浮世絵ヒーローズ[二][字] 2018.03.29
すごい世の中になったもんです。
東京の真ん中で電車に乗りながらトルコにいる人に浮世絵作りのアドバイスを送れるなんて。
来週来るので会うんです。
本当に未来に住んでるみたいだ。
今いるのはサンディエゴのコミコン。
今年はソルトレークブルックリンシアトルデンバーフェニックスそれから…。
ロサンゼルスのアニメエキスポとサンディエゴのコミコンそしてニューヨーク。
更にもう一回ソルトレークです。
サンディエゴは木版の浮世絵の受けがいいですね。
みんなレア物を買いたくて喜々として探しています。
手作りの浮世絵だよ。
違う色の部分はみんな別々の版木に彫られていてスタンプみたいに重ねるんだ。
もとのデザインは僕が日本の筆と墨で描いたんだ。
それを東京にいる浮世絵師のデービッド・ブルが細部まで忠実に彫っていく。
この細い線もみんな彫刻刀で彫ったんだよ。
見て。
見事だろう。
ジェッドと「浮世絵ヒーローズ」を作ろうと決めてからクラウドファンディングを始めるまで100日間の先行キャンペーンをしました。
二人の名前でチームを組んでね。
私たちはお互いの力が必要でしたから。
まずフェイスブックで情報を流しそれから他のサイトにも記事を出しました。
写真などを小出しに載せてだんだんと盛り上げていったところクラウドファンディングは初日から劇的な成果を収めました。
ネットでの大反響のおかげでこのシリーズを開始できたんです。
彫りや刷りといったアナログな手仕事をユーチューブで流した事も大きいね。
その物作りのスタイルが反響を呼んだんです。
デジタルな作品ではそうはならなかったでしょう。
私には彼のデザイン画が必要だし彼は浮世絵師の私が必要です。
伝統技術とテクノロジーを見事につないだ事こそがこの「浮世絵ヒーローズ」なんです。
この成功が僕たちの絆を強め更に二人の人生を変えたんです。
ここからの景色はとても魅力的です。
長年かけてやっと工房らしくなりました。
引っ越してきた当初は下の一部屋だけで仕事していましたが少しずつ広げて仕事場らしくしてきたんです。
浮世絵は19世紀の半ばに来日した西洋人によって大量に持ち出されその魅力が世界に伝わりました。
浮世絵は長い間海外から見た日本の顔の一つでした。
そして今もう一つ新しい形の浮世絵が発信された。
ジェッドのおかげでね。
東京にいる浮世絵師が全て手仕事で作っているんだ。
色ごとに違う版木を使ってね。
これこそ本物の日本の浮世絵だ。
僕がデザインして職人が仕上げる。
共同作業だ。
ここに引っ越す前は狭いアパートで版木の上に布団を敷いて子供たちと寝ていたものです。
ここにある版木は「百人一首シリーズ」のもので完成まで10年かかりました。
全て山桜の木で複雑な絵柄は4枚の版木を使って刷ります。
夏の湿気や冬の乾燥から版木を守り私の死後もずっと残るようにと思っています。
後ろの真っ白い雲の部分がベースの層になるんだ。
その上にグラデーションになるように青色を刷り重ねる。
この青は12345もしかしたら6回重ねているかもね。
ジェッドと作った作品はここです。
一回に刷るのは50〜60枚程度で版木がすり減らないよう顔料も細かい粒のものを使うなど気を遣っています。
毎月新作を1つ出す度にジェッドと格闘します。
私は彼のデザイン画にあれこれ注文をつけジェッドはもちろん抵抗します。
激しくいろいろやり合うんです。
この山にはよく登りました。
自然に触れて歩き回っていると想像力をかきたてられるんです。
僕が尊敬する日本の芸術家たちの自然の描き方には驚かされます。
一体どんなまなざしで自然を見つめているんだろう。
あのように描こうとして時々自分が恥ずかしくなります。
彼らとは時代も場所もかけ離れ僕には何の素養もないと感じるから。
でも僕は僕でこの自然を見つめながら作品を生み出すしかありません。
カナダで出会った浮世絵に心をわしづかみにされました。
初めて自分で彫った時の感動も忘れられません。
言葉にできない魅力です。
この町には何百年も続くなんとも心地いい文化の香りが漂っています。
ここは私の人生と生活の拠点。
私もまたこの文化の一員だと日々感じています。
イギリスで生まれカナダで育ち日本にたどりつきました。
ここで何かを成し遂げたい。
浮世絵作りは私にとって人生最後の大きなチャンスです。
カナダにいた時から好きで何回か日本に来たけども我慢できなくなって日本に来たって言ってましたね。
39歳の時に。
まあ分かるような気しますね。
本場の日本じゃないと浮世絵は勉強できないっていうのでまあ全てを捨ててまで来たっていうのが。
日本人以上に日本人になりきって心はもう日本人なんですね彼の場合ね。
独学であそこまでやってるっていうのは僕はもう感動しましたね。
日本にいる名人級の職人さんのところに行って教えてくれって言って教えてもらえなくて見て盗んで独学で一生懸命あそこまでできたっていうのは僕はもう天才的だなぁと思いましたね。
特に僕は彫師ですから彼の以前彫った歌麿の彫りを見た時にこれはうまいなぁって思いましたけど基本がちょっと違うんですよね。
彫り方も刷り方も僕たち職人から見ると「えっそんなやり方で」っていうんですけど出来上がった作品はもうほんとに職人と同じようなもの作ってますんでね。
人の何十倍何百倍努力したと思いますよ。
だからあそこまで日本の職人と同じようなそれ以上のねそういう作品が出来てるんじゃないでしょうかね。
日本の職人の世界に新風を入れたっていう感じですかね。
でも偉大ですよデービッドはほんとに。
盗み見た絵も師匠のもとにいないであそこまでやるっていうのは天才です天才。
好きなゲームのほとんどは日本製でした。
初めはその事に気付かなかった。
1980年代にはインディアナ州の田舎町に住んでましたから。
日本という国を知らなかったけどただただ日本のゲームが好きでした。
キャラクターもアートスタイルもね。
まだ初期のファミコンの時代でしたが説明書にあったキャラクターの絵をずっとまねしながら描いていました。
それが絵の描き方を学んだ最初の経験ですね。
大人になってからも日本の伝統文化とポップカルチャーを区別して意識した事はありません。
僕にとっては全部新鮮で新しい文化体験だったからです。
特に驚いたのはキャラクターの動き方や臨場感がものすごいこのゲームが出た時です。
初めて見た時はびっくりして夢中でプレーしました。
この世界観をもとにしてデザインを作ってみたいんですが難しいのはゲームの中にヨーロッパや東南アジアなどいろんな文化が混ぜ合わされている事です。
これを19世紀の浮世絵の技法で作品にするのは大きなチャレンジです。
私の事をゲームの達人だと思っている人もいるようですが実はまだ一回もゲームをした事がないんです。
全く経験がありません。
私にとってこれは「図案」です。
19世紀の浮世絵師にも図案が必要で歌舞伎を題材にした作品がよく作られました。
歌舞伎をあまり知らない人にとっても今でも十分に魅力的です。
私もまたそのようなものを作りたい。
大ざっぱな素描から始めます。
まず大股でのし歩く巨人の姿。
手前の方には馬に乗り剣を持った若者がいます。
馬は巨人を避けるように体をねじり若者が手綱を操っています。
馬の頭はどちらに向けようか…。
顔が見えるよう横向きにしよう。
奥行きを表現するいくつかの線と人物の影をざっとつけてみます。
こんな感じでどうかな?なかなかいいんじゃないか?巨人をもう少し中央寄りにした方がいいかもしれない。
反転させてチェック。
うんいい感じだ…。
デービッドはどう思うかなぁ。
少し時間をおいてチェックしてみようもう一回。
江戸時代から明治時代に移ってまあ江戸のものは古いものだっていうのは認識があったと思うんですけど浮世絵の価値っていうのは随分下がったんだそうです。
露店でこう積み重ねて浮世絵が二束三文で売られてたりとかそういった話があるそうで。
そういった中で海外ではすごい価値があるものとして人気があったのでどんどんどんどん日本から出ていってしまった。
そのおかげでいろんなアメリカやらヨーロッパの美術館にいろんなとこに浮世絵が大量に展示されるわけなんですけど。
東京にあった浮世絵っていうのは実は…例えば関東大震災とか太平洋戦争の時にかなり失われてしまったんですね。
ものすごいコレクションを持ってたそうなんですけれども全て燃えてしまったと。
外国の方がまあ日本からそういったものを持ち出してくれなければ今それらの絵はもう全部燃えて無くなってるかもしれないっていう事があります。
この本はオランダの古本屋で見つけて手に入れました。
表紙にいろんなシールの跡があるのは世界を渡り歩いた印ですね。
私の浮世絵の「百人一首シリーズ」はこうした絵を元にしています。
本が刷られたのは日本の江戸時代の安永4年。
1775年ですね。
和紙のすばらしさは250年近くたっても紙がこのように美しい状態である事。
しなやかで強い。
私たちの作品も同じような和紙を使っています。
現代の印刷物の中で私たちの浮世絵より長もちするものはないでしょう。
私たちはあの古本に使われたのと同じ和紙を使っているからです。
実にすばらしい特別な和紙です。
責任ある仕事をしなきゃ。
250年後にも残るんだから。
フフフッ。
(水音)こうして見てこれで100分の20ミリか。
今日の紙は100分の22ぐらいなければいけないの。
ですからこれで100分の22ミリぐらいだなぁと思ったら上げるんです。
ですからもう全て紙は勘に頼るっていうかね。
自分が自信持って100分の22ぐらいはこれぐらいだっていう自信を持つ事が一番ですね。
紙の厚さ作りに。
言葉では簡単ですけどやってみるともう大変。
これがお釜で煮たコウゾですけど一本一本ここで少しずつほぐしながら汚いちりだとか…というものを取り除いています。
これが出来てこないと紙をすく事はできませんので一日中この仕事はあいていればもうやっている仕事です。
原料は国定公園の中にたくさんあるんですが葉っぱ一枚でも取ったら駄目だというふうに国から規制があるもんですからその国定公園からちょっと外れたところの山の中で取ってくれるんですけどもそれもだいぶ奥地に行かないと無くなってきたみたいで。
熊とかが出るらしくて地元の森林組合の人が取りに行くんだと命懸けです。
浮世絵っていうのはこのすだれ目が全部あるんです。
紙を透かして見ると。
何といっても一番最初はこの紙から始まったんで。
今から17〜18年ぐらい前だと思いますけど私の家にひょっこり来られてデービッドさんが「私の紙もすいて下さいよ」っておっしゃったのでその時にもある程度忙しかったので困った事だな新しいお客さんが増えるなんて困った事だなと思ったんですけど「日本の浮世絵はなくなっても私が外国から来てそして浮世絵をつないでみせる」というような意気込みだという。
これはすごい人がいらっしゃったなと思ったの。
どうしてもって言われてそれじゃあ2〜3枚か5枚ぐらいか知らんけど見本的にサンプルに差し上げますから刷ってみてお気に召したら買って下さいっていう事でデービッドさんお持ち帰りになって1週間もたたないうちにもうこれが最高にいいとおっしゃってそれからず〜っと取り引き頂いている。
岩野さんから和紙の束が届きました。
この一包みで大体80万円から90万円します。
この紙にのりをひき加工して浮世絵を刷ります。
世界中に届く作品を作るんです。
今回このシーンをどう描くかを決めるためにいろんな浮世絵を参考にしました。
馬に乗った武者の絵はたくさんあるんです。
これは有名な芳年の作品。
あとこれもとてもよかったなぁ。
武内桂舟だ。
参考になる絵が多くて検索をやめられなくなりますね。
例えばこれ尾形月耕の描いた馬は体の筋肉がはっきり見えます。
写真と比べるとよく分かる。
後ろ足の付け根の筋肉です。
筋肉まで正確に再現して馬を描くなんて僕には無理です。
弱ったな…。
そうだ。
いいものが…。
これが使える。
なかなかよくできた馬のフィギュアです。
娘に買ってあげたおもちゃだけど形を捉えるのに役立ちます。
よし!この工房の始まりは15年ほど前です。
それまでは隣町の狭いアパートで道具に埋もれながら仕事していました。
そのころ「百人一首シリーズ」の成功でいくらかまとまったお金が入ってきました。
その使い道として第一に思いついたのはアップル社の株を買う事でした。
当時アップルの業績はさんざんで1株7ドルくらい。
私は株の事など分からないがあの会社には将来性があると直感しました。
それで投資してみたくなったんです。
都心の証券会社に行ってこのお金でアップル社の株を買いたいと言いました。
すると相手は即座にやめとけと言いました。
もっと別の事にお金を使いなさいその会社には投資する価値がないとね。
私は投資のプロがそう言うのならとそのお金を持ち帰りました。
その後アップル社の株の値段がどうなったかはご存じのとおりですがね。
でも間もなくそのお金が役立ちました。
知り合いから「すぐに家を処分したいという人がいて君の工房にはもってこいの物件だ」と紹介されたんです。
それがここ。
私の人生の拠点となった場所です。
デービッドと僕の人生はかなり違います。
彼の人生についてそんなに多くを知っているわけではありません。
30年ほど前に日本に住む事を決めたそうですが彼は妻と別れ2人の娘を男手一つで育てあげたんです。
東京に住みながらね。
大した根性だと思います。
異国の地で男が一人で子育てをするなんて。
しかも相手は女の子。
どうやって育てたらいいか分からない事だらけですよね。
本当に驚きです。
人生にはいろんな事があります。
しかし強烈な印象を残す出来事も後で誰かに話す時には少し穏やかなものになっています。
年月がたち何度もその話をするうちに物語は実際の出来事から離れて一人歩きしだすんです。
こんな事がありました。
今なら泣かずに話す事ができます。
1人の若い女性から「あなたはとてもラッキーですね」と言われました。
それは私が離婚して間もない頃大変な苦労を重ね懸命に働いて仕事に打ち込んでいるさなかでした。
取材で訪れたその女性は私の浮世絵が好評で売れているのを見て単にそう言ったのでしょう。
しかし彼女はそれまでの苦労を知りません。
インタビューに答えるうちに私は突然涙が出てきました。
妻とは別れ何年も経済的に苦しい生活が続きました。
そんな自分がラッキーだなんて。
その日から「ラッキー」という言葉に抵抗を感じるようになりました。
人生には幸運はもちろんありますが想定外の幸運が降ってくるのを待っているだけでは決して訪れないものです。
私がラッキーだったとすればそれは苦労を乗り越えられる辛抱強い遺伝子を持っていた事でしょうね。
生まれつき手先が器用でまた懸命に努力してきた事が報われてかつて夢にみた生活を30年かけて手に入れました。
私は今この浅草で応援してくれる多くの人たちと私に続こうとする若者たちに囲まれています。
これ以上の望みはありません。
その意味では「ラッキー」です。
大学ではアニメーションを専攻し監督した作品がアカデミー賞学生賞に選ばれました。
でもそのあとどこにも雇ってもらえなかったので子供の本の世界に入ったんですがそこでも不満がたまりました。
出版業界は物事が進むのが遅くて本の挿絵を描いても世に出るまで1年もかかります。
それまで誰にも知られる事がありません。
それで「浮世絵ヒーローズ」を思いつきました。
いや思いついたというより気合いと根性でアイデアをひねり出したんです。
おはよう!やあ。
このところやたら忙しくてね。
好調なの?そうとも言えないがね。
デザインは送ってくれた?メールしたよ。
届いてるはずだけど今開いて確かめてくれる?随分大ざっぱな絵だな。
まだざっくりしてるけどね。
巨人の腕から馬の尻尾にかけてS字の流れになるよう配置してみたんだ。
でこの絵は何層に分かれるのかな?手前の馬と若者が一番暗い基本の線だね?ああ。
その次の層は?次は木が生えているところ。
木は地面に向かってグラデーションがかかるようにしたいんだ。
若者は崖っぷちに立ち目の前は谷で急な下り坂になってる。
分かるかな?しかしこの怪物はちょっと小さすぎないか?ゲームの中ではもっと巨大な化け物じゃなかったの?ああ120メートルくらいだ…。
何か大きさを表す指標がいる。
周りの風景が小さく見えるような。
奥の山と巨人の輪郭線を消したら巨人が景色と同じくらい大きいように見えるんじゃない?いやそれはよくないね。
それだと周りの空の色との境目が薄れて山や巨人が遠くに引っ込んで見えてしまうだろう。
分かった。
これは難しい作品だ。
それに私たちは今いろんな意味で注目されているからみんなすごく細かく作品をチェックするだろう。
そうだね。
大変だ。
スケッチを手直ししてもう一度送って。
分かった。
それじゃおやすみ。
まだ最初のスケッチだからね。
数週間かけて彫ってくれる気にはなったみたいです。
とりあえずね。
デザインの手直しをして墨で清書しますがその前にもう一回彼に見てもらおうと思います。
ジェッドはこれからのキャリアが始まったばかりですしいろんな手法を試すべきだと思います。
例えばこれは個人的意見ですがパソコンから離れてもっと身の回りの自然をスケッチするとかね。
紙と鉛筆で描く経験を積むとより生き生きしたリアルな作品になると思います。
どんなアートも今ではデジタルな技術を駆使するようになっています。
それまで不可能だった新しい表現ができますからね。
でもあえて言わせてもらうならジェッドはもっとアナログで泥臭い粗削りなスケッチを学ぶべきです。
作品に活力が出ると思います。
私の娘は32歳と30歳です。
ジェッドはその真ん中ですから私にとって息子のようなものです。
それが私たちの関係に影響する事もありますがなるべく口出ししないよう気を付けています。
私たちは仕事のパートナーですからね。
世代の差があるのはいい刺激ですよ。
デービッドと僕は仕事のペアとして完璧だと思います。
それぞれが互いを支え対等に接しています。
お互い個人レベルでは話題作を作るのに苦労していましたが一緒に組んだ途端お互いの強みが生かされ弱みを補い合って一人ではできなかったすばらしい作品が生まれたんです。
本当に幸運でした。
いわば…奇跡の出会いですね。
浮世絵だって時代に合わせてまさにその当時の流行を取り入れその当時の風俗を描くというのが浮世を描く。
それが古いものを描いた段階で浮世絵じゃなくなっていってたはずなんですね。
恐らく表面的なものの面白さから入ってたはずの人たちがやってくと古いものはこんなすごいぞって一番気付いてるのはその作家の人たちじゃないかなと僕は思いますけど。
どの作品を見てもすばらしいお手本です。
浮世絵なのに墨と筆で描いた絵のようです。
最初は墨の色が濃くだんだんと色が薄くなっていきます。
一体どうやったんでしょう?花の色にも何百もの色調があります。
髪の毛も漆のように艶がありますね。
時々これらのお手本を取り出して自分の腕や作品を反省する材料にしています。
このようには到底彫れない。
しかし挑戦するのは楽しい。
できる事をやるだけです。
これでどう?自信は?やってみせる!あと巨人をもう少し若者の方に向ければ完成だね。
いや昨日の方がマシだった。
これは動きのないポーズだ。
ああ…。
馬の左後足が地面を踏み込んでない。
分かった。
足の部分は直す。
それから筋肉。
肩の筋肉も本物らしさが足りない。
そこまで描けないよ。
以前よりやる気がうせているんじゃないの?ああ忙しすぎてボロボロなのは事実だ。
店の方も人手が足りなくてやる事が多すぎる。
疲れてるのかもな。
ああ…。
分かった。
スケッチはいいから仕上げてくれ。
ああうまく仕上げてみせるよ。
じゃあまた!デービッドが彫刻刀で彫ると僕の絵が生き生きとしてくるんです。
うまく描けたかな?よし!ここからが大変だ…。
フゥ…息を吐いて…。
次はこの作品の一番の難関です。
取りかかろう!馬の尻尾だ。
さあいこう!やるしかない。
こうやってひたすら細かい平行線を描くんです。
デービッドはこれを彫るんですよ。
すごいよね。
1〜2年前ならこんな難しい絵に挑戦しようとは思わなかったでしょう。
少しは上達したかな?よし!影は何層にも分けて墨で描きます。
これをスキャンして重ねるとぴったりはまる予定です。
最初の影の層が出来ました。
重ねてみよう。
はまるかな…?う〜ん…。
OK!じゃ次の層に取りかかろう。
筆先の加減が難しいね。
最近映画や人気アニメを題材としたポップな浮世絵作品が現れ始めました。
私たちの後を追うようにね。
しかし彼らの立ち位置は間違っています。
誰か特別な絵描きを連れてきて100部作って1部100万円で売ろうというやり方なんです。
一度に大もうけするだけで後が続かない。
限定版といううたい文句で作品に番号を振りそれ以上は作らないんです。
ばかげています。
ポップカルチャーは多くの人々に楽しんでもらってこそ意味があるのに。
だから私たちの作品は5万円もしないし限定番号も振りません。
版木が使えるだけ作品を刷ります。
それが常識だと思うし正直な商売です。
勘違いしている人もいるようですが私たちは本当の意味で大衆文化と伝統芸術をミックスし世に送り出したいんです。
高尚な芸術を装いたいなら装えばいい。
私たちは私たちのやり方を貫きます。
どちらが長く残るか見てみたいね。
やあおはよう。
こっちは夕方だけどまだ明るいよ。
こないだ送ってくれた絵が手元にある。
このデザイン画について詰めの打ち合わせをしようか。
よくなったと思うけど。
馬のひづめについた泥とか手を入れてくれたんだね。
色刷り用の版木を彫るのはまだ先だけど色についてまだ分からないところがいくつかあるんだ。
山はどうすればいいんだろうね?山と空のグラデーションをどうするかはこっちの腕の見せどころだ。
この絵は手前と奥でテイストが違うね。
若者と馬は筆の線を感じさせる古典的浮世絵だが奥の方は現代的というか…。
まあいいじゃないか。
ゲームっぽいね。
私たちの仕事は面白い作品を作り売り出してビジネスを安定させる事だ。
これを版木にはって彫る準備をするよ。
スタートだ。
いける?大丈夫。
カリッという音がする。
悪くない版木です。
これが角の印。
木版画作りの鍵になる大事な場所です。
これからの作業は全てこの印を頼りに行います。
絵の輪郭線を彫る際や後で紙を重ね合わせる際には少しのズレもないようにこうやってきっちり角を合わせます。
昔駆け出しだった頃は失敗は許されないとガチガチに緊張し息を詰めたものです。
それで失敗する。
ベテランの職人は彫る時であれ刷る時であれ常に落ち着いています。
長い経験の中で淡々と作業する事を習得するんです。
「難しい大変だ」って思うほど失敗しやすくなります。
緊張するのは自分のせい。
常に今日の仕事を淡々とやるだけです。
昔は浮世絵作りは何人ものチームで行っていました。
絵柄を版木にはる作業はチームの中で最もベテランの職人の担当だったそうです。
よしはろう。
見て。
絵が透けて見えます。
もちろん図案は裏返しで文字も反転しています。
もう少し絵がはっきり見えるようにしないとね。
優しくこすると和紙の層が剥がれてきます。
和紙ならではのこの特徴が作品を成功させるのに大事なんです。
これこそまさに浮世絵作りの伝統。
かつての浮世絵師と同じ世界にいるという実感がわきます。
以前ジェッドがあるデザインを送ってきたので彫る前にちょっと線を整理しなくちゃと言ったんです。
すると彼は驚いて修正は一切しないでくれと言いました。
しかし紙に描いた絵を彫るための線にするには微調整する必要があります。
ジェッドはまだ私の仕事も浮世絵の事もよく理解していなかったので私が原画を勝手にいじると思ったんでしょう。
いじるのではなくタッチの変化を起こさせるのです。
それが筆で描いた絵から木版画にするという事です。
版木を彫るのはロボットでも3Dプリンターでもありません。
私は人間であり使うのはこの目と手です。
彫刻刀はいわば刃物の筆。
版木に彫られた作品の線には私自身のセンスが表れます。
そして大げさに言うつもりはありませんがジェッドが絵に込めた意図が私の刃先に乗り移ります。
出来上がった浮世絵は二人の共作です。
馬の尻尾の毛は試し刷りのあとで更に削って仕上げます。
とりあえずこれで感じを見てみよう。
とても堅い木でした。
あまりにも堅くて彫刻刀の刃先が何度か欠けました。
でもとてもいい出来上がりになった。
ジェッドの元の絵は大きくてそれをこのサイズに縮小しました。
原画を見た時は線が細かくてまいったと思ったけどまずまずだな。
次のステップは版木を洗って試し刷りです。
さあ顔料をつけます。
こうやって湿らせて…。
初めて刷るのでどんな絵になるか想像がつきませんね。
さあどうだ?悪くはない。
ジェッドにしては今までの線と少し違う。
大人になったのかな?このシリーズを通じて少しずつ成長しています。
昔の浮世絵の作風と違って衣服の重なり具合も描かれています。
江戸時代の絵では衣服は滑らかな一本の線でした。
明治以降写真の影響で写実的な表現が生まれたんです。
今回のジェッドの描く線もより写実的ですね。
随分変化しています。
違うお手本から学んだのか大人になったのかたまたまそうなったのか分からないけどテイストの違う線が入っています。
もしかしたらジェッドは国芳の作品を見て研究したんでしょう。
私は毎日この絵を彫りながら彼から託された意図を理解していきます。
こうしてジェッドのデザインが形を得ていくんです。
剣はもう少し削らないと。
原画では真ん中の線が細くより立体的です。
もっと細い鋭い線にしよう。
先に進めます。
次は色ごとに分けた版木を作ります。
時間のかかる作業です。
色を分解する作業とは原画作製時にジェッドがパソコン上で行った事をこうして手作業で一つ一つ紙の上に引き継ぐ事です。
必要な色ごとに分けた原画を用意して何枚もの版木を彫ります。
試し刷りの度にジェッドは立ち会いませんが送られてきたこのデザイン画が彼の代わりですから私は毎回これを参考にどう修正すべきかを判断します。
デザイナーと職人の共同作業を私たちは太平洋を挟んで行っているんです。
色ごとに版木を彫ります。
黄緑色の部分が彫る必要のあるところです。
今回使う版木は8枚ですね。
縦の列が版木1枚分にあたります。
前回より腕が上がったかと聞かれたら恐らく10年前ならこう答えられたでしょう。
彫りのセンスがよくなり上達したとね。
しかし今はもう目が駄目です。
度の強いレンズが要ります。
作品を刷って仕上げる度に恐怖を覚えます。
私はまだ続けられるのか腕が落ちただろうかってね。
もう上達しようとは考えていません。
問題はいつまで続けられるかです。
昔ならとっくにリタイアする年ですから。
まだそんなに老いぼれてはいられないという気持ちがこの仕事を続ける支えになっています。
いつまでも若くいようとは思いません。
ただ最後まで命を燃やしていたいんです。
そうやって…人生を走りきりたい。
見て!屋形船で宴会だ。
パリとは言わないがいい眺めです。
夕飯にビールを飲んだので数時間は彫れません。
ここは春にはお花見の人でごった返すんです。
意外に面白いね。
見て!おお!子供なら大喜びだ。
浅草の町は何百年の歴史があるんだっけ。
僕らは新入りだ。
先の事は分かりません。
仕事を続け評判の良いものを楽しみながら作る。
それが大切。
自分も楽しく周りの人も楽しめるように。
それだけですね。
このプロジェクトは僕よりもデービッドの方が大変だと思います。
僕も懸命に頑張っていますが彼の仕事量はそれを上回ります。
ですからビジネスにおいては常に損得なく公平であるよう心掛けています。
デービッドが仕事のパートナーで本当によかったです。
これまで3年間契約書なしでお互いの誠意だけでやってきました。
彼の友情に心から感謝しています。
これからも一緒にやっていきたいです。
今夜も世界中でモーツァルトが演奏されていますが誰も伝統を守るためだなんて思っていません。
好きだから楽しんでいるだけです。
それが未来に続く文化です。
人は今の自分にとって意味があるものを求めます。
私はそういうものを作り続けたいんです。
実はひそかな目標があってこの国のどの家にも浮世絵が飾られているようにしたいんです。
更に言えば浮世絵の魅力を世界中に広めたい。
マーケットはグローバルです。
私の作品が出来るのを世界中の人たちが待っています。
しゃべりすぎたかな。
仕事に戻ろう。
ほとんど目には見えませんが背景のテクスチャーに無数の小さな傷を入れています。
質感が変わるんです。
リアルな地面の感じを出すために版木には無数のひっかいた跡を重ねています。
2018/03/29(木) 01:50〜02:40
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浮世絵ヒーローズ[二][字]
400年の歴史を持つ浮世絵。いま、外国人2人が作り出す新しい浮世絵が、日本のポップカルチャーとして海外でも注目されている。新しい浮世絵が生まれる過程を追う。
詳細情報
番組内容
浮世絵に憧れてカナダから日本にやってきたデービッド・ブルは、職人として高い評価を得ている。アメリカのジェッド・ヘンリーも、浮世絵に魅了された若きアーティスト。日本のポップカルチャーにヒントを得て、新たな浮世絵の創作に取り組んでいる。ジェドが描き、デービッドが彫るという、ふたりのコラボレーションが生み出す「浮世絵ヒーローズ」の作品は、海外でも人気だ。現代ならではの浮世絵が世界に放つ魅力に迫る。
制作
〜リバータイム エンターテインメント プロダクション(アメリカ)制作〜
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 1/0+1/0モード(デュアルモノ)
日本語
英語
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