今付き合ってる彼女が「彼」かもしれません

今回、牧村さんのもとには、付き合ってる彼女が「彼」かもしれないというお悩みが届きました。お互いに惹かれ合ってつきあったものの、心と欲が完全に「男性」だった彼女に違和感を覚えてしまったのだそうです。牧村さんが日本のある現状を指摘しながらアドバイスします。


※牧村さんに聞いてみたいことやこの連載に対する感想がある方は、応募フォームを通じてお送りください! HN・匿名でもかまいません。

こんにちは。記事を開いてくださって、ありがとうございます。牧村朝子です。

あなたは、『今付き合ってる彼女が「彼」かもしれません』というタイトルの記事を読み始めてくださいました。この連載は、読者さんから投稿を募集し、それに私がお応えする形で書いているものです。始める前に、ぜひ考えてみていただきたいのですが……

『今付き合ってる彼女が「彼」かもしれません』

この投稿文を書いてくださった方ご自身の性別を、あなたは、なんだと思いますか?

ぜひ、それを頭に思い浮かべて読み始めてみてください。続いて、ご投稿のような状況を引き起こす要因について、「日本はオランダに比べてアレが約3倍」っていう話を引きつつ考えたいと思います。

以下、対話形式で進めます。青い字が投稿文です。

いつも、牧村さんの連載を読んで元気をもらっています。先日の「女なのに、なぜ男を好きになれないの?」の記事を読んで、なぜか涙が出ました。

ありがとうございます。先日の回は、ご投稿者の方に悪いことしちゃったかしら、ってちょっと思っているんだけど。でもまあ、言いたいこと飲み込むよりは良かったんじゃないかと思いたいです。

さて、あなたの「言いたいこと」は何かしら。お伺いします。

私は26歳のレズビアンです。

今、付き合っている彼女(と私は認識していますが、彼なのかも)にどうやって別れを切り出すか悩んでいます。

あら、一体どうなさったの?

そもそも出会ったのがお互いが自暴自棄になっていた時期に、レズビアンのオフ会で…だったので、私は彼女を「女」だと認識して、お互いの傷を舐め合うように付き合い始めました。今、付き合って半年が過ぎて、彼女の心と欲が完全に「男性」ということに、戸惑いを覚えています。

お相手の体に実は男性器がついていた、ってお話ではないのね。

では、具体的に何があったのでしょうか?

最初は、名前で呼んだ時に「女みたいな名前だから嫌、呼ばないで」と言われて違和感を覚え、男になりたい気持ちが子供の頃からあることを告白され知りました。それからは、男性的な部分を隠さなくなりました。彼女は自分の体の性を変えるつもりは一切ないようで、そういう心を抱えたまま生きていくつもりのようです。

そうね。そういうふうに、ホルモン注射や手術をせずに男性として生きて行く方々もいらっしゃいますよね。あえて用語でカテゴライズするなら、ノンホル・ノンオぺのFtM(Female to Male, 女性から男性へ)というあり方。

そんな「彼」と、あなたはどうして「別れたい」とお思いになったの?

私は、女が好きです。好きになるのが女なんです。一緒にいて安心できる人はみんな女性で、キスをしたいとか触りたいと思うのも女性です。彼女にも、私が完全にレズビアンであることは伝えています。だから彼女に、男性のように接されるのが気持ち悪くてなりません。こんなことを思ってしまうなんて本当に申し訳ないと思うのですが、どうしても……思ってしまうのです。

彼女のことを男性だと頭の中で認識しているからか、恋愛的な関係にあることに違和感を覚えるようになってしまいました。私ももう色々な面が限界で、彼女に別れを切り出そうとは思っているのですが、その際に私の気持ちを正直に告げるのは、彼女のトランスジェンダー(牧村注※生まれた時に割り当てられた性別を越えて生きるあり方の総称。今回の投稿の場合、「女とされて生まれ、男として生きる」こと)の部分を傷つけるのではないかとも思っています。正直に、私は女が好きで、あなたのことを女として見られなくなったから別れたいと言うのは、いけないことでしょうか。

(※ご投稿を一部編集して掲載しました)

「いけないこと」では全くないと思います。

そりゃ、女として生きる人に対して「あなたを女として見られなくなった」は、確かに失礼になりうるわね。けれど、あなたのお相手は“男として接してくる人”。それで「女として見られなくなった」なら、「そりゃそうよね」って思う。そう伝えて別れるのは、「いけないこと」では全くないと思います。そうなさったらいいと思う。

でももしかして……

もしかすると、よ……

「くやしいこと」かもしれないな、とは思います。

私、思うの。あなたと、その「彼かもしれない彼女」の間には、惹かれあった必然性があるって。たぶんお二人とも、同じ痛みを知っている。それは……

・「こんな夜中に女の子一人で帰せない。俺が送るよ(下心)」
・「そーゆーの男ウケ悪いよ、やめたら~? いちお女子なんだからさぁ(笑)」
・「へぇ~! なかなかいないよ、女なのにこのスコアを出せる人。中身おっさんなの?(笑)」
・「来いよ~。俺らだけじゃつまんねーから女の子も呼んでこいって先輩に言われてさぁ」
・「俺が持つよ。いいって! 俺が持つっつってんじゃん! 手ぇ離せよ!」

こういうのです。

こういう、「女の子は俺より弱い。俺が守るから俺の思い通りにかわいくおとなしくしてろ」みたいなやつ。なんていうのかなあ、お飾り扱い、って感じ?

いや、こういうのが好きな人もいますよ。でも、こういうのがイヤな人はどうするか。

例えば次のような対処法ですよね。

(1)“お飾り扱い”してこない、対等に人間として接してくれる男性を探す。
(2)“お飾り扱い”される痛みを分かち合える人間、大抵の場合女性、を探す。
(3)“お飾り扱い”されたくない、男になりたい、女をやめたい。と願う。

で、ご投稿者の方のお相手は、もしかして(3)なのではないかと、お話を伺った限りでは思うんです。

だって、「男になりたい」んでしょ?

「自分は男だ」じゃなくて。

ちょっとここで、背景に目を向けてみましょうか。

実は日本って、西欧諸国と比べて、FtMトランスジェンダーの人が突出して多い国なんです。

先に述べたとおり、手術やホルモン注射や戸籍性別変更を行わないトランスジェンダーの人もいますから、正確な数を把握するのは難しい。けれども、医学的な見地から出た数字を整理すると、だいたい次のような人口比になることが推測されます。(※ 参考論文 https://www.ishiyaku.co.jp/magazines/ayumi/AyumiArticleDetail.aspx?BC=925604&AC=15871

日本 MtF:FtM=1:1.7
オランダ MtF:FtM=1:0.6

つまりね!

女性とされて生まれ男性として生きるFtMの人が、日本ではなんと、オランダに比べて、約3倍!ってことよ!!

おそらくオランダでFtMとして生きているのは、ほとんど「自分は男だ」の人。でも日本では、「もう女やめたい。男になりたい」とか「自分は女が好きだ。それでは男にならなくちゃいけないんじゃないだろうか」の人も相当数いるんだと思うのよね。要するに、女性蔑視を苦に「男になりたい」と思ったり、異性愛規範に合わせるために「男にならなきゃ」と思ったりしている人ってこと。

実際問題、私も「男にならなきゃ」の人だったし。お相手の場合はさらに、「本物の男になるためには彼女を作らなきゃ」って思い込んでいらっしゃるかもしれない。それから私の敬愛する女優・杉本彩様も、女性性を求められることに疲れ、「自分の乳房を切り落としたくなったことがあった」って、著書『リベラルライフ』に書いていらっしゃいます。

さて、あなたのお相手は、「自分は男だ」の人かしらね?
それとも、「男になりたい」「男にならなきゃ」の人かしらね?

いずれにせよ、間違いだとは思わない。どれもこの社会において、その人が生きるためのサバイバル方法なんだもの。それにね、私の言っていること、的外れかもしれないわよ。私はお二人にお会いしたことがなくて、あくまで伺ったお話や学者さんの論文をベースに考えているだけだから。

ただね、もし、あなたとお相手の今回の別れが、こうした社会状況のせいであるならば……

くやしいわね。

っていうのが、私の感想です。

女は、女でいたくないなんて思うような目に遭わなくていいはず。女を愛する女は、男になることを強いられなくていいはず。FtMは、レズビアンイベントじゃない場にも出会いを求めることができていいはず。そして、男は……男として生きる人は、男とされて生きる人は……“女を愛さなければ、男らしくしなければ本当の男じゃない”って思いこまされたりしなくてもいいはずなんです。

ねえ、そっちの方がほんとうよ。

今は、苦しいかもしれない。だけれどきっとこの先に、苦しみから自由になれる未来があるって、信じることにしましょう。生きることは、変わり続けること。変えられるという希望を抱くこと。その希望のいしずえに、変わらない確かなものを求め続けることです。大丈夫です。あなたと私が、こうしてオープンな場所で、レズビアンだとかトランスジェンダーだとかいう言葉を使って話し合うことができる、そしてこの文章を今読んでくださっている読者さんに届けることができるこの2018年も、数百年前、数十年前の人たちが、希望をもって築き上げた未来なのですから。



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牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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0501Can @cakes_PRさんから @makimuuuuuu #ハッピーエンドに殺されない 約2時間前 replyretweetfavorite

kenken321 引用リツイートならFacebookでもシェアできるかな。"@cakes_news: " 約4時間前 replyretweetfavorite