はじめに
アレルギー専門医の管理人です。花粉症の季節になってきましたね。
今シーズンは「花粉を水に変えるマスク」なるものが新登場しております。
その効果が科学的にどのようなメカニズムになっているのか、論文を含めて検討してみたいと思います。
管理人の心配する点は、
素材は有効でも、
実際に使うとダメってこともいっぱいある
ということです。本当に有効なのでしょうか?
例として塩素系の除菌剤で空気除菌とかいう首から下げるやつが流行っていましたが、あれは首にキッチンハイター下げているようなものですから危ないですし、根拠ないです。キッチンハイターは確かに殺菌に有効です。でも首から下げていたら、殺菌するほど濃度が濃いとやけどしますし、安全だと殺菌効果が出ません。
■「「置くだけ空間除菌」は根拠なし 消費者庁が措置命令」 - 勤務医 開業つれづれ日記・2
■「首からさげる「ウイルス除去剤」でやけど 幼児が重傷」 - 勤務医 開業つれづれ日記・2
結論から先に言うと、「花粉を水に変えるマスク」は残念ながら現時点ではこの疑問に答えられているような感じではないと管理人は考えます。
ということで「花粉を水に変えるマスク」が有効か、科学的に一緒に考えてみましょう。
- はじめに
- 「花粉を水に変えるマスク」とは
- 論拠論文を批判したら訴訟の可能性
- ハイドロ銀チタン®を検索してみよう
- ハイドロ銀チタンのアースプラスマスクは2011年以前から
- まとめ(1)
- 根拠論文の検討
- 根拠論文における問題点
- まとめ(2)
- 企業の説明は?
- まとめ
- 参考サイト
「花粉を水に変えるマスク」とは
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000024138.html
より引用
花粉※を水に変えるマスクとは? マスク生地にハイドロ銀チタン®技術を加工する事で マスクの表面から侵入しようとする花粉を水に変えます。
(ホームページより(後述))
CMなどでいろいろと大変宣伝をされているようです。かなり画期的なメカニズムらしいので、販売を行っているDR.C医薬株式会社のホームページと根拠論文を検討したいと思います。
論拠論文を批判したら訴訟の可能性
「花粉を水に変えるマスク」根拠論文を批判したら医学部教授から集団訴訟と脅された「騒動」 - 左巻健男&理科の探検’s blog
花粉を水に変えるマスクに飛びついてはいけない【追記変更あり】 — Y.Amo(apj) Lab
ところが今回の検討すること自体、かなりリスクがあるようです。
上記のサイトにあるように「花粉を水に変えるマスク」について論文を検討すると訴訟が起きる可能性があるとのことです。当ブログの記事が消えたり、当ブログがなくなったりした場合は「あ、なんかあったんだな」と思ってください。逐一報告していきたいと思います。
当ブログは科学的な根拠に基づいて検討を行いたいと思います。他団体とは一切の利害関係は有しておりません。患者さんの立場に立って、消費者の立場に立って、メリットとデメリットについて検討したいと思います。科学的に考えて、科学的に検討して、そして皆さんにメリットがあるような内容にしていきたいと思います。それで訴訟が起きちゃうのかな?
ハイドロ銀チタン®を検索してみよう
日本語論文検索
まずは科学的な検討の基本、論文検索です。日本語論文をCiNiiで”ハイドロ銀チタン”検索してみました。日本語論文は現時点でこの論文1本だけのようです。
岡崎 成実「アレルギー性鼻炎及び花粉症に対するハイドロ銀チタンシート (HATS)の臨床的有用性の検討」社会医学研究.第 34 巻 1 号.p.55
http://jssm.umin.jp/report/no34-1/34-1-06.pdf
この論文は今回の「花粉を水に変えるマスク」の開発を行った岡崎先生の論文になりますので、製品の根拠となる論文だと思われます。
英語論文検索
次に英語ではPubMedを使用して、上記論文にあるハイドロ銀チタンシートの英語である
Hydroxyapatite-binding silver/ titanium dioxide ceramic composite sheets
で論文検索してみました。
ゼロです。
でもいろいろと文字を変えて論文を検索してみると、2本ですがヒットが出てきました!
Hydroxyapatite binding silver titanium dioxide ceramic
ハイドロ銀チタンで検索するとこの2本が出てきます。2本ともearthplus™を検討しているようです。岡崎先生の名前はないようです。
1. Applicability assessment of ceramic microbeads coated with hydroxyapatite-binding silver/titanium dioxide ceramic composite earthplus™ to the eradication of Legionella in rainwater storage tanks for household use.
Oana K, Kobayashi M, Yamaki D, Sakurada T, Nagano N, Kawakami Y.
Int J Nanomedicine. 2015 Aug 4;10:4971-9. doi: 10.2147/IJN.S87350. eCollection 2015.
PMID: 26346201 Free PMC Article
2. Bactericidal activities of woven cotton and nonwoven polypropylene fabrics coated with hydroxyapatite-binding silver/titanium dioxide ceramic nanocomposite "Earth-plus".
Kasuga E, Kawakami Y, Matsumoto T, Hidaka E, Oana K, Ogiwara N, Yamaki D, Sakurada T, Honda T.
Int J Nanomedicine. 2011;6:1937-43. doi: 10.2147/IJN.S24280. Epub 2011 Sep 9.
PMID: 21931489 Free PMC Article
ここからさらに検索をかけると信州セラミックスの”アースプラス”という製品が、上記論文に使用されたもののようです。
信州セラミックス”アースプラスマスク”との共通点
ハイドロ銀チタンについて2011年から論文がでていて、しかも信州セラミックスという会社が開発していたようです。
こちらのホームページには、「花粉を水に変えるマスク」根拠論文中に書かれている図が載っております。
セラミックス機能材料 earth plus TM"アースプラス"
ハイドロ銀チタンのアースプラスマスクは2011年以前から
信州セラミックスのホームページをさらに検討してみましょう。
アースプラス製品販売終了のお知らせ。 (2017.10.10)
http://www.shincera.co.jp/img/earthplus_20171010.pdf
このなかにがあります!
東日本大震災の時には被災地に提供されているようですので、以前からある製品のようです。
2011.4.4 東北地方太平洋沖地震の被災地への支援について
http://www.shincera.co.jp/news/2011040801.html
コンセプトからいっても、素材から言ってもアースプラスマスクは「花粉を水に変えるマスク」とかなり似た製品なのではないでしょうか?残念ながら現在は製造中止になっております。
ハイドロ銀チタン
→ アースプラス
→ アースプラスを使ったマスク
→「花粉を水に変えるマスク」
という製品開発の流れが見えてきます。つまりは「花粉を水に変えるマスク」は2011年以前から存在する製品の流れをくむ可能性があります。
また、岡崎先生と信州セラミックスは2005年にも製品開発を行っているようですので、両者のつながりは結構歴史があるのではないでしょうか。
Cataliqua -- 当社の光触媒テクノロジーを応用した化粧品が登場しました 2005.04.26
光触媒技術を応用した化粧品 -- キャタリクア Cataliqua のご紹介 ニキビケアにも....
まとめ(1)
1)ハイドロ銀チタンについてはアースプラスとして英語論文が2本ある。
2)信州セラミックスは2011年以前からハイドロ銀チタンのマスクを生産。
3)信州セラミックスと岡崎先生は2005年から他の光触媒の製品開発をしている。
根拠論文の検討
次に「花粉を水に変えるマスク」の根拠となる論文について検討したいと思います。
前述したように根拠論文は検索した範囲では、
岡崎 成実「アレルギー性鼻炎及び花粉症に対するハイドロ銀チタンシート (HATS)の臨床的有用性の検討」社会医学研究.第 34 巻 1 号.p.55
http://jssm.umin.jp/report/no34-1/34-1-06.pdf
の1本のみです。
根拠論文における問題点
この論文の問題点は、
1)前後比較試験であり、効果判定にほとんど用いられない手法である
2)マスクではなく、こよりを使っている
3)ハイドロ銀チタンシートは今回、独自開発?2011年のアースプラスとの関係は?
などがあげられます。
研究デザイン
1)はたとえば実験で、
花粉症の患者さんがいます → マスクをしてよくなりました。
という結果が出たとします。じゃあマスクがよかったね、というとそうでもない。結果をどう考えるか解釈に疑問が出てしまいます。
→そのままマスクをしなくても時間が経ってよくなったかもしれない。
あるいは
→マスクが効いて、マスクをしたらからよくなった。
どちらかわからないですよね、ということです。
昔でいうと、
江戸時代に病気が流行っておふだを買ったひとがよくなりました。
→だからおふだが病気に有効
というのと同じです。おふだの病気に関する有効性について論文にしたから科学的です、といわれたら困ってしまいます。
これを科学的に検討するのにランダム化比較試験(RCT)やクロスオーバー試験を普通は行います。
今回でいうと、普通のマスクと「花粉を水に変えるマスク」を見分けがつかないようにして、検査する人もされる人もわからないままにランダムに2グループにつけてもらってその効果の差をしらべる(RCT)。
あるいは、2群に分けて(1)普通のマスク→「花粉を水に変えるマスク」、(2)「花粉を水に変えるマスク」→普通のマスクで順番を入れかえて、どちらのグループでも順番に関係なく「花粉を水に変えるマスク」が有効だった(クロスオーバー試験)ということをやります。
マスクと”こより”は別な物
2)は当然ですが、マスクが有効だと言いたいならマスクそのものを使わなくては有効かどうかを比較できません。鼻にこよりとして40分間入れていたら有効だったのでマスクも有効とはなりません。
HATSとアースプラス
3)「花粉を水に変えるマスク」のHATSは独自開発したものらしいです。
「HATS」 は、酸化チタンの光触媒効果に対して、 銀を追加しハイドロキシアパタイトを用いて独自開発 した複合光触媒物質シートである。
また、「HATS」の特性は、酸化還元作用 により、花粉蛋白やウイルスなどを吸着出来るように 改良した(図 1)。
(ともに根拠論文中2-2より引用)
ところが、 こちらの図1は前述した2011年以前に商品化されているアースプラスのホームページにも同一と思われるものが見えます。
信州セラミックスより引用
セラミックス機能材料 earth plus TM"アースプラス"
(根拠論文・図1より引用)
となると、HATSはアースプラスと同一なのでしょうか?別なものなのでしょうか?根拠論文にはアースプラスの論文が1本引用されているのみで、アースプラスとHATSとの関係や開発の経緯が一切書かれておりません。
図が全く同一であることから全く同じ、
アースプラス=HATS
である可能性や、あるいは似ているけどちょっとだけ違う、
アースプラス≒HATS
の可能性があります。もしもそのような場合は論文的に問題があります。以前からあるものをあたかも新しいものを独自開発したかのように印象付けるようなミスリードを行うことは、科学論文として大変問題です。
”2011年にA化合物作りました。2017年に独自にB化合物作りました。B論文ではA論文のことを知らんぷりで一切触れず、でもA論文を別なところで引用だけはしている、というのはかなり危ういものです。私が事情を知っている指導教官なら激怒で全書き直しです。
この問題が他の方から言及されていないこと自体が、ミスリードが成功している可能性があります。論文のオリジナリティそのものに関わってくる問題です。
つまり、
1)アースプラスとHATSが同じか似ている物質なら、論文のオリジナリティが根本的にまずい。引用不足。
2)アースプラスとHATSが全然別物なら、HATS自体の検討がなされていないので論文としてまずい。データ不足。
ということになります。どっちにしろ論文としてまずいです。
まとめ(2)
1)根拠論文はマスクの有効性の証明がかなり弱い
2)ハイドロ銀チタン®は2011年発表の素材と同じものの可能性がある
3)ハイドロ銀チタン®が新規のものならデータが不十分すぎる
企業の説明は?
花粉※を水に変えるマスクとは?
マスク生地にハイドロ銀チタン®技術を加工する事で マスクの表面から侵入しようとする花粉を水に変えます。
※ 花粉内のタンパク質をハイドロ銀チタン®(特に酸化チタン)による光触媒機能が水や二酸化炭素などに分解します。
より引用
医師の新しい発想で生まれたハイドロ銀チタン®は、
花粉・ハウスダスト・カビ等のタンパク質や、汗・ニオイ・不衛生タンパク質を分解して水に変える、 DR.C医薬独自のクリーンな技術です。
より引用
ハイドロ銀チタン®の原材料 ハイドロ銀チタン®の原材料である、酸化チタンは、安全性の高い物質の為、 女性のファンデーションの主成分として使用されています。
ハイドロ銀チタン®とは | DR.C医薬株式会社(公式サイト)
より引用
https://drciyaku.jp/mechanism/
より引用
企業の説明を読んでいるとこのマスクのメカニズムは、
「花粉を水に変えるマスク」は花粉のタンパク質を酸化チタンの光触媒作用により発生する活性酸素によって分解する
ということらしいです。
そもそも論として「花粉を水に変えるマスク」はタンパク質を分解して水にするんだから、
マスクで顔のタンパクも溶けないですか?
という基本的な疑問が起きてきます。花粉や細菌のタンパクは分解するけど、顔のタンパクは大丈夫って実証されているんでしょうか。それとも前述の”空間除菌”とおなじで素材はそういう効果があるけど、実際は有効でないというパターンでしょうか。
まとめ
ということで、いろいろと検討してみましたが皆さんはどのようにお考えでしょう?
管理人としては、素材自体もはっきりしませんし、臨床的にも効果があやふやです。ハイドロ銀チタン®というこの物質の発表の経過も不明瞭ですし、英語論文のアースプラスと日本語論文のハイドロ銀チタン®との関連がはっきりしないのが気になります。わざと言及していないような印象すらあります。
根拠論文は臨床的にはかなり信用度が低い検討です。マスクとして有効性があるというにはなかなか難しい印象です。
そして根本的な部分として、どのように花粉のタンパクだけ水に変えて、と人間の顔のタンパクにはダメージがこないようにしているのでしょう?ハイドロ銀チタン®が有効なら顔溶けちゃいますよね?
いろいろとご意見があるとは思いますが、なるべく科学的に考えていきたいと思います。よろしくおねがいいたします。
参考サイト
花粉を水に変える?: ::::弁護士 川村哲二::::〈覚え書き〉::::
花粉を水に変えるマスクに飛びついてはいけない【追記変更あり】 — Y.Amo(apj) Lab
「花粉を水に変えるマスク」をめぐる追加の議論 — Y.Amo(apj) Lab
花粉を水に変えるマスク、その効果は医学論文で明らかに・・・なってないよ!! | 五本木クリニック | 院長ブログ