現代ビジネスの好評連載を書籍化した『されど愛しきお妻様』、おかげさまで再び重版出来! お祝いと読者の皆様へのお礼を兼ねて、著者の鈴木大介さんが書き下ろし原稿を執筆してくれました。
この記事を読んだ読者から「気持ち悪い男」と言われても、もういいと思っている。むしろ批判を切り口にでも考えて欲しいことがある。
半年程前から、毎月お妻様の月経が来ると、彼女の使った布ナプ(布ナプキン)を、僕が洗うようにしている。
布ナプとは、通常使われることの多い紙ナプキン(おむつなどと同じ高分子ポリマーが経血を吸い取る一般的生理用品)に対し、コットン生地にガーゼなどの吸収素材を封じた仕組みの布製生理用ナプキンのこと。
ちょっとロハスとかオーガニック方面に尖った女性が使う傾向があるみたいだけど、夜食はジャンクフード三昧なジャンクお妻様の場合は、単に紙ナプキンだとデリケートゾーンの痒みやゴワつきがあるために、何年か前から紙ナプキンをやめて布ナプ派になっていた。
お妻様の生理が始まると、使い終わった布ナプを毎日洗う。洗面台に冷水を全開に出し、経血に赤黒く染まった分厚いコットンを浸す。水を含ませ、押し洗いで血を流し出すのだが、何度繰り返そうと、延々と流れ続ける血。初めのころは、その血の量そのものに、僕自身の血の気が少々引いた。
ひたすら押し洗いを繰り返してようやく血が抜けたら、今度は固形の洗濯石けんを使って血液の染みを丁寧に擦り洗い。あとはタライにセスキ炭酸ソーダ(アルカリ系洗浄剤)を張った中に漬け込んで、翌日普通の洗濯物と一緒に洗って干す。生理初日は草鞋サイズの大型品、3日目以降は少し小型になり、吸った血の量も減っていくから、ちょっとした擦り洗いでも済むようになる。
ということで、1ヵ月に数日、妻の経血で手を赤く染める日々。こんなことを始めようと思ったキッカケは、思えば最初は「僕自身のため」だった。
我が家のフリーダム全開お妻様は、不定形発達の当事者。かつては家事もやらない仕事もしないくせに朝までゲーム三昧で夕方まで起きて来ない、超絶不良妻だった。
そんな彼女の破天荒に振り回され続けてきた僕だったが、自身が「後天的な不定形発達」とも言える高次脳機能障害の当事者になって、お妻様のことを本質的に理解するに至った。拙著『されど愛しきお妻様』では、妻がズボラや不真面目や悪意で「やらない」んじゃなく、脳の機能的に「やれない」のだということを理解した僕が、「だったらどうすればやれるのか」を夫婦ふたりで考えていったプロセスを描いた。
お互い不自由を抱えた人間としてふたりで試行錯誤した結果、僕はお妻様とともに家事をやっていくスキルを学び、進化したお妻様は家事どころか最近は僕の仕事の補佐でも滅茶滅茶手助けしてくれるようになり、居てもらわなければ非常に困るパートナーになってくれたのだった。のであるが、実はそんなスーパーネオお妻様が1ヵ月の中で一週間程、全く使い物にならない時期がある。
いわんや、生理の前後だ。
高次脳当事者になって、ひとりではやれないことが増えてしまった僕にとって、妻がポンコツ化してしまう時期をきちんと把握することは、まさに僕自身のためである。
ということで、以前から夫婦で共有していた「毎月の生理周期を把握できるアプリ」をさらに意識して、大体いつぐらいからお妻様のメンタルが生理の影響を受けるのか(八つ当たりが始まるのか)、いつぐらいから起きて来れなくなるのか、お願いしたことの完遂率が下がったり、そもそもお願いできない状態になってしまうのかを把握し、それに備えて日々の生活を組み立てるように心がけた。
元々注意障害の激しいお妻様だけど、生理期間中はそれが一層激しくなる。普段は自分から怒ることがほとんどないお妻様が、僕の言葉の端々に突っかかるようにもなる。けれど、自力で自分の気持ちのコントロールができない苦しさは、僕自身も高次脳の当事者になって分かったこと。仕方がないことと分かっていれば理不尽な八つ当たりも受け流せる。
起きて来れないのが生理による体調不良だと分かっていれば、僕自身が苛立たずにも済む。僕がひとりでやれない色々なことも、あらかじめお妻様の助けが得られないと分かっていれば、いちいちパニックにならずに済む。