある。店員とのコミュニケーションも必要ないので、誰でも気軽に楽しめるのが利点。スーパーの一角に設置されていた。
無人ゲームセンター
【利用の流れ】
1. QRコードを読み取る
2. アプリ上で決済
3. UFOキャッチャーやガチャポンなどのゲームで遊ぶ
駅の構内などに設置されていることが多かったが、現金を回収する必要がないためセキュリティに関しては気にしなくてもいいのが特徴だ。
自動販売機だと治安の悪い場所だと壊されて現金を抜き取られることがあることを考えると、「キャッシュレス」は、そのような「襲撃されにくい」という副次的な利点もある。
こういった無人系サービスは「自販機の進化系」とも言える。キャッシュレス決済の仕組みがあればセキュリティ上の問題がクリアできるため、管理するスタッフが必要ない。すると、場所や規模の制限も受けなくなるので、さまざまなスキマ空間にこの進化系自販機を設置できる。土地の少ない日本では、このようなスキマ空間を有効活用した無人系サービスの活用余地が多いだろう。
無人スーパー
深センでも上海同様、無人系のサービスが増えており、コンビニやスーパーといった小売店の無人化も進んでいる。
【利用の流れ】
1. 購入者の情報を読み取る
2. 購入品の情報を読み取る
3. 決済
利用の流れは上記の3段階の流れになっているが、それぞれどんな方法を採用しているかは店舗ごとに異なっている。実際に「百鮮Go」と「Well Go」という2店舗で買い物体験をしてみた。
百鮮Go
【買い物の仕組み】
1. 購入者情報:QRコードを読み取り冷蔵庫のドアを解錠
2. 購入品情報:冷蔵庫から取り出した商品についているタグからQRコードを読み取る
3. 決済:そのまま決済が完了
百鮮Goでは上記の通り、冷蔵庫ごとに決済をする仕組み。そのため、違う冷蔵庫に入っている商品を複数買いたい場合は都度会計が生するのが面倒。自販機との違いをあまり感じない。
Well Go
【買い物の仕組み】
1. 購入者情報:QRコードを読み込んで店舗のドアを解錠
2. 購入品情報:買いたいものを持って決済部屋に移動すると自動的に情報が読み取られる
3. 決済:決済が完了すると店舗のドアが解錠する
Well Goでは、百鮮Goと異なり、決済はまとめてできるのが特徴。ただし、客が一人ずつ店舗に入る想定なので、かなり回転率が悪いという課題がある。実際に来店した際は、補充作業のために20分以上店舗の外で待たされてしまった。
このように、無人サービスなども課題がないわけではない。しかし、このような多様なトライアルから、新しいイノベーションが生まれてくるのだろう。
ここで注目しておきたいのが、中国のキャッシュレスシステムは、日本の交通系カードなどとは異なり、スマホでQRコードを読み取ることで支払いを済ませるという点だ。これなら、店側には読み取り機導入のコストがかからないし、利用者はカードを持ち歩いたりスマホにカードを登録したりする手間がない。
本来ならば、いちいちQRコードで読み取る必要のないNFCやFelicaの方が利便性は良いはずなのに、結果的に、ユーザー体験としては劣るQRコードが普及しているのは興味深い。そして、このアプローチの違いが、日本と中国におけるキャッシュレス決済の浸透率の差につながっているのかもしれない。
QRコードの習慣によってARサービスも活用される
また、QRコードを読み取るという行動が日常化しているため、QRコードを活用したサービスが台頭してきているのも特筆すべき点だ。
↑スターバックスのコーヒー豆工場がARに対応している
たとえば、ARだ。QRコードはAR系の技術との親和性が高く、QRコードをかざすように、カメラを空間にかざせばARを体験できる。
実際に上海では「スターバックスの店内で特定のエリアにカメラをかざすとコーヒーに関する解説動画が現れる」「電車内の天井や床に印字されたQRコードを読み取ると曲の試聴ができる」といった、ARを活用したプロモーションが多く行われていた。
また、深センではパーキングにもQRコードによるキャッシュレス決済が採用されている。特徴的なのは、読み取り用のQRコードがかなり大きめに印刷されていること。車に乗ったままでも読み取ることができるため、わざわざ支払いシステムに近付く必要がない。
また、シェアバイクなどの利用もQRコードが活用され、QRコードの普及が中国のテクノロジーの進展に寄与しているとも考えられる。
↑床にもプロモーション用のQRコードがある
知識への課金サービスの流行
上海では「知識課金」という新たなサービスが浸透してきている。代表的なのが「Zhihu(知乎:チーフー)」や「Fenda(分答:フェンダ)」といったアプリだ。
これらは「ヤフー知恵袋」のような「Q&Aサービス」なのだが、マネタイズの方法が異なっている。
「ヤフー知恵袋」のような無料のサービスは、広告を表示させることによって収入を得ている。一方、上海の知識課金サービスは文字通り、提供される知識そのものに課金がされているのだ。そのため、質問者は、「本当に解答がほしい」質問だけを投稿するため、ノイズが少なく、結果的にそこに集まったQ&Aの質が従来のものより高くなる傾向にある。
↑Zaihang(在行)
また、知識がある人とほしい人をオフラインでマッチングさせる「Zaihang(在行)」というサービスも人気を博している。8,000人にもおよぶ専門家が登録されており、自分がほしい知識に関するレッスンを受けることができる。他の知識課金アプリでインフルエンサーになった人が、このプラットフォームでオファーを受けるというケースもでてきた。このような知識課金サービスが流行している背景には、給与面でゆとりがある上級層の知識欲求の強さがあるようだ。
また、このような知識課金の流行は、中国の巨大な人口が支えている点も忘れてはならない。「お金を払ってでも質問をしたい」という人の割合は少ない。ただ、13億人の人口を鑑みると、その少ない割合でも事業として回る規模になるのだろう。
デリーのキャッシュレス決済やオンライン取引は発展途上
次はインド。訪れたのはバンガロールに次ぐスタートアップの集積地であり、多様な人々が集まる首都、デリー。
2016年に高額紙幣が廃止され、国を挙げてQRコードによるキャッシュレス決済の普及を推進しているが、実際のところ社会への浸透はなかなか難しいようだ。
キャッシュレス決済(QRコード決済)はまだ普及していない?
まず、インドで主に活用されているペイメントサービスは以下の2種類。
- Paytm(ペイティーエム)
- MobiKwik(モビクイック)
インドの施策の一つとしてモディ首相自らが広告等になったPaytmは、スマホを所有している3億人のうち2億8千万人ものユーザーを抱えており、加盟店は500万店以上にのぼるという。しかし、実際に、インドの方々にヒアリングしたところ、この加盟率に反してキャッシュレス化は普及していないという印象だった。
30人ほどのヒアリング結果では、ほとんどの人がPaytmをインストール済だった。しかしインストールしたものの、活用しているのは公共料金の支払いや、定期券の購入など決まった用途のときだけで、あまり活用していないという声が聞かれた。普段の生活で利用するのは現金が中心ということだ。
そのひとつの理由として、引き落としに必要な銀行口座をそもそも持っていない人が多いという点が挙げられる。しかしそういった人でもPaytmのアプリ自体はインストールしており、キャンペーンのときに無料配布されるポイントを使っているようだ。
また現金文化がなくならない背景には、インド特有のブラックマネーの問題が存在するという見方もある。インドには自営業や個人商店が多いため、脱税のために、お金のやりとりの記録を残したくないという考えがあるそうだ。
そのうえ、圧倒的な問題が通信速度の遅さである。QRコード決済を活用してみたがが、決済やチャージをするときの通信にあまりにも時間がかかるため、快適に利用することはできなかった。
このような理由からインドでは、まだまだ現金が活用されている。
そう考えると、国によるテクノロジー浸透の差異が改めて浮かび上がってくる。様々な環境や文化背景の結果、中国ではQRコード決済が普及しているが、それは必ずしも同じように他の国で起こるものではないようだ。
オンライン取引は発展途上
他にも、インドはオンライン取引にも問題を抱えている。インドは現在「Amazon」「Flipkart」「Snapdeal」という3つのECサービスが競い合っている。しかし、オンライン取引の活用を促進するには、解消すべき問題が多い。
そもそもヒアリングによると、デリーではオンライン取引自体が完全に信頼されているわけではないようだ。たとえば、「信用できない」「本当に物が届くか不安」という声が聞かれた。これには、国土の広いインドでは、配送業が日本ほど整っていないという背景もある。
一方、リテラシーが高い層は「時間を節約するため」「より安く買うため」という目的でオンライン取引を利用する人も多い。とはいえ、そもそも衣料品や生活必需品などは身近な場所で手に入りやすく、馴染みの店であれば「ツケ」もきくため、オンライン取引のニーズ自体が高いわけでもない。
インドのフリマアプリは、売るけど買わない?カースト制からみえる文化の違い
キャッシュレスもオンライン取引もなかなか浸透していないインドだが、C2Cサービスについては一定の定着を見せている。とくにデリバリーサービスに関しては、利用者の増加がめざましい。
これは夏には40℃を越えるというインドの気候とPM2.5の大気汚染という環境的な要因が大きい。「外に出たくない」という思いがデリバリーサービスの利用を後押ししているのだという。
現在インドでは「Swiggy」や「Zomato」といったフードデリバリーサービスや、「Grofers」という日用品デリバリーサービスが広く利用されている。
配送を担うドライバーに志願者が集まっているのも、デリバリーサービス普及の一端を担っている。地方から出稼ぎに来る若者も多く、専門的な技術がなくてもスマホとバイクと自分の努力次第で平均以上の給料が稼げることが、人気の理由となっているようだ。
またインドにもC2Cの売買アプリ「OLX」がある。
ただしメルカリのように郵送ベースではなく、対面での受け渡しがメインだ。なおビジネスモデルとして、サービス側はプラットフォームを提供しているだけなので、手数料を徴収することはなく、広告収入でマネタイズをしている
ヒアリングでは、およそ3割の人が利用したことがあったというが、主に行われていたのは「売る」ほうの経験であり、買ったことのある人は少なかった。これはインドのカースト制度も影響していると思われる。カースト制度の名残として、「古着や中古品は貧しい人たちが使うもの」というイメージが強く、中間層以上には中古品を買うことは抵抗が大きいようだ。
また、インドでは新品自体が安く、古着や中古品を買うとお得という感覚があまりないのも、「中古品を買う」という行動が少ない理由だろう。
「生」の情報は現地を訪れなければわからない
今回も、現地に訪れてはじめてわかる気づきが多かった。
このようなキャッシュレスの話自体は、本やメディアの情報で知ることができるかもしれない。しかし、実際体験したかどうかによって得られるものは雲泥の差がある。また、その地に住む人との対話もメディアでは得られないものだ。
インドの熱さを体感することによりフードデリバリーのニーズを身をもって体験できる。また、無人スーパーで買い物をすることで、その課題を体で理解することができる。そのような一次情報こそが、大きな意味を持つと信じている。
今後もメルカリは、このように世界中のテクノロジー動向をリサーチしていきたい。
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- Write_近藤世菜
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