緊張しない人などいない。人間は誰だって、「緊張しい」なのだ。
でも、緊張していないように見せることは誰にでもできる。
そして、いくつかの心理テクニックを使えば、緊張や不安をずいぶんと減らすことだって可能だ。
内心は、心臓が口から飛び出るほどドキドキしていても、それを偽装して何ともないように「演技」さえできれば、現実には何の問題もないのだ。
(「はじめに」より)
心理学者/立正大学客員教授としての立場を軸にそう主張するのは、『人前で緊張しない人はウラで「ズルいこと」やっていた』(内藤誼人著、大和書房)の著者。そして注目したいのは、ここで引き合いに出されている「緊張」に関してのある研究結果です。
ボストン大学のマイケル・チュゲイドは、人前でスピーチするといった緊張度の高い行動をするときにも、肝っ玉の大きな人が、どうして平然としていられるのかについて調べてみたことがある。
すると、彼らも、不安や緊張を感じることがわかった。肝っ玉が大きい人も、ごく普通の人と同じように緊張していたのである。(「はじめに」より)
緊張すること自体は、どうしても避けられないもの。しかし生理的に緊張してきた状態は興奮状態とまったく同じなので、意味づけはいくらでも変えられるのだそうです。つまり「緊張してきたな」と感じたときには、「ワクワクしてきたな」と自分に言い聞かせるようにすればいいというのです。緊張というネガティブな感情を、興奮というポジティブな感情に置き換えてしまえばいいということ。
そのような考え方に基づく本書の根幹をなすSTEP 0「緊張していない『演技』をすればいい」から、いくつかのポイントをピックアップしてみましょう。
「計画どおりに動くだけ」にしておく
「人間が緊張するのは、いままでに一度も体験したことがないから。だとすれば、何度も同じ体験をくり返しておけば、そこまで緊張しなくてすむ」
著者はそう主張しています。同じ出来事を何度も体験していくと、私たちの感情は鈍くなっていくもの。そこで、緊張しやすいという自覚があるのなら、自分が怖いと思う状況をあらかじめ体験しておくのが手っ取り早い解決法だということ。行動的に何度かリハーサルしておけば、それほど緊張せずに済ませることができるというわけです。
「すでにやったことをくり返すだけ」という状態にしておけば、感情が揺れ動くこともなくなるわけで、これを心理学では「行動リハーサル法」と呼んでいるのだとか。
ウィスコンシン大学のリチャード・マクフォールは、小心者であまり自己主張ができないという自覚がある人だけを42人集めて、行動リハーサル法のトレーニングを受講させてみた。
たとえば、「映画のチケットを買おうとして列に並んでいるとき、割り込みしてくる人がいた」という具体的な状況を設定し、「どのように注意するのがいいか?」というセリフを考えさせるのである。自分なりに良いと思うセリフを紙に書き出させ、そのセリフを丸暗記し、そのセリフを演技で何度も口に出させる。
マクフォールは、16の場面を想定し、それぞれにどうすればうまく自己主張できるのかをくり返しリハーサルさせてみた。
その結果、トレーニングを受ける前には、言いたいことがあっても46.16%しか自分の意見を言えなかった人たちが、言いたいことがあるときには62.94%も自己主張できるようになったという。(26ページより)
この実験のように、緊張するシーンでなにを言うべきか、常に考えるくせをつければいいということ。たとえば「初対面の人と話すのが苦手だ」というのであれば、あらかじめ初対面の人とどんな会話をするのかを頭のなかでシミュレーションし、リハーサルしておけばいいというわけです。
なお、この方法について著者は、「できれば、紙にセリフを書き出してみよう」とも提案しています。それを丸暗記しておけば、初対面の人ともうまく話せるようになるというのです。なぜなら、「覚えたことを口にするだけ」ですむのだから。
同じように、外国人と英語で話そうとするとビビッてしまうというのであれば、あらかじめ話すことを英作文しておけばOK。そのとおりに話せばすむのであれば、緊張も不安も緩和されて当然だということです。(24ページより)
「想定外」も、想定しておくと「想定内」になる
自然災害が起こったときなどに、「想定外だった」という話を聞く機会は少なくないもの。しかし災害はともかく、私たちの日常生活についていえば、「想定外」のことなどあまりないものでもあります。たいていは、ちょっと頭を働かせれば「十分に想定できる」ことのほうが多いわけです。だから、リハーサルするときには、「少しでも可能性があることは、なんでもリハーサルしておく」という態度を持つことが大切だと著者はいいます。
「たった5分でプレゼンしろと言われたときにも、どうにかできるようにしておこう」
「いきなりスピーチの代役をやれ、と言われたときのことも想定しておこう」
このように、あらゆることを想定してリハーサルしておけば、いざというときにも決して動じることがないということ。リハーサル済みなのだから、たっぷり練習しれあれば、どんなことにも物怖じしなくてすむわけです。
逆に、もしリハーサルしておかないと、「そんなこと、いきなり言われてもできるわけがないじゃないですか」とパニックを起こすことになるかもしれません。そこで、昼休みとか、移動中の電車やバスのなかで時間があるときには、頭のなかでいろいろな想定をして会話や行動をイメージしておくといいそうです。そうすれば、イメージ・トレーニングの効果によって、それらがうまくこなせるようになるというのです。
フランスのスポーツ心理学者M・ブロウジーンは、一度もゴルフをやったことがない人に、50メートルのアプローチ・ショットを13回やらせてから、イメージ・トレーニングをさせてみた。肩の力を抜いて、どのようにクラブを振ればよいのかのイメージを鮮明に思い浮かべるようにさせたのである。
それから、もう一度アプローチ・ショットをやらせると、イメージ・トレーニングの効果が出て、うまくカップに寄せることができたという。(31ページより)
当然のことながら、イメージ・トレーニングなら特別な道具は必要ありません。ヒマなときには、想定外のことを想定してみれば時間つぶしにもなるでしょう。そればかりか現実問題として役に立つのですから、試してみる価値はありそうです。(28ページより)
人前で話す練習は「ガチ」でやっておけ
スポーツの世界では、試合の前にウォームアップをするのが普通。いきなり試合に臨んでも体は思うように動いてくれないため、ほぐしておく必要があるわけです。ところがアマチュアの選手は、「まあ適当に」とダラダラと体を動かしてウォームアップを終わりにしてしまいがち。
このことについて著者は、ウォームアップするのなら、全力でやらなければダメだと主張しています。中途半端なウォームアップでは、筋肉に緊張感が伝わらず、かえって全力を出せなくなってしまうから。短い時間でも、限界まで筋肉を動かしておかないと、筋肉が手を抜くことを覚えるわけです。
ラジオやテレビのアナウンサーにしても、本番前に大きな声でしっかりとニュース原稿を読み上げてウォームアップするもの。本番だけを聞いた人は「うまく話せるものだなぁ」と感心するわけですが、徹底的に事前の訓練をしているからこそ、本番もうまくできるのだということです。
そしてプレゼンのリハーサルをするときも同じで、やるのならとにかく全力で練習することが大切。目の前に聴衆が座っていることをイメージし、大きな声で本気の練習をしておかないと、本番のときに自分がひどい目に遭ってしまうわけです。
本気で練習しておくからこそ、「絶対に本番でもうまくできる」という自信が生まれ、ビビらなくなるということ。だからこそ著者は、厳しい稽古の裏づけがなければ、自信など持てるはずがないと断言しています。
「もう大丈夫だろう」と思っても、さらに練習を続けることを、心理学では「オーバーラーニング」(過剰学習)と呼んでいるのだが、過剰学習をするからこそ、本当の練習の効果があげられるのだとノーザン・コロラド大学のジーン・オームロッドも述べている。(35ページより)
ウォームアップにしてもリハーサルにしても、やるなら徹底的にやっておきたいところ。そうしない限り、ビビリハ克服できないという考え方です。(32ページより)
本書に目を通してみると、「緊張していない『演技』をすればいい」という考え方に強い説得力を感じることができるはず。そして、そのような考え方を身につけることができれば、緊張する機会も減っていくのではないでしょうか? ピンときた方は、ぜひ手にとってみてください。
Photo: 印南敦史
印南敦史