100分de名著 松本清張スペシャル[終] 第4回「国家の深層に潜むもの」[解][字] 2018.03.26
松本清張スペシャル。
最終回は「神々の乱心」。
未完に終わった歴史小説です。
描かれるのは…清張が残した最後のメッセージを読み解きます。
(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…伊集院さん松本清張スペシャルも今日が最終回となります。
そうですね駆け足でやってきましたけどそれでも何かこう僕みたいな者でも感じるところありますね。
すごい人なんだというのが。
はい。
前回「昭和史発掘」を取り上げましたけれども松本清張は晩年にですねその時集めた資料を駆使して「歴史小説」を執筆しているんです。
それが今日取り上げます「神々の乱心」です。
放送大学教授で政治学者の原武史さんと今回も読み解いていきます。
原さんよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
この「神々の乱心」は原さんが松本清張の作品の中で一番好きな作品だと伺ってますが。
そうなんですよね。
これは本当に好きな小説で。
フィクションとノンフィクションが融合されていて未完に終わってるので完全ではないけれどもしかしものすごいいろんなメッセージが含まれている。
さあどんな物語なんでしょうか?早速見ていきましょう。
特高警察警部の吉屋謙介は「月辰会」という謎に包まれた宗教団体に不審を抱いた。
神がかりになった女性が下す託宣を求めて大勢の有力者が訪れるという。
何かがおかしい。
若い女性が月辰会の建物から出てきた。
吉屋は情報を聞き出そうと強引に尋問する。
なんと彼女の身分は…月辰会から宮中の有力者に宛てられた封書を預かっているという。
その影響は宮中にまで及んでいるのか。
数日後吉屋はその女官が自ら命を絶った事を知り捜査を始める。
その過程で国家を転覆する大規模なクーデター計画が明らかになっていく。
もう導入部から仰天の設定ですねこれ。
そうですね。
原さん清張はどうしてこの宗教団体と宮中そしてクーデターという設定を選んで作品に入れたんでしょうか?これは実は実際に起こった事件が一つモデルになってるんですね。
それは「島津ハル事件」というんですが。
こちらです。
実際にこういうモティーフになるというか発想のもとになるような事件はあったんですね。
そうです。
女官長になった人がいわゆる新興宗教に入信しているというのは宮中の中神道をみんな信仰してるのではないかなと思っていたのでこういう事はありうるんですか?実は神道の位置づけというのが明治になって当然神道を前面に出してくるんですけれども祭祀であって宗教ではないんだというふうに規定するんですね。
なぜそういう事をしたかというと結局…「祭祀」というふうにしておけば例えばキリスト教とか仏教を信仰するという事も矛盾しなくなるわけですね。
気になるのがあの月辰会から渡された封書でしたね。
あの中身は一体何だったんでしょうか?これは結局最後まで明らかにされないんですよ。
あっそうなんですか。
お〜そうなんですか。
これは未完に終わっちゃってるので。
だけど一つの推測として成り立つのは時期というのが昭和8年の10月なんですね。
そうすると実はその2か月後すなわち12月の23日に皇太子が生まれるわけですね。
だからもうすぐ生まれそうだと。
しかし…これ男が生まれるか女が生まれるかって結構大きな違いだったんです。
皇位継承の順位が1位が皇太子になるわけでしょ。
ここに大きな実は陰謀があったんじゃないかと。
お〜何かちょっと謎が謎を呼び始めましたね。
そうですね。
さあではその野望に満ちた教団の正体を見てみましょう。
月辰会の誕生は大正15年に遡る。
元関東軍の情報将校秋元伍一は満州で自分の野望を実現するための宗教を探していた。
そしてついにうってつけの霊媒師を見つける。
彼女の名は江森静子。
秋元と静子は意気投合。
帰国して「月辰会」を立ち上げた。
秋元は「平田有信」と名を変え教祖をつとめながら国の中枢へ触手を伸ばす。
教団の切り札は静子の霊能力。
恐ろしいほど当たる占いに陸軍将校や宮中の実力者などが入信する。
だが教団の力が大きくなる中で霊能力者静子の暴走は平田にも止められなくなっていく。
平田は静子の娘・美代子を霊媒師にしたい考えだが静子は認めようとしない。
教団は事実上平田ではなく静子が権力を握っていたのだ。
う〜ん…何かこのカルト宗教の中のゆがみみたいなものちょっとリアルですよね。
何かどっちが制御してるのか分かんなくなるというか制御がきかなくなるというか。
そうですね。
清張作品の特徴であるという女性が鍵を握るという展開がここにも原さんあらわれていますね。
そうですね「点と線」の時にもねやっぱり出てきましたけれどもここでもこの月辰会という教団が表向きは男性である平田が教祖になってるわけですけれども本当は表に出てこない女性妻の静子ですよねこちらの方が実はもっと大きな力を持っていると。
ただねこれが単なる何ていうか一つの教団の話で実は終わってないというかこの「神々の乱心」というのはもっと言うと「宮中」という世界が描かれてるわけですよね。
だからそのいろんな女官が出てきますけどもその背後にいるのは皇太后なんですよ。
「昭和史発掘」の時にも出てきました昭和天皇の母親である貞明皇后というのがかなり昭和初期は隠然とした力を持っていたわけですけれども。
そうすると息子である昭和天皇と母親である貞明皇后の間に…いろんな資料から見えてくるわけですよね。
そこを何と言うのかな二重構造で例えてるというか。
そういうふうにも見えるんですね。
日中戦争とか太平洋戦争の時代になると戦地から軍人がたくさん帰ってきてそれで天皇に戦況をしばしば報告するわけですよ。
それは当然ですよね大元帥ですから。
ところがそのあとですね母親である皇太后にも同じ軍人がですね戦況をかなり詳しく報告するという事がず〜っとあったという事が分かってきたんですね。
かなり何ていうか奥にやはりもう一人権力者がいたみたいなそういう二重権力的な状況があったんじゃないかという事なんですよ。
お〜だから皇太后の力強いですね。
ものすごく強かったと思いますね。
逆らう事ができないぐらいの力を持ってたんじゃないかと思います。
は〜…だからここ話戻りますけどもその教祖の平田平田は表向きは教祖だけれども実権はそうじゃないっていう女性である静子にあるという事がどうやらここと比喩になっているのではという事?だからそういう宮中の見えないこれは全く見えない見えざる世界なんだけれどもお堀の向こう側の確執なんですけれどもそれがちょっと透けて見えるところがやっぱりあるんですね。
これをよく読んでみるとですけど。
うわ〜でもそこちょっと僕の方興味深いのはノンフィクションとして「昭和史発掘」で「それを自分が思うにはこういうニオイもする」ぐらいにおわせたじゃないですか。
それが多分ノンフィクションの限界っちゃ限界だと思うんですけどそれを今度小説っていう形だったらここまでいけるというか踏み込むという事ですよねこれ。
だからそこがやっぱりこの小説のすごく大きな魅力になってるわけですよね。
さて「神々の乱心」の物語に戻りたいと思うんですけれどもではその平田の野望は一体何なのか見ていきましょう。
平田の野望とは日本を裏で支配し思いどおりに動かす事。
そのために強大な力を持つ皇太后を入信させたい。
幸い昭和天皇とは仲が悪く次男の秩父宮を偏愛している。
年が明けると宮中で昭和天皇を呪い殺す陰謀が露見した。
昭和天皇の誕生祝いの献立が壁に打ちつけられていたのだ。
いよいよ月辰会が動きだしたのか。
そして平田は古物商から…それを国家を牛耳る切り札にしようとしたのだ。
何かものすごい話になってきましたね。
はい。
これは一見あまり実現性がないというか何かフィクションっぽいなと思うかもしれませんけれどもそうとも言い切れない面がやっぱりあって。
というのは三種の神器というのが実はあるんですよね。
この三種の神器というのが何かというと鏡と剣と勾玉という三つありましてですねこれはある種の身分証明書みたいなものですよ。
そうなると皇太子が確かに生まれたんだけれども例えば秩父宮がですよ神器を持っていれば実は秩父宮が皇位を継承できるんだという考え方はそれほど何ていうかな的外れではないんです。
えっえっえっ?ちょっと待って下さい。
今その平田たちが手に入れたやつは古物商から買った偽物ですよね。
偽物です。
偽物。
は〜。
天皇すら見てはならないものであって必ずそれは隠されたものだとするならばそれを作ってこれを本物だと主張する事もできちゃうって事なんです。
うわっ何だろう…じゃあある意味僕らには「強引にそんな事できるの?」と思う事だけども「本物なんだ」ってずっと言い張られちゃったら。
だからこれがね実際昭和初期にさっき「島津ハル事件」の話をしましたよね。
だからこの昭和初期に出てくるこういうカルト系の教団が実際に…は〜。
これは事実なんですね。
実際に起こった事件からもヒントを得てるわけです。
という事は三種の神器は非常に大切なものだという事なんですね。
そうなんですね。
だからこれは「昭和天皇独白録」という昭和天皇が語ったインタビューの中で出てくるんですけれども結局何で戦争の終結を決意したのかというと敵が伊勢・熱田付近に上陸してしまうと鏡の本体は伊勢神宮にあるんです。
剣は熱田神宮です。
結局そこを抑えられてしまいますよね。
それで三種の神器が奪われてしまうと結局その先祖からずっと代々大事にね大切に受け継がれてきた神器を失う事になってしまうと。
それはやっぱり先祖に対して申し訳がたたない事であってだから戦争の終結を決意したんだというふうに言っている箇所が実はあるんですね。
やっぱりこの神器をとにかくまずは確保するという事こそが一番重要な役割になってくると。
だからこそここで平田はその三種の神器偽物を集めてこれを「本物だ」って主張するところに突破口を見いだしてるわけですね。
でもこの「神々の乱心」をきっかけに現実の事もいろいろな事を新しく知る事ができてそちらにも驚きながら今いるんですけれども。
だから実際に剣と勾玉っていうのは「剣璽」というふうに言われるんですね。
もうすぐ天皇の退位というのがありますけれどもあの時もまずやらなければならないのは剣璽を次の天皇にきちんと継承させるという儀式ですね。
これは剣璽等承継の儀というんですけどこれがまたこれからあるわけじゃないですか。
今もというかこれからもまたずっとそういう儀式が繰り返されていくという点では実はかなり生々しいというか現代にもつながるような話だというふうにも言えます。
僕ずっと気になってるんですけどまさにそんな大事な事じゃないですか。
こんなものを書いて出版しちゃっていいんですか?だからこれを確かに不敬小説というふうに見なせなくもないんですよね。
ただやっぱり清張自身がもうその時平成の初めでねこれもう最後になるかもしれないという多分覚悟ができてた。
つまり自分の死期がもう遠くない近い。
意識していた死を。
となるともうここで最後ですからこれまで調べた事で分かんない謎とかもありますけどそういうのも含めて全部ここに一切合財投げ込むというんですか。
残念ながらこの「神々の乱心」は未完に終わっているんですけれども清張は生前エンディングに関するアイデアを語っていたと言われるんですね。
その情報に基づくとエンディングはこんなふうだったのではないでしょうか?美しい女性へと育った自分の娘美代子に静子は激しい嫉妬の炎を燃やすようになる。
静子の扱いに窮した平田は美代子へと代替わりを強行。
この裏切りに静子の怒りは頂点に達した。
(雷鳴)宮中では女官たちの工作により皇太后も月辰会に入信。
平田は日本支配に王手をかけた。
陸軍内の信徒たちによる武力クーデターが始まる。
平田は偽の三種の神器を秩父宮に献上して即位を促す。
その瞬間稲妻が平田の全身を貫いた。
静子が呪いの相手を昭和天皇から平田にかえて復讐したのだ。
松本清張の生前の編集者とのやり取りが発表されていまして教祖が最後は死ぬとそれも稲妻によって死ぬ予定だったという事がほぼ分かっているんですね。
なので今のアニメーションはそういう事を参考にして原さんに伺ったものに基づいて作っております。
いろいろ研究してきた結果「こういう感じなんじゃないか」という。
まあ多分一番これ可能性が高いのがこれじゃないかという気がしますね。
…というふうに考えると。
はい。
清張はこの作品を書く事で何を伝えたかったんだと思われますか?まあ昭和から平成という新しい天皇が出てきたばかりの時に清張は自分の人生へのタイムリミットを刻々と自覚しながら…だから見えないものを描くという一つのモチベーションがあったと私は思います。
三種の神器もまさに見えないものですし古代日本のシャーマニズム的な要素というものが実は残存している。
20世紀の日本の皇室の中にもそういう古代的な要素が実はまだあるという事をここで示そうとしてるんですね。
私たちどうしても今は全部ね科学的に理屈で解決できるものだけで物事が動いていると思いがちですけれどもそれだけではないという事を知らしめてくれようとしたんでしょうか。
そうなんですよね。
伊集院さんはいかがでした?この「松本清張スペシャル」。
そうですね一作品ずつそれこそ100分やりたいぐらいの重みなんですけど「松本清張スペシャル」という事でいうと僕は勝手に思い入れを持ったのは前回の「昭和史発掘」の時にノンフィクションを書くというところでの限界で「自分はこう推測してるけれどもにおわせる」にとどまると。
…でいて歴史家の人間からは「あれは邪道だ。
アマチュアだ」と言われたとおっしゃってたじゃないですか。
だけど今度小説のところで書ける限界までいくと「俺は小説家でありノンフィクションライターであり」だからもっといろんな事書けるみたいな意地をちょっと見たような気がして。
そうでしょうね。
書きたいテーマがたくさんあるんだというふうに清張自身も言ってたわけですよ。
しかしもう時間がないと。
だからその時間がない中で最後に何を選ぶのかという時にこれを書いたんですよね。
松本清張だから書けるという事を書いて終わってったというのは勝手な思い入れだけどちょっとグッときますね。
そうですね。
ノンフィクションだけでこう書ききれないところをね小説の形で補完したっていうのはやっぱり第3回第4回と両方取り上げる事で。
あわせて見るとすごく伝わるような気がしますね。
さあ4回にわたりまして原さんどうもありがとうございました。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
2018/03/26(月) 22:25〜22:50
NHKEテレ1大阪
100分de名著 松本清張スペシャル[終] 第4回「国家の深層に潜むもの」[解][字]
昭和八年を舞台に特高の刑事が宮中に入り込んだ新興宗教「月辰会」の陰謀を追うミステリー「神々の乱心」。彼らの陰謀とは「三種の神器」のねつ造だった。国家の深層に迫る
詳細情報
番組内容
昭和八年を舞台に特高の刑事が宮中に入り込んだ新興宗教「月辰会」の陰謀を追うミステリー「神々の乱心」。彼らの陰謀とは「三種の神器」のねつ造。日本国の頂点に君臨することを証明する物的証拠をねつ造し、陸軍や宮中の一部の人々に本物と信じ込ませることで、天皇家の正当性を根底から覆そうとする。清張は、取材に基づいた多くの事実をつきあわせながら、日本という国家の深層に潜むものを見極めようとする。その洞察に迫る。
出演者
【講師】明治学院大学名誉教授・放送大学教授…原武史,【司会】伊集院光,島津有理子,【朗読】長塚圭史,【語り】小坂由里子
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