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第6章第15話【晩餐会】其の2
馬車を降りたマクマスター子爵達は、屋敷の玄関前で出迎えを受けた。
眼の前には、絹のメイド服を身に着けた綺麗どころが二十人程、赤い絨毯を挟んでズラリと左右に並んでいる。
その真ん中に立つのは、黒髪を一分の隙もなく丁寧に髪を後方にまとめたオールバックの大男。
そんな彼が身に纏うのは黒を基調とした絹製の礼服だ。
確かに、当たり障りのない色ではある。
とは言え、あまり面白みのない色でもなる事は否定出来ないのも確かだ。
その事は、着ている本人も理解しているのだろう。
袖や襟元など、所々にあしらわれた金糸と銀糸が絶妙なアクセントになっている。
まぁ、あまり派手な物では、来客に反感を持たれると判断したのだろう。
総合すると品の良いレベルでまとまっているというべきだろうか。
「ようこそおいでくださいました。マクマスター子爵」
彼は柔らかな笑みを浮かべると、胸に手を当て優雅に一礼をして見せる。
その言葉に付き従うかのの様に、金髪と銀髪を編み上げた双子と、彼女達の後ろに並ぶメイドが一斉に頭を下げた。
それは、一糸乱れぬ統制。
たかが頭の下げ方一つだが、言葉にするほど単純でも簡単でもない。
角度やタイミングなどは、一朝一夕で身に付くもんではないからだ。
貴族社会において礼儀作法とはある意味、武芸の腕を磨く事や、政治の勉強を行う以上に重要な物と言えるだろう。
それらは、同じく貴族であるならば当然理解していて然るべき暗黙の了解とも言うべきもの。
場合によっては、文字通り首が物理的に飛びかねないのだから。
「こちらこそ、御当主自ら出迎えてくださるとは恐縮の至りです」
そう言うと、マクマスター子爵はにこやかに挨拶を返す。
「こうしてローゼリア王国建国時から続く名家の方とお会いでき嬉しく思います。是非とも、貴族としての心構えなどを聞かせ頂ければそれに勝る幸せはございません。とは言え、玄関先にお引止めするのも失礼な話。係の者に案内させますので、どうぞ会場の方でおくつろぎいただければと」
「ほう、そうれは嬉しい事を……それでは後ほど改めて」
そう言うと、マクマスター子爵はメイドの一人に連れられて屋敷の中へと向かう。
表面的には実に和やかなファーストコンタクトと言えるだろう。
だが、既にマクマスター子爵の胸中には嫌悪に変わってとある感情が湧き上がりつつあった。
(ふむ……使用人達への教育は問題ない様だな。あるいは、ザルツベルグ伯爵家から借り受けたか……どちらにせよ注意が必要だな)
目の前で一糸乱れぬ統制を見せつけたメイド達。
その佇まいには気品すら感じられる。
それは、とても成り上りの男爵家の使用人とは思えない程の質だ。
子は親を映す鏡という言葉がある。
子供の振る舞いや言動を見れば、その親がどんな人間なのか理解出来るという意味の言葉だ。
赤子が自我を持ち言葉を発するまで、その手本となるのは親の立ち振る舞いや言動。
三つ子の魂百までという言葉がある様に、当然の事ながら子供の性格や思想には親の持つ資質や考え方が如実に反映される。
そう言う意味から言えば、目の前に立ち並ぶ使用人達は十分な教育を受けていると見て良い。
サッと見た限りではあるが、屋敷の状態にも申し分はなかった。
床には塵一つ落ちてはおらず、絨毯には皺も弛みもない。
調度品の置き方にも気を使っているのが見て取れる。
(元々ここはザルツベルグ伯爵の別邸だったのだからある程度はきちんと管理されてはいただろうが……、)
そうは言っても、マクマスター子爵が知る限り、ザルツベルグ伯爵が王都に滞在したことなど家督相続の時を含めても片手で数える程しかない。
この屋敷も長年継承されてきたから存続しているというだけで、格別熱心に手を入れていたという話をマクマスター子爵は聞いたことがなかった。
当然、この別邸に仕える使用人達の士気は低かっただろう。
何せ、仕えるべき主が長い間その姿を見せないのだから。
勿論、理想は主人が居ても居なくとも変わらない忠誠と献身さを持つべきではある。
しかし、それは理想論でしかない。
マクマスター子爵自身もまた、ローゼリア王国に仕える身ではあるが、ルピス女王の方針に対して百パーセントの服従をしているという訳ではないのだから。
(この屋敷の管理を任された家宰が有能だという可能性も有るが……)
自分自身でこの屋敷の使用人を管理するのも、有能な人間に管理させるのも究極的には御子柴亮真と言う男の器量という事だ。
(どちらにせよ、御子柴と言う男は貴族という物に対しての理解はあると見た方が良いだろう。成り上り者にしては珍しい事も有るものだが……)
マクマスター子爵は微かに御子柴亮真という男の評価を上昇させた。
肩越しに後方へ視線を向ければ、背後に付き従う青年と目が合った。
(アレも同じ評価か……)
青年が小さく頷くのを確かめると、マクマスター子爵は小さくため息をつく。
馬車の中で散々に御子柴男爵をこけ下したが自分に対して青年が憐れむ様な視線を向けた事に内心腹立たしさを感じていたが、どうやら見る目がなかったのは自分の方らしい。
身分制度の厳格なローゼリア王国において、平民が貴族に叙せられるというのはかなり異例と言える。
いや、西方大陸中を見回しても、平民が貴族になった例は極めて少ないのだ。
しかし、下級の騎士や官僚達の中には平民出身の者が存在しない訳ではない。
彼等は純粋な意味での貴族ではないが、平民とも言えない。
まぁ、大半の平民から見れば彼等は間違いなく貴族であり支配階級に属している。
だが、貴族達から見た彼等はどうだろうか。
言うなれば準貴族といった立ち位置だろう。
いや、言葉は悪いが似非貴族とでも言った方が正しく実情を現しているのかもしれない。
そう言った人間の多くは、貴族という存在に対して誤解している。
貴族とは、貴族という位に叙せられれば誰でもなれるという物ではないのだから。
やがて、そんな思いを心に秘めたマクマスター子爵の前に重厚な木製の扉が姿を現した。
先導役のメイドがおもむろに取手に手を掛ける。
「これは……」
おもむろに開かれた扉の先に広がる光景に、マクマスター子爵は思わず息を呑む。
王宮の謁見の間と同じくらいの広さを持つ広間だ。
ホテルに例えれば数百人規模の立食パーティーが余裕で開けるだけのスペースがあるだろう。
その中で多くの人間が談笑を交わしていた。
(一体何人の貴族が此処に呼ばれたのだ? それに……)
勿論、マクマスター子爵とて閑散とした光景を想像していた訳ではない。
ローゼリアの白き軍神と呼ばれたエレナを始め、今わ亡き王国宰相エルネスト侯爵の下で辣腕をふるったベルグストン伯爵に、義兄の陰に隠れ昼行燈とも目されながらも隠然たる勢力を持つゼレーフ伯爵などの有力者達が添え状を出しているのだ。
心理的には成り上り者に対しての嫌悪を抱いていたとしても、御子柴男爵家の出した招待状が貴族達に無視される事は無いだろうと考えてはいた。
だが、そんなマクマスター子爵の判断は大分甘かったらしい。
(あれはブルクハイド伯爵家の当主にハインベル伯爵家の当主……)
かつてエルネスト侯爵家が隆盛を誇っていた頃に彼の家を支えた名門貴族の当主達。
ベルグストン伯爵と同じように、己の自領に逼塞を余儀なくされてきた貴族達だ。
「成る程な……どうやらベルグストンとゼレーフは腹を括った様だ……な」
背後から聞こえた懐かしい男の声にマクマスター子爵はゆっくりと振り返った。
9巻も先日発売されました。
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