なにごともうまくいかない日の過ごし方

今年の冬、アメリカ東北部を襲った異常気象。アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんの自宅も停電に見舞われました。買い出しに行ったスーパーでは車が故障し、楽しみにしていた予定がキャンセルに。さらには車を預けたディーラーに自宅の鍵を忘れ……。
そんな「踏んだり蹴ったりの日」が、振り返ると「すごく幸運な日」だったといいます。そのような心境に至った経緯はどのようなものだったのでしょうか?

アメリカ東北部を襲った大嵐

誰でもそうだと思うが、なにをやってもうまくいかない、いわゆる「踏んだり蹴ったり」の日がある。私にとっては、アメリカ東北部が大きな雪嵐に襲われた先週の土曜日がそうだった。
でも、「なにごともうまくいかない不運な日」が、振り返ると「とても幸運な日」になっていた。今日はそんなエピソードをご紹介しよう。

私が住むボストン周辺の冬は厳しい。11月には雪がちらつきはじめ、1〜2月にはたまに気温が零下20度以下になる。4月になっても大雪が降るし、零下の気温にもなる。若葉が出始めるのは5月になってからのことだ。それには慣れているのだが、今年の冬は異常すぎる。風が強くて実際の温度より低く感じる体感温度零下20度の気温が1週間続き、その後に20度近い初夏の気温まで上がったのだ。

そして3月上旬にやってきたのが、「爆弾低気圧(bomb cyclone)」という大嵐だった。各地で洪水が起こり、木々が倒れ、6人が死亡し、90万世帯以上が停電した。

それが完全に復旧しないうちに今度は暴風をともなう雪嵐がやってきた。まず大雨が降り、それがみぞれに変わり、雪になった。凍りついた木に重い雪が積もった後で台風なみの暴風が襲った。凍って柔軟性がなくなったところに多くの角度から重圧が加わるという、木にとっては最悪のシナリオだ。当然、多くの木が倒れ、枝が折れた。

娘の友達が遊びに来る日に停電

わが家は木々に囲まれた地域にあるので、こういう天候になると必ずといっていいほど停電する。今回もそうだった。わが家の敷地内だけでも大きな枝が折れて倒れ、屋根を直撃した。

電気だけでなく、電話も通じない。インターネットもだ。携帯電話を使うことはできるのだが、わが家周辺はふだんから携帯の通じにくさで悪名高い場所である。ネットが通じる図書館に出かける手もあるが、嵐の間は公共機関が閉まっているし、近所の道の数々は折れた木で通行止めになっている。つまり、まったく仕事にならない状況だ。

いつ復旧するのかわからない状態で停電3日目の土曜日を迎えた。
この日の夜は、メディカルスクール(医学大学院)に通っている娘とクラスメートがわが家に来る予定になっていた。夕食後に一泊し、翌日私の車を借りてメイン州にハイキングに行くという予定だった。娘たちは、ふだんメディカルスクールがあるボストン市内に住んでいるので、旅の気分を味わえる北部に行きたいようだった。

私は「停電でも、ポータブルコンロで料理はできる。家の中でキャンプするつもりで来て」と娘にテキストメッセージを送ってから車のガソリンを満タンにするためにガソリンスタンドに行き、次に食材の買い出しをした。

楽しみにしていた予定がキャンセルに…

ホールフーズというスーパーマーケットで食材を買い込んで車につめ、さて家に戻ろうとしたらエンジンがかからない。パネルには「パーキングブレーキの故障」という警告が出ているが、屋外の平面の駐車場なのでパーキングブレーキなんかしていない。車を毎年チェックしてもらっているディーラーに電話したら「ロードサイドサービス(故障の現場に来て対応してくれるサービス)を使って持って来て」ということだ。そこで、1995年から忠実に会費を払い続けているAAA(トリプルA)というロードサイドサービスに電話した。

「今(11時半)から2時15分までの間に行く。係が行く準備ができたら電話する」という返事だ。残念ながら、アメリカではこういう場合11時半よりも2時15分だと考えたほうがいい。3時間は待たされる覚悟をした。

娘に状況を伝えたら、「今日はキャンセルしたほうがいいと思う。明日の朝、レンタカーを借りて直接メイン州に行く」という返事だった。妥当なスケジュール修正だが、がっかりしたのも事実だ。

私は零下の駐車場を離れてスーパーに戻ることにした。外はマイナスの気温だが、店の中は暖かいし、無料wifiもある。そして、サラダバーやカフェ・バーがあって、座って食べる場所がある。よく考えたら、忙しくて、早朝からまだ何も食べていなかった。
50代になってから炭水化物を減らしている私だが、「こういうときには、まず空腹を解決するべきだ!」と久しぶりにピザを選んだ。ズッキーニやトマトが乗っている大きなスライスだ。

ピザを食べながら、たまっていたメールのチェックもした。
取材を申し込んでいたアメリカ人作家からの返事がちょうど届いたところで、すぐさま返信した。

スーパーで会話した「臆病」な女性

メールを終えてiPhoneをテーブルに置き、ピザにかぶりついたら、目の前に座っていた30代後半くらいの白人女性が「そのピザ、どういうピザなんですか?」と遠慮がちに話しかけてきた。「そういうピザがあるなんて、知らなかったので」と言う。

「なんという名前か知らないけれど、たぶんベジタリアンピザなんだと思いますよ。私はベジタリアンじゃないんですが、野菜がゴロゴロ乗っているのが好きなんです。ふだんはピザを食べないですけれど、今日は特別なんで」と停電プラス車の故障のいきさつを話した。

その女性は、ものすごく内気そうな感じだった。視線をあわせると、すぐに目を伏せる。けれども、なんだかとても会話に飢えているような感じだった。

彼女は、科学者が多い職場で、彼らの雑用をこなす仕事をしているという。1日に2万歩くらいは歩くのだと言って腰に下げているパウチからiPhoneを取り出してアプリを見せてくれた。その日は半日ですでに彼女は1万6千歩歩いていた。
私も、「今日は森で2時間過ごしたから同じくらい」と左手首につけたアクティビティ記録デバイスのFitbitを見せた。デジタル腕時計のように見えるが、心拍数や睡眠も記録してくれるし、目覚ましもセットできる。

「Fitbitって、何か特別なことができるんですか?」という彼女の質問から始まり、いつしか私は「図書館から無料でオーディオブックを借りる便利な方法」を彼女に教えていた。

彼女は「日本で生まれて、イギリスに行って、今はアメリカに住んでいるなんて、すごいですね。私にはとてもできない。私はとても臆病なんです」と残念そうに打ち明けた。「厳格な父のおかげで、すべてが怖くなり、何にも挑戦しないままこの歳になってしまった。ほんとうはバレエもしたかったし、たくさんの国にも行ってみたかった」と。

そこで私は、「生きてるかぎり手遅れってことはないと思いますよ」と自分自身の体験を語った。私も親元を離れるまでは、「すべてが怖い」と思う臆病者だった。臆病者の私たちは、他人から見て「すごい」ということを目指さなくていいんじゃないだろうか。昨日できなかったことを今日少しやれるようになるだけで、すごく自分の達成に感動できるから。

そんな会話をけっこう長くかわして別れるとき、彼女は「あなたと話ができて、とてもよかった。ありがとう」と笑顔で感謝してくれた。

家の鍵をディーラーに忘れる…

AAAがやってきたのは、結局3時半だった。そこからディーラーに行き、代車で家に戻ったらもう4時半だ。5時半から友人たちとコンサートに出かける夫のために夕食をポータブルコンロで作り、慌ただしい食事を済ませて後片付けをしている最中、ふと私は大失敗に気付いた。

戻ったとき夫がドアを開けてくれたので気づかなかったのだが、ディーラーで渡した車のキーに、わが家の玄関の鍵をつけたままだったのだ!

翌日は日曜だからディーラーは閉まっている。皿洗いを中断して代車に乗り込み、ディーラーに滑り込んだのが閉店直前の5時45分だった。

ところが、受付の若い女性は「営業部は開いているけれど、修理部はすでに閉まっている。明日の日曜は修理部は休みだから、オープンする月曜にまた来て。私はただの受付だから何もできない」としれっとしている。
でも、そこに通りかかった営業のおじさまが「どうしたの?」と割り込んできて、「修理部のガレージ開けてあげるから、自分で鍵を選んで」と救ってくれた。

ようやくわが家に戻り、皿洗いを終えて落ち着いたのが午後7時。
バタバタ走り回っているだけの「何ごともうまくいかない」典型的な1日だった。運が悪いときは、そんなものだ。

でも、本当に私は運が悪かったのだろうか?

「なにごともうまくいかない日」は「すごく幸運な日」

大きな枝が折れて屋根を直撃したけれど、幸いにも増改築で頑丈な金属製の屋根にしたばかりだったので被害はなかった。これが改築前だったら、屋根を壊しただけでなく、その前に停めてあった車も破壊していたことだろう。

私が夫にしつこく要求したので、わが家では増改築前にジェネレーターを購入して、それを取り付けられる設備にしていた。まかなえるのはセントラルヒーティングを管理する器具や台所の電灯とコンセントという最低限度の電気だけだし、騒音があるので使えるのは日中だけだが、それでもパイプが凍るような被害は避けられた。おまけに、夫から「しつこく要求してくれてありがとう」と感謝された。

車の故障は結局バッテリーの寿命が来ただけで、タイミングの悪さを恨みたくなる。しかし、よく考えればありがたいタイミングだった。前日に私が買い出しに出かけていなければ、その車に乗った娘たちがメイン州の山中で困っていたことになる。

AAAに電話したとき、真っ先に「そこは安全な場所ですか?」と尋ねられた。アメリカには、安全な町にひとり歩きが危険な地域が隣接していることがある。AAAが来るのが遅れたために若い女性が殺害された事件もある。また、零下10度以下のときに外で何時間も待たされたら凍死しかねない。質問の意図はそこにある。
それを考慮すると、食べ物とwifiがある暖かい高級スーパーマーケットの駐車場というのは、車が故障する場所としては最高のロケーションである。宝くじに当たったようなものだ。

そもそも、AAAと連絡が取れただけでもありがたい。アメリカには何十キロメートルにわたって携帯電話がまったく通じない場所があるのだから。
新品の代車でニューモデルを2日も試乗できたし、家の鍵をディーラーに忘れたこともちゃんと閉店前に思い出せたではないか。
おまけに、知らない人から「あなたと話せてよかった」と言ってもらえたのだから、決して「無駄な1日」ではなかった。

「なにごともうまくいかない日」は、じつは「すごく幸運な日」だったのだ。

そう思いつつ、素敵な香りのキャンドルを選び、好きなワインのボトルを開けた。どうせ仕事はできないし、ひとりきりなのだから、それを最大限に利用することにした。そして、暗い裏庭に浮かぶ雪景色を観ながら、ひとりきりの静かで優雅な時間を楽しんだ。

若いころの私は、たぶんこんな風に気持ちを切り替えられなかったと思う。
なぜ私だけがこんなに不運なのかと苛立ち、楽しみにしていた予定がキャンセルされたことに落胆し、約束通りに来ないAAAを寒い駐車場で恨み、友だちと遊びにでかける前に私に夕食を作らせる夫にムカつき、車のキーに家の鍵がついているのを注意してくれなかったディーラーに憤っていたことだろう。

そうしていたら、きっと、本当に不運で嫌な1日になっていたにちがいない。

年齢を積み重ねるにつれ、どうやら私は「徹底的に不運な日」を「すごく幸運な日」に変えるスキルを得たようだ。
そうだとしたら、このスキルとひきかえに若さゆえの肌や髪の美しさを失ったのは決して悪くはない。
そう思えたことも、つくづく幸運な日だった。

この連載について

初回を読む
アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

guriswest 素敵だなぁ。「考えてみれば、、、幸運だった」がすぐ思いつかない。修行が足りない。 5分前 replyretweetfavorite

godmother6 若い頃て、経験の少なさからか、諦めの気持ちを振り切って何度もやり直したりするものだった。この経験値がその後の失敗に対して、大らかさ・寛容となるのかも。 8分前 replyretweetfavorite

mietanmietan 素敵なある一日のお話し。ー 30分前 replyretweetfavorite

kazgeo これを繰り返そう。→ 「でも、本当に私は運が悪かったのだろうか?」 約1時間前 replyretweetfavorite