本稿で言いたいことは
- 発達障害やパーソナリティ障害などと呼ばれている精神疾患の一部は誤診で、本当は「複雑性PTSD」と呼ばれる後天性の病気
- 複雑性PTSDは最長でも数か月で根治する療法がある。
- (複雑性)PTSDは脳の機能障害であり、「考え方を変える」認知療法やカウンセリングではなく身体を介して脳に直接アプローチする療法が効果を上げている。
の3点です。でもわたしはどちらかと言えばむしろ患者側で精神科医ではないし、これから書くことは読んだ本の受け売り。可能であれば id:p_shirokuma 先生に詳しいお話をお伺いしたい。本当の話なのだとしたらまさに福音だけれど、真偽はどうかご自分でお確かめください。
まず複雑性PTSDの話から
詳細は下記の本に詳しい。文庫で読みやすい。
トラウマの現実に向き合う:ジャッジメントを手放すということ (創元こころ文庫)
- 作者: 水島広子
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 2015/12/16
- メディア: 単行本
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PTSDというのは戦争や災害などの大きなショックで心に難治性の傷を負った疾患だけれど、複雑性PTSDはそういう大事件を原因としない。いじめ、虐待、その他長期にわたる対人関係上の不具合を原因とするPTSDで、罹患者本人がその原因を明確に覚えていない場合も多い。
また、明確な「加害者」を見いだせない場合も多い。もし子どもがもう少し図太い性格だったら・親がもう少しおおらかな性格だったら精神疾患にまで至らなかったと思えるような、第三者から見たら実に些細な事柄が原因となることもある。
ただ、これは決して患者が甘えていたからとか弱かったからということではなく、飛行機から落ちても無傷のひともいれば50㎝の高さから落ちて亡くなるひともいる。確率や運不運の問題と解釈した方がより正確なのではないかと思う。つまり、「被害者」「加害者」どちらを責めても問題の解決にも再発の防止にもならないのだ。重要なのは治ること、症状が改善することであって、犯人探しではない。
さて複雑性PTSDはその症状の顕著な特徴のひとつとして、自分や他者への強い不信感がある。その結果
- 強い見捨てられ不安
- 対人過敏
- 記憶障害
- 親しくなることへの恐怖や忌避感
- 不眠や怒りの爆発といった覚醒亢進症状
- 他者を敵味方や上下関係で見る極端な二元思考
- 自己破壊的・衝動的行動
- 失感情症や離人症
といった対人関係上の問題が起こり、複雑性PTSDと診断されない場合はそれぞれの症状に合わせてアダルトチルドレンとか境界型パーソナリティー障害などと呼ばれたりしている。
また、更に研究がすすめられた現在ではADHDやASDといった生まれつきの発達障害とされているものの一部も、幼少期に受けたトラウマが原因で生じた脳の機能障害によるものとする指摘もある。
身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法
- 作者: べッセル・ヴァン・デア・コーク,柴田裕之
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2016/10/11
- メディア: 単行本
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後述するがトラウマ体験は何歳の時に受けたものかで症状が異なり、ごく幼い頃のものの場合は落ち着きや他者の表情を読む能力といったものが失われる。発達障害は純粋な先天性の障害ではない可能性もあるのだ。
本書の著者であるボストン大精神科教授のベッセル・V・D・コークらはPTSD患者の脳をfMRIスキャンし、トラウマ体験を思い出している時の患者の島や頭頂葉や前帯状皮質といった「身体感覚と情動や思考」を統合し、コントロールする領域がマヒしていることを発見した。
このような結果の説明は一つしかありえない。これらの患者は、トラウマ自体への反応として、また、ずっとあとまで残っていた恐怖に対処する中で、特定の脳領域の機能を停止することを学んだのだ。
- ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する』P.152 紀伊国屋書店, 2016
つまりPTSDとは脳神経医学的に見ると「恐怖によって身体感覚を喪失し、身体を意図通りに動かすことができなくなる脳機能障害」なのだ。
この見方は従来からのPTSDの概念にも合致する。
本書で述べる「コントロール感覚」を簡単に定義しておくと、「自分が自分の人生をある程度コントロールできている」という感覚のことである。
(中略)コントロール感覚を支える基本は、自己・他者・世界へのある程度の信頼感である。「自分がなんとかできるだろう」「他人が何とか支えてくれるだろう」「まあそんなにひどいことも起こらないだろう」という、暗黙の信頼感があってこそ、私たちは毎日を何気なく生きることができる。
トラウマを体験すると、この基本的な信頼感が失われる。
脳のマヒによって意図通りに思考や感情や身体が動かせなくなったPTSD患者はパニックに陥り、それが更なる恐怖と不信感、無力感を生む。このサイクルを自覚しようにも、身体感覚の知覚や統合ができなくなっているので何が起こっているのか自分では分からない。これがPTSDという病気の実態なのだ。
それで、どうやったら治るの? - 身体で治すトラウマ治療
PTSDが脳のマヒということは、そのマヒを物理的に除去すれば治るのではないだろうか?こうした考え方に立つと、傾聴やトークセラピー、認知療法など「身体に触れない」方法でPTSDを治そうとする方が非合理的に思えてくる。前掲書では
PTSDに対する認知行動療法の臨床研究中、公表されたうちで最大規模のものでは、三分の一を超える参加者が脱落し、残りの人々には数多くの有害な副作用があった。
- ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する』P.362 紀伊国屋書店, 2016
とバッサリだ。そして新たなトラウマケアとして以下のようなものを挙げている。
- マインドフルネス
- EMDR(トラウマ体験を思い出しながら眼球を一時間ほど左右に動かし続けることで記憶の再統合をはかる)
- ヨガ
- 副交感神経を刺激するマッサージやEFTといったタッピングセラピー
- ニューロフィードバック
他にも紹介されている療法は色々あるが、個人的にはEMDRとヨガの劇的な効果に目を奪われた。
EMDRはどちらかと言えば成人後にトラウマ体験をしたひとやトラウマ体験を比較的はっきり思い出せるひとに向いており、早ければ1回で治療が完了する。長くても10回前後で充分な治療効果が表れ、日本でも専門の医療機関で受けられる。
また、ヨガはごく幼少期にトラウマ体験をしたひとや、原因となるトラウマを思い出せないひとに向いているようだ。トラウマケアに特化したヨガ・プログラムを実践すると、早くて一週間強、長くても一年弱で充分な治療効果を発揮し、ASDやADHDといった発達障害にも効果を発揮する。詳細は以下の本に詳しい。
- 作者: デイヴィッドエマーソン,エリザベスホッパー,David Emerson,Elizabeth Hopper,伊藤久子
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2011/12/22
- メディア: 単行本
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何にせよ重要なのはPTSDは心だけの問題ではないということだ。トラウマは物理的な脳の機能障害をもたらし、その結果数々の感情や思考といった"こころ"の不具合を生む。我々は心の問題は心にアプローチすることで解決しようとしがちだ。だからカウンセリングや認知療法のみでなんとか対処しようとする。
しかしその疾患の真の原因は脳に発生した器質的な障害だから、効果的に治療しようと思ったら脳そのものにアプローチする必要がある。薬物療法は脳に直接アプローチする方法のひとつだが、あくまで対処療法でしかなく、脳の構造そのものを治療する訳ではない。
なお、家族や親しいひとがPTSDを罹患した場合、接し方や考え方を知る上で以下の本が参考になる。
対人関係療法でなおす トラウマ・PTSD:問題と障害の正しい理解から対処法、接し方のポイントまで
- 作者: 水島広子
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 2011/02/19
- メディア: 単行本
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わたし自身のセルフ人体実験結果としては記憶の再統合とEFTは結構効いた。多分これは神が人体に用意しておいたデバッグ用バックドアではないか。今はヨガに興味があります。
もし興味があれば、ぜひ自分に合った方法を調べてみてください。一生つらい思いをする必要がないかもしれないなんて、実に素晴らしい話だと思いませんか?