2018-03-23
■そして伝説へ 






撮影禁止の店というのがいくつかあるのは知っている。
かつて、食うものをわざわざ撮影して記録に残すのは、変人だけだった。
ドクター中松がイグノーベル賞をとったとき、35年間の食事を記録したことが評価された。つまりはそれくらいの変人しか自分の食べるものを撮影しなかったということだ。
今同じことをしてるヒトはそう少なくない。
ライザップは食事ごとに写真を送らなければならないし、なにか美味しそうなものがあればすぐに写真に撮りたくなるという衝動は、これだけスマホが普及した現在では抑えるほうが難しい。
むしろ21世紀の人類においては、食事を撮影することすらも、食事の一部であると解釈すべきだろう。
美味そうなものを撮影してシズルをシェアして、「私も行きたい」と言わせるまでがコミュニケーションなのだとしたら、それができないのは店として大きな欠点である。
それでも撮影禁止の店はある。
それには事情がある。
撮影されるといろいろと「都合が悪い」店というのは確かにある。
そういう店ではマナーとして撮影は控える。いくら美味くても、我慢して撮影しない。
そして伝説だけが伝えられていく。
- 作者: ダン・ブラウン,越前敏弥
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2014/04/11
- メディア: Kindle版
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伝説といえばダン・ブラウンのロスト・シンボルを読了した。
とてもおもしろかった。
陰謀論、象徴学、暗号、そういったものが飛び交う物語で、なによりフリーメイソンの話だ。
本書の中では古(いにしえ)の知恵は現代科学より尊い、という主張がずっと繰り返されるが、主人公のロバート・ラングトン教授は最後まで疑い続ける。
そういう物語にしないと読者がついていけないからだ。
ともすれば単なるオカルト趣味になりがちな展開をギリギリの地点まで現実に縛り付けているのがラングトン教授の冷静さで、しかし作者のダン・ブラウンは自作の中で古の知恵の崇高さを主張し続ける登場人物たちをどのような思いで描いているのだろうと不思議に思う。
この作品には純粋知性科学が重要なカギを握る。
純粋知性科学とは、簡単にいえば「精神や思考には質量がある」という主張である。
AI研究者の立場から言えば、これはめちゃくちゃな主張に思える。
コンピュータは学習するとき熱を発するが、熱は質量ではない。いや、正確にいえば、質量は熱に変換できる(e=mc^2)ので、熱から質量を生み出す(m=e/c^2)こともできるのかもしれないが、それは核爆弾をつくるのと同じくらい大変なはずで、光速の自乗よりも大きいエネルギーが必要になる。人間が自然にそれを行っているとは思えない。少なくとも常識的な科学では。
ただ、宇宙論のアマチュア愛好家として、人間が持つ精神の働きについて科学が解明することを期待してはいる。
目下知られているなかでの宇宙の謎の中でも最大のものは、やはり量子物理論だろう。
量子物理の世界では「観測者」が観測した時点で宇宙が確定する。
宇宙は複数の宇宙が重ね合わさっており、誰かが「観測」したときにどの宇宙に進むか確定する。
しかし「誰か」というのは、一体「誰」なのか。これは未だによく分かっていない。
二重スリット実験について知らない人はこの動画を見て欲しい。
これはフィクションではなく、現実である。
この原理を利用して、量子暗号や量子テレポーテーション、量子コンピュータが実現している。
信じようと信じまいと、様々な証拠がこの奇妙な現象の存在を裏付けている。
「観測者」は果たしてセンサーのことなのか、それともセンサーの値を「観測する」人間のことなのか。
「観測者」は人間でなければならないのか、それとも生物ならなんでもいいのか。
もし仮に人間だけが観測者になれるとしたら、この世界でなぜ人間だけが特別なのか。
僕は人間だけが特別であるという考え方にはとても否定的だ。
かつて創造主と呼ばれるような高知性が存在したとして、人間だけを特別扱いする理由はあまり見当たらない。
生命の活動も謎だ。様々な仮説があるが科学的に「なぜ生命が存在するのか」はまだ解明されていない。「そもそも生命とはなにか」というこもとよくわかっていない。生命は部分的にエントロピーの逆行を起こす。宇宙全体の系でみればエントロピー増大につながっているが、部分的にエントロピーを逆行させるのが生命の働きであり、それが無機物との大きな違いだ。
ダン・ブラウンは「オリジン」の中で、より大きい拡散を生むために生命が産まれた、と登場人物に主張させているが、これは空想の話であって、本当にそうかどうかは誰にもわからない。
生物が観測者になれるのなら、たとえば観測機の前にバクテリアを置いておいたら宇宙は収束するのか。
どうも無理な気がする。
なら、バクテリアよりはだいぶ複雑な、ネコや犬ならどうか。それを誰かが試したという話はまだ聞いたことが無い。
量子物理の実験を誰でも手軽にできるようになれば宇宙の謎の解明は進むだろうが、実際にはこの実験には大掛かりな装置が必要である。
犬は動画を動画として認識できないらしい。
バラバラの絵に見えるそうだ。これは実験によって100年前から確かめられていると聞いた。
古の知恵、は現世の人間に与えるには早すぎるのだ、と「ロスト・シンボル」では主張されている。よくある陰謀論のようにも聞こえる。
古の知恵、はとてもシンプルなメッセージを発しているのだ、とも主張される。しかしそれがシンプルであるがゆえに、人はその正しい意味を理解できていないのだそうだ。
ディープラーニングのことを考えてみよう。
この数年、驚くべき成果を次々と出してきたが、その作動原理は恐ろしくシンプルである。
最先端のカプセルネットワークですら、ちょっと器用な中学生でも実装できるくらいシンプルだ(そのうちプログラミング教室のカリキュラムに入れるかもしれない)。
驚異的なのは、これほどシンプルな仕組みで、機械が人間を凌駕する「直感力」を身に着けているということだ。
理屈をすっ飛ばして本質を掴む力を直感と呼ぶとすれば、まさにディープラーニングが可能にしているのは直感力の獲得である。
AlphaZeroのソースコードがホワイトボード一枚に収まった時、ぼくはあらためて驚嘆した。
もしかして、これは人間や知性にとって、とんでもないことが明らかになってしまったのではないかと。
我々が普段感じている、自分の心の動きの複雑さや思考の難しさ、そういったものは、すべてほとんどまやかしなのではないか、ということだ。
一般に天才と呼ばれる人は論理を飛躍していきなり結論を出す。
他ならぬ直感によって、だ。
トーマス・エジソンは「天才とは99%の努力と1%の霊感(インスピレーション)である」と語った。これはどんなに努力しても霊感が伴わなければ天才とは呼ばれない、という意味の皮肉である。
実際のところ、天才になることはそんなに難しいことではない。
天才の振る舞いを見て、真似するだけで誰でも天才のようになれる。でもこれがなかなかできない理由はふたつある。ひとつは、天才のような霊感を誰でも持っているが、そんな不確かなものに99%の努力を傾けるほどバカになれる人は少ないからだ。
草間彌生がなぜ天才と呼ばれるか。
いいのか悪いのかはともかく、彼女の作品にはひとつの明確な方向性が決められているからだ。作品の断片だけを見てもすぐに「あ、草間彌生だ」とわかるような強烈な個性、人の心を揺さぶる特徴が含まれているからで、誰でも草間彌生の表面だけを真似することはできるが、草間彌生の精神と完全に同調することはかなり難しい。
天才に理屈を聞いても、屁理屈が返ってくるだけである。
そして天才の直感はしばしば深刻なくらい間違っている。
しかしもっと大事なのは、「仮に間違った直感」を持っていたとしても、天才の業績は本物であるということだ。
いい例がアルベルト・アインシュタインだ。
彼は「神はサイコロを振らない」と生涯言い続け、量子物理を否定し続けて死んだ。しかし彼の直感が誤りだったことは後に証明されている。
だからといってアインシュタインが天才でなかったことにはならない。
アイザック・ニュートンもそうだ。彼は万有引力を発見したが、同時に光速については無視していた。だからアインシュタインの活躍の場ができたのだ。
先日鬼籍に入った車椅子の科学者。ステファン・ホーキングもよく知られた天才の一人だ。
彼は死ぬまで「AIは人類にとって脅威だ」と主張していたが、その直感が正しかったかどうか、まだわからない。僕はもちろん間違っていると思う。
たとえばディープラーニングによって人間のトップ棋士を下したという事実から、囲碁は直感のゲームだと解釈できる。
ということは、ディープラーニングが人間以上の直感力を持つとして、直感の行き着く先はなにか。
それは知性の本質的な理解であり、「知性的である」という定義の変容とか、解釈の変化とか、いろいろなものが考えられる。
人工知能の仕事の何が面白いかといえば、まさにこの点だ。
それまで「賢い」とされてきたものや「尊い」とされてきたものの価値観が根底から崩れる。その変化が幾度も非連続的に訪れ、その度にビックリしたり感心したりする。
逆に言えば、ディープラーニングを人に教えるというのはおそろしく無謀な取り組みである。
二年前からそういう仕事をしているが、なんせ毎回言うべきことが変わる。ディープラーニングは目下のところ常に進化していて、常に新しい事実が明らかになるからだ。
既存の人工知能学者は、少なくともクローズエンドの問題に関してはディープラーニングに白旗を上げることに決めた人が増えてきたようだ。
面白いのは、ディープラーニングの過去のやり方を否定しているのは、ディープラーニングの研究者だけになってきているということだ。
いかに世の中が本質的な理解をすっ飛ばして直感に基づいた研究活動が行われているか、まあとくにディープラーニングの研究はその傾向が強いのかもしれないけど、仮にカプセルネットワークをヒントン教授以外の人が提唱したら、これほど重要なものとは思われなかっただろう。
今ではホップフィールドネットワーク的な方法で学習を試みてる人も見かけなくなってしまった。
とここまで考えて、改めて「古の知恵」について思いを巡らすと、ひょっとしたら、という気持ちにもなるのである。
古代では唯一自由になるのは精神だった。
だから今よりもずっと精神に対する理解、または精神に対する「直感」は強かったとかんがえられる。
高僧はひたすら修行し、内なる自分と向き合う。
外からみればかなり無意味に見えるが、もしかするとそういう修行を通じなければわからない高度な精神世界があるのかもしれない。そもそもそこまで無意味なものに人は熱中できるだろうか。しかも何千年もの時を越えて、それが受け継がれるということがあるだろうか。
天才のように振る舞う、という話でいえば、スティーブ・ジョブズに憧れる起業家は数いれど、彼のように仏教の修行をしにいった起業家を僕は見たことがない。ジョブズは僧侶になろうとしたこともあるのだという。仏教とドラッグにハマった彼にしかわからない精神世界というのがあったとしてもおかしくない。
全くの妄想だけで旧約聖書やヴェーダが書けるだろうか。
古代の人たちが到達した高度な精神世界を隠喩するために、聖典が記されるとすれば、或いは我々凡人が思いもよらないひとつの答え、到達点がそうした書物にハッキリと示されているのではないか。しかし実際には我々はその言葉の解釈を知らず、自分の拙い直感を盲信して、そこに書かれていることが現代科学よりも高度な知識のはずがない、と考えているだけではないだろうか。
歳を重ねて少しずつ分かってきたのは、世の中には理解の遠く及ばないものがあるということだ。若い頃は理解できないことなどこの世に存在しないと思っていた。
直感を言葉にするのはとても難しく、同じ言葉を相手に投げかけても、相手によって伝わり方は様々だ。この文章とて、ある人から見ればノイローゼのように見えるかもしれないし、別の人には強い共感を呼ぶかもしれない。
言葉の限界はけっこう低い。
人の精神に去来するものはひとつではないし、複数の思考や思いが常に重ね合わさっている。
まるで量子物理でいう量子重ね合わせ(スーパーポジショニング)のように。
肯定する気持ちと否定する気持ちが同居するのは、それほど珍しいことではない。
唯物論的に考えれば、精神は単なる情報の伝搬にすぎず、蜃気楼のようなものだ。
唯心論として考えれば、精神こそがものごとの始まりであり、精神が観測することによって宇宙は収束する。
そもそも量子物理が人間のふつうの直感と完全に反しているので、受け入れがたい概念なのは間違いない。
しかし人間というのは常に間違った直感を持ってきた。地球は平らだと信じていたし、太陽が地球の周りを回ると信じていた。
疫病になるのは日頃の行いと不信心からだと信じていたし、今も人間は機械よりも高潔で慈愛に満ちた素晴らしい精神を有すると信じている。それが人間が人間としての生活から学習した「自然な直感」であり、しかし科学は、そうした「自然な直感」を否定する証拠をひとつひとつ積み重ねることで進歩してきた。
ディープラーニングをやっていると、人間がもっとも大切にしてきた精神のメカニズムを見つめ直し、その秘密を解き明かすのがこの仕事の本質なのではないかと感じる。だから面白いんだけど
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