サイバー攻撃、その対策 意味ないかも

ネット・IT
2018/3/28 6:30
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 サイバー攻撃による企業の情報流出被害が相次いでいる。企業は不審なメールは開かないように呼び掛けたり、パスワードを定期的に変更させるなど対策を強化しているが、社員に負担を強いる割に効果が疑問視される対策が少なくない。情報セキュリティーの専門家らに取材した。

 ハッカーがウイルスを仕込んだメールを、社員がうっかり開いてしまう被害が頻発している。多くの企業は社員が不審なメールを開かないように、模擬メールを送信するなど攻撃を防止する訓練を強化している。

 IT(情報技術)部門は開封率を引き下げようと、2度、3度と訓練を繰り返す。回数を重ねれば開封率は下がっていくが、社員数が多い大企業ではゼロにすることは確率論的に難しい。

 ハッカーからすれば、開封する社員が1人いれば十分。誰かが開封するまで何度でもメールを送ってくる。開封率がゼロにならない以上、不正侵入を許してしまうリスクは訓練前とさほど変わらない。

 情報セキュリティーのS&J(東京・港)の三輪信雄社長は「不審メールの訓練は開封率低下を目標にするのではなく、不審なメールに気づいてIT部門に報告する社員を増やすことを目的にすべきだ」と指摘する。IT部門に報告する社員がいれば全社員に注意喚起し、不審メールを監視強化して攻撃を防ぐことができる。

 セキュリティーに詳しい情報安全保障研究所(東京都三鷹市)の山崎文明主席研究員は「メール訓練は役に立たない」と言い切る。山崎氏が勧めるのは、米グーグルや米マイクロソフトをはじめとするIT関連企業・団体が共同開発した「DMARC(ディーマーク)」と呼ぶ技術だ。

 メール送信者のIPアドレスや電子証明書をもとに、実在する企業のメールアドレスを勝手に使う「なりすまし」を見破れる。ただ、ハッカーが「O(英字のオー)」を「0(数字のゼロ)」に変更するなど、本物と1字違いのメールアドレスを使う場合がある。これだとDMARCも検知できない。

 メール関連のセキュリティー製品を販売する米プルーフポイントで、マーケティングを担当するアデニケ・コスグロフ氏は「1字違いメールアドレスの検知には、次世代のメール監視システムが有効だ」と指摘する。

 社員が送受信するメールから、通常の状態を人工知能(AI)の機械学習で把握する。いつもは連絡のない相手からメールで突然、やり取りが始まるなど、不自然な動きがあると「異常」が起きている可能性があるとして知らせる仕組みだ。プルーフポイントをはじめとするセキュリティー企業が実用化している。

 多くの企業が取り組みながら、情報セキュリティー専門家の大半が「何の意味もない」と口をそろえるサイバー攻撃対策もある。それは「メールの添付ファイルの開封に必要なパスワードをメールで通知する」もの。通常、添付ファイルの暗号化からパスワードを通知するまでの一連の操作をシステムで自動化する。

 添付ファイルが第三者の手に渡っても、中身を盗み見られないようにする対策と位置づけられている。ただ、パソコンやサーバーがハッキングされてファイルを添付したメールが流出するのであれば、パスワードを知らせるメールも抜きとられると考えられる。ファイルを守る効果は薄く、受信者にパスワードを入力させる手間を増やしているだけという。

 三輪氏は「パスワードはメールではなく電話で知らせたり、事前に会議で決めたりすべきだ」と主張する。「面倒だ」と訴える社員が多ければ、山崎氏は「ダウンロードサイトを活用してみてはどうか」と提案する。

 ファイルをダウンロードできるウェブサイトのリンクをメールで知らせる方法だ。セキュリティーが確かなダウンロードサイトを選び、ダウンロードできる期間を短く設定し、ダウンロード回数も1回に限れば、ファイルが第三者の手に渡るリスクを抑えられる。

 社内システムにログインするパスワードを2、3カ月に1回、社員に変更するように求める企業も多い。パスワードが外部に流出しても、頻繁に更新していれば第三者がログインできないので安全だ、と考えているためだ。だが定期的なパスワード変更は効果が薄いという指摘が出ており、総務省もセキュリティー関連の指針から「パスワードを定期的に更新しよう」という記述を3月にやめている。

 米ノースカロライナ大学もシステム利用者に3カ月ごとにパスワード変更を義務付けていた。同大の研究チームが5万個のパスワードを分析した結果、更新時に一定の規則に従って少しだけ変更したパスワードが多く見つかった。

 例えばパスワードに含まれる数字の「1」を更新時に「2」「3」と増やしていく。あるいは最後の文字を先頭に移動させる。頻繁な更新を義務付けると、利用者は忘れないように類推しやすいパスワードを設定していた。

 研究チームが類推機能を持つソフトを使ったところ、更新したパスワードの4割を3秒以内に割り出すことができた。これでは定期的にパスワードを変更しても不正侵入を許してしまう。

 山崎氏は「頻繁にパスワードを更新することは利用者の負担を増やすだけ。類推がしにくい長くて複雑なパスワードを設定すべきだろう。更新は必要ない。仮にするとしても1年に1回程度が限度だ」と指摘する。

 三輪氏も「自分だけが理解できる文章をパスワードに設定すれば、長くても覚えやすい。定期的なパスワード変更に意味がないとは言えないが、防止効果について深く考えずに更新を義務付けるのはナンセンス」と強調する。

 社員の負担を最小限に抑えて賢くシステムを守ることは業務効率の改善につながる。IT部門は社員に不便を強いる対策に十分な効果が見込めるのか見極めなければならない。

 【日経産業新聞 2018年3月28日付】

(企業報道部 吉野次郎)

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