「子どもの貧困対策」に関わっている。
直接に自法人が運営しているわけではない。地方自治体からの委託事業で、運営しているのは地元の母子会。自分はアドバイザーである。
内容としては、最近増えつつある「子ども食堂」や学習支援を中心にして、地域交流とか関係機関との連携とかスタッフの育成もやれ、ということになっている。週に複数回の開所で、小中学生が30人くらい参加して、スタッフは毎回10名前後になる。
経済的事情から学習支援を必要とする子どものためにスタートしたが、蓋を開けてみると多くの親子が複合的な課題を抱えていた。困難事例の数々とスタッフのマネジメント、そして育成。母子会だけで進めていくのは無理と感じられるようになって、自分がアドバイザーを頼まれることになった。
アドバイザーとなって今年度(29年度)の事業計画と予算で尽力したのは、コーディネーターの人件費をきちんとつける、ということだった。
この種の事業に関わるスタッフ全員がしっかりと最低賃金を上回るような給与を受け取るのは難しい。委託料の総額からして「完全に無償のボランティアではないが最低賃金までは受け取れないスタッフ」がたくさん活動するような制度設計になっている。それでも必要を感じて動く支援者が一定の人数いれば、事業は成り立ってしまう。とりわけ母子会のように「当事者」の団体は、もともと「働く場」として自分たちの団体を捉えていないことも多いので、すぐに膨大なボランティアをやってしまう。「子どもたちのため」となれば、なおさらだ。
しかし、多くの支援者のシフトを組み、食事メニューや食数を調整し、親子からの相談に乗り、必要とあらば関係する機関やサービスへとつないでいく、という仕事は、支援者集団の中でも特別な役割である。実際「コーディネーター」と「管理者」を置くように制度上も求められている。
自分がアドバイザーをするようになる以前にも実質的なコーディネーターはいたが、その業務に対する人件費は受け取られていなかった。ひとりの母親がパートタイムで他の仕事をしながら、最低賃金にもとどかない条件で全体を取りまとめていた。並外れた熱意をもつ彼女でなければ、このような活動は続けられないだろう。それは「一代限り」の事業になりかねない、ということを意味する。社会的な事業とは、呼べない。
だから、今後もコーディネーターが安定して続けられるように(仮に彼女が働けなくなっても、仕事として誰かが後を継げるように)人件費を確保した。大した額ではない。母子世帯の平均年間就労収入は最新の厚労省調査で200万。この金額を時間給に置き換えたら、「それよりはマシ」という程度である。
それでも、彼女にはこの事業に専念してもらうことができた。念のため、断っておくが、この事業を「ひとり親の就労支援」として使おうという意図はまったくない。誰がやるとしても仕事として真っ当な対価と無理のない働き方を実現しなければ持続可能でない、という話だ。
そして、1年の事業を終えた。充実した1年だったと思う。子どもの数が増えすぎて、受け入れに軽いブレーキを踏むことになったのは残念だったけれど、そのぶん親子の抱える課題のひとつひとつとは向き合えたと思う。親の精神疾患、子の病気、発達障害、不登校、いじめ、どの支援機関にもつながらない親子の最後の砦になった。
次年度の予算を今年度並みの計画で作成し、コーディネーターが提出した矢先である。地方自治体から物言いがついた。
「コーディネーターに支払う金額は1日5000円程度にせよ」「これは雇用対策ではない」。
そのようなルールはどこにも明記されていないし、金額の根拠もはっきりしない。1日6時間勤務としても最低賃金以下だ(ちなみに予算書の様式の最上段に書かれた科目は「賃金」)。そもそも今年度はその予算で1年間やってきているし、委託料の範囲で事業は完遂している。要求を飲めば、コーディネーターの年収は一気に半額程度になってしまう(正確に言うと、最初は勤務日数まで減らせと言われて、3分の1の金額を提示された)。もう来週から次年度であるのに。
担当者は「昨年は見落としていた」と言う。有識者も含む前で自分が「コーディネーターの体制強化」をプレゼンまでしたのに、である。課長は異動しているが、それはこちらに関係ない。
連絡があったその日のうちにコーディネーターは即日の予算修正を求められ、応じてしまった。自分が外出して夜に帰ってくるまでの間に、予算書は書き換えられて送信された。低所得に慣れきってしまっているひとり親は「自分の要領が悪いから仕事に時間がかかっている」「ひとり親はみんなこんなにもらえない」などと自分の責任を問い始めて、すぐに押し切られてしまう。
行政の担当者には即座に抗議の連絡を入れたが、自分が何をどう主張しても対応は変わらなかった。「他地域の母子会はそれでやっている」さらには「それだけの時給をつけるならば、コーディネーターは何か特別な資格をもっているのか」とも言われた。多勢に無勢。
徹底的に戦うことも、母子会は望まない。抗議の電話もはじめは制止された。お金を「いただいている」立場。揉めたくないのだ。けれども、これが「母子会」でない法人であったなら、このような乱暴なやり方が認められるだろうか。母子会の予算書など簡単に書き換えさせられるという傲慢さが行政にはないだろうか。
子どもの貧困対策として行われる事業が、その中心者を最低賃金以下で仕事させて当然ならば、向こう10年くらいの間に次々と滅んでいくだろうと思う。熱意ある母親のボランタリーな努力に支えられた活動は、その母親の衰えとともに消えていく。「母親たち」による社会的な活動と関わってきた者ならば、みんな知っていることだ。
なお、今回の予算修正によって、自分へのアドバイザー料は一時間あたりで見ればコーディネーターの受け取る額の倍ほどになる。それには何も物言いがつかなかった。もし「素人はボランティアか最低賃金程度で働け」ということならば、「子どもの貧困対策」とか「ひとり親家庭支援」のプロは、この国のどこで育まれているのか、と問いたい。